続く日々も君とありたい
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吐いた息が白い煙となって空に立ち上る。
はあ。わざと大きく息を吐いて空気中に溶けていく白を見る。
薄い灰色の空からはしんしんと雪が止めどなく降っていた。厳しい寒さの中を花子はいつもの道のりを辿って、ドラルクの住まう城へお邪魔した。城内もひんやりとしていてひどく寒い。いつも以上に静かに感じるのはこの季節のせいだろうか。
これじゃあドラルクは死んでしまっているかもしれない。 花子は転んだだけで死に直結する彼の事を思った。
ドラルクがいるであろう自室へと歩いていき、扉の前へ着くときちんとノックをしてから勢いをつけて開いた。丁寧にドアノックした意味がないが、ドラルクはもうこの突撃紛いの入室に慣れている。
「おそようドラルク!外は雪が降ってるよ!」
室内は暖房がしっかりつけられており、他のフロアと違って暖かい。城の主であるドラルクはソファに座ってqsqをかちかちといじっていた。ちらりと花子の方を一瞥して、また画面へと視線を戻す。しっかりと暖かそうな膝掛けまでかけて、その膝の上にはジョンが丸くなっている。
「知っているさ。この寒さのせいで起きてすぐ死んだからな」
「やっぱり一回死んだんだね」
意図せず答え合わせをしてしまった。
花子は窓の方へと歩いて行き、改めて外を覗く。ほとほとと雪が絶え間なく降って、すっかり辺りは雪が積もって白い景色になっている。
「ねぇ、ねぇ、ドラルク……」
「やらんぞ」
花子が何か言う前にぴしゃりとその言葉を遮った。
それに至極不満そうな顔をしてドラルクの隣にどっかりと座った。ふかふかの高そうなソファのクッションが僅かに沈む。
「まだ何も言ってないよ!」
「きみの言いそうなことくらい分かる。どうせ外で雪だるま作ろうとかそんなこと言うんだろう」
「違うよ。雪合戦しよう!」
「同じようなもんだろう!」
でも雪だるまもいいね。と朗らかに花子が笑う。
「こんなクソ寒い中外遊びするなんて自殺行為だろ!さっきの話を聞いていたのか?起きて寒さで死ぬんだぞこっちは」
「ちゃんと着込めば大丈夫だって!雪積もって遊ぶなんてなかなかできないし、いいじゃんかー」
「ええい揺らすな!ザンキが減る!」
花子がドラルクの腕を掴んで、駄々をこねる子どものように揺さぶる。そのせいで無惨にもドラルクの操作するキャラが死んでしまった。このままじゃ埒があかないと一旦スリープモードにする。どうしたらこの元気の塊を落ち着かすことができるかと考えた。どうにかして室内で居る方向にもっていきたい。
「なんでそんな雪合戦がしたいんだ」
一先ず理由を訪ねてみることにした。
「そこに雪があるから?」
「山があるからみたいに言うな」
「あと、単純に戦いたい」
「きみ、いつからそんな狂戦士になったの?」
花子がバトル漫画のキャラみたいことを言い出した。そも、花子は普段ドラルクとゲームなどで戦う時は彼に負けてばっかりいるので、たまには勝ちたいという思惑もあったりする。彼には内緒だが。
ドラルクの膝掛けと上に乗っていたジョンをばっさりと取り上げる。突然の事に腕の中に移動させられたジョンもヌーヌー鳴いて抗議するが、花子もなかなか諦めない。
「お願いドラルク!私、友達と雪合戦とかしたことないの。こんな機会来るなんて思わなかったから……駄目?」
途端、トーンを落とし、しおらしくお願いしてくる。
ぐぅと、喉が詰まるような気がした。
こんなの卑怯だ。脅迫だ。
心の中でドラルクは目一杯抵抗する。
近頃めっきり花子に甘くなってきている自覚は、まあ、ある。
かなりあるが、仕方のないことなのだ。普段お気楽で呑気でアホ面でヘラヘラしているくせに、時折こういう顔をするのだから。これがつくってやっているのであれば女優になれるのではないか。まあ、無自覚なのは分かっているので尚更たちが悪いのだが。
