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最終話(後日談)


【殺人者の独白】

あの日、天才医学者だとか宣う女主人の寝室に瓦斯を充満させた。
拷問じみた方法で苦しめることもできただろう。多くの罪のない子どもたちを神の実験だと言って洗脳し殺してきた。人間らしい感情を欠落させ、知的好奇心や万能の薬を生み出す神になったとでも思った女は案外あっさり死んだのだ。

何も気づけずに、知らないうちに命を終えるのは多くの老人や病人にとっては幸福なことだろう。しかし学者にとっては一番の屈辱的な死に方なのかもしれない。自分がなぜどのように、原因すらわからないまま眠るように死んだのだ。

―――あの女も、軍も許せなかった。
俺の本来の目的は神薬のレシピを抹消することなのだから。

瓦礫が崩れ所々から火の手が上がる帝都の大通り。
あんなにも華やかだった百貨店の近くに彼らはいた。

「それ―――まさか・・・」
俺が手に持つものを見て美鶴はひどく驚いた顔をしていた。

「これ以上は危険だな。撤収だ」
淡々と部下と状況の確認を済ませ、これ以上の救護は危険だと判断した躑躅ヶ崎宗一郎は撤収の指示を出す。

安居院家を部下に尾行させておいて正解だった。
地震の影響から崩れた百貨店で安居院刹月の遺体を見つけた。

「う、せつ・・・せつは・・・」
近くには意識はあるものの大怪我をした菩陽がいた。
尾行していた軍の者が救助を行う。

「躑躅ヶ崎殿!目標の意識があります。」
傍らに躑躅ヶ崎は膝をつくと菩陽を救護するわけではなく何かを探している。
その間も双子の兄を探しているようだ。うわ言のように刹月の名前をずっとか細い声で呼んでいた。

それに一切答えることはなく、躑躅ヶ崎は目的のものを見つけたようだ。
近くに落ちていた彼の鞄から何かを抜き取った。
「まだ助かる者だ。外へ運んでくれ」
部下に指示を出すと菩陽は外へ運ばれていった。

その懐から抜き取ったであろう”神薬のレシピ”を一瞥すると床にばらばらと落とす。
マッチを取り出し点火するとその書類の上に火を落とした。

「躑躅ヶ崎殿・・・どうして」
震える声で楓小路が聞く。

「美鶴。お前はとっくに分かっていると思っていたがな。」
そう言って全ての紙が燃え尽きるのを見守ると、その場を後にする。

倒壊する危険のある建物の中で立ち尽くす楓小路に周囲の軍人が声をかける。
「ああ、そうだね。すぐに撤退しよう。」

頭の中は未だに整理することができないまま、その場を去ることしかできなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


多くの戦地でその問いに向き合った。
部下を一人失う度にその遺体に別れを告げる時ですら後悔と共にその問いは何度もやってきた。

何度も何度も自分自身に問いかけた。
「何のために、誰のために、俺たちは何と戦っているのか」

戦地から帰れば国を守った英雄だと言われた時代もあった。

世界から警戒される国となった我が国。今となっては政界では軍縮の気配もあり、軍部では今も使える手段を残す為どんなことでもやろうとどんどんとゆがんだ方向へと進んだのだろう。
そのひとつがあの曲淵がつくった”神薬”の大量生産の計画だった。

あの薬に似たものを使った人々の末路を俺は知っていた。
とある国では表向きには禁止された阿片であったが、まだ裏通りのそのまた奥の店では堂々と取引されていた。
何階級も上の上官たちはそこへ足しげく通っていた。
その日も報告の為に仕方なく訪れた俺は聞いてしまったのだ。
「阿片でもくれてやれば、弱腰の使えない兵士も勇敢に前線に飛び出すだろうな」と―――
かっと頭に血が上るような感覚と、必死に抑え込もうと拳を強く握るしかなかった。ここでこの上官を殴っても何も軍は変わらない。どうにかして俺が変えていかなければいけない。

俺たちは誰もがきっと国の為だと心に決めて、故郷から遠く離れたこんな土地へ来た。
しかし実情は違った。階級が上なだけ、生まれや身分だとかでふんぞり返る上層部は俺たちの命を肉壁程度にしか思っていない。
このまま国々の戦いが激しくなった時、俺たちの命はきっと数字として消費されるのだろう。

この命に意味はあるのか。
俺だけに限った話ではない。俺を信じて慕ってくれている部下たちを守ることができるのだろうか。
守れなかったとしても…せめてその死に意味を持たせることができるのだろうか。

その日から俺は鬼神のごとく先頭を突き進むことにした。
あんな奴らのために部下の誰一人として犬死させてはいけないと―――

そして本国に戻って何年か後”神薬”のことを聞くこととなる。



【殺人者の独白Ⅱ】

大地震やそれに伴う火災の被害状況も悲惨だった。
数週間、帝都を奔走する日々が目まぐるしく過ぎていった。

急ごしらえの軍の出張所の建物の陰で煙草を吸っている躑躅ヶ崎の隣に楓小路がやってきた。
「・・・・・・」
「美鶴か。こうして話すのもしばらくできていなかったな。」
相変わらず躑躅ヶ崎は冷静そのものだった。

「・・・そう、ですね。」
どうにか、そう返事するものの再度黙り込んでしまった。
特に話す様子もないので、躑躅ヶ崎が立ち去ろうとすると
「―――躑躅ヶ崎殿っ」

足を止めると俯く楓小路の元へ戻る躑躅ヶ崎。
「どうした。」
「では、・・・あの館での事件の犯人は貴方だったのですね。」

無言で頷く。

躑躅ヶ崎は再び背を向けると
「この復興が終わって、国が豊かになった時には俺たちの役割はきっと終わる。」

「・・・・・。」

「その時には軍をやめる。すでに俺の目的は果たせたのだから―――
 だから、お前は正しい道にこの国を導いてくれ」

あの日・・・一匹だけ攻撃される蟻を見た時
俺みたいだと呟いた俺に対し、美鶴は蟻全体の様子を見ていた。
「躑躅ヶ崎殿が蟻?確かに力持ちだし、大きな敵にも向かっていく姿は…」などと言ってくれた。

俺ははっとした。背負う責務の大きさ、部下の命を預かる身であるのに正常な判断力が既になかった。
その点美鶴は広く見通す視野を持っていた。

今回の一件から細かいことにも気付こうとするようになる。
きっと出世し、良い上官となるだろう。


最終話 終了
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