続く日々も君とありたい
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ロナルドの事務所でドラルクと再会を果たした後、花子は時々遊びに訪れるようになった。当初はドラルクが居るとはいえ、ロナルドの家でもあるのだからと遠慮していた。だが、当の本人が『遠慮しなくてもしょっちゅういろんな奴が出入りしてるし、花子さんも気にしないでいつでも来てくれていい』と言ってくれたのだ。
それに、ロナルドと交流をし始めて分かったのだが、彼は余計なことをするドラルクには口悪く暴力をふるったりするが、彼は基本的に善人のようだった。人見知りの気がある花子にも気づかってくれて、おかげで花子も打ち解けるのに時間はかからなかった。
*****
新横浜に暮らし始めて分かったことがある。
とんでもなく吸血鬼の遭遇率が高すぎることだ。前に私が住んでいた地域では時々、下級の虫のような吸血鬼に遭遇するくらいで、人型のドラルクのような高等吸血鬼を見る機会なんてほとんどなかった。それがここへ住んでからどうだ。毎日と言っても過言ではないくらい吸血鬼に会うではないか。ポコポコと雨後の筍のように次々と現れる。それも変わった力を持った吸血鬼ばかり。この前も吸血鬼マナー違反だとかいう吸血鬼が町中のゴミ箱をひっくり返していて、サテツさんに怒られていたし、外を歩いていたらピンク色の軟体動物みたいな吸血鬼が地面に寝っ転がってエッチな本を読んでいた。あと吸血鬼ではないが、何故か野生の嫌な足の生え方をしたダチョウが河原に生息していたりする。マリアさん曰く、肉はうまいと言っていたが、あれを食べるのだろうか……とちょっと引いてしまったのだけれど『今度うまいダチョウ肉食わせてやるよ!』と男前な眩しい笑顔で言われてしまえば断ることなんて出来なかった。いずれ覚悟を決めなければ……。
まあ、色々とあって、もしかして新横浜って治安最悪なのでは?と思ったのは一度や二度ではない。その分退治人の仕事も多忙でロナルドさんもよく街中で吸血鬼退治しているのを見かけた。ドラルクも同行している事が多くて、彼はロナルドさんが必死に退治をしている横で茶化したり余計な事をしては砂にされている。
それだけ遭遇するのであれば私も当然吸血鬼に出くわすこともあるので、ここの退治人さん達とはすぐに知り合いになった。幸い人見知りの私にも気さくに話しかけてくれたり、気遣ってくれる良い方が多かったので、一気に私の交流関係は豊かになったのだった。ドラルクとも頻繁に会えるようにもなったし、新横浜に越してきて良かったなと思っている。ただ、濃いキャラの吸血鬼は多いけど。
ゼンラニウムさんのような吸血鬼に会っても普通に挨拶できるようになってきたある日の事である。(そもそも彼は吸血鬼の中でもまともな方だと解ってきたのは最近の事だ)
その日私はロナルドさんの事務所に向かっていた。ドラルクから夕飯のお誘いがあったので、手土産に何か持っていこうと吟味していたら約束の時間が迫っていて私は少々焦っていた。だからつい近道しようと薄暗い路地裏に入ってしまったのだ。日頃からドラルクから変質者が多いから歩く所は気をつけて選べと言われていたのに。
「我が名は吸血鬼野球拳大好き!いざ尋常に野球拳で勝負だ!!」
なかなかやばそうなのに絡まれてしまった。脳内のドラルクが言わんこっちゃないと盛大に悪態をついている。ちょっとくらい大丈夫だろ行ったれ、と足を運んだ数分前の浅はかな私を張り倒したくなりながら、この場にいないドラルクに謝罪する。ごめんよドラルク私が間違っていました。この間、変質者と対峙しながら目まぐるしく心の中で葛藤していると、野球拳大好きが独特の掛け声で『ヨヨイ!』と手を付き出したと思ったら、私の手も勝手にグーの形を相手に向けて出していた。
「我が結界の中では野球拳の勝負を終わるまでは出ることができない!大人しく俺と勝負しろ!」
「ええー……」
口元が布で覆われているが、恐らく不敵に笑っているのだろうと分かる。試しにドーム状に張られた結界とやらに触れてみるが、固い壁のような感触が手に伝わってくる。不思議な感じだ。野球拳大好きの言う通り確かに閉じ込められているようである。それにしてもここに出てくる吸血鬼ってみんなおかしな名前なのは気のせいだろうか。身に付けていた腕時計を外しながら思う。アクセサリー類も着衣に含めていいらしい。
「何をぼやぼやしてる!次の勝負始めるぞ」
「……あー、ちょっと待って下さい。実は友人と約束してまして、遅れることだけ伝えてもいいですか?」
「仕方ないな。手短にしろよ」
「ありがとうございます」
とんでも変質者のクセに何故偉そうにふんぞり返って言われなくてはいけないのか。納得はいかないが、さっさと済ませないと怪しまれてしまう。RINEを立ち上げて、手早くメッセージを打ち込んでいく。もちろん相手はドラルクだ。文面は簡潔に野球拳大好きに勝負を挑まれました。至急救援求む。……とまあ、こんな感じで大丈夫だろう。
それから位置情報も添えておけば、すぐにロナルドさんを連れて来てくれるはず。