盛大にため息をついてから覚悟を決める。
「わかった。わかったから少し待て。準備するから」
「本当!?」
花子に犬の耳と尻尾が見える気がする。こんな幻覚が見えるなんて重症だ。散歩に行こうと行った時にはしゃいでる犬に似ている。
「ジョンもしっかり防寒しなきゃね」
「ヌーン」
さっきまでのしょんぼりした様子はどこに行ったのか。
これほど些細な出来事でそんな喜んでみせるのだから、本当にきみはずるい。
*****
城の外へ出ると、予想通りかなり冷え込みが厳しかった。コートに手袋にマフラーと防寒対策をしっかりしていてもドラルクは軽く死にそうになった。
目の前では花子とジョンがきゃらきゃらとはしゃいでいる。
「そんなにはしゃいで。転けても知らんぞ」
「大丈夫、だいじょう……ぶ!」
言ってる傍からべしゃりと花子が前のめりに転んだ。「ヌー!」ジョンが慌てて駆けつけている。フラグ回収が早いんだからとドラルクも自分も同じ轍を踏まないように気をつけて彼女の所へ足を運ぶ。
転んだ体勢のまま動かない花子にどこか怪我でもしたのかと近くに寄った。
「隙あり!」
ぺしゃん
素早くうつ伏せから起き上がったと思うと、いつの間にこしらえたのか雪玉をドラルクの顔めがけて投げてきた。当然避けきれずにひんやり冷たい塊を甘んじて顔面に受け止める。そして衝撃と冷たさで一度死んだ。
「あ、雪玉でも死ぬんだね」
「ヌヌー!」
「何をする花子!人の心配を仇で返すとは!」
「心配はありがとう。でも戦いはもう始まっているのだよ」
花子はこの一瞬で数個の雪玉をつくっていた。ドヤ顔で雪玉を持つ姿にドラルクはふつふつと闘争心がわいてきた。
「ほら、ジョンにも。えーい」
「ヌァー!」
ゆるやかに投げかけた雪玉がジョンにも直撃する。小柄な体に受け止めるにはやや大きく、その冷たさにジョンは震え上がった。その反応に花子はけらけらと笑った。
「ほらほらみんなかかってきなさいよ……お?」
煽るように両手をくいくいと動かして、そこでようやく何やらドラルクの様子がおかしい事に気づいた。ふるふると震え、背後には禍々しいオーラのようなものが見えるような気がした。
「その、やっすい挑発受けて立ってやるわ小娘!泣いて謝っても許さんからな!!」
ばっと顔を上げ、その両腕にはたくさんの雪玉が抱えられていた。ジョンと戯れている間につくったらしい。ぱちぱちと目を丸くして呆けていた花子だったが、すぐにその顔は喜色満面にあふれた。
「そっちこそ泣いて土下座しても止めてあげないからね!」
「誰がするか!」
「ヌヌイ!」
ジョンもやられっぱなしではいられないと勇んでいる。こうして夜の雪合戦の火蓋が落とされた。
*****
「アホみたいに寒い」
雪合戦は思いの外白熱した。
花子のゆるいながらも的確なコントロールで繰り出される雪玉に何度もやられ、ドラルクも負けじと応戦した。ジョンも小さい体ながら善戦し、勝負は寒さに耐えかねたドラルクが降参したことで終了した。普段負けず嫌いな彼も寒さには勝てなかった。
しかし、やる気満々で寒さなんてものともしない、といった風であった花子も流石に雪にまみれて冷えきってしまったようだった。
「当たり前だろう。だから止めておけといったのだ」
城の中へ慌てて戻ったが、それでも雪で濡れた服は冷たくて不快だった。部屋に戻ってストーブの前にジョンと共に陣取る。じわじわと熱が灯って生き返るようだ。ヌァーと一人と一匹は同じような気の抜ける声を出して、暖をとっていると、さっさと別室で着替えて何やら準備をしていたドラルクが戻ってきた。
「ほら、花子。いつまでも濡れたままじゃ、風邪を引くぞ。着替えとタオル用意したからお風呂に入ってきなさい」
着替えの服とふかふかのバスタオルを花子に持たせると、ぽかんとドラルクとお風呂セットを交互に見ている。
「え、お風呂頂いちゃっていいの?」
「ここまでして駄目だと言うと思っているのか」
「いや、そうじゃないけど」
