続く日々も君とありたい
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そのニュースを見たのはたまたまだった。
へとへとになって帰宅し、癖のように電源をつけたテレビから流れていたのはニュース番組で、ちょうど天気予報をやっていた。
『週末の流星群当日は晴れの予報です。雲も少なく、きれいに観測できるでしょう』
にこやかに告げるお天気お姉さん。今週末流星群が見られるらしい。今まで何度かあっただろうが見たことがない。画面は過去の流星群の映像に切り替わる。星が尾を引いて流れる様は圧巻の一言だった。
『次にこの流星群が見られるのは、何と100年後となっておりー』
100年。私も含む多くの人達が次のこの流星群を見られることはないだろう。ドラルクは今で200歳を越えているそうだから、100でも200でも生きてこの星たちを見ることができるんだろうな。そう思うと彼と一緒に居られる時間が1分でも1秒でも貴重な気がする。
頭の中でドラルクの顔がちらちらと星の映像に割り込んでくる。お天気お姉さんの話を聞きながら、誰と見たいかと自分に問いかければ浮かんでくるのは一人と一匹しかいなかった。
スマホでラインを立ち上げて文章を打つ。
まずは仕事から帰ったとの連絡。もう起きている時間だろうと『ただいま帰りました』と送信すればすぐに既読がついた。
『おかえり』
ポコンと吹き出しが表示されて、続いて『お疲れ様』と労りの言葉がかけられる。声は聞こえないけどすぐそこで言われているようで、何回やり取りしてもほっと息をつくような感覚は変わらない。
『今日も寒いし忙しかった』
『それはそれはご苦労だったね。私はジョンと優雅にお茶をしているよ』
続け様にスコーンを食べて幸せそうに頬を膨らませているジョンの写真が送られてくる。はちゃめちゃにうらやましい。今すぐそこに混ざりたい。ジョンは今日もとてもかわいい。
すぐに写真を保存してから『うらやま腹立つ』と送り、拳を握りしめるクマのスタンプを添えておく。
『どういう感情だ!拳をおさめたまえ!』
ドラルクの表情が目に浮かぶようで花子は自然と笑ってしまった。そこから他愛のない会話が続き、そろそろ本題に入ろうと画面に指を滑らす。
『週末に流星群が見られるみたいなんだけど、いっしょに見ない?』
しばらく考えているような間があって、『寒いから無理』と簡潔な返事が寄越された。正直、初手で断られるのは想定内なので怯むことなく返信を打つ。
『寒いなら防寒しっかりして、準備したらいけるって!昔は雪合戦もしてくれたじゃん!』
『あの時寒くてギブアップしたの忘れたのか。星なんていつでも見られるだろう』
『この流星群は今その時しか見られないの。次に見られるの何百年後かなんだよ』
そこですぐに来ていた返事が止まってしまった。熟考しているのだろうか。ここはダメ押しにとウサギのキャラクターがお願いしますと土下座をしているスタンプを連打したら『アー!うるさい!スタンプ連打やめろ!!!』と強めの反応が返ってきた。ぺこんと怒りの返信の後にもう一つすぐに吹き出しが表示される。
『わかった。仕方がないから付き合ってやろう』
渋々といった様子だが了承してもらえた。
やった、と小さくガッツポーズをして『ありがとう、楽しみにしてる』と返事をする。
もちろん、星を見ることが楽しみだというのもあった。でも、もしかしたら、あれこれとドラルクと共に過ごしたがるのは、一緒にいられる時間が限られているからかもしれない。向こうは永い時を生きる吸血鬼で、私は長生きしたとしても100もいかない内に死ぬだろう。そう考えると彼と同じ時間を共有できる機会は少なく感じた。それにドラルクが私とずっと友人でいてくれるかどうかも分からない。そんなことはないと言いきりたい所だが、何があるか分からない。だからこそ、10分でも1時間でも、ラインでもいいからなるべく多く思い出を残したいと思う。
