愛しい(かなしい)
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「オイ、起きろ」
突然の身を切る冷たさに、私は驚いて飛び起きた。見れば、大男がバケツを尻尾に潜らせながら私を見下ろしている。
クナイ入れを作りながらどうやらそのまま眠ってしまったようだ。私は頬に滴る水を拭いながら目を鋭くさせる。
『普通に起こしてください。水ぶっかけることないじゃないですか』
「風呂入ってねーお前のために水汲んできてやったんだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはねぇ」
それにしたってやり方があるだろう。頭から服までびちゃびちゃである。確かに泥は落ちたけど。
「今デイダラが朝飯調達しに行っている。また盛られたくなかったら早く着替えるんだな」
昨日のことを思い出し、気分が悪くなる。昨日買った忍服と下着を取り出して、私は着ている着物に手をかけた。と同時にサソリさんがじっとこちらを見ていることに気づく。
『…あの』
「なんだよ」
『せめて後ろ向いててもらえませんかね』
サソリさんが興味なさげにああ、と呟いた。
「安心しろ。オレにそういう欲求はない」
欲求はないと言われても。それと私の羞恥心は別問題である。
サソリさんは面倒臭そうに、しかし私の気持ちは察してくれたようである。早くしろよ、の言葉とともに私に背を向けてくれた。ホッとして、着物から腕を引き抜く。
「女がいるのはやはり面倒だな」
『はぁ…じゃあ是非置いていってください』
「そういうわけにいかねぇんだよ。上からの指示だからな」
悪の組織とあろうものが上からの指示に従うとは。そこは反発心があってもいいのでは、と心の中で少しだけ戯けてみる。
下着を身につけ、忍服を羽織る。そこで気づいた。チャックが背中である。自分ではうまく閉められない。どうしたものかと考え、まぁサソリさんならいいか、と声をかける。
『サソリさん』
「ああ?」
『大変申し訳ないのですが、背中のチャック閉めてくれません?』
顔は見えないのに、物凄く嫌そうなオーラを感じる。それを無視して、お願いします、と後ろを向く。
ぼわん、と音がした。どうやらまた大男の傀儡をしまったらしい。背中で小柄な男性が動く気配がする。
「自分で着られない服買うんじゃねぇよ」
『すみません。気づかなくて』
「……」
『あ、あとついでに髪結ってもらえません?簪買ったんですけど、私髪結い下手で』
「オレお前の母親じゃないんだが」
口では文句を言いつつ、サソリさんは背中のチャックを手早く上げ、簪貸せ、と手を出した。ありがとうございます、とそれを手渡す。
人に髪を結ってもらうなんて何年ぶりだろう。サソリさんはきちんと手櫛で私の髪を整えている。意外に几帳面である。
『サソリさん、里抜けする前に女いたでしょう』
「ああ?」
『女性の髪の扱い慣れてるじゃないですか』
ああ、とサソリさんがまた白々と相槌をうった。
「いねぇよ。…強いて言えば、昔母親の髪を結ったことがあるくらいだ」
こんなもん、誰でもできるだろ。サソリさんは私の髪を器用にさっさと結っていく。そんなものだろうか。少なくとも千秋さんは私の髪は結えなかったけど。ごめんね、君の髪質は柔らかすぎて難しい。と言っていた。
男性サンプルが少なすぎて評価し辛い問題である。
数分も立たず、サソリさんはできたぞ、と言った。ありがとうございます、と後ろを向けば既に赤髪のサソリさんの姿はなく、そこには目つきの悪い大男。えー、と思わず不満が口から溢れた。
『どうしてすぐ隠れちゃうんですか?』
「別に隠れてるわけじゃねぇ。ヒルコが一番扱いやすいんだよ」
ヒルコ、とはこの大男のことだろう。折角カッコいいのに勿体ない、と思ったものの勿論口には出さないでおく。私の趣味なんてサソリさんには全く興味のない問題であろう。
強風と共に空にぶわっと鳥が舞う。もうその姿に驚くこともない。サソリさんがやっと来たか、とまた面倒臭そうに呟いた。
****
ひたすら歩かされ、情けなくも脹脛がパンパンになった頃。そろそろ着くぞ、とデイダラが言った。
ついに暁のアジトに着くらしい。今まで考えないようにしていたのに、急に恐怖感が首を擡げる。
言うまでもなく、ろくな扱いはされるわけがない。下っぱの目の前の二人で既に態度の悪さはお墨付きである。それを纏めているリーダーか。一体どんな人間なのだろう。
暁の情報は、どの国も喉から手が出るほど欲しているものだ。どうにかして抜け出して、情報を伝えられたらいいけれど。そう簡単にはいかないだろう。
私が死ぬのが先か、逃げ出せるのが先か。私程度の忍びにはなかなか荷が重いミッションである。
「余計なことを考えても無駄だぞ」
そう言ったのはサソリさんである。また心の内がバレてしまったらしい。私はため息をついて、足元の石ころを蹴飛ばした。
『なんでそんなに私の考えてることがわかるんですか?もしかしてサソリさん私のこと好きだったりします?』
「……ああ?」
今までの会話で、一番不快そうに睨まれた。これはもはや殺意と言ってもいい。だから冗談に決まっているのに。
「ナイナイ。旦那に限ってそれはねぇよ、うん」
デイダラがケラケラ笑っている。そうですか?と私は冷静に言った。
『すみません。私愛する主人がいるので。もし結婚をご希望なら来世でお願いします』
「ぶはは!」
デイダラは爆笑しているものの、肝心のサソリさんは無である。相変わらず冗談の通じない人だ。
「今日はやたら饒舌だな」
『……別に。そんなことはありません』
ビビってんだろ。その言葉を今度は私が無視する番である。
デイダラがおっ、と声を上げた。釣られてそちらを見やれば大きな滝が目線の先に広がっている。
少し下がって後ろ向いてろ、とサソリさん。色々と見られたらまずいものがあるらしい。私は指示通り大人しく後ろを向いた。
「今回はお前もきちんとチャクラ出せよ」
「へーへー、わかってるよ、うん」
「そう言ってお前はいつもサボるからな」
二人が珍しくコミュニケーションを取っている。私は爪を弄りながら感覚を背中に集中させた。
これから私は、少しも油断しない。ありとあらゆる情報を集めて、できることなら一人でも多く暁メンバーの時を送ってしまいたい。
時送りは本来、暗殺に長けた能力だ。だからこそ疎まれた。そして能力を押さえつけるために、力をコントロールする訓練は嫌というほど受けている。命は削ることになるけれども、ここまで来てしまったら死んだも同然。寿命が短くなろうが何も惜しくはない。
特に後ろの二人。この二人は何があっても絶対に私が殺す。
千秋さんを傷つけて、私の生活をぶち壊した張本人を見逃す気は毛頭なかった。私だって忍びの端くれだ。特段強くもないけれど、それほど弱いくノ一でもない。
二人のチャクラが乱れる。幻術を解いているな、ということをすぐに悟った。
なるほど。暁のアジトはかなり高度な幻術に取り囲まれている。今まで誰も見つけられなかったのはそのせいだろう。私も二人のチャクラの動きを見なければ気付かなかった。
「行くぞ」
サソリさんに声をかけられ、私は後ろを振り向いた。大きな滝が姿を消し、代わりにぽっかりと大きな洞窟が口を広げている。暗闇の中にえも言われぬ禍々しい何かを感じる。背筋がゾッとした。
サソリさんとデイダラはさっさと洞窟に入って行ってしまう。心臓が胸を突き破ってくるのではないかと疑うくらいに騒がしい。しかし彼らに付いて行く以外私に選択肢はなかった。
仕方なく足を踏み出す。歩を進めるたびに何かがねっとりとまとわりついてくるような感覚に陥る。勘違いなのか、実際に何かいるのか。わからない。わかりたくない。
「遅かったわね」
そこには、一人の女性が立っていた。とても綺麗なお姉さんである。拍子抜けする。まさかこの人が暁のリーダーなのだろうか。
こなん、とデイダラが言った。恐らく女性の名前だろう。なんとなく会釈をする。
「あれ?リーダーは?」
「急を要する任務が入ってね。代わりに私が待っていたの」
どうやらリーダーはまた別にいるらしい。女性の目が、左から右にゆっくりと動く。3人よね、と色気のある唇が小さく動いた。
「なんだ?」
「いえ。ゼツが”4人”と言っていたものだから。まさか追手がいるのではないのかと思ったのだけれど」
サソリさんの尾がゆっくりと揺れる。
「オレたちがそんなミスをするわけねぇだろ」
「……。それもそうよね」
女性が私をまじまじと見た。思わず一歩後ずさってしまう。
しかし彼女は丁寧に、私の前で頭を下げた。
「初めまして。私は小南よ」
『…あ、えと、初めまして。私は…』
「この女は月下ちゃんだ、うん」
デイダラが私の話を遮った。私別に月下という名前ではないんだけれど、と弁明するより先に、小南さんはそう、と相槌を打つ。
「時送りの月下さん。これからどうぞよろしく」
あまりにも優しく、甘い声だった。思わずはい、と返答してしまう。
小南さんは私の手を引き、自分の元に呼び寄せた。私の手を躊躇なく握ったのは、千秋さん以外では彼女が初である。
彼女はきっと私が怖くないのだろう。それはつまり、彼女が私よりも強いということを表している。
ここにいる人たちは、簡単に私に時を送られない自信がある強者なのだ。
「この子は私が預かるわ。貴方たちにはまた別の任務が用意されている」
えー、と不満の声をあげたのはやはりデイダラである。
「またかよ、うん。オイラ全然休暇もらってねぇんだけど」
部下の文句に気分を害した様子も見せず、小南さんは髪を耳に引っ掛けた。とんでもなく良い匂いがして、泥臭い自分が途端に恥ずかしくなる。
「ご心配なく。次は貴方たちの喜ぶ任務よ」
小南さんは二人に紙のようなものを手渡した。それを覗き込む二人。デイダラの口角がニヤッと上がる。
「行くか、旦那」
「テンションのアップダウンすら煩えな、お前」
恐らく殺しの任務なのだろうな、と悟った。優しい千秋さんとは大違いである。彼はそういう任務がある時、必ず瞳の色を暗くさせていた。
この二人を見ていると、今まで見えていなかった千秋さんの良さがくっきりと浮かび上がってしまう。この二人は千秋さんとは真逆な人種だ。次の任務でどうか死んでくれますように、と心の中で願う。
瞬時、サソリさんと目が合った。鋭い瞳が、少しだけ目尻を下げているような錯覚に陥る。またか、と諦めに近い感情が私の心を過ぎる。
『…なんですか』
「いや?お嬢ちゃんのご期待に添えなそうで残念だなと思ってな」
デイダラが訝しみながら私とサソリさんを見比べている。チッ!と遠慮することなく舌を打って、私は手をひらひらさせた。
『はいはい。気をつけて行ってきてくださいねーどうかご無事でー』
「お前はせいぜいリーダーの帰りを震えて寝て待てよ」
誰が、と反論しようとした時にはもうサソリさんとデイダラは忽然と姿を消していた。本当に忌々しいくらい一部の隙もない。
慌てない、と自分に言い聞かせた。力では絶対に叶わないのだから。よく観察して、考えて。相手も人間なのだ。365日一瞬も隙がないなんて有り得ない。その一瞬を突く。
貴方たちこそ震えて寝て待ちなさい、と心の中で毒を吐いた。
「随分サソリと仲良くなったのね」
は?と思わず素の声が出た。小南さんは相変わらず美しい、しかし表情の動かない顔で私を見ている。
無言でいると、冗談よ、と彼女は抑揚のない声で言った。それと同時にサソリさんの言葉を理解する。なるほど、表情の乏しい人間は全く冗談を言っているように聞こえない。
黙っている私は、怯えているように見えたらしい。小南さんは優しい声色で大丈夫よ、と言った。
「手厚く迎えるように言われているから。私は貴方に何もしない」
つまり、リーダーが戻ってきたら存分に甚振られるということだろう。しかしそれまでは優しくしていただけるらしい。
ありがとうございます、と私は言った。そしてダメ元で提案する。
『私、暫く忍びを離れていて。修行したいんですけど、それは可能ですか?』
小南さんは意外にもあっさりいいわよ、と言った。
「この辺りは自然が豊富だから修行にはうってつけ。時間はたっぷりあるから存分にどうぞ」
『……』
「言うまでもないとは思うけれど、変な気は起こさないで頂戴ね」
小南さんは敢えてそれ以上は何も言わなかった。私も言われずとも理解している。わかりました、ありがとうございます。と私は言った。
何か困ったことがあったら声をかけて、と小南さんは踵を返した。軽く会釈をして、洞窟を後にする。
地上に出て、身体がすっと軽くなるのを感じた。やはりあの中には何かがいる。何かが必死に私を押さえつけているような、そんな感覚。
なんといっても暁だ。どんなおかしな事象が起きようとも特段驚きはない。とりあえず一つ伸びをして、私は早速印を結んだ。
リーダーがいつ戻ってくるのかはわからない。つまり私はいつ殺されるのかもわからないということだ。時間は限られている。
この不可逆な一瞬の時を、私は決して無駄にはしない。
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