このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二日目(3話~)


design
第六話「地を這う虫」


食事の時間となり食堂に集まったのは、山桐栃子、不知火菖蒲、そして亡くなった曲淵ツバキを除いた7名だった。

屋久春秋は給仕に徹している。ここ二日で見た中でも表情は険しい。この場にいない不知火菖蒲のことも心配ではあるだろうが、それだけではなさそうだ。何かあったに違いない。

午前の内に立て続けに騒動があったものの最後に倒れた安居院刹月は存外、身体が丈夫なのか顔色は優れないものの着席していた。いや、箸を持つこともしなかったので無理してでも安居院菩陽から離れたくないだけなのかもしれない。隣に座る安居院菩陽についても多少は神妙な面持ちでなにか悩んでいるようだが、この一連の殺人事件では極めて冷静だった。製薬会社の御曹司と聞けば、わが身可愛さに横暴な態度やこの屋敷から逃げようとしてもおかしくないだろう。それに共同出資…曲淵ツバキは亡くなったので、”神薬”の行く末は彼が握っているわけだ。

軍人の二人。やはり表情が読みにくい。人の生き死にや事件というものに慣れているのだろうか。
センセ…花倉幸路についても同様。いつも通りこの場で僕と同じようにじっくりと招待客の反応を見ながら食事をしているようだった。

ガタッ・・・

「・・・あの。屋久様」
「はい、なんでしょう。」
せわしなく給仕に徹する屋久に刹月が声をかけた。
「不知火様のお加減いかがでしょうか?」
おろおろと真意を伝えず歯切れの悪い言葉に屋久は仕事に追われているのに呼び止められたことに加え自身の最重要な責務に言及され、明らかな苛立ちを見せた。
「こちらでのお食事のご用意が終わり次第うかがう予定です。」
「あ、・・・いえ・・・すみません。」
何か明らかに伝えたいことを呑み込んでしまった様子に景平も嫌な予感がした。

「屋久さん、僕も食事があと少しで終わります。食事の後に不知火さんに呼ばれていたので様子を見に行きますよ。」
「屋久様、無理させてすみません。ご馳走様。食事とても美味しかったです。」
一緒に不知火に呼ばれていた花倉も食事を済ませ、二人で二階へ移動した。

外で昼食を済ませてきた警官たちが帰ってきたようで玄関ホールにいた。
巡査も早朝から呼ばれてまだ昼であることに「今日は長い一日になりそうだ」と束の間の昼休憩を満喫してきたようだ。
「花倉殿、景平くん二階へ?」
「ええ、不知火さんがもしかしたら―――真相がわかったかもしれないと」
最後の方は食堂にいる者に聞かれぬよう巡査に耳打ちをする。

「なっ、なぜあのお嬢さんが花倉探偵よりも先に・・・!」
きっとこの事件の謎を解くのは警官である自分たちではなく花倉幸路だと思っていたのだろう。
「ええ、その手の界隈では聡明な方として有名でして。貴重な意見かと思いますし、私たち”二人”が話に呼ばれていますので、何か分かりましたら巡査殿にももちろんお伝えします。」
「いやあ、それならもう事件解決まであと少しということですな!」
そう言って、安心したように無責任に職務を投げ出すかのように彼らは勝手に捜査本部にと居座っている応接室に明るい表情で戻っていった。

二階の客室前、北向きの窓がある客室はこの時間でもやや暗いだろう。
ノックをして景平と花倉は呼びかけた。
「・・・不知火様?」
返事はない。

心配そうにしていた安居院刹月のことを思い出す。何か嫌な感じがする。
「不知火さん!!大丈夫ですか?」
強めのノックの後、景平はためらわずドアノブをひねると室内に飛び込んだ。
その目に飛び込んだのは、ベッドから崩れ落ちるように倒れる不知火菖蒲だった。投げ出された真っ白な腕、乱れた髪、髪からのぞく真っ白なうなじが日照りにやられて頽れた白百合のようだった。

「嘔吐を確認。脈拍が異常に遅い。何かの中毒反応だ。屋久様と菩陽様を呼んできてくれ。」
場慣れしていることもあり、花倉はすぐに不知火の容態を確認すると指示を出す。
景平はすぐに一階へ下り、屋久と菩陽を呼んだ。あまりの必死の形相に屋久はすぐに不知火に何かあったと悟ると返事をする時間すら惜しいという速さで二階へ走っていった。

客室では医学に明るい安居院菩陽と彼には劣るものの多少知識のある花倉が医者の到着まで何かできることはないかと話していた。
「拍動が遅い。1分間に50前後だ。」
脈を取りながら、菩陽がかなり焦った表情をしている。
「不知火様、聞こえますか?不知火様―――」
花倉の呼びかけにも反応はかなり薄い。こうなった原因を探す菩陽。

他の招待客たちも新たな被害者に何もできず廊下で立ち尽くしていた。

警官が数名で医者を呼びに行った。一刻も争う状況だった。
「屋久!何かこいつ駄目な食べ物とか―――」

「・・・・・・・・・。」
誰が見ても生死の境にいる主人、目を覆いたくなる現実にただただ立ち尽くす屋久は無力だった。
医学だけでなく知識と呼べるものなど持ち合わせず、身体を張って守ることを貫いてきた男はこの現実に対処できる力などなかった。

