このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二日目(3話~)


design
第七話「水面下の野望」


この二日間で立て続けに二名が亡くなり、一方の事件については犯人に該当しそうな人物は一人だけだった。

「事件の顛末としてはこうでしょうな・・・」
巡査は時おり花倉の表情を盗み見ながらも持論を展開していった。

「ずばり、今回の二件の犯行は屋久春秋だと考えられる!この男の経歴を不知火家に聞いたところ、どうやら路頭に迷っているところを運よく拾われたそうだ。不知火家などといった名家の輝きに憧れを抱いて使用人としての身分で終わろうとせず…と欲に目がくらんだのではないか?」

屋久の出自の話については誰も知らなかったために自然と視線が集まる。
そんな反応に気分をよくしたのか名探偵よろしく声も芝居がかった調子になり、さらに事実と妄想を絡めた歪な持論を加速させていった。

「神薬の入手で不知火家に恩を売ろうとしたのか、それともそれをどこかに売ってその金で成り上がろうとしたのか・・・。天才の作った謎解きなど屋久のような出自の者の頭でどうにかできるわけもない。周りが謎解きを進め焦った屋久は曲淵を殺したものの、新薬の権利書やレシピの複写のようなものは寝室にもない。翌日、聡明な令嬢である不知火菖蒲がすべてを察し、自身の使用人である屋久春秋に自首するように言ったんでしょうな。それで今までの恩を仇で返すような卑劣極まりない犯行に至った!
医者の話によると不知火の病状は深刻でもう長くは持たなかったようだ。しかし医者が気になることを言っていたな―――

この仏さんの病気もまた”人為的”なものだったのかもしれない。・・・と」

「やっぱり、そうだったか・・・!」
はっとした菩陽は大きな声で言った。
それまで舞台の主役だった巡査はあからさまに嫌な顔をしていた。

「不知火は病気と言うより、ヒ素の中毒症状らしきものが出ていた。普段から無力化されたお飾りの令嬢だ。一族の中で彼女の命を狙う者がいたなら、往診で来ていた曲淵も指摘できなかったのだろう。もしも命を狙う人物が近くにいたらすぐにでも持病が悪化したとでも言って殺されそうだ。」

不知火と旧知の仲だった景平匡は項垂れるかのように椅子に座り、沈黙を突き通していた。

「・・・だから、それを不知火にだけ知らせるためにも曲淵はあんな体調悪いのに無理してでも今回招待したんじゃないか?」
菩陽の推察は確かに的を射ている。いつもは菩陽の意見に同意することが多かった刹月がここで異を唱えた。
「屋久様が不知火様を良く思わない派閥に属していた。もしくは一族を乗っ取りを企む人間だったと?」
刹月は同じく仕える側の人間であった。屋久の一挙手一投足からそんな風に考えての行動だったと納得できずにいた。確かに、招待されながらも多くの時間を客室で過ごすような病弱な人物をわざわざ招待するだろうか・・・。

軍人二人組が座っている方から咳払いが聞こえた。
「俺はどちらの犯行も不知火家の使用人が犯人だと思っている。」
躑躅ヶ崎は短く発言した。
「私も不知火様殺しの犯人については屋久様だと思っています。なにせ毒草を採集しているのを見てしまった以上、彼しかいないと思っています。・・・ただ、曲淵様については外部から忍び込んだ人間がいて、暗殺したのでは?」

二件両方について屋久を犯人だと疑う者もいたが、曲淵ツバキ殺しに対し疑念がある者も少なくないようだった。

巡査の持論はもう尽きたようで、自信満々に発言したあの勢いは最初だけだったようだ。菩陽の観察眼による考察に有益な情報を出すこともできずにだんまりを決め込んでいた。
「故意によるものなのか、事故だったかは別として、不知火菖蒲の件は屋久春秋による犯行だということで、全員の証言が一致ということだ。もう一件の曲淵ツバキについては…」
こういうところなのであろう。
巡査どまりで出世のできそうにないうだつの上がらない。分かり切った事件の解決はできても、幾重にも思惑や権力などの絡み合った事件に対しては頭が回らない。現場を仕切ることもできずに、考え込んでしまった。

