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二日目(3話~)


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第八話「刺椿象館の殺人事件」


「私・・・ですか?」
唐突に名指しされた楓小路美鶴は純粋に驚いたといった反応だった。
自分が容疑者に上がることを想定すらしていなかった表情だった。

相も変わらず巡査は花倉にこの状況をどうにかしてくれと視線を送るばかりだ。
花倉はというと相変わらず景平の推理を聞く姿勢に徹しているようだった。

景平匡は推理を続けた。
「僕としては…不知火菖蒲が食べた天麩羅にいち早く気付いた事や、曲淵ツバキの殺害現場で山桐栃子の悲鳴を聞き付けて上官と共に真っ先に部屋にやって来た事など、重要な局面に頻繁に現れる…。
他の者より早く現場に着けば証拠隠滅も可能だと考えられる。」

「しかしなあ、学生くん。現場に早く着いた、気づいたのが早いだけで疑うのはいかがなものか。
様々な現場で毎回推理する立場の花倉先生などすぐ犯人じゃあないか。」
巡査は景平の推理に疑いを持っているようだった。
それに続き菩陽も同調するように発言した。
「不知火の死因はおそらく屋久が出した天麩羅による中毒死で結論とするべきだ。]

匡は首を振ると
「菩陽さん”未必の故意”という言葉をご存知でしょうか?」
「・・・は?」
「屋久さんが薬草を採集しているのを見て、楓小路さんは毒草だと気づいていたのではないか、と。」
「おい・・・それじゃあ楓小路はそれを指摘せずに不知火が天麩羅を食べ死ぬことを十分に想定していたと言いたいのか?」

「僕はそう考えています。」
景平の力強い物言いに菩陽は再び口を噤んでしまう。

「それならば―――いえ、なんでもありません。」
楓小路はちらと誰かに視線を向けたものの押し黙ってしまった。
停滞する議論に堪え性のない巡査が口を開く。
「では曲淵ツバキの死因についてはどう考えるのかね?」

「青酸系の毒物による中毒反応だと思っています。
 ―――確かに、そうですね。曲淵ツバキの殺害方法についてはまだ推理が甘く…。」

「一度、女中の山桐栃子にも話をしてもらう必要がありそうだな。」
巡査がそう言うと、その後は小休憩をとり診療所まで迎えに行ったようだった。

休憩の時間は客が容疑者であることは変わらなかったため、新米の警官に付き添われ用を足しに行く者もいた。
景平は推理に行き詰まりを見せた時、最後に一か所調べ忘れた場所を思い出した。
「すみません、僕も一か所だけ見ておきたい場所があるのですが…」
「すまないが、人手が足りないから無理だ。私は食堂に残らなければならないから。」
そう進言したものの別の警官にそう返されてしまう。

「匡。僕が一緒に行こうか」
「・・・お願いします。」

【本館二階廊下】
とある人の客室へ向かう途中に景平は切り出した。
「センセは不快に感じられているかと思いました。」
「何がだい?」
”何が”と聞くものの本心ではきっと分かっているのだろう。そういう人だと思い、軽くため息をついてしまった。

「僕は匡の成長に驚いていてね…」
”助手”と見下さない当たりにこの花倉という男に、人を惹きつける力があることを感じた。
自分と彼の埋まらない差。それに景平は余計に歯噛みする思いだった。
いくら自分に咄嗟の判断や観察をして推察する能力があったとしてもこの人が持つカリスマ性や説得力に敵うことはないのかとその背中を見上げるばかりだった。
「センセは犯人の見当はついているのですか?」

少しの沈黙の後
「・・・うん、そうだね」
そう花倉は言った。
「そうですか・・・」

目的の場所に着いた。
ドアノブをひねる前に花倉は振り返る。
「匡、僕に言いたいことは他に何かあるだろう?」
「いいえ、ありません。」
伏せていた目を、そのまつ毛を跳ね上げるかのように強い視線で景平は花倉を見た。
その瞳は拒絶と別離を表わすかのような挑戦的な色をしていた。