今更これだけ通いつめておいて何を遠慮する必要があるのか。が、花子なりに何か思うところがあるのかもしれないと黙っておく。しかし、このまま冷えきった状態でいるのはよろしくない。もう一押ししてやるかと思い付いた事を口にする。
「ちなみにうちの風呂は温泉だぞ」
「入る!!」
元気よく即答した花子に苦笑した。なんて現金な奴なんだろう。そしてあまりにもちょろい。やや、将来が不安になった。
温泉と聞くや途端に鼻歌まで歌い出した花子に風呂場の場所を付け加えておく。なんて面倒見が良いのだろうとドラルクは自画自賛した。
「そうだ、脱いだ服は乾燥機にかけるから籠に入れておいてくれ」
「……ドラルクってさ」
「何だ」
「オカン力半端ないよね」
「さっさと風呂に行け!」
しみじみと感心した風に失礼な発言をされた。
くるりと花子の身体を反転させると、扉の外へと背中を押し出した。
「まったく風呂に入るだけで騒がしいんだから、ねぇジョン」
「ヌーヌ」
同意を求めたはずなのにジョンからは生暖かい微笑ましいものを見るような眼で見られたので、ドラルクはその丸い体にふわふわタオルを被せてやった。
*****
女性のお風呂は総じて長いと聞くが、花子も例に漏れずそうであるらしい。しばらくしてからほくほくと満足そうな顔をした花子が戻ってきた。
「いやあ、ありがとうドラルク。大変いいお湯でした」
「ちゃんと温まったようで何よりだよ」
温泉効果なのか先程まで青白く冷たくなっていた頬も血流が良くなり上気している。
「着替えも貸してくれてごめんね。でもやっぱりだいぶ大きいや」
袖とか折ったんだけどね。花子が袖口を見せながら言う。
ドラルクがいくら細身とはいえ、身長差もあるし、男性と女性の体格差でシャツもズボンも裾がかなり余ってしまっていた。折られた袖から覗く手首やシャツの裾がダボついているのを見ると、急に焦りのようなつかみどころのない感情がドラルクの背中を撫ぜた。
「……それじゃあまた転ぶぞ。貸しなさい」
うまく折りきれてない袖や裾をきちんと整えてやる。されるがままになっている花子を見て、あまりにも無防備すぎやしないかと自分が勧めておいて不安になった。将来変な奴にころっと騙されやしないだろうか。そういう心配をしてしまう所がまたお母さんっぽさがあると思われるのにドラルクは気づいていない。
「おお、ありがと」
「まったく髪もちゃんと拭けてないじゃないか」
ぽたぽたと雫を落とす髪を花子が頭に乗せていたバスタオルで拭いてやる。その様が犬のようであるのでさっき感じたざわつく感情は鳴りを潜めた。
あー、とやる気の抜けた声がタオルの下から聞こえてくる。
「はい、そこ座って」
ある程度水気を拭いてから花子を椅子に座らせる。
「どうしたの?」不思議そうに座ったまま背後に立つドラルクを見やった。
「もうついでだから髪、乾かしてあげるよ」
用意しておいたドライヤーを見せれば、花子の目に喜びがきらりと光って見えた。
「わ、本当?ラッキー。お願いいたします」
「どうせきみ、普段髪濡れたまま別の事始めて放置しちゃうタイプだろう」
「うえ。何で分かるの?でもいつもじゃないよ!たまにしちゃう時があるだけだから!」
「はいはい」
ドライヤーのスイッチを入れれば、騒がしい風の音で室内が満たされる。花子の濡れた髪に指を通せば、やわらかい髪の毛がドラルクの骨張った指の間をさらさらと通り抜けていく。
ちりちりとまた波立つ感情を表面化しないように無心で髪を乾かすことに集中する。ちらりと見えた花子の顔が陽に当たる猫のようにほどけていた。
それほどドラルクのことを信用してくれているのかという喜びや安心感のような気持ちと何故こんなにも心の乱れのようなものを感じないといけないのかという葛藤をブローの合間にドラルクは考えていた。とんだ鬩ぎ合いに腹立ち紛れにつむじをぎゅっと押してやったら「痛い!」と面白い反応をしたので少し愉快な気分になった。
2021.11.7
お題 afaik