満月の夜
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突き抜けるような青空だった。
雲一つない晴天。お買い物には絶好の日。
久しぶりの、しかし慣れた木ノ葉の商店街を一人で歩いた。
雲にも大分慣れたけど。やっぱり木ノ葉の雰囲気が一番好き。
時刻は13時5分前。もう来ているだろうか。ポーチに入っていたグロスを唇にひと塗りしてから、甘味処に足を踏み入れた。
「美羽さん!」
お店に入ると、既に到着していたサクラちゃんが私に手を振った。私は顔を綻ばせて彼女に歩み寄る。
「お久しぶりです。相変わらずお綺麗ですね」
『はは、ありがとう』
サクラちゃんはメニューを取り出して私に渡した。それを受け取り、目を滑らせる。
『やっぱり木ノ葉はいいね。メニューが豊富』
「そうですか?雲はどんな感じなんですか?」
『うーん…あまり惹かれるメニューがないのよね。若い女の子が少ないからなのかなぁ』
私の今いる雲隠れの里は、男性より女性の人口が大分少ない。故に、若い男性の結婚相手は他国に求めらることも少なくなかった。そして私も、求められた女の一人である。
「どうですか、新婚生活は」
そう言ったサクラちゃんの顔はなんとなく沈んでいる。
私はとりあえず店員さんを呼び止めて注文した。水を一口飲み、答える。
『普通かな。優しい人だよ』
「本当に良かったんですか?」
『うーん…』
本当に良かったのか。そう聞かれると返答に困る。
『まあ、不自由なく生活させてもらってるし、戦わなくていいし。それなりに幸せなんじゃない?』
火影室に呼び出され、縁談の話があると言われたのは半年前のことだ。
初めて聞いた時は驚いた。私はまだ19歳だ。生まれてこの方恋人すらできたことがないのに、いきなり結婚だなんて。
全く乗り気ではなかった。しかし火影様の手前断れず、会ってみるだけだと背中を押され。初めて彼を見た時は、特に何の印象もなかった。強いて言うなら、悪い人じゃなさそうだな程度の認識である。
そして半強制的に何度か顔を合わせた後、結婚を正式に申し込まれた。正直、私はそういう気には一切なれず丁重にお断りをするつもりだった。しかし、それができない状況に追い込まれたのである。
雲に行って欲しい、と言ったのは火影様ではなく相談役の二人だ。彼ら二人は穏健派の火影様とは違う人種。
あの人は、現雷影様の近縁らしい。彼は木ノ葉に視察に来た時に、偶然見かけた私をいたく気に入ったそうだ。
雲隠れと木ノ葉隠れは、現在友好的な関係とは言えない。いつ戦争が起きてもおかしくない危うい繋がり。
木ノ葉は私を差し出す代わりに、火の国を侵さない旨の条約を雲と結びたかった。詰まるところ政略結婚というやつである。
「貴方一人が我慢すれば木ノ葉は平和になるんです」
「今まで、貴方のような女を拒否せず育てたのは木ノ葉なんですよ」
「感謝しているなら、嫌とは言えないはずですよね」
そう言われて仕舞えば、私に拒否権はない。
あれよあれよと言う間に縁談が進み、私は雲に嫁いだ。
友達が一人もいない土地で、私が頼れるのは彼だけだ。幸い彼は優しい人で、私のことを大事にしてくれる。
命の危機がないあの場は平和で、とても退屈だった。月に一回のみ許された木ノ葉への里帰りが、今の私の唯一の楽しみである。
店員さんが二人分のあんみつを運んでやってきた。それを受け取り、私は本題に入る。
『ねぇ、サクラちゃん』
「はい?」
『例のやつ、持ってきてくれた?』
「……」
少し周りを気にする様子を見せながら、サクラちゃんは小さな袋を私に渡した。ありがとう、と受け取る。
「本当に大丈夫なんですか?」
『うん?』
「そんなの飲んでるってバレたら…」
ああ、と私は相槌を打った。彼女の言いたいことをすぐに察する。
『だって子供産みたくないんだもん』
「……」
私がサクラちゃんから月に一回受け取っているのは、ピルである。避妊のための薬だ。
毎日求められる身体の繋がりを、私は拒否したことはない。初めてのあの裂けるような痛みも、好きではない人と身体を重ねる気持ち悪さも、もう慣れてしまった。求められれば奉仕もするし、気持ちの良いふりもする。
しかし、子供を産む気は全くなかった。
あの女は石女だ、と最近下女たちが噂話をしているのを私は知っている。他国から来たどこの馬の骨ともわからない女が、それなりに地位のある彼と結婚したことが気に入らないのだろう。
こんな籠の中の鳥の生活、幸せそうに見えるんだろうか。変わりたいならいつでも変わってあげるのに。
あんみつを口に運ぶ。甘さが口の中に広がり、幸せが私の胸にストンと落ちた。
『里の方はどう?』
「おかげさまで平和です。…今のところは」
『?』
意味深な発言である。視線をサクラちゃんに戻すと、彼女もまたあんみつを口に運びながら続けた。
「…最近、”暁”の動きが活発になっているみたいで」
『……』
暁。その言葉に反応する。
サスケくんのお兄さんで、私の先輩でもあるイタチが所属しているという反逆組織。
私が忍びでいた頃から、存在は暗に囁かれていたけれど。その頃はまだ大きな動きはなかったはずだ。それが、動き始めたと言うのか。
「最近、消えるらしいんです」
『消える?』
「ええ。里にとっては少し特別で、優秀な忍びが」
特別で優秀。その言葉にピンと来た。
『私みたいな血継限界をもつ忍びってこと?』
サクラちゃんが小さく頷く。
「暁が何らかの目的のために拉致している可能性が高いです」
『……』
「だから美羽さんも気をつけてくださいよ」
うーん、と私は考える。
『多分大丈夫だと思うけど。私もう忍びじゃないし』
「だといいんですが…」
『でも、もし暁に拉致されたら今よりは楽しいかもね』
サクラちゃんの眉が釣り上がる。私は慌てて冗談よ、と続けた。
「冗談言ってる場合じゃないんです。最悪殺されるかもしれないんですよ」
『あー、そっか。それはちょっと困るなぁ』
相変わらず呑気なんですから、とサクラちゃんは失笑した。私はあんみつを一気に食べ終え、お財布を取り出してお札を数枚抜き取る。サクラちゃんが目を丸くした。
「多いですよ」
『あー、いいのいいの。薬も貰ったから』
お金にも困ってないし、と私は笑った。サクラちゃんはもう、何も言わなかった。
サクラちゃんと挨拶を交わし、店を後にする。平和を絵に描いたような木ノ葉の街。誰かの犠牲の上で、平和が成り立っているなんて考えたこともないような人々の顔。少し前は、私もこちら側の人間だったのに。だからこそ、罰が当たったんだろうか。
どうして木ノ葉ではあんみつひとつで幸せになれるのに。何でも用意されている雲で、私は幸せになれないんだろう。
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