続く日々も君とありたい
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飲みニケーションという言葉がある。
職場や仕事関係の人同士お酒を酌み交わして仲良く円滑な人間関係を築こうではないか、といった事を指す。
「誰がそんないらんこと言い出したんだよ。考えたやつと知ってるやつ全員に記憶改竄処置したい」
「きみはどこぞの財団職員か。それしきの事で物騒なことを言うんじゃない」
花子がやさぐれているのには理由がある。
近日会社の同僚たちと飲み会があるというのだ。
今までは未成年だからと見送られていたイベントも、成人となり飲み会という花子にとって非常に面倒な企画が追加されてしまった。
初めて同僚たちと飲みに行くと決まり、花子はとてもいやかなり憂鬱だった。
「人見知りにとって会社の人とのご飯や飲みは苦痛でしかないよ。残業と言っても過言ではない……」
「親睦を深めるいい機会ではないか」
「仕事は仕事、プライベートはプライベートで私は分けたいの!会社の人とは業務が滞りなく円滑に進めれれる関係であればそれでいいし」
花子は力強く主張した。
ドラルクはこう見えて人付き合いに苦を感じるタイプではないし、血族も人に対して友好的な一族なので花子の気持ちはあまり分からない。しかし、吸血鬼にもいろんなやつがいるように人もまた十人十色。花子にとってはそれほど億劫なことなのだろう。
社会に出れば嫌だからといってそのまま断るわけにはいかない。何かうまい言い訳をすれば回避もできるだろうが、そう毎回毎回断るわけにもいかなくなる。花子もそれを分かっているから愚痴をこぼしているのだろう。
やだやだとぶつぶつ言ってる花子を見ながら、彼女が初めてお酒を飲んだ時のことをドラルクは思い出した。
*****
「ドラルク酒盛りしよう!」
訪れるなりいきなり花子はそんなことを言い出した。先日彼女はめでたく20歳になった。ドラルクからしたらまだまだ幼く見えるが、学生時代から見ていると大きくなったのだなあと感慨深いような気持ちもある。花子は手に下げていたレジ袋からお酒の缶を次々とテーブルに並べていく。ビールにチューハイ、ハイボール、ことんことんと音を立ててボーリングのピンのように立てている。
「いや多いな!どんだけ飲むつもりなんだ!?」
「自分の限界を知りたくてつい」
「アスリートみたいにかっこよく言うな」
えへへ、と照れたように花子は笑うが並ぶ缶の量は笑えない。とてもじゃないが初めて酒を飲むやつがいっぺんに飲む量じゃない。浮かれた大学生が飲み会で失敗するような感じが目に見えるようだ。
「ちょっとだけだから大丈夫!無理しないから飲もう!」
「はぁ……仕方ない。絶対に飲み過ぎるなよ」
「うん!」
元気よく返事するのはいいがこれは注意して見ておかねば、とドラルクは心に決める。何かつまむものを作ってこようとキッチンへと向かった。
*****
腹は決めていたのに何故こうなった。
ドラルクは目の前で顔を赤くして分かりやすくべろべろになった花子を見てそう思う。途中までは普通だった。まずは定番からとビールを開けて、ドラルクも自分用のワインで乾杯をした。
「わ、思ってたより苦い。でも嫌いじゃないかも」
「へえ。初めてでビールもいける口とは」
「これが大人の味かー……」
しみじみと呟いて缶をあおる。確かにこうして一緒に酒を飲んでると花子も成長したのだなと実感する。ドラルクの用意したおつまみも食べ、雑談を交わし、そうこうしてる内にあっという間に一缶空けてしまう。
「次はチューハイにしよう……うわ、これジュースみたい。本当にアルコール入ってるの?」
「アルコール度数が少ないからじゃないか。でも甘くても強いのがあるから気をつけろよ」
くいくいと飲んでいく花子に少し不安になってきた。かなりペースが早くないだろうか。気づけばおつまみもだいぶ減ってきていて、ジョンと花子にまだ食べたいとおねだりされ、ドラルクは『はいはい』とおざなりに返事をして席を立つ。