スマホのギャラリーを立ち上げる。そこにはたくさんの二人と一匹の写真がずらりと保存されていた。吸血鬼は普通鏡とか写真に写らないらしい。でもおしりに力を入れれば写ると聞いて、写真を見ていると、ふとこの時も力入れてるんだなと頭に過っておかしくなる。お城の外側や部屋の中、近くにある向日葵畑や草木の風景、いつもご馳走してくれる食事やおやつ、気がつけばスマホのアルバムは彼らとの日常で溢れていた。
そっと画面に指を這わす。大事だと思う。失いたくないと強く願う。でもいつかは……。
だから小さな日々の積み重ねを一つ一つ箱にしまって、丁寧に封をする。風化して消えてしまわないように。
そういえば、まだ夕飯を食べていなかった。帰ってから星の話にすっかり夢中になっていたから、まだ着替えすら終わっていない。
さて、それじゃあ着替えてご飯の準備でもしようか。よし、と自分を鼓舞して、疲れて重くなった身体を立ち上がらせた。
*****
「こんばんわドラルク。絶好の観測日和だね」
流星群が見られるという当日。
花子は嬉々としてドラルクの元へと訪ねていた。その姿はマフラーに手袋といった基本的な防寒がなされていて、何やら大きめの手荷物も持っている。
かくいうドラルクはというと、普段通りの格好で準備の最中といった様子だった。花子を見るなり、げんなりとした顔をしたので彼女はややムッとした。
「本当に外行くの?」
「今更何言ってるの。寒いから嫌なのは分かるけど腹括って!はい!用意する!」
「はいはい、やればいいんでしょ、やれば……」
やれやれとドラルクが準備を再開させたので、花子も鞄から貼るタイプのカイロを取り出した。
「ドラルクにもカイロ貼ってあげるね。北斗七星みたいに貼ろう」
「暑すぎて逆に死ぬわ!やめろ!」
怒られてしまったので花子は普通にカイロをドラルクの背中に貼る。メーカーのサイトに効果的な貼る場所というのが載っていたので、それに習って適切な枚数をぺたぺたと貼り付けた。
「よし、完璧!ジョンは貼れないから小さいカイロあげるね」
「ヌンヌヌヌ!」
ふわふわとしたカイロケースに入ったミニカイロをジョンに渡す。すでに小さいコートとマフラーを身につけたジョンがぎゅっとカイロを抱きしめている様はとても愛くるしい。たまらず花子はスマホを取り出してカメラを起動させた。
「えー、やだ、ジョンすごいかわいい!写真撮ってもいい?」
「ヌヌヌ」
「ありがとー」
パシャ、パシャと唐突に始まった撮影会を横にドラルクも粛々と準備を進める。途中で死んだら花子に文句を言われそうなので、可能な限り着込んでいく。あんまり着ぶくれしたくはないが背に腹は代えられない。最後に手袋を装着したところで、すぐ傍からカメラを切る音がした。
「ありゃ。映ってないや」
「急に撮るからだ。当たり前だろう」
「じゃあ撮りたいからおしりに力を入れて」
「もっと包んだ表現できないのか、きみは」
ジョンを抱えたドラルクの隣に花子が身を寄せて自撮りをする。撮った写真を確認すれば、今度はしっかりと映っていた。
「ふふ、すごいみんなもこもこ」
「誰の為だとお思いで?」
「はーい。私の為ですね。ありがとうございます」
スマホをしまい、花子が大きめのバッグを肩にかける。忘れ物がないか確認するのも怠らない。
「それじゃあ、そろそろ行こっか」
*****
辺りはすっかり夜の帳が降りていた。
身を切るような冬の風が二人と一匹を容赦なく攻撃してくる。寒い、死ぬ、と口々に言いながらもドラルクは今のところ塵とならずに、花子と並んで歩いていた。目指していた城の近くの開けた丘に付いて、花子は持ってきていたバッグからごそごそと観測の準備を始める。
まずレジャーシートを広げて、飛ばないように石を隅に置く。それからアルミ張りのアウトドア用のクッションを二つ並べた。
「はい。ドラルクここ座って」
ドラルクに片方を勧めて座ってもらい、花子もその隣に座ると今度はバッグから膝掛けを取り出した。ドラルクと自身にそれぞれ分厚いふんわりとした素材の膝掛けをかける。ジョンはドラルクの膝掛けの中に収まっていた。さらに花子が出してきたのは大きめのブランケットだ。裏が起毛素材になっていて吸湿発熱する優れものだ。
