続く日々も君とありたい

名前設定

全小説名前設定
名字
名前



「アップルパイが食べたい」


夏のうだるような暑さが終わり、乾いた冷たい空気と鮮やかな赤い色の葉が彩る季節がやってきた。
相も変わらず花子はドラルクの元へと遊びに来ていた。彼女の学校の制服は長袖のブラウスに変わり、こんなところでも季節の移り変わりを感じる。

花子は来るなり紙袋をドラルクに押し付けた。なかなかの重みがある。中身を確かめれば林檎が詰まっていた。


「来てすぐにそれかね。きみも随分厚かましくなってきたな」


袋の中から1つ林檎を取り出す。つやつやと赤く光る果実は季節の果物らしく、旬を主張して一般的に美味しそうと呼ばれる見た目をしている。ドラルクにはその味は分からないが。だが、林檎を見る花子とジョンの顔を見れば、その味覚への期待感は感じ取れる。


「おいしそうな林檎でしょう。八百屋さんで売ってたんだけどあまりにもおいしそうだから買っちゃった」

「だからってきみねぇ……。結局調理するの私じゃないか」

「ドラルクならそのままでもおいしい林檎も更においしくしてくれるからね」


アップルパイ食べたいからちゃんと紅玉買ってきたんだよ。得意気に花子が胸を張る。
そこは花子がドヤる所ではないだろうと律儀にドラルクはつっこんだ。

ドラルクの料理の腕は花子はようく知っている。
人間へもてなしをして、吸血鬼は逆にその血をおいしく頂いていたらしい。その為のスキルなのだが、最近は花子にばかり腕を振るっている気がする。ジョンは除いてだが。

初めて花子に食事を出した時、一口食べてその目が輝いたのを覚えている。

『何これ、すっごくおいしいよドラルク!天才シェフだね!』

おいしいおいしいと頻りに褒めるものだから、むず痒くなった。そんな大袈裟な、と言えば

『腕の良さも勿論あるけれど、誰かの為に作ってくれたご飯は格別なんだよ。あと、誰と食べるのかっていうのも大事』

『……ご両親は料理が下手なのか』

箸を止めて、花子は首を振る。
『ううん。人並み以上にはうまいと思うよ。でも、なんて言うのかな、義務感だけで出してる感じなんだよね』

そしてドラルクの作った料理をまた口に運んで、やっぱりおいしいと顔を緩ませる。食うに困ったことはないのだろう。実際彼女の舌は馬鹿ではないようだし、身体も健康そうだ。それでも。そうだとしても、満たされない事というのはあるのだろう。

そんな彼女が今こうして自分の料理を喜んで食べてくれていることに安心と少しばかり嬉しいと感じてしまう。
これくらいまたいつでも作ってやる、と言えばありがとうと返される。顔に嬉しいと隠さずに貼り付けられている。

こんなにも素直で顔に出やすいのにな。
花子の辿ってきた人生がドラルクは気になってきていた。




*****




林檎の皮を剥き、芯を取り除いていちょう切りにする。隣でじっと様子を見ていた花子が切った林檎を掠めとった。


「こら!つまみ食いしない!」

「へへ、ちょっと酸っぱいけどやっぱりおいしい。あそこのお店当たりだな。おまけしてくれたし」

「全く行儀が悪いんだから……ああ!ジョンまで!めっ!」


花子に気を取られているすきに今度はジョンまでも林檎泥棒になってしまう。まったくアップルパイにしろと言ったのはどこのどいつか。
このままじゃパイにする分が減ってしまうので、花子とジョンを調理場から遠ざける。


「もういいからきみ達は向こうで遊んでおきなさい」

「はーい。ジョン、あっちでお絵描きしよ。ジョンはモデルさんね」

「ヌ!」


キッチンの角にあるテーブル席へと二人は退散した。やれやれようやく大人しくなる、と調理を再開する。
鍋に先程の林檎と砂糖、レモンの汁を入れて煮る。
煮ている最中に花子の様子を窺うとテーブルの上にジョンを立たせてスケッチをしていた。ジョンの傍らにはいつの間に用意したのか栗の実や葡萄が置いてあった。一粒の葡萄をジョンが持ち、可憐にポーズを決めている。
……あれ、うちの冷蔵庫から出したやつだな。
思ったがめんどうだからドラルクはつっこまなかった。


