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初日(1.2話)


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第一話「顔合わせ」


 まだ2月の寒さが残る3月初旬。玄関扉を少し出たあたりで使用人らしき人影が客人を待っていた。

少女という年齢だが妙に落ち着き払った表情だ。名を山桐やまぎり 栃子とちこといった。眉の上で切りそろえられた前髪の為か意志の強そうな瞳は敷地の外から来るはずの客人をすっと見据えていた。

その日は春の予感を感じるような穏やかな日だった。風も強く吹かず静かな敷地には軽快な鋏の音が遠くに響く。4月の桜の時期にあわせて庭木の剪定や掃除に来ている庭師のものだ。

そんな静かな昼前に最初の招待客の姿が見えた。洗練されたデザインの馬車が止まり先に出てきたのは服装から付き人と思われる男性と白い着物の女性の二人組のようだ。荷を先にすべて下すのではなくまず一番に日傘を傍らの女性に差し出す付き人の男性。

頭を下げ栃子は視線を上げた。こちらに気づいた女性は日傘を持ち、着物の裾を少しだけ直すと微笑み小さく会釈する。その一連の動作は気品に満ち溢れ、明らかに自分とは住む世界が違うことを数秒の間に見せつける。栃子はすぐに主人に聞いていた不知火しらぬい家の令嬢だろうと思い至った。

令嬢はきっと付き人の名を呼んだのだろう。その隣で荷を下ろしていた付き人の男性はばっと頭を上げ、こちらに気づき大きな背を折りたたむように深々と頭を下げた。御者に声をかけ馬車が再び動き出す。その後も大きな鞄を軽々と持ち令嬢の一歩後ろを一定の距離を保って歩く。

「楽しみにしていましたの。少し早く着きすぎたかしら…」

日傘を傷ひとつない白磁のような手で包み込むようにきれいに畳む。

不知火しらぬい菖蒲あやめと申します。こちらは付き人の屋久やく春秋はるあき

付き人…屋久は再度頭を下げた後、非常に小さな声で「お嬢様・・・あまり急がれますと体調が…」と不安そうにしていた。

"体調が"という言葉にはっと栃子は主人から言われていたことを思い出した。

――持病のせいで身体の調子があまりすぐれない方が来られるから、身体を冷やさないよう一階の暖炉寄りの席にご案内したまえ――

その言葉の通りに一階の食堂へ案内を済ませる。

再び玄関を出て客人を迎えられるよう立っている。定刻通りに来る2名の軍人と製薬会社の関係者2名。少し遅れて探偵事務所の者が来たがこちらはどうやら1人だ。何か事情があるようで少し息を切らせて1人分の荷物を抱えた"助手"と名乗る青年だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



食堂には招待客のほとんどが揃い、様々な面持ちで席についていた。各席には名前の書かれたプレートが置かれており、それに従って招待客は着席していった。

一番早くに来た令嬢の不知火菖蒲と付き人の屋久春秋はにこやかに会話をしている。屋久は主人である菖蒲と同じ席に着くのをためらって後ろに立っていた。

製薬会社の関係者である者は栃子の想像していた風貌より若く、会社の重役とも研究者にもお世辞に見えるとは言えないお坊ちゃまとご友人といった組み合わせで、こちらも楽しそうにしている。

「なあ、刹月せつら。こうやって二人で外に出られるのもいいものだな。」

「親父殿からの命令ですからね。菩陽あきら様は羽目を外しすぎないように。」

そう少し冷たく返すものの、表情は穏やかだった。そんな些細な会話の端々から二人の雰囲気は友人以上に深い絆のようなものを感じた。友人ではなく兄弟なのだろうか。そう思い栃子は名前の書かれたプレートへ目をやると二人の苗字が"安居院あぐい"とあり兄弟か親戚なのであろう。
顔つきは似ているもののはつらつとした菩陽あきらに対し、気弱で冷静な態度を崩せずにいる刹月せつら。微笑ましいようで時おり仄暗さを感じるような不思議な印象を受ける二人組だった。

そして、この食堂に緊張感を持たせているのは軍人の二人だった。特に躑躅ヶ崎つつじがさき宗一郎そういちろうと名前の書かれた席に座る軍人は椅子に腰かけても緊張の糸を緩めることなく背筋はまっすぐに姿勢を保っていた。そんな空気に少し気圧されるようにお茶を出す栃子の肩にも緊張感がのしかかるようだった。

隣にいるもう一人の部下と思われる軍人の楓小路かえでのこうじ美鶴みつるは栃子の緊張を感じ取ったのか、幾分か柔和にほほ笑みかけた。お茶を差し出すと「ありがとう」と小さく感謝の言葉を述べ、軍部について明るくない栃子ですらこんな上司がいたらいいのにと思ってしまうものだった。

招待時間に少し遅れて到着した助手と名乗った青年は景平かげひらたすくというらしい。冷静さを取り戻したのか他の招待客を冷静な目で観察しているようだった。隣の"花倉はなくら幸路ゆきみち"と書かれた席は空席だ。

全員分のお茶を配り終わり、頭を下げて食堂を出て主人を呼ぶ。

「結局、ご主人に何度提案してもいつもの看護服だ。」栃子は心の中でがっかりした。せっかくのお客様なのだから、少しは…と小言が喉まで出かかった。

この館の主人である曲淵まがりぶちツバキはその銀色の髪をまとめることなくなびかせ、かつかつと靴の音をを薄暗い廊下に響かせ歩く。数歩後ろを歩く栃子からはツバキの表情を窺い知ることはできないが、きっとにやにやと愉快そうに笑っているのだろう。食堂の扉を無遠慮に大きな音を立てて開ける。その瞬間に銀色の髪を窓から差し込む陽光で輝かせた。

そんな長身の主人の後ろにいても突き刺さるような七人分の視線が向いているのが栃子にもひしひしと伝わってきた。

わざとらしく恭しく礼と簡単な挨拶を述べた後、ツバキは「こんな遠くまでご足労頂き感謝する。もう昼時で腹も減る頃だろう。昼食を用意しているので食べてくれ。おい、栃子。」

そう呼ばれすぐに食事を配膳した。

沈黙の中、時折食器のカチャカチャとした音が鳴る。未だに令嬢の斜め後ろに立ったままの屋久を見て「君も席に」とツバキは着席を促した。屋久は「さすがにお嬢様と同じ席には…」となんとも歯切れの悪い返事をした。

そんな返事にふんと鼻を鳴らし「謎の前には皆平等だ。真実を求め己の知力を頼りに競い合う。日々の社会生活の中での地位や立場なんぞ顧みず、謎やその先にある真実に夢中になってほしい。」

そうツバキが説き伏せると、屋久は渋々着席していた。

隣に座っていた菖蒲は「春秋と一緒に食事を頂けるなんて嬉しいわ。」と微笑み「美味しそうなのだけど、こんなにたくさん食べられないから好きなものがあればどうぞ。」と嬉しそうに笑っていた。

屋久はといえば――

「はい、はい・・・ありがとうございます。」と半ばやけくそになって食べているようだった。

昼食も終わりとうとう本題だ。

ツバキに「栃子。」と呼ばれれば慣れた様子で食器を片付ける。美味しかったよと優しく声をかけてくれる菩陽という青年もいたり、軍人の二人の前では相変わらず空気の重さに妙に緊張したが、きれいに平らげてくれたようで栃子はほっとした。ツバキはといえばしっかりと苦手な付け合わせの野菜を残していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「それでは・・・早速第一の謎を配布しよう。」

わざとらしい咳払いのあと、主催者でもありこの館の主人である曲淵ツバキはどの招待客も気にしていた謎解きについての説明を始めた。

述べられたのは以下のものである

この館および敷地内のどこかに隠されている。
暗号の形式はそれぞれ違えど、答えはみな同じ内容になる。
隠されているのは新薬についての説明と共同出資に関する契約書類一式
そして栃子はツバキに事前に言われた通り机上の名前の書かれたプレートを見ながら封筒を手渡しで封筒を配る。

各々が封を切って中をあらためると暗号が書かれた紙入っている。裏面は曲淵家の家紋である六芒星が裏面に印字された厚紙のようだ。

しかし―――

「これはっ・・・どういう意味だ!!」

びりびりと響くような怒号。今までほとんど口を開かなかった軍人のひとりがガタンと大きな音を立てて立ち上がった。

「躑躅ヶ崎殿、何か気に障ることでもあったかい?」

どこ吹く風といったように全く動じないツバキ。それどころかその状況を待ってましたと言わんばかりににやにやと反応を楽しんでいるようだった。
そんな様子に躑躅ヶ崎の睨みつける眼光は鋭さを増す。隣にいる部下の楓小路の優し気な瞳も不快そうに歪められていた。

「それもヒントだ。周りの客人に知られると不利になると思うが…?」ツバキはさらに歯を見せ愉快そうにあざけ笑う。

今までにも何か一悶着あったと察してしまうような不倶戴天の感情を感じた。

軍人、躑躅ヶ崎と館の主であるツバキ。一触即発の緊張感に

「まあまあ、曲淵さんはちょっと愉快な方だけど、なかなかこの暗号も面白そうだ。俺は部屋でじっくり考えますよ。いいですよね?」

不意をつかれたのはツバキも同様だったようで豆鉄砲を喰らったような表情を一瞬した。
その後は製薬会社の御曹司、安居院 菩陽をまじまじと見つめる。

「そうだな。菩陽君の言う通り夕食まで自由時間とする。敷地内の探索や謎解きの時間にしてくれ。私は応接室にいる。何か困ったことがあったら、この栃子に聞いてくれ。」

躑躅ヶ崎の方もぐっと溜飲が下がったようだが、眉間に深く皺を刻んだまま食堂から出ていった。その後を追うかのように部下の楓小路も退室した。

事実上の解散と自由行動の宣言に、その後は配布された暗号に取り組む者、屋敷内を探索する者などそれぞれが食堂から退室していった。

先ほどの気迫に呆気に取られていた栃子は空席に置かれていた封筒をとりあえず預かろうと手に取る。

「あの…」

その時、後ろから控えめな声量でかけられる呼び声に気づかなかった。肩を叩かれ「ひゃい!!」と上擦った変な声が出て余計に恥ずかしくなる。

「あァすみません。僕の連れなんですけど…うっかり屋なところがありまして、日付が明日だと勘違いしているかもしれません。」

景平と名乗る青年は学生の傍ら探偵の助手をやっているそうだ。どうやら日付を伝え間違えたかもしれない…と申し訳なさそうに眉を下げる。助手としてそれは致命的なミスではないか…と心配になる栃子。

「それで…そのセンセの封筒なのですが、僕が見ることはできますか? 」

申し訳なさそうに頭をかく姿は少し頼りなさげで、個性の強い招待客の中でも控えめな印象だった。"センセ"というのは探偵の花倉幸路のことだろう。

「あら、そうでしたか。封筒をお連れ様にお渡しできるかは私には分かりかねますので、一度主人に聞いてみましょうか。」

そう言って栃子も食堂を後にしようとすると

「僕も一緒にうかがいます。」そう言って少し躓きながら景平も応接室へ向かったのだった。


――1話終了――

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