この野球拳大好きとやらの余裕綽々の態度と言い、手慣れてる感といい、ジャンケンに余程の自信があると見える。服装もめちゃくちゃ着こんでもいるし、対して私は季節相応の格好だ。つまり、こちらが圧倒的に不利である。
「お待たせしました」
「よーし、それじゃあ2回戦だ!」
野球拳大好きがまたあの掛け声をし、私もジャンケンの構えに入った。冷静に振る舞っているが内心めちゃくちゃ焦っているので、切実にドラルク達には早く助けに来てほしい。私が路上で全裸になる前に。
*****
「遅い」
花子が野球拳大好きに絡まれている少し前。
ドラルクはいつものように事務所の住居スペースにて夕飯の支度をしていた。今日は花子を招待しているため、一人分多めに。彼女からリクエストで天ぷらの仕込みを済ませ、花子が来るタイミングで揚げようかと思っていたのだが、いつも帰社する時刻になっても事務所に来ない。予期せぬ残業でも入ったのだろうかと思ったが、それならRINEの1つでも来る筈である。エプロン姿でスマホの画面を睨むドラルクをジョンも心配そうに見上げている。
「会社とかでトラブルでもあったんじゃねえの?」
ソファに座ってテレビを見ていたロナルドがドラルクに言う。
「残業だろうが電車の遅延だろうが、連絡くらいはするだろ」
「スマホの電池が無くなったとか」
「……無くはないが」
それならそうで別に構わない。ただ、彼女がおかしな事に巻き込まれてなければいいのだ。やはり、こちらから連絡してみようとスマホのロックを解除した所でタイミング良くRINEの通知が来た。やっと来たかとドラルクがほっとしたのも束の間。
「ハァー!!?」
花子が送ってきた内容を読んでドラルクは思わず大声で叫び、そして砂になった。突然の出来事にジョンもヌー!と泣き叫び、それらに驚いたロナルドが「何でいきなり死んでんだよ!」と突っ込む。食卓が一気に阿鼻叫喚となったが、悲しいかな、ここでは珍しくもない光景である。
「ロナルド君すぐに準備しろ!花子が色んな意味で危ない!!」
「はぁ?花子さんに何があったんだよ!」
砂から瞬時に復活したドラルクがロナルドにスマホを渡して見せる。そこには花子が野球拳大好きに勝負を挑まれたので助けてほしいと書かれており、ロナルドもまた眼を剥いた。
「あー、クソ!そういうことか!」
いつもの退治の衣装を着る暇もなく、2人と1匹は慌ただしく事務所を飛び出した。
*****
できるだけ最速で花子の送ってきた場所まで辿り着いたロナルドとドラルクが見たのはある意味とんでもない光景だった。
「チキショー!!負けたァ!!!」
「よっしゃあ!勝ったー!!」
全裸で四つん這いに踞っている野球拳大好きとその目の前でチョキの形をした拳を掲げて喜ぶ花子。その異様と言うべき様に2人と1匹は一瞬思考が停止した。唖然としている彼らに花子がくるりと振り返って気づいた。ぱっと表情を明るくさせ、「よかった、助けに来てくれた!」と安心した顔をする。
「こ、このアホー!!!」
ドラルクは近年稀に見る俊敏さで花子の元へと駆け寄り自身のマントを彼女に巻き付けた。
「何も良くないわ!そんな格好になってからに!!」
そう、花子は確かに野球拳に勝利した。しかし、白熱した戦いは互いに衣服を削りあい、花子は上下の下着を辛うじて残して勝利を収めた状態となっていた。
「あ、そうだった。つい夢中になっちゃって」
いそいそと被されたマントを引き寄せて、やや照れたように花子は言った。
「ファーッ!いつからそんな破廉恥娘になったんだ!そんな悪い子に育てた覚えはありませんよ!!」
「育ててもらってないわい」
小言を花子に並べ立てるドラルク達を尻目に思いがけず友人の下着姿を見てしまい、少し顔を赤くしたロナルドはいつものように野球拳大好きを拳で叩きのめした。ロナルド渾身のパンチをくらって伸びた野球拳を捕縛用のロープでぐるぐる巻きにする。花子の無事を遠巻きに確認して一安心した。無事、と言うにはかなり際どい所だが。とりあえず、あちらのことはドラルクに巻かせておいたほうが賢明だと判断したロナルドはさっさとVRCに連絡をした。
「ハァー……とにかく、着替えなさい」
「ドラルクのお叱りが長いから……」
「まだ何か?」
「いいえ何にもないです。危ない道を通った私が悪いんです。ごめんなさい」
「分かっているならよろしい」
腕を組んで頷くドラルク。花子も反省はしているのか、さっきとはうって変わってしょんぼりと身をすくませていた。そこにジョンが花子の脱いだ衣服を集めて持ってきてくれた。
「ヌー!」
「あ、ジョン!服持ってきてくれたんだ!ありがとう」
服をジョンから受け取り、マントで器用に隠しながら着替えをする。「何か小学生のプールの着替えを思い出すなぁ」と呑気に花子が言うので人の気も知らないでとドラルクは思ったが、充分にお説教はしたので心の中に留めておいた。あくまで彼女は変質者の被害者なのだ。
ロナルドの方から見えないように(と言っても細身すぎて影にならないが)彼女の前に立って、着替え終わるのを待つ。此処、魔都『新横浜』に彼女が住んでいる時点でこういったことに巻き込まれることは想定したが、それでも実際目の当たりにすると思うところはある。
「こんな形で見