「いいよー。ジョンめっちゃ映えてるよー。さすが世界一かわいい丸!……あっ!ジョン葡萄食べちゃダメ!」



秋の味覚とジョン。とタイトルを付けられた絵は例にもれずよく描けていた。




*****




さっくりこんがり焼けた手製のアップルパイは花子とジョンに大変好評だった。おいしくきれいに平らげられて二人とも満足そうな顔をしている。


「ごちそうさまでした。大変美味でございました」

「ヌヌーヌン」

「はいはい。お粗末様でした。きみにかかれば食べる時の儚さといったらないな」

「それもまた食の楽しみだね」

「やかましい。花子は何もしてないだろう」

「まあまあ、それはさておき」

「さておくな」

「食欲の秋はとりあえず堪能したし、今度は芸術の秋を楽しみたいと思います」


ドラルクの言葉をスルーして、唐突に花子が何やら始めだした。いつもの絵画の道具を取り出してテーブルに広げた。


「それならさっきジョンとやっていたではないか。というよりいつもきみ描いているだろ」

「違うよー。私ももちろん描くけど、二人にも描いてもらうんだよ」


はい。と花子から鉛筆を手渡される。どうやら色鉛筆を使うらしい。今回はそういう趣旨なのかと理解した。


「同じ芸術なら私はゲームがしたい。ゲームも今や立派な芸術作品だぞ」

「確かにそうだけど。それは絵を描くのが終わってから!」


流されるままにドラルクとジョンは紙を渡されて、つい受け取ってしまった。ジョンはわりと乗り気そうではあるが。


「テーマは……書きやすい定番なのがいいよね。動物にしよう」

「しょうがないな。付き合ってやるが、花子より上手くても泣くなよ」

「泣かんわ」


そこからは驚くほど静かに二人と一匹は絵を描くことに集中した。元来集中力はいい方ではある。しばらくして全員描き終わったところで見せ会うことにする。


「じゃあまずは、私からね。描いたのは馬!」


草原をのびのびと駈ける馬が描かれている。風になびく鬣の表現も見事だ。幾重にも重ねられた色が馬の躍動する筋肉や毛色を表現している。


「相変わらず腹立つくらいの画力だな」

「ヌヌー!」

「何で腹立つの。ジョンは褒めてくれてありがとうー」

ジョンの頭を花子がよしよしと撫でる。

「それじゃあ次はジョンね」

「ヌ!」


得意気に差し出した絵は何故か宇宙人のようなものが描かれていた。緑の身体に長い舌。もしかしてアリクイ的な何かだったりするのかと花子は頭を悩ませた。


「え……ジョン、何これ。宇宙人?」

「ヌンヌン」

「これはチュパカブラだな」

「チュパカブラ?UMAの?」

「ああ、南米に遊びに行った時に見たことがある。御祖父様が拾ってきたんだ」

「未確認生物を拾ってきたの!?すごいお祖父様だね……」

「ちなみにジョンの生まれも南米だ」

「ヌヌ」

「え!そうなんだ!なんかいきなりすごい情報が。いや、それは置いといて、チュパカブラが動物かどうかは分からないけど、よく描けてるねー」


花子が褒めるとふんふんとジョンは嬉しそうにしている。思いがけずジョンやドラルクのすごそうなお祖父様の話を聞いたところで、最後はドラルクの番である。


「さ、トリはドラルクだよ」

「ふふん、驚いて腰を抜かすなよ」

「抜かすか」


さっと目の前に差し出された絵に花子とジョンは固まった。


「何これ」

「見て分からんか?ジョンだ」

「えっ」


思わずジョンと絵を見比べてしまうが全く1ミリも似ていない。チャームポイントでもある丸さもないし、なんか全体的にぐんにゃりしている。愛らしいはずのジョンがキメラのようになっていた。そういえばやたらちらちらとジョンを見ていたと思ったら、見ながら描いていたのかと花子は合点する。


「いや見てこの出来栄えて」

「なんだと!人が一生懸命描いたものを何て言い草だ!」

「いや、まあ、そうなんだけどこれはあまりにも……ねぇジョン」

二人でジョンの方を見れば無言で首を振られた。点数もつけられないらしい。

「ジョォーン!お前は私の味方じゃないのか!」

「味方でも嫌な時もあるんだよ。Noとちゃんと言えて偉いねジョン」

「嫌とか言うな!」


思わぬ画伯がいたと判明したところで、続けて色々なテーマを決めて絵を描いていく。ドラルクもさっきので火がついたのかもっと描けるはずだとやる気になっていた。
時に花子がドラルクに描く時のコツやポイントを言ったり(あまり効果はなかった)、絵しりとりをしてみたり(ドラルクのおかげで難易度が上がった)、思い思いに絵を描いた。気づけば普段花子の絵で埋まっていたスケッチブックには一人と一匹の絵がたくさん描かれていた。


「やれやれ。なんだかんだで熱中してしまったな」

「ねー、たまには良いでしょ」

「ヌヌ!」

「うん、それじゃお絵描きはここまでにしようか」


花子は道具を片付けはじめたので、ドラルクも手伝おうと先程まで描いていた自分の絵を回収しようとする。


「あ!待って。捨てるならそれちょうだい」

「はあ?何故だ。きみ、さっきまで私の絵をこきおろしていたではないか。そんなのいらないだろう」

「こきおろしてはないよ!いいから私にくださいな」


そう言ってドラルクの手から紙を取る。それを曲がらないようにスケッチブックの間に挟んだ。


「認めたくはないが上手くもない私の絵などほしいのか」

「ほしいよ。だってみんなで楽しく描いた大事な思い出だもの」

心底大事そうにスケッチブックを抱える花子の顔はやわらかで幸福そうだった。淡いきらきらと光る虹彩が彼女の周りを舞っているように見えた。

「……花子はいつも大袈裟だな」

「えー。そうかな」


口には出さなくとも共感できる思いがある。
花子は他の人から見たら捨て去るような物でも宝物のように扱う。ドラルクにとっても彼女と過ごす時間は同じようなものだと感じるようになっていた。
ふと自分が柄にもない気恥ずかしい事を考えているのに気づいて頭を振る。


「まだ芸術の秋パート2が終わっていないぞ。次は私のゲームに付き合え」

「もちろん!スマヴラやろ!私前より強くなったよ」

「ほーん、言うではないか。この私と対戦してそんな大口叩けるのも今の内だぞ」


秋の夜はまだ始まったばかりだ。



2021.10.29

お題 afaik

2/9ページ
スキ