愛しい(かなしい)
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もしも時間が戻せるならば、貴方とゆっくり話がしたい。
月下美人の花開くあの穏やかな小丘で、二人肩を並べてお話できたならば。私はもう、この世に未練を残すことなく静かに散っていける。
この世に生が続く限り、この残酷な時の流れには誰も逆らえない。
重い目蓋をゆっくりと持ち上げれば、そこには晴天が広がっていた。一つ、二つ。瞬きをして、私は身体を少しだけ傾ける。
地面に身を横たえていたのかと思ったら、どうやら違うようだ。柔らかくもなく、硬くもない。不思議な感触のそれを指で確認していると、おっ、と頭上から声が降ってきた。
「やっと起きたか。丸一日起きなかったんだぜ、お前」
誰だっけ、と一瞬考え、直ぐに脳が記憶を呼び戻した。痛む頭を押さえながら、私は声を作り出す準備をする。
『…ここはどこですか』
「雷の国と火の国の丁度中間地点ってとこだな。アジトに到着するにはまだまだかかるぞ、うん」
そうですか、と私は呟いた。覚悟はしていた。しかし、実際に暁に拉致されている事実に直面するとさすがに穏やかな気持ちではいられない。
身体を起こし縮こまった身体を解すように小さく伸びをする。脳裏にふわりと優しい笑顔が浮かんだ。
『…千秋さんは』
「うん?」
『千秋さんは、無事ですか?』
ああ、と目の前の男…デイダラは相槌をうった。
「ご希望通り、家に放り込んでおいたぞ」
『放り込んでおいたって…』
「わざわざオイラ達が布団引いて寝かせてやると思うか?うん?」
確かに、思わないけれど。
目の前で揺れる金髪をぼんやりと眺めながら血塗れで横たわっていた千秋さんの姿を思い出す。思い出しただけで、胸が押しつぶされたかのように痛い。大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。私はきちんと千秋さんの時を戻した。だから大丈夫。きっと大丈夫。下女が見つけて、きちんと千秋さんを病院に連れて行ってくれているに違いない。
どうか、ご無事で。私は心配な気持ちにそっと鍵をかけた。
「そういえばさー」
ふらふらと揺れる鳥の上で、デイダラは私に話を振る。態度がまるで友達のように馴れ馴れしい。
「お前ん家まじで金持ちだな。戸棚見たら分厚い札束が入ってたから少しばかり拝借させてもらったぜ、うん」
千秋さんを布団に寝かせる時間はないのに、金目のものを物色する時間はあったようだ。
『一応名家ですからね。それなりには』
「ふーん。いい生活してんな、うん」
何も知らないくせに。そう思ったものの、口に出す気は毛頭ない。
視線を下に落とし、私はあることに気づいた。あの日、私が着ていたのは白の反物。しかし今私の視線の先にあるのは戸棚にしまってあったはずの淡い空色の着物。唇に指を当てて考えていると、デイダラとはまた違う低い男の声。
「お前の死体を偽造するために着替えさせたぞ」
『…え』
声を探して鳥の下を覗き込めば、目つきの悪い大男と目が合う。瞬時に身がすくんだ。
怯えている私を気にする様子を微塵も見せず、大男はドスの効いた声色とは似合わないゆったりとした口調で続ける。
「生きて二度と会えないより、死んだと思わせておいた方がまだ幸せだろ」
大男は長い尻尾をゆらゆらと横に振っている。この人も暁の一員なのだろうか。そして私は気づく。そういえば狐さんの姿が見えない。
「怖がってんじゃん。優しくしてやれよ、狐さん」
デイダラがニヤニヤしている。狐さん?と私は目線を動かした。しかし相変わらず狐さんの姿は見えない。大男がデイダラをギロリと睨みつけた。
「オレは狐じゃない」
「月下ちゃんの中では狐さんだろ」
な?とデイダラが私に同意を求める。状況が飲み込めない。
大男がふぅ、とため息をついた。
「見た目は変わってるがオレがサソリだ」
『……え』
サソリ…さん?風に揺れていた綺麗な赤髪と、ブラウンの瞳。青年の姿を思い出し、目の前の似ても似つかない大男に重ねる。
「傀儡だよ。旦那傀儡使いだから」
雲には傀儡使いがおらず、私も傀儡に詳しくはない。確か傀儡は砂発祥の文化だったはずである。
それにしても、あんなに美しい見た目をしているのに。何故よりにもよってこんな悪趣味な大男の格好をしているのだろう。しかしそれを口に出すことは勿論出来ない。
ぐぅ、と思い出したようにお腹が鳴った。デイダラとサソリさん二人にジロッと見られる。私は慌ててお腹を押さえた。一日気を失っていたということは、勿論食事もとっていない。こんな時にもお腹は空くのね、と少しだけ虚しい気分になった。
デイダラが辺りを確認してから、旦那、と声をあげる。
「丁度湯隠れの里あるから寄ってくか、うん」
サソリさんは何も言わなかった。
****
「四半刻だけ待ってやる。必要なものをとっとと買い揃えてこい」
サソリさんは湯隠れの里自体には入らないようだった。一般の忍びに変化したデイダラと共に湯隠れの門扉を潜る。
湯の国は火の国の北東に位置する豊富な自然と観光資源に恵まれた小国。訪れたのは初めてであった。
観光名所として有名な場ではあるものの、与えられた時間はたった四半刻。時間もなければその気もない。
食事処でおむすびを買い、着替え用の下着と、女性用の忍服を購入した。どうせこれからこき使われるのは目に見えている。普段着の着物では動きづらい。