日当たりの悪い客室の寝台の近くに落ちていた本。
それを景平は拾い上げ、中身を確認する。
「ああ、やはり・・・菖蒲のお姉さんは気づいてらっしゃったのですね。」
小さな声でつぶやくとその本を胸に抱く。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ごほん!それでは、女中も連れてきたので推理をお聞かせ願えますかな。”助手”の景平殿。」
助手と強調し、巡査は続きを求めた。

その流れを遮るかのように、すっと挙手したのは花倉幸路だった。
「景平はまだ考えをまとめているかと思いますので、ここは私の考えを述べても?」
「やっとですか!花倉殿~~!」
巡査は待ってましたと言わんばかりに安堵した表情を見せた。

「少し確認したいことも多いので長くなるかとは思いますが、ご協力にお付き合いいただけると幸いです。」
「まずは、ツバキさんの遺体が発見されたとき、部屋の扉は施錠されていたが、完全な密室でしたか?
巡査殿、それに部下の方、主寝室のベランダから人が出入りした形跡や鍵を無理やりこじ開けた形跡はありましたか?」

「鍵をこじ開けた跡や窓に細工などは見つかりはしませんでした。窓は隙間風が入る余裕もあまりなく、小さい虫が通れるような隙間しかありません。細い紐ならどうにか通すこともできそうでしたが鍵を回せるほどの強さの紐は難しそうですね。」
若い警官が手元のメモを手にひとつひとつ丁寧に確認し発言した。

「うん、ありがとう。・・・では、山桐様、この館の鍵についておききしてもいいでしょうか?」
花倉から視線を向けられた山桐栃子はこくりと頷いた。
「はい。鍵はご主人がよくなくすので、合鍵を含むすべての鍵の管理は女中である私でした。」

「そうですか。曲淵様の死亡時、主寝室に日頃と違う点はありませんでしたか?」
「いえ、特に…。ストーブが壊れてからは寒い寒いと言っていたのに、すごく血色の良い顔色で…。」
栃子は主人の死に顔を再度思い出し、少し落ち込んだ様子を見せた。

「そうですね。それは死体発見時にも気になりました。死人であるのにそのような肌の状況・・・気になりますね。」
花倉はそう言うと、少し悩む素振りを見せたが考え自体はまとまったようだった。
「まず曲淵様の死因ですが気化性の毒物による中毒死だと考えております。
 ただそれが何でどのように吸引させたかは・・・」

「センセ、僕は分かりました。おそらく一酸化炭素中毒です。」
景平が割り込むように発言する。
その手には一冊の本。捕物帳と書いてあり、時代ものの推理小説のようだ。
「ここに火鉢を抱え込んだまま死んだ女性の描写があります。この話では丹前のような厚く綿を入れた冬時期の上着を着てすっぽり火鉢を覆うようにして暖を取り、そのまま寝入った女性が死んだ。外傷は一切ない。全身の皮膚が桜色になっていた。というわけでしょう。似ていませんか?」

「ご主人の亡くなった時の肌の色・・・」
栃子がぼそりとつぶやく。

「そうです。曲淵ツバキの死体と状況が酷似している。それにこの館は洋風のものです。昔ながらのこの国の家屋にあるような畳や襖などに比べ通気性は良くないでしょう。そうなると瓦斯を充満させるにも向いているかと思われます。」
景平は言い切る。

「二人の死因はいずれも中毒死だが、恐らく原因となった毒物は別であろうとも考えていたが…」
景平の推理に頷く花倉。

「それで、犯人は!犯人は誰なんだね!」
一つ一つ組み木がはまっていくような気持ちよさ。
ひとつの真相まであと少しとなり、鼻息荒く聞き入る巡査は前のめりに匡に先を話すよう急かした。

「まあまあ、落ち着いてください巡査殿。
 匡。その死因では誰が犯人だと断定できないね…」
「・・・・そうなんです。」

「はあ~~~」
何度目かの暗礁に乗り上げてしまい、力が抜けたようにため息をつく巡査。

「あの、ストーブのために引いている瓦斯栓から漏れ出たと考えるのは…」
おずおずと発言したのは栃子だった。
「寒がりのご主人の寝室だけストーブが繋げられるようガスを引いています。今はストーブが壊れてしまって、修理に出す予定ではあったのですが…」

「瓦斯栓か・・・」
花倉もそう零すと考え込むように黙ってしまった。


第八話「刺椿象館の殺人事件」②
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