そして適当に用意して戻ってきたら花子はいつの間にか先程より缶を複数空けていて、見事な酔っぱらいに進化していた。この短い時間で転がる空き缶に何これマジック?とドラルクは半ば混乱しながら、慌てて寄ってきたジョンに事情を聞く。
「ジョン!これは一体……何?いい感じに酔ってきたと思ったら花子のペースがおかしくなった?」
「ヌヌ!ヌヌヌ」
「あれほど配分を考えろと言ったのに……」
典型的な若者の調子に乗ってたくさん飲み過ぎて後悔するパターンにうんざりとした。花子がどんな酔い方をするかは未知数だが、あのソファに戻りたくない気がする。しかしそうはいくまいとドラルクは腹を括った。おつまみの皿を置き、花子が更に開封しようとしていたお酒の缶を取り上げた。
「あっ!ドラルク返してよ~どろぼう~」
「誰が泥棒だこの酔っぱらい!あれ程飲み過ぎるなと言っただろう!」
「飲みすぎてないよう。全然酔ってないしー」
「酔っぱらいは皆そう言うんだよ」
取り上げた缶を追いかけてドラルクの隣に座る。これ以上は絶対に飲ますまいと決意した彼のガードは固かった。むうと不満そうな顔をした花子は缶に伸ばしていた手を下ろす。ちなみにテーブルに残っていたお酒の缶は主人が花子と攻防している間にジョンが全て片しておいた。持つべきものは有能なマジロである。これは無理だと悟ったのか、諦めてくれたようで一人と一匹はほっと息をつく。ぼんやりとした眼で花子がドラルクの事をじっと見つめる。まさか気持ち悪いのか。吐く?吐くのか?と内心ひやひやし、袋を準備しようかと立ち上がろうしたが叶わなかった。
「ドラルク、ぎゅー」
一瞬の間に距離を詰められて広げた両手が背中にまわる。熱いくらいの体温にやわらかい感触がする。視界の端に彼女の赤く染まった耳が見えた。ぎゅっと力をこめられて、ようやく抱き締められているとドラルクは我に返った。と同時に砂になった。
「なんで死ぬの!」
さらさらと自身から滑り落ちる塵を見て花子は怒る。
「きみのせいだろ!」
砂の山から声が張られる。
どうやら花子はひどく酔うとスキンシップ過多になるらしい。今も砂となったドラルクをわさわさとかき回している。
「止めろ!私で砂遊びするんじゃない!」
「……死ぬほど私の事きらい?」
砂をいじる手を止めて花子は一転して静かにこぼした。耳に届く静かな呟きに先程までの動揺はすうと引っ込んでしまった。するすると再生したドラルクはその顔を見てぎょっとする。花子の眼には涙の膜が張って今にもこぼれ落ちそうになっていた。瞬きひとつするとぽろりと涙が頬を滑ってソファに染みをつくる。今度は別の意味で焦りがわいて出てきてしまった。
「な、何故泣くんだ」
「だって…死んで塵になるくらい抱きつかれるのイヤだったんでしょ」
ぽとりぽとりと涙腺が決壊したかのように雫をつくっている。どうやら泣き上戸まで併発してるらしい。本当に困った子だ。ドラルクはため息をつくと花子の身体を抱き寄せた。少し強張ったように思えたが無視して背中をトントンとあやすように撫でてやる。
「そんなわけないだろう。さっきのは驚いてつい死んでしまっただけだよ」
「ほんとう?」
「ああ。本当だとも。嘘を言っているように見えるか」
拘束を弛めて身体を少しばかり離して花子がドラルクの顔を見る。それからややあと首を振って『見えない』と真面目な顔をして答えた。ああ、そうだろうとも。
「嫌いなやつをずっと家に招くやつがいるか」
「うん……そうだね。ほんとうにそう」
納得したのか涙が引っ込んだようで、今度は花子からそっと抱きついてきた。さっきまでの力任せにするのとは違う、やさしい配慮のある抱擁だった。
「いつも一緒にいてくれてありがとう、いろいろしてくれてありがとう……すき、だいすき、」
ひゅっと花子の頭上から息をのむ音がした。
彼女の背中にまわしていた腕に自然と力が入る。目を開き、呆然とし、それからじわじわと頬に耳に熱がこもるのをドラルクは感じていた。
これは違うのだ。断じて違う。きっと花子の体温が移ってしまったのだ。私は冷え性だから、きっとそう。
誰に言うでもなくドラルクは脳内で必死に弁解する。花子はと言うとそんな彼の様子に気づかずに、だらしなく顔を弛ませて、子どもが甘えるようにすり寄っている。