「じゃん!これを最後に2人で被ります」
「きみ、随分と用意周到だな」
「当然でしょ。寒空の下で見るんだからしっかり対策しないとね」
はい。こっち持って、と花子がブランケットの片方を差し出した。ドラルクと花子がブランケットの両端を持って、二人をすっぽりとくるむ。さっきよりは格段に寒さがマシになった。
「よし、これで完璧!あとは流星群を待つのみ!」
「早く来てくれるといいねえ」
「ヌー」
「情緒もなにもないな」
その後寒さをじっと静かにしてると寒さがしみてくるような気がしたので、雑談したり、縛りをかけたしりとりをしたりして星が流れてくるのを待った。もうそろそろ予定時刻になった時、ジョンがヌー!と大きく鳴いた。
「あ!見て見て!来たよ、流星群!」
冬の濃い藍色が澄み渡った空に無数の流星が尾を引いている。瞬きをしても見逃してしまわないくらいに次々と流れていく。当初は渋っていたドラルクもこれには素直に見事だなと感嘆の声をもらした。
「ね、ほら!すごいでしょ!」
「何で花子が得意気なんだ」
どうだと言わんばかりに花子ははしゃいでいる。彼女が星を流しているわけじゃあるまいに。そうは思いつつも嬉しそうに流星を眺めている顔を見るのはこちらも飽きない。
いつの間にかジョンは花子の膝に移動して一緒にきゃあきゃあ、ヌーヌー、と歓声を上げている。ドラルクも同じように空を見上げた。満点の星空に愛しいと、大切に想う一人と一匹。前触れなくふと幸せだなと感じている自分に気づく。それと同時にこの流星群はもう彼女とは見ることができないのだとも。
私とジョンは何年経ってもこの星空を見ることはできるだろう。でも、花子は?人はたかだか生きて80年。私たち吸血鬼と比べるとあまりに短く儚く感じる。
今、この一瞬、この時が。どれほど貴重で大事なものなのか。花子と過ごしてきて最近は特にそういう、らしくもないことを考えてしまうようになった。いずれ訪れるであろう、花子のいない未来を想像すると、心臓に穴を空けられたかのような気分になる。不思議だ、私はそんなことされても死んでまたすぐに甦るというのに。ひどく、こわいと思ってしまっている。
飽きもせずに上を向いて星を見ている彼女の横顔を盗み見た。瞳の中に空から落ちた光がいくつも反射して瞬いている。……あまり悪いことばかり考えるのは止そう。それよりも今は子供のように喜んでいる花子との時間を楽しんでいたい。じっと見つめすぎたのか花子がこちらへと顔を向けた。
「大丈夫、ドラルク。寒い?」
寒くて死にそうだと勘違いしたのだろうか。心配そうに顔を覗き込まれる。違うよ、と口に出しかけて寸前で止める。
「……いや、うん、そうだな冷えるな」
少し空いていた隣との距離を詰めて、花子へと寄り添った。すると花子も何も言わずに自ら詰めて引っ付いてきた。
コート越しではあるが確かに人の温もりがする。横からじんわりと伝わる熱にぬるま湯に浸かっているような心地がした。
こつ、とふいに花子の右手が触れて、磁力に引っ張られるように自らの手を重ねた。花子の視線が繋がれた手を見やる。実際にはブランケットにくるまれているから手は見えない。注がれた視線は一瞬で、すぐにまた空へと関心が移った。言葉は無かったが、代わりに花子がぎゅうと私の手を握った。
今度はこちらが手の方を見てしまう番だった。また、やんわりとした力で握り返される。
花子の顔を見れば、やわらかく穏やかに微笑みが口角をあげていた。月と星の明かりに丸く照らされ、何かとても神聖なもののように見えて、知らず息を飲んでいた。
ああ。流れる星が願いを叶えてくれると言うのなら、できるだけ長く彼女の隣で笑う顔を見ていたい。
まったく本当に柄にもないが、そう祈りをこっそりと星に託す。こんな時くらいはまあ、いいだろう。
流星群はまだまだ終わりそうにない。今はそれがただ喜ばしい。
2022.1.7
お題 afaik