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最終話(後日談)


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最終話「後日談」


【とある記者の記録Ⅰ】

残暑が続く9月頭。
あれから半年たった今でも情報を追い続けていた私は変わり者だと言われた。
もう世間からは飽きられているのは百も承知だ。しかし一度謎に出会ってしまうと真相を暴くために多くの情報を集めに奔走する性分から、あの事件を”迷宮入り”だなんて陳腐な言葉で片付けるのをためらった。ここで終わらせてしまうのは駄目だと記者魂が訴えかけているように感じた。

こんなに時間がたっているのに、毎度話に付き合ってくれる青年はその日もサロンにいた。
どこぞの記者とも知れない私の質問に答えてくれる。あまりこぎれいな身なりとはいえない私にとって、このサロンの雰囲気は些か不釣り合いだ。
「景平さん、何度もすみませんねえ・・・何か新しい情報とかは―――」
「うんうん、貴方のお仕事も大変だね。もう何か月も経ったというのに。」
事件に関わる新しい情報はないようだ。今更何か思い出すにしても遅すぎる。
「結局、いろいろな方からお𠮟りを受けましたよ。学業に専念して探偵ごっこはなんてやめなさいってね。」
確かに花倉探偵事務所のホームズとワトスンだなんて言う人もいた。そんな二人がこの帝都を歩く姿を見なくなって久しい。
「それでも――やはりあの日、あの事件のことを考えずにはいられません。」
そう言ってカップを口に運ぶ。
その間すら後悔や不甲斐なさ、様々な苦渋を含んでいるようだった。
「記者さん。未必の故意って言葉をご存知ですか?」
はっと何かを思い出したように景平氏は私に問いかけた。
「うーん、、聞いたことがありません。記者だというのに勉強不足で恥ずかしい限りです。」
「そうですか。お気になさらず・・・」
長い睫毛がその白い頬に影を落とす。景平氏の視線は本へ――ということは、今日はもう何も話す気はないのだろう。
私は軽く頭を下げてからサロンを出た。


その後は事件に関わった巡査のいる派出所に立ち寄った。

『あの事件から元気がない。』『なにかおぞましいものでも見てしまったのでは?』などと周囲では噂されている。
うんざりとした表情で、こちらに一瞥を投げつけると再び書類の確認作業に戻った。
記者はそんな態度にも慣れっこで、巡査に明るく声をかけた。
「こんにちは。巡査さん。今日もいい天気ですね」
「ああ、ああ。またお前か。」
顔を上げることもなく随分な態度で答えた。無視されなかっただけマシかと思い空いている椅子に勝手に腰かけた。
数分の沈黙の後
「もう、この職を辞して田舎に帰るつもりだ。なんとでも書け。」
そうは言ったものの、この巡査から得た情報は少ない。ただ事件を解決できなかった無能な巡査という立ち位置だ。そのことなのだろうか。
返事を考えても失礼極まりないものになりそうだったため、華やかに人が行きかう帝都を眺めるほかなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

派出所を出てそのまま道なりに歩いていくと、花倉探偵事務所に着く。
そこには以前までの活気がないように察せられた。なぜその時に直感的にそう思えたのかは明言できない。おそらく人の往来の中で憧れの気持ちからその看板を感慨深く見上げる人の視線を感じないとかいうものだろう。

以前は難事件を解決した実績から警察にも頼られ、嫌な顔せずに颯爽と現場へ赴く彼らの姿があった。
ただそんな姿を目にしなくなって何か月かたつと、こうも変わってしまうのか。
往来の土埃で少し汚れた探偵事務所の看板をぼんやり眺めていると、事務所の扉が開いた。
「こんにちは、お客様でしょう・・・あ、この前の記者さん。」
私を出迎えたのは一人の少女。
こちらを見るなり「またお前か」という表情を一瞬見せたがすぐに隠してしまったが語気になんとなしに歓迎されていないことは何となしに感じ取れた。

―――落ちぶれた”元”名探偵。
そういったレッテルを貼られながらも花倉氏の人の良さ、親身に話を聞く姿は多くの人の支えになっていた。未だに彼に助けを求める人間も多い。
「花倉先生は外出しておられます。少しすれば戻るとは思いますが、」
「いつも通り待たせてもらうよ」
間髪入れずにそう返すと、いつも通りの返事に一礼すると、部屋の片隅にぴたっときれいな立ち姿のまま待機するようだ。

何度も訪れているせいで目新しいものもないため、取材をまとめた手帳をひらいてみたが、今日も収穫などあるはずもない。落ち着きのない私は暇を早速持て余し、振り返り部屋の隅にいる少女に声をかけた。
「栃子さんだったかな?君はあの事件や真相に対してどう思う?」
すっと視線だけこちらへ向ける。こちらに向けられた動揺も見せない双眸から目が離せなくなった。
それまでざあざあと外から雑踏の音が聞こえたはずなのに、海が凪いだような時が止まったような感覚。
「・・・どうもこうも。ご主人が亡くなったことも寂しいとは思いますし、あの美しい館を保つ仕事が奪われてしまったことは残念ですね。」
その答えには寂しいという言葉が含まれながらも全くそういった感情を受け取ることはできなかった。
恐ろしいほど淡泊な言葉を責めることなどできない。彼女の半生を花倉氏からある程度聞いた。
その時でさえ彼女も同席していたのに、自分の半生を語っているというのに…どこか冷めた目をしていたのだ。

曲淵に拾われ被検体として過ごすが生き残ってしまった。主人として仕えた人間も死に、その事件現場にも巻き込まれたものの彼女は再び目を覚ます。
それだけ聞けば、壮絶な過去から幸運によって生き延びた彼女の視点での話を書いて新聞社に持ち帰ろうと思った。しかし、本当に彼女は幸せなのだろうか。こうして対峙するたびにそう思わずにはいられなかった。
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