生きるために
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青葉生茂る夏の日、私はひたすら修行に精を出していた。一応所属は上忍である。クナイ投げや手裏剣、体術などの基本忍術は問題なく身体が覚えていた。しかし、チャクラを身体に溜めた時になんとなく違和感を感じる。うまく説明できないけれども、強いて言うなら一枚薄い皮を被っている感じ。本当に些細な隔たりだ。しかしそれは確実に私の手元を狂わせる。
チャクラコントロールは繊細で、少しのミスで照準がズレる。特に私の時送りの能力は毛の先ほどのミスも許されない。数ヶ月前までは確実に完璧だったのに。雲に嫁いでから先日まで一度もチャクラを使わなかったのは、やはりそれなりに影響があるらしい。早く感覚を取り戻さねばと気持ちが焦って、更にチャクラが乱れてしまう。
額に滴る汗を拭いながら大きなため息。雲は夏でも比較的湿気が少なく過ごしやすい。反して此処は湿度も高ければ気温も高かった。慣れない環境で、久しぶりの修行。あまり身体を追い詰めてもいい結果は生まれないだろう。少し休憩しよう、と私は印を結んでいた手を綻ばせた。
身体の水分が枯渇している。しかし自販機などあるわけもない。洞窟に戻れば水くらいは恵んでもらえるかな、と考えていた折視界の隅にキラリと光るもの。引き寄せられるように足がそちらに向かう。
そこには美しい泉が広がっていた。深い樹々の中でそっと息をしているそれはまるでオアシスのよう。雑草をかき分けて近づき腰を下ろして、両手で救い上げる。匂いを嗅ぎ、舌先でひと舐め。問題ないと判断し、喉の奥に一気に流し込んだ。
まるで生き返ったみたいだ。朽ちていた体力が少しずつ満たされていく。夢中になって水を飲んだ。ふぅ、と息を吐いて口元を拭う。
それだけで満足すれば良かったのに、少しだけ欲が出てしまった。悪の組織にシャワーがあるわけもなく、身体を流せたのは昨日の朝サソリさんに水をぶっかけられたのが最後である。小南さんきっとどこかで汗を流しているのだろうけれどそれを聞けるほど親しき仲ではない。
少しだけ、と私は忍靴を脱いだ。ちゃぽんと足をつければ、心地よさにうっとりしてしまう。暫く足をバタバタさせて水浴びを楽しんだ。
そして、足が涼めば当然のように体躯も冷やしたくなる。
人の気配はないし、サソリさんとデイダラも任務に出かけたきり戻ってきていない。大丈夫だろう、という安易な考えに流される。
背中のチャックを苦労しながら下ろし、下着を脱いだ。こんなところで全裸になるのは抵抗があるものの、それよりも汗と泥の匂いの不快感の方が優る。身体を沈めれば、水が丁度胸の膨らみに到達。そんなに深さもないようだ。安心して、私は髪の簪を外す。長い髪がはらりと落ちた。
泉が私を優しく包み込む。束の間の安寧であった。汗を流して、髪を揉み込むように洗う。小南さんのような甘美な香りにはなれなくとも、これで少なくとも不快な異臭を放ったりはしないだろう。いくら顔を合わせるのが殺したい相手だとしても、私も一応女性だ。身だしなみくらいは気になる。
穏やかな気持ちで身体を清めた。あまりにも気持ちが良くて、そこに時間が存在していることすら私は忘却していた。
「オイ」
ドキッ、心臓が跳ねる。振り返れば、そこには見慣れてしまった赤い髪。悲鳴を上げそうになったのを必死に堪え、私は胸元を手で慌てて隠した。
サソリさんは動揺した様子も高揚した様子も全く見せず、ただ無表情で私を見ている。その射るような瞳に、私の頬だけが一方的に熱を取り入れた。バクバクと暴れる心臓。何か言おうとして、しかし声が作り出せない。
サソリさんは巻物を取り出しながら低い声で言った。
「出ろ」
『…は?』
「ヒルコが血液で汚れた。早く洗わねーと落ちねぇんだよ」
言っていることは理解できるものの、しかしこの状況で泉から出たら全部見られてしまう。固まっている私に、サソリさんはイライラした様子である。
「毒が流れて死んでも知らねぇぞ」