ふと内側で否定し続けていた声がぴたりと止む。どこかでいいじゃないか、認めてしまえ、と幻聴が聴こえたような気がした。
ことん、と心の内で外れていたピースがはまるような感覚がする。
「……まったく私が紳士でよかったな。さくっと食べられてしまうところだぞ」
既に夢半ばといった様子でいつの間にか抱きついていた姿勢から、ドラルクの足を枕にしてまどろんでいる。腹には花子の腕が巻き付いたままであるが。気を利かせたジョンが毛布を持ってきてくれた。
「ありがとう、ジョン。本当にしょうがない子だよ」
「ヌヌッ」
ドラルクが花子を見る目があんまりにも優しい眼差しだったので、ジョンもあたたかい嬉しいような気持ちがした。主人の大事なものはジョンにとっても同じこと。何より花子のことはジョンも慕っている。
酒により紅潮した頬を手の甲でそっと起こさないように撫ぜる。そのまま手を移動して頭を撫で、いつまで膝が持つだろうかとドラルクはぼんやりと考えた。
花子はまだ夢見心地のまま、うわ言のようにドラルクへの感謝と好意を呟いている。
「……酔っていない時に聞きたかったなぁ」
ぽつりとこぼした本音はドラルクとジョンだけの秘密になった。
*****
結局、そうそうドラルクの膝がもつ筈もなく、心を鬼にした彼に花子は叩き起こされ、酔いの覚めぬまま寝室へと無理矢理連行し、なんとかベッドへと送り届けることができた。
翌日、太陽が昇りきった頃に目が覚めた花子はやっちまったなと顔を青くした。すっかり片付けられたテーブルを見て更に頭をかかえる。
ドラルクが起きてくるのを恐々と落ち着かない気持ちで待ち、日が暮れて彼が棺から起きてきたのを確認して花子はきれいな土下座をかました。
「昨日は大変申し訳ありませんでした」
「起きるなり何。止めなよ顔あげて?」
「これお詫びの品です。お納めください……」
「あ、これ私の好きなお高めの牛乳。買いに行ってくれたの?……じゃなくて止めなさいよ。いい加減身体起こして」
献上品をテーブルに置いてドラルクはまだ土下座を続けようとする花子を引っ張り起こした。とりあえず着替えるからと花子に一旦退出してもらい、すぐに身支度を整えると改めて部屋に迎え入れた。
「本当にごめんなさい。つい調子に乗っちゃって……」
「あれ程注意したというに。ーもういいよ。私もまあ、いい思いしたし……」
「え?」
「いや!ちが、何でもない!そ、それよりきみ二日酔いとか大丈夫なの?昨日のことちゃんと覚えてる?」
「二日酔いは全然ないよ。頭も痛くないし平気」
「花子は肝臓が強いんだな」
「昨日のことは、その、ちょっと曖昧で……ドラルクに抱きついたり、セクハラしてしまったことは覚えてるんだけど」
本当に申し訳ないとまた土下座しようとしたのでドラルクは慌てて制止した。記憶が曖昧とな。ということは昨晩花子が散々言っていた事は覚えていないのか。
「昨日私に言ったこと覚えてる?」
「言ったこと?……全然覚えてないんだけど。まさか私暴言とかはいたりしてた?」
わなわなと震え始めたのでドラルクは違うと強く否定しておく。しかし、酔っているから期待はしていないがそこは覚えていないとは。あれほど酔っていてはフェアじゃないとはいえ、つまらないような、まだこのぬるま湯のような安心感に浸れていいような。複雑な気分だ。じいと花子の顔を見れば、不思議そうに首を傾げる。
「まあいいよ。時間はたくさんあるからね」
「なんのこと?」
「なんでもないよ。それより花子、もう金輪際あんな無茶な酒の飲み方はするなよ!悪い輩にお持ち帰りされてもしらないからな!」
「ドラルクの前以外ではしないよ!……もちろん、もうあんなに飲むような事はしないけど」
そういうところを言っているのだが気づいていないのだろうか。それともわざとなのか。まさかとは思うが。希望的観測も含めて自分だからそれほど気を許してくれているというのは悪いものではない。でもそう易々と手渡されても困る。近頃は特に。長い時を過ごし形成された精神が不意に放つ花子の爆弾で簡単に揺らいでしまう。こちらとて負けてはいないが!