「おい!!!」
菩陽が声を荒げ屋久に詰め寄る。

「・・・・っ、皆様と同じものです。」
「気道に詰まらせたってわけじゃなさそうですが…」
花倉も中毒症状の原因が分からず、何もできないこの状況に歯がゆい表情をしていた。

「持病は?」
「分かりません。病名がわからず、病弱な方で・・・。」

「これ、私たちの食事には出ていません」
すっと音もなく近づき、楓小路美鶴はベッドの横の小さなテーブルにあった盆の上を指す。

「天婦羅か・・・?」
さらに残った揚げかすを見て菩陽は言った。

「屋久様、昼前に何か温室で摘んでいましたよね。」
楓小路は踵を返し、客室を出ようとした。

「花倉様、菩陽様、不知火様をお願いします。
 私たちは配膳室へ。巡査殿、躑躅ヶ崎殿も同行を。」

そう言って三人は一階へ下りて行った。


配膳室は片付けがまだ済んでいないようで食材の残りや汚れた皿が放置されていた。
葉が少し痛んでいたのか捨てられていた緑色の葉を見つけ、楓小路はそれを一枚持ち上げた。
「天婦羅はシイタケとこれ・・・なんの葉でしょうか。」
「すまない、野草には明るくないもので。」
巡査もお手上げのようだった。

「ジキタリス。・・・なるほどな。」
躑躅ヶ崎は合点がいったのか、にやりと笑った。
「毒草ですか?」

「ああ、主人殺しだ。あの使用人が毒草の天婦羅を食わせた。」
吐き捨てるかのように言うと、巡査も悩むように話し始めた。
「曲淵ツバキには外傷がなく、何か毒殺かと疑っていた訳ですが…まさかあの使用人が?」

「実際、あの令嬢とやらに毒を盛ったのはあの使用人しかいないだろう。」
「客室へ戻りましょう!」


【二階 客室】

「違う!!コンフリーだ!!!」
屋久は巡査に嚙みつくように声を荒げた。
「捕らえろ!」
あまりの剣幕に残っていた警官にそう指示し、屋久は取り押さえられた。
「そんな毒草など知らない!俺が!俺がお嬢様に毒なんて・・・っ!そんなことをするはずがないだろう。」
絶望とも呼べる悲痛な声で弁明をする。

その横に立つ楓小路は冷ややかに言った。
「貴方が温室でなにか草を摘んでいるところも見ています。それに配膳室に出入りしていた人間も貴方以外見ていない。それはここにいる者たちのほとんどが知っている。」

「ちがう、ちがう・・・そんなはず・・・。」
「連れていけ。」
そう言って応接室に一時的に置いておくのだろう。若い警官が引っ張り、なかば引き摺られるかのように屋久は部屋から退室した。その背中はあまりにも小さく感じられた。

客室に残った巡査は話を切り出した。
これまでの経験から、この様子では不知火は助からないだろうと勝手に判断してしまったのだろう。

「事件の顛末はこうだろう―――
 曲淵ツバキを殺した犯人を屋久春秋だと突き止めてしまい、主人である立場から屋久へ自首を勧めたものの、猶予をくれとせがみその間に毒草の天婦羅で毒殺だ。曲淵ツバキについても外傷がなく何らかの毒物による中毒死かと考えられる。手口が似ている!
よって、第一容疑者は屋久春秋だ。」

巡査の事件解決といわんばかりの演説に、客室はしんと静まりかえった。


まだ諦めていない菩陽と花倉は些細な変化も見逃さないよう不知火についていた。

「・・・っ!不知火様?」
彼女の瞼が動く。いち早く気づいた花倉は呼びかけるも聞こえてはいないようだった。
目を薄く開いた不知火の視線は定まらない。意識を少し取り戻したようだが・・・
「・・・あぁ、光が―――お日様かしら」
ずっと室内で閉じこもっていた彼女が最期に見た幻想は、喉から手が出るほど欲した屋外で元気に駆けまわる健康な少女時代だったのだろうか。
薄暗い部屋に、差し込む光などないのに―――

景平はぐっと唇をかみしめた。
「菖蒲のお姉さん・・・」
不知火と景平の文通を通じて交流があった。
共通の趣味は読書であったが、単なる本の感想だけでなく些細な季節の話を不知火は喜んでくれた。
『私はあまり外に出られないから、とても尊く美しい世界が匡くんの綴る手紙越しに目の前に浮かびます。』
それを思い出さずにはいられなかった。

景平は手を不知火の手を握りずっと彼女に呼びかけ続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


――数時間後
医者は淡々と不知火菖蒲の死亡の診断を下すと、館を後にした。
無言で出ていくその様子に、応接室に捕らえられていた屋久も不知火の死を知らされたも同然だった。

「お嬢様・・・」
廊下に響くすすり泣く声。

―――すいすいと一直線に飛んでいく。
昨日、木漏れ日の中を歩く二人。
大柄な黒い燕尾を纏う使用人と淡い色合いの着物で髪も肌すらも白い令嬢。
色合いも体格がこれほどにも違うのに歩幅を合わせ連れ立って歩く二人は支えていたのは使用人の方だったのだろうか。

赤とんぼ 翅を取ったら 唐辛子
とある俳人の弟子の句がある。

翅をもがれ、地に無力に這うことしかできない芋虫のように背を丸めた屋久は額を床に擦り付け、許しを乞うかのように応接室で泣いていた。

――6話終了――
5/8ページ