そうして場を仕切るのは、花倉・・・ではなく景平が発言をした。
「軍人のお二人は曲淵さんの亡くなった現場に踏み入れた際に、窓の外に何者かの姿を見たと言っていましたね。」

「ああ、美鶴が見たと言っていた。」

「僕が調べたところ、足跡がありました。曲淵さんの寝室、配膳室前、そこから中庭から湯沸かし用の薪が置かれたところに身を隠していたのか長い事いたようです。」

「匡・・・その話は私は聞いていないが。」
「そうですか?お伝えしたと思っておりましたが。」
やけに素っ気ない景平の返事に花倉はわずかに困惑した表情を浮かべた。

「私が外へ行ったときには…すみません。しっかりあの時追いつくことができていれば・・・。」
「気にするな美鶴。・・・何か言いたそうだが、気づいたことでも?」

上官の誘導に周囲の視線も感じ、巡査も花倉も続きを促すような様子に美鶴は続けた。
「ええ、私としては、どこからか新薬についての情報を掴んだ何者かが忍び込み、新薬の奪取の為に殺害に至った…そう考えております。この館自体にも普段あまり人が寄り付かないようで、山桐さんも無理をされているのは目に見えていました。そういった来客の多さに外部犯も好機だと思ったのではないかと。そしてその足跡の主こそ、その外部犯なのではないでしょうか。」

「楓小路さんが見た人影、そして僕が見つけた足跡についてですが、外部犯ではありません。足跡は敷地外から続いてきたものではないのです。
最初は・・・一階主寝室の手すりの位置です。それから中庭に続いています。そうなると
――安居院家のお二人のどちらかのものですね?
菩陽さん、刹月さん。」

「・・・は?」
「・・・・・。」

唐突な容疑者宣言に対し、驚いてから睨みつけるように景平を見るまでの一連の動作。眉の動かし方、開かれた瞳。今まで双子と思えないほど言動や行動がかけ離れていた双子の表情がここで初めて一致した。

「私です。その足跡は私のものです。」
「刹月!!」
ぱっと菩陽を制止し、刹月は続けた。
「深夜に謎を解き、蔵になにかあると思い居ても立っても居られず抜け出しました。紐を使って二階客室のベランダから一階へ下りました。その足跡でしょう。朝まで鍵が開くのを待ち、一階の食堂付近の扉から館内に戻りました。」

「そうですか。ありがとうございます。刹月さんの考えではどなたが怪しいと思っていますか?」

「神薬欲しさ、というのでしょうか。それとも曲淵様をただ助けたかった・・・使用人ならそう考えると思います。私は山桐栃子さんが怪しいと思います。しかし、栃子さんが正しい名前なのか怪しいところではありますが…。」

「分かりました。後で山桐さんもここへ連れてきましょう。」

「おっ、おい、助手!この者が深夜に忍び込んで殺したとは思わないのか?怪しすぎるだろう!」
巡査がここへきて声を荒げた。

「この足跡は安居院家のお二人のどちらかとは言いましたが、犯人が安居院家のお二人とは言っていません。」

「ぐううう、花倉殿~!何か言ってはいかがですか!学生風情が探偵気取りで!」
巡査は花倉に助けを求めるが、全く意に介していないようだった。花倉は今まで見せたことのない表情をしていた。揺らめくように光る紫の瞳はこの事件の真相へ近づく高揚感からなのか、それとも景平が助手という立場から一人の探偵へと昇華しつつあることへの焦燥感からだろうか。

「匡・・・君の見解を聞きたい。」

「いいでしょう。僕が考えるこの事件の犯人、それは―――

 楓小路美鶴。あなたです。」

――7話終了――
6/8ページ