久々の忍服。どうってことないデザインのそれに、僅かに気分の高揚を感じた。しかしそれを悟られるのは面白くなくて、私は終始無表情を貫いている。
「あとは?何か買っとくもんあんのか、うん」
金ならあるぞ、とデイダラ。それは千秋さんのお金です、と内心毒づいた。
欲しいもの。そういえば、千秋さんのクナイ袋がほつれていたんだった。近々布を買って縫い直そうと思っていたのに。先延ばしにせずさっさと作っておけば良かったと後悔する。千秋さん、困ってるだろうな。
私は足を止めた。幸せそうに歩く人々を眺め、その先にある一つの店に目が引き寄せられる。
すみません、とデイダラに声をかけた。
『一つ買いたいものがあるんです。少しだけお時間いただいていいですか?』
****
サソリさんは待つことが嫌いなのだとデイダラは言った。1秒でも遅れたら殺されるから、の脅しに頷き私たちは足早に待ち合わせ場所に向かう。
物の買い出しに四半刻という設定がそもそも無理がある気がするけれども。しかし私がそんなことを言える立場ではない。
見分けのつかない木々を駆け抜ける。やはり感知能力が鈍っている。デイダラについていかなければ、サソリさんの元に戻れる自信はなかった。また訓練し直さねばなるまい。そんな時間を与えてもらえるのかはわからないけれども。
「なぁ、」
隣にいるデイダラが声をかけてきた。邪魔な髪を押さえながらなんですか?と答える。さっき買った簪を早く挿したい。そんな呑気なことを考えていた私は少し油断しすぎていたのだろう。
『…わっ』
バランスを崩し、私はその場に転倒した。背中と腕が擦れて痛い。いくら忍びから離れていたとはいえ、流石に転ぶなんて恥ずかしすぎる。慌てて身体を起こそうとすると、青い瞳と目が合った。
千秋さんと同じ色で、違う瞳。瞬時にゾッとした。
彼が”男”になっていることにすぐ気付いてしまったからだ。
私に覆い被さりながら、デイダラは唇をベろりと舐めた。月下ちゃん、と私のものではない、しかし私を表した名を呼ばれる。
「少し相手してくんない?うん」
やはりそういう話か。私は溢れ出す嫌悪感を隠すため身体の痛みに意識を集中させた。
『お断りします。私は娼婦ではありませんので』
デイダラは私の上から退く様子がない。鋭い瞳を細めて、手中に収めた私を嘲笑う。
「ずっと好きでもない夫の相手してたんだろ。だったらいいじゃん」
『……それとこれとは別の話です』
「他人から見たら同じ話なんだよ、うん」
売女のくせに、とデイダラは嗤った。
屈辱に震える私。しかしデイダラは私の感情の移ろいには全く興味がない様子である。
「下のお口少し貸してくれればいいから」
な?と耳元で囁かれる。同意なんてするわけはないし、彼自身も私に同意を求めてはいないだろう。
デイダラは言葉通り私の脚を無理矢理開かせた。どうやら本当に挿れるだけらしい。私は既に諦めていた。
下着を脱がされ、押しつけられる。覚悟していたはずなのに、そこで一気に嫌悪の気持ちが破裂した。悔しい。気持ち悪い。こんなところで、こんな奴に。どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの。
嫌だ、助けて。
帰りたい。あの人のところに帰りたい。
『…千秋さん…ッ、』
痛みを感じたのは、ほんの一瞬だった。気がつけば、デイダラが私から離れたところで頭を押さえて蹲っている。と同時に、長い尻尾が大きく揺れていることに気づいた。
「何やってんだテメェは…」
「ってて…尾で殴んなよ。まじで痛ぇんだよそれ、うん」
「お前が時間守らずこんなところで盛ってんのがいけねぇんだろ」
鋭い瞳が私を見た。そして興味なさそうな声色で「早く身なりを整えろ」。
デイダラは明らかに不満な様子である。
「少しくらいいいじゃん。任務続きで遊郭に行く時間もねーしいい加減溜まってんだよ、うん」
「知らねーよ。とにかくオレを待たせるんじゃねぇ。ヤるならオレのいないところでヤれ」
言い争っている二人を横目に、私はそそくさと着物を直した。鼻の奥がツンとする。しかしこんなことで泣くのはプライドが許さなかった。
ちらばってしまった購入品を無言で集める。おにぎりが泥に塗れていた。今の私にとってはこのおにぎりさえ貴重な食料なのに。
拾い上げて持っていたハンカチで包み込む。とんでもなく惨めだった。こんな扱いを受けて生きるくらいなら、自害した方がマシなのではないだろうか。
「オイ」
知らぬ間にサソリさんが私の隣に来ていた。なんですか、と至極冷静に答える。
「余計なこと考えてるだろうが、無駄だ。お前は今自ら死を選ぶ権利すらない。自害なんてしようものならお前の夫を殺すぞ」
これは脅しではない、ということは考えずとも明らかだった。私は素っ気なく『わかっています』。
『私は木ノ葉にいた時からただの道具ですから。持ち主が変わったくらいなんてことはありません』
「…さすが、上手く調教されてるな」
まるで家畜だな、とサソリさんは言った。死ね、と思いながらそうですね。と答える。
「道具ならいいじゃん。オイラの相手してくれよ、うん」
『道具には道具なりに主人を選ぶ権利くらいはあるので。貴方は嫌いです』
デイダラがジロッと私を睨んだ。サソリさんが鼻を鳴らして笑う。
「随分気の強い嬢ちゃんだな」
『気が強くなくちゃこの世界では生きていけないでしょう』
サソリさんは小さな声で、その気の強さがいつまで保てるか楽しみだな、と言った。
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