こういった些細な事まで楽しんでしまっている時点でもう手遅れだったのかもしれない。
私が起きるまで、謝罪だとか自身の過ちを嘆いて、どんな事を考えていたのだろう。その様子を見てみたかったなとドラルクは笑う。
怪訝そうな顔になった花子の頭をとんとんと叩く。
「さて、今日は何をしようか」
今はまだ分からなくてもいいよ。
そんな気持ちを込めて。
******
ジョンを抱き上げてこれから作るおやつの相談をしているドラルクを見る。その様子はいつもと変わりない……ような気がする。
ドラルクには覚えていないと言ったが、その実しっかりばっちり覚えていた。私はどうやら酔いはするが体調も悪くならないし、記憶は無くしていないし、その辺は強いらしい。おかげで昨晩の醜態は都合良く頭から抜けてはくれていなかった。なんてこった。
散々ドラルクにセクハラまがいに抱きついたりした挙げ句、大好きだの好きだのめちゃくちゃ言いまくっていた。ありがとう、の部分はいい。実際とても感謝しているし。でもあの下手したら告白紛いのあれはいただけない。ドラルクのことは嫌いじゃないし好きだというのも間違ってない。好きにも友達に向ける親愛の意味もあるし、必ずしもそっちの意味であるわけじゃあない。
……本当に?
別の自分の疑いがたっぷりと含められた問いかける声がする。
『酔っていない時に聞きたかったなぁ』
あの時のドラルクの言葉の意味は何だったのだろう。
私が普通の時に何を聞きたかったの?
知りたいような知りたくないような変な気持ちがぐるぐると体を駆け回っている。何故か心臓までどくどくとやけに音を立てていた。無意識に胸の近くを押さえてしまう。
何だろうこれは。分かるような気もするし、見てはいけないような感じもする。でも悪い気分ではない。
それなら、まあ、いいか。ドラルクも普段通りだし。
ーでも、今後は絶対に飲み過ぎないように気を付けよう……。
深い反省の意を心に刻み込んだ。
*****
こうして花子の初めての飲酒は大きな教訓となった。
未だ憂鬱そうに来る同僚との飲み会に想いを馳せている。あの経験があったからこそ、花子は飲みの席では無茶はしないだろうと安心できる。そもそも花子にとっては会社は会社、プライベートはプライベートと分けているらしいので深酒はしないだろうが。
「花子、社内の飲み会とはいえ、飲み過ぎない、一次会で帰ること、諸々気をつけるんだぞ」
「分かってるよー。私もできるだけ早く帰りたいし」
「きみは隙だらけだからな。帰る時連絡しなさいよ」
「はーい。ドラルク母さん」
「誰が母さんじゃ!前にもこんなやり取りしたぞ!」
飲み会当日。帰りに酔ったままドラルクの所へ突撃することになろうとは二人ともまだ知らない。
2021.12.23
お題 インスタントカフェ