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二日目(3話~)


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第三話「風雲急を告げる」


何年も前も異国の地での回想。
見知らぬ地での行軍にも行き詰り、上からの指示も途切れ途切れになった。

作戦への参加が決まった時は国のためになる仕事をしようと燃え上がるような情熱を持った兵たちも今となっては消し炭のように燻っていた。異国の地にほっぽり出された小隊のただの軍服を着た浮浪者だった。

――正義とは、国を守るとは…。
周囲の同期はただ座り込んでぼんやりと一日過ごす者が多い。俺は無駄に過ごすこともできず唯一人塹壕を掘っていた。そんな俺を白けたような目で同期は見ていた。
そんな視線から逃げ出そうと空を見ていても虚しく、地面を見ていても惨めに感じた。

「躑躅ヶ崎殿。ご苦労様です。」
煮沸して冷ました水を手に声をかけてくる。この楓小路美鶴だけは俺を腫れもののように扱ったりはしなかった。その日も休憩がてら掘ったばかりの塹壕で美鶴と二人将来のことについて語り、それぞれの故郷の話をした。多くの言葉を交わす中で彼の故郷も自身の第二の故郷のように親しみを感じるほど、多くの時間を過ごした。

また別の日、休憩をとっていると視線の先の地面には多くの蟻に囲まれ一匹だけ攻撃される蟻がいた。
一見同じ種類なのにどうしてこの蟻だけ…。そんな一匹を見てふいに「俺みたいだ。」とこぼしてしまった。失言に気づいた時には美鶴がこちらを不思議そうな表情で見ていた。
美鶴は俺の視線を追って蟻を見ていたことに気づいたようだ。
「躑躅ヶ崎殿が蟻?確かに力持ちだし、大きな敵にも向かっていく姿は…」
美鶴の想定外の返しに俺のほうが意表を突かれた。ふと零した自分の後ろ向きな言葉が自分こそが一番の弱虫に成り下がったことの証明だった。狭い視野に馬鹿馬鹿しくなってしまい笑い始める。
「な、何かおかしなことを?」
いつもと違う俺の様子に美鶴も慌てる。
「そうだな、そうだ。その発想はいいな。」
その時の俺はきっとどこか安心したような表情をしていたのだろう。つられて美鶴が微笑んだのを覚えている。
自らが勝手に背負った責務や理想の大きさに押しつぶされ、視野が狭まっていた。

あの日も今も。俺はどこにいるのだろう―――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


夜明けと呼ぶにもまだ早い時刻。暗い客室で目を覚ます栃子。
今朝はお客様の朝食を作らなくてはいけないのでいつもより早く起き身なりを整え、カーテンを開けた。壁にかけた鍵束を握るとひやりと冷たく、手の温度が奪われるような冷たさだった。

極力まだ眠っているであろうお客様を起こさぬよう自室である女中室を出た。
栃子が持っていた鍵束が音を立てていたようで暗い廊下の先に誰かが動くのが見えた。

『確かあの客室は―――』
不知火様と屋久様の客室。その部屋の前に客室内の椅子を外に出し、屋久様がそこへ腰かけ仮眠をとっているようだった。不知火様と同じ部屋で就寝することは使用人である以上できなかったのだろう。
きっと不知火様は気にされないようにも思えるが、昨日の様子を見ても屋久様がそれはできないと断る姿が容易に想像ができた。不知火様の身に何かあった時に備えて半身を壁につけている。容態が急変した時に気づけるようにといった配慮だろう。当然のことのように私が廊下に出るとこちらに気づいているようだった。
時刻を考え、声をかけずに会釈のみしてから栃子は一階へ下りて行った。

食堂へ続く扉の鍵を開け、暖炉に火をつける。
鍵束は通常館の主が管理するようにも思えるが、ご主人がよく置き忘れるので私が各部屋の鍵をこの謎解きの会でも管理していたしご主人も「そのほうがいいな」と了承していた。

暖炉の火が安定したことを確認し、配膳室に入り朝食の準備を始めた。1時間ほどたって早起きをする人々が下りてきた。軍人の二人だ。楓小路様は食堂で暖炉にあたり、躑躅ヶ崎様はベランダの椅子に腰かけ煙草をふかし、朝日で照らされた庭園を眺めているようだった。
6時半を過ぎて起きてこないご主人。
『さすがに館の主人として身なりも整えてほしいので、起こしに行こう。』

ご主人の寝室へ向かい、扉をノックをするも返事はない。
酒を飲むと起きないタイプだったことを思い出し、水差しとコップを用意する。行儀は悪いが片手にそれらが乗った盆を、もう一方の手で鍵を探る。鍵束の中から主寝室のものを見つけ鍵をあけご主人が眠っているベッドに近づく。
「・・・・・・?」
いつもなら物音に敏感なご主人が目を覚まさない。恐る恐る顔へ手を差し伸べ頬を触ると生きているとは思えない程冷たい肌触りだった。
「―――誰か!!!   っ・・・!?」
大きく息を吸い込んで助けを呼んだその瞬間。ぐらりとゆがむ視界に最後に映ったのは、見慣れた天井と重力に従って落ちる盆や水差しだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「誰か!!!」
悲鳴のような声とガラスが割れる大きな音が聞こえ、楓小路が走っていると異変に気付いたのは彼だけではなく彼の上官の躑躅ヶ崎もだった。音の出所を探すと配膳室の隣の主寝室のようだった。

廊下から見えたのはドアが開いたままの主寝室。様子をうかがうと女中が倒れていた。
「何か動いた!お前は外を!」
躑躅ヶ崎が楓小路に指示し、窓を開けた。
躑躅ヶ崎は女主人が眠るベッドの脇に倒れている女中の栃子の息があることを確認した。
『この女中を襲ったのは侵入者だろうか…?』
確かに楓小路が窓へ向かったときに一瞬何か動くのが見えた気はしたものの怪しい人影は見当たらない。

窓の外の人影をうかがう楓小路と、躑躅ヶ崎は念のため室内の人が隠れそうな場所を探っていた。
栃子の様子をさらに確認する躑躅ヶ崎はゆすっても反応がない栃子の様子に「頭を打っているかもしれない」と、目立った外傷がないものの目覚める気配のない様子に焦りを見せた。
躑躅ヶ崎は「医者を呼べ!」とすぐさま楓小路に指示を出した。指示に反射的に動き、館を出る楓小路。

物音や大声に気付いた他の招待客も階段を下りてくる音が聞こえた。

目まぐるしく人々が出入りをするホール。
その中でもいち早く主寝室についた探偵助手の景平は落ち着き払った様子で「なにがあったのですか?」と気を失った栃子を抱える躑躅ヶ崎を鋭い目つきでうかがっていた。
寝室の近くの廊下にほかの招待客も集まる。屋久は不知火を連れ遅れてきたが、何か騒ぎがあったことを察して、危険に巻き込まれないよう不知火を背に隠し主寝室の方をうかがっている。

「女中が倒れ、無事を確認した後カーテンの奥に何か動くのを見たため賊かと思い窓を開けた。
 美鶴に医者を呼びに行かせたが女中が目を覚まさない。そして―――」

そんな中、この状況でも目を覚まさない。その人物。
景平は躑躅ヶ崎の横を通りこの館の主人である曲淵ツバキの脈を確認した。

「・・・・・・死んでいます。」
沈黙の後、その場に真っ青な顔を手で覆う不知火。ただでさえ白い肌は血の気が引いていた。それを支える屋久、何も言えないままでいる安居院家の二人。
この突然の事態をうまく呑み込むことができずに独特な緊張感に包まれていた。
まだ息のある栃子を診療所へ運ぼうと躑躅ヶ崎は丁寧に抱え直す。
「医学知識がある者がいたら、医師が到着するまでこの女中を見てはくれないだろうか。」
「それじゃあ俺が。」そう言って挙手したのは一番後ろにいた安居院家の明るい方…当主の菩陽だった。

「警察が来るまで現場を荒らさないよう、部屋を出ましょう。」
景平の進言に躑躅ヶ崎は頷き部屋を出た。
躑躅ヶ崎は警察を呼びにいくために玄関へ向かった。

その時―――
「なんだ…招待客が来るというのに出迎えもなしか?それとも到着が早すぎてしまったかい?」
玄関扉を開けホールへと優雅な足取りで登場したのは招待客。その最後のひとり。

「帝都一の探偵。花倉幸路だ。この度はご招待誠に―――」
場違いな明るい声の方へと人を搔き分け景平が駆けていく。

「センセ!!!大変です!!事件がたった今…!」
挨拶を遮るように景平が”先生”と呼んだ人物に視線が集まる。
警察に手を貸し難事件を解決に導いた噂の探偵の登場だった。

助手である景平のただならぬ様子に花倉の表情が一変する。
その後は一連の出来事と現在の状況を一通り景平が話す。花倉は普段から持ち歩いているのであろう、紙束と鉛筆を慣れた様子で取り出し情報を書き止めていた。さすが探偵助手といった簡素にまとめながらも要点は逃さず短時間で説明を終えた。

「早速ではあるが事情聴取をさせていただこう。では招待客は全員、食堂に集まってもらおうか。」
その言葉で一同はこの事実を受け入れる時間を与えられないまま重い足取りで食堂へ向かっていくのだった。


――3話終了――

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