逢いたかった人
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青い瞳が、変わらずオレを睨みつけている。
どんなに不利な状況でも、奴の勝気な態度は変わらないようだ。
「いい加減諦めたらどうだ?これ以上動いたら毒が回って死ぬぞ」
早瀬はオレが期待した以上に強い忍びであった。風と雷の性質変化を使い、オレの隙を狙って的確に攻撃を仕掛けてくる。
本当は手加減して遊んでやりたかったが、その余裕はないくらいには奴はオレを追い詰めた。おかげでうっかり砂鉄の猛毒を使ってしまい、現在に至る。
即死してもおかしくない毒の量を浴びながら、早瀬はまだ立ち上がっていた。ここまでしぶとい忍びはコイツが初めてだ。このオレ様が直々に褒めてやってもいい。面倒な問題さえなければ傀儡にしてやっても構わないくらいだ。
諦めるわけないだろ、と早瀬は言った。しかしその声は息も絶え絶え。聞き取るこちらの身にもなってほしいくらいである。
「オレが死んだら彼女が悲しむ。だからオレは死なない」
くだらない精神論だ。オレは現実を伴わないそういう考えが大嫌いである。
「そんな気持ちの問題で生き残れると思うか?もう手遅れだ。お前はじきに死ぬ」
「死なねぇって言ってんだろ」
早瀬はまた刀を構える。オレは仕方なく、三代目をこちらに呼び戻した。
「オレはお前なんかとは違うんだよ」
早瀬が歯を鳴らしている。呼吸が、ゆっくりと確実に浅くなる。
「オレはお前と違って、ちゃんと愛する人間がいる。彼女のために、オレは絶対死なない」
「……。その愛する人間は、本当にお前のことが好きなのかよ」
早瀬の動きが止まる。たった数秒前まで、言う気のない真実だった。
先程から安っぽい愛を語るコイツに、オレの忍耐が臨界に達したのである。
オレは笑顔を作った。傀儡の身体で、動かないはずの筋肉。しかし笑顔の作り方を理解してさえいれば、表情を作るのなんて容易である。
「名前も知らないオレに縋らなければやってられないほど、あいつはお前といるのが苦痛らしいぜ」
奴の絶望する顔が見たかった。その勝気な瞳が歪む様を、このオレに見せて欲しかった。
しかし早瀬は、オレの期待をいとも簡単に裏切った。
「お前に言われなくてもそんなことは百も承知なんだよ」
オレの予想に反して、どうやら早瀬はあの月下の女の心の内を前々から知っていたらしい。
それならば何故。そこまで命をかけて、あの女を守ろうとする。
「オレが愛してるからだ」
オレの疑問に答えるかのように早瀬は言った。青い瞳がまだ闘志に燃えている。
「彼女はオレのために、全てを捨てて嫁いできてくれた。それだけでいい。むしろそれ以上、オレが彼女に何を望めるというんだ」
「……」
「いつでもオレの傍にいて支えてくれた彼女の誠意に応えたい。彼女には本当に感謝しかないんだ。だからオレはこの命に変えてでも彼女を守る。彼女に出会ったその日から、オレの命は彼女を守るためにある」
こんな危機的状況の中で、早瀬はまるで幸せをなぞるように笑った。
「誰も愛したことのない、欠陥品のお前にはわからねぇ。…オレたち夫婦のことは、一生お前にはわかんねぇよ」
三代目を構えれば、指示せずとも砂鉄が一斉にオレの周りに集まる。
オレは貴様のような虫ケラに憎悪の感情など持ち得ない。これは、純粋な殺意だ。
殺せ。目の前の男を殺せ。
殺せ殺せ殺セ殺セ殺セ。
「っ、旦那!」
その時である。白い鳥が頭上を舞った。
そちらを見やれば、デイダラが歯を食いしばりながら粘土をこねている。
オレは我に帰り、傀儡を自分に引き寄せながら言った。
「なっさけねぇ…何やってんだよ」
「だめだ、あの女は」
「ああ?」
「攻撃力は全然ないのにオイラの粘土全部不発にしてきやがるんだよ。すげーイライラする」
不発?とオレ。デイダラが粘土を投げる。すると七色の光がすぐその粘土を射った。粘土は動きを止め、真っ逆さまに地面に落ちていく。くっそー!とデイダラ。
「恐らく時間を止めてる。なかなか厄介だぜ、うん」
「……」
『千秋さん!?』
デイダラを追いかけてきたであろう月下の女が、叫ぶように夫の名前を呼んだ。と同時にふら、と早瀬から足の力が抜ける。
声にならない叫びを上げて女が早瀬に駆け寄った。上質な白い着物は無残に破れ、所々朱に染まっている。
『千秋さん!千秋さん!』
「…戻ってきちゃだめだ、君は逃げて」
『死んじゃだめです…っ、待ってください、今止血を…』
「無駄だ」
二人の様子を眺めながら、オレは冷静に言った。涙に濡れた褐色の瞳がオレを睨みつける。初めて見た彼女のオレに対する敵意だった。
「致死量の毒を浴びている。もう5分ももたねぇぞ」
『…毒…?』
オレの毒は解毒薬がないとそう簡単には解毒できない猛毒だ。その解毒薬はオレにしか作れないし、生憎オレは解毒薬を持っていない。
そうなれば、その男に待つ運命は死あるのみ。
オレの言葉を聞いているのかいないのか、彼女はひたすら夫の名前を呼んでいる。その様を見てざわっと胸が波立った。
何故だ。お前はその夫を愛してはいないはず。それなのに何故、そんなに必死に、そいつの名前を呼ぶことができるんだ。演技か?演技にしては、これはまた高度な。
早瀬の腹に両手を置いた彼女が、手にチャクラを溜めているのがわかる。その姿を見て、無駄だ、ともう一度伝える。
「医療忍術程度じゃ助からない。諦めろ」
『…これは医療忍術じゃないですよ』
私を誰だと思ってるんですか。彼女は静かに言った。
『千秋さんの体を、貴方に会う前に戻します』
はぁ?と隣にいるデイダラが声を漏らした。
「なにそれ。んなことできんの?」
『簡単ではないですが。できないことはないです』
「…チートじゃん、うん」
うへぇ、とデイダラが舌を出している。月下の女はもう何も言わなかった。集中しているのだろう。
頼りなく震える小さな手が、しかししっかりと早瀬の身体に添えられている。
薄い唇が、死なせない、と決意の音を紡いだ。
『千秋さん。貴方のお時間、戻させてください』
彼女の言葉に答えるように七色の光が早瀬の身体を取り囲んでいく。それは先ほど見た、月下美人が蕾を綻ばせた瞬間と同じだった。
闇夜に輝く一筋の光は、非常に幻想的で、この世のものとは思えぬほど非現実的だ。
そしてオレは、先程感じた二度と感じることの出来ぬような激情を再び心に呼び戻す。
彼女はなんて芸術的なのだ、と。
その光が闇に溶けて、オレたちがまた早瀬を見た時。奴の体には傷一つついていなかった。本当に時を戻したのか、とわかっていたのに改めて驚いてしまう。
月下の女はそのまま早瀬の身体に突っ伏した。オレと同じくその様を見ていたデイダラが鳥から飛び降りて近づいていく。
「月下ちゃーん」
『……』
「まさか死んじゃった?死なれると困るんだけど、うん」
女の頬をつんつんと突くデイダラ。彼女の眉間にシワが寄った。
『死んでません。…少し疲れただけです』
「すげー力だな。副作用とかねぇの?うん」
『ああ…ちょっとばかし寿命が縮まります。千秋さんは瀕死だったので、10年近くは縮んだかもしれませんね』
「10年!?」
デイダラが驚愕している。月下の女はなんでもないことのように言った。
『だから禁術なんです。できるならあまりやりたくはありません』
「なるほどな…やっぱこれほどの力はリスキーだな、うん」
オレは三代目を巻き物にしまい、デイダラの横に立った。先程まで対峙していた男が横たわっているのを眺める。今この場で止めを刺すことは容易だが、その気は既に失せていた。
ぼんやりしている月下の女。オレは月の光に消えてしまいそうな彼女の横顔に視線を移した。
「覚悟はできたのか」
『できてません』
「……」
『でもそんなこと貴方たちに関係ないでしょう』
瞼がとろんと溶け始めている。彼女は虚な瞳でオレを見た。
『多分寝てしまうので、勝手に連れて行ってください』
「……」
『あと、千秋さんをお家に寝かせてあげて頂けませんか。ここは冷えるので風邪をひいてしまいます』
最後のお願いなので、どうかよろしくお願いします。
彼女はそう言って、オレたちの目の前で意識を手放した。
眩しいくらいの満月の夜だった。
時送りは、籠の中から開放される。
暁という、新しい場で。
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