私は無言で、身体を極力隠しながら泉から上がった。サソリさんはそれを見届けて、巻物からヒルコを取り出している。
早く服を着たくても、身体中から滴る水滴。無計画で水浴びしたことを後悔する。タオルなんてあるわけがない。
『あの…サソリさん』
「ああ?」
『タオルとか持ってたりしません?』
サソリさんはヒルコを泉にゆっくりと浸しながら、コートの袖から一枚のタオルを取り出した。そしてこちらを一瞬も見ずに投げる。それを受け取り、ありがとうございます、と一言。
ダメ元で聞いただけなのに、悪の組織ともあろうものがタオルを持ち歩いているなんて。意外に女子力高いなと感心していると、何かを察したらしいサソリさんがぶっきらぼうに口を開いた。
「ヒルコを洗うから持ってきただけだ。濡れるの分かっててタオルの一枚も持ち歩かない馬鹿がどこにいんだよ」
ここにいます、と思いながらタオルを身体に巻く。恥ずかしい格好に違いないのに、全裸を見られた後なのでなんとなく安心してしまう。
よかった、相手がサソリさんで。デイダラだったらまた絶対に押し倒されていたに違いない。
サソリさんは私に対して性的な感情を一切持っていないらしい。それが嘘ではないことは一緒にいてもわかる。
千秋さんは、そういう欲求がとても強い人だった。だからこそ毎晩求められていたし、他に男性経験がない私はそれが普通だと思い込んでいたけれど。どうやら違うらしい、ということをサソリさんに会って初めて知る。
千秋さんとサソリさんは真逆だ。例えるなら、太陽と月。決して相容れない二人。
しかしどちらも、なんとなく隣にいて安心する人だ。
特にサソリさんに関しては殺したい相手なのに。なんとも不思議な感覚である。
私はバスタオルの胸元をしっかり留めた。お風呂上がりは身体が湿っていてすぐに服を着る気にはならない。
その格好のままヒルコを洗っているサソリさんの隣に腰掛ける。サソリさんが一瞬だけ、手を止めた。しかし視線はこちらに向かず直ぐに手の動きを再開させている。
「早く服を着ろ」
『だって髪乾いてないんですもん。服着たら濡れちゃうじゃないですか』
「襲われるぞ」
『誰にですか?』
ここには私とサソリさんしかいない。故に私を襲うとしたらサソリさんしかいない。しかしそれは起こり得ない事象だ。
サソリさんはヒルコの尾に付着した血液を丁寧に擦り落としている。先日も思ったけれど彼は非常に几帳面で神経質だ。付き合ったりしたら面倒くさそうだな、とどうでもいいことを考えてみる。
生温い風が身体を撫でる。あまりの気持ちよさにうとうとしていると、サソリさんがふぅ、と溜息。
「お前、そんなに無防備でよく忍びとして生きてこられたな」
『はい…?』
サソリさんがヒルコを泉から取り出している。と同時に手をこちらに差し出した。タオルを寄越せと言っているらしい。まだこの格好のままでいたいのに。不満な気持ちを抱えながら仕方なく胸元に指を差し込んだ。
『ちょっと待ってください。今着替えるので』
「だから早く着替えろって言ったろが」
『なんでそんなにイライラしてるんですか?あ、もしかして生理ですか』
低い声で、殺すぞ。と言われた。だから冗談なのに。
下着を探すと、丁度サソリさんを挟んで向こう側に落ちていた。取ってください、と声をかければ当たり前のように睨まれる。
「自分でとれよ…」
『届かないから言ってるんです』
サソリさんが無言のまま私の服の山を掴みこちらに投げる。普通に渡してくれればいいのに、と思いながら一応ありがとうございます、と伝える。
下着を身につけて忍服に袖を通す。サソリさんはその間ヒルコをタオルで拭っているようだった。きっとまた直ぐにヒルコに篭ってしまうだろう。それを見越して声をかける。
『チャックと髪、お願いします』
「……」
サソリさんはもう何かを諦めたような顔をしている。彼は意外に表情豊かなのかもしれない。嫌な時の顔のレパートリーは豊富である。
サソリさんは無言で、私のチャックを上げてくれる。彼は優しいのか優しくないのかよくわからない。暁にいるくらいだから、そんなことを考えてしまうこと自体がおかしいのだろうけれど。
サソリさんは手櫛で私の髪を整えながら、相変わらず抑揚のない声で言った。
「お前オレを夫か何かと勘違いしてないか?」
『は?千秋さんとサソリさんを間違えるわけないじゃないですか。ぶち殺しますよ』
「清々しいくらい理不尽だな」
ふ、と空気が弛緩するのがわかった。思わず振り返る。すると、動くんじゃねぇ、と眉を釣り上げているサソリさんと目が合った。
『今、笑いませんでした?』
「…ああ?」
サソリさんは一瞬目を左右に動かしてから、いつも通りの声色で笑ってねぇよ、と言った。納得がいかない。
不満が顔に出ているであろう私の髪をサソリさんはグイッと引っ張った。いっ!と声が出る。
『たた…もう少し優しくしてくださいよ』
「お前に優しくしなければならないいわれはない」
サソリさんは手早く私の髪を結い上げる。
待つ、という表現が当てはまらないほどの時間で彼は私の髪に簪を差し込んだ。
「これで文句ねぇだろ」
『ありがとうございます。…あ』
まだ何かあるのかよ、と警戒を見せるサソリさん。私は当然のように首肯した。
今私の中で、話しやすくてそれなりに頼れるのは目の前の彼しかいないのである。
『修行見て貰えませんか?』
「は?」
『ちょっとチャクラに違和感を感じてまして』
違和感?とサソリさん。少しでも興味を持って貰えたことに安心して、私は話を続けた。
『うまく説明できないんですが…チャクラを溜めた時に、微妙なズレを感じるんですよね。以前みたいに上手くバシッと合わないんです』
些か感覚的すぎる話だということは自分が一番よくわかっていた。しかし他に説明のしようもない。
サソリさんは顎に手を当てて考えている。私自身に興味はなくとも、私の能力自体には少なからず興味があるのだろう。
「お前、性質変化は?」
『…お恥ずかしながら、そっちの方はあまり得意ではありません』
悲しくも時の血が濃すぎて一番扱いやすい。重要任務でしか使うことを許されなかった能力。しかし今は誰もそれを咎める人間はいない。自分の裁量でいくらでも使うことができる。そしてもしサソリさんの息の根を止めるならこの能力を使わないと不可能だ。使ったところで殺せるのかもわからないけれど。
ふぅん、とサソリさんは相槌を打った。その声色で察した。これは絶対に断られるやつである。
『お願いします。暁にはこの能力が必要なんでしょう?』
「そう言われてもな。血継限界の指導なんて無理だろ」
『じゃあ手合わせでいいです。チャクラコントロールの感覚取り戻したいんで』
嫌そうな表情は変わらないものの、私の諦めの悪さを察したのだろう。サソリさんは観念したようにふぅ、とため息をついた。
「やってもいいが、やるからには手は抜かない。死んでもしらねぇぞ」
『ここで死ぬならそれはそれでいいかもしれませんね』
どうせ生きていてもろくな目に合わないのは確定事項だ。サソリさんに殺されるならそれはそれで本望。少なくともデイダラに犯されるよりは100倍いい。
サソリさんが置いてあるヒルコに触れる。ぼんっ、と音がしてヒルコが姿を消した。どうやら巻物にしまったらしい。
『あれ?ヒルコ使わないんですか?』
当たり前に湧いた疑問。サソリさんは袖に巻物を忍ばせている。
「お前の能力が厄介なのは確かだからな。手合わせ如きでヒルコを壊されたらたまらん」
『あら、もしかして私に負ける予定がおありで?』
お約束の如く無言で睨まれる。それを無視して丁寧に頭を下げた。
『よろしくお願い申し上げます』
「オレに頼んだ事、後悔すんなよ」
『後悔するくらい全力でお願いします』
サソリさんの髪が、柔らかく風にそよいでいる。綺麗だな、とあの時と全く同じ感想を抱いた。
一枚の木の葉が二人の間にはらりと舞う。それを皮切りに私は再び印を結んだ。
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