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二日目(3話~)


結局のところ殺害方法としては―――
招待日初日の夜、犯人が予め瓦斯栓をひねっておいた。
ゆっくりと室内を満たした瓦斯。
そこへ就寝の為に寝室に戻ってきた曲淵ツバキ自身が密室を作ってしまったというものだ。
アリバイを再度確認しても誰もが犯行が可能。そうなると動機の問題になる。

「新薬の実験の被験者として子どもを使っていた。それを知って殺意が芽生えたのではないか?」
菩陽は相変わらず屋久春秋を疑っていた。
「外部犯とも考えたが、状況からやはりあの男の可能性もあると考えるのが自然だ。」
それに同調するかのように頷く躑躅ヶ崎。
栃子、楓小路は外部犯の線を考えているようだ。刹月は迷いながらもまだ栃子を警戒しているようだった。
今まで聞き役や質問側に徹していた者たちそれぞれが考えを述べた。

「むう、まとまりませんな…」
頭を乱暴にかきむしる。巡査もお手上げのようだ。

「まだ一人だけ誰が疑わしいか言ってない方がいると思うのですが。」
刹月が指摘した。
「そうですね。刹月さんの言う通りです。センセ、貴方は誰だと考えておいでですか?」
景平が問いかけると、
「間接的な証拠だけで断言が難しい。こういった曖昧な状況である今、本来ならば犯人と疑っていることを明言するのは避けたい。」
花倉は悩むように手を組み替えた。一呼吸おいてさらに続けた。
「躑躅ヶ崎宗一郎・・・。躑躅ヶ崎様を私は疑わしいと考えています。」

「ただ、貴方だと断言できる証拠はありません。屋久様と言い争っていた点から毒草を誤って摘んでいた点には気づいていたのではないかと思っています。貴方が追うよう指示した”人影”とやらも実は該当する人物などいなかったのではないかと考えています。」

「俺が殺人犯か…。」
「・・・・・・。」
決定的な証拠がない今、花倉は躑躅ヶ崎の反応や言動を注意深く見る事しかできなかった。

「その気になれば軍の力でどうにでもできるのに、女ひとりをわざわざ人目につく今殺す必要があるか?」
ふんと鼻で笑うかのように吐き捨てる。
その言葉はここにいる誰しもが納得するものだった。

「それに曲淵ツバキ自身から招待された身だ。わざわざ自分を殺すような奴を招く馬鹿がいるか?」
ひらひらと手を振り、その疑惑に馬鹿馬鹿しいといった態度だ。

「私たちは軍の指示としては近頃行方不明になっている子どもの捜索の一環も兼ねています。」
楓小路も続く。
景平も花倉も軍人二人をそれぞれが疑っていた。
この二人で共謀ということもあり得ると一度は考えただろう。

景平も最初に現場に到着していた二人を怪しいとは思った。
「・・・部下、あるいは上官を巻き込んで態々犯行に及ぶ理由がないです。一人で十分なはずだと思いました。」

「どちらにせよ不知火家の使用人は一人殺していることに変わりない。奴を尋問しておけば何か出るだろうな。」
躑躅ヶ崎は巡査に捜査は終わりだと言うように睨みつけた。
巡査もこれ以上、議論を重ねても犯人が出ることはないと判断したようだ。若い警官にぼそぼそと指示を出していた。

「皆さん、お帰り頂いて結構です。私どもは誘拐事件の方の捜査をしますので。」
若い警官がそう告げる。
花倉が巡査に声をかけようとしても何も言わず去っていった。
帝都でも名高い探偵が現場に出くわし、華々しい解決なるものを期待していただけに、巡査はがっくりと肩を落としているようだ。
景平も悔しそうに唇を噛んでいた。

安居院家の二人は薬の精製法や権利書を持ち帰り今後のことはまだ悩んでいるようだった。
軍人の二人は荷物もすぐにまとめ終わっていた。

招待客たちは各々荷物をまとめ洋館を後にした。
きっとこの館の最後の招待客だったのだろう。客人が見えなくなるまで山桐栃子は頭を下げていた。

門から出ていく時には、どこからか事件を聞きつけた新聞社の記者くずれがすれ違うように館へ走っていった。
数日後には――
『名探偵の力をもってしても解決できない洋館での殺人事件!』
『天才医学者は謎のレシピを残し謀殺される』
『令嬢殺し!犯人は金に目がくらんだ長年の使用人』
・・・など人々の興味関心をでたらめに煽るような文言が踊る見出しの新聞が飛ぶように売れるのだろう。


あの館の外壁の赤いこと…あの館の名の由来となった虫の名を揶揄い人々は通り過ぎる。
「悪いことした子はあの館の幽霊医者に血を抜かれますよ」と母親は子を諭す。
「狂った女医者が薬の実験の為に子どもを殺したとか。」
「女医者は寝ている間に殺されたから、その霊が屋敷の中をうろついてるんだって!」

事実に基づいた噂から、ありもしない心霊話まで広がっていった。
巷ではあの洋館を指さして口々にこう言う。

―――未解決の刺椿象館の殺人事件―――




【あとがき】
いくつか条件があるものの分岐としては事件解決ができないエンディングとなりました。
次回の『後日談』にて答え合わせとなります。もう一話ほどお付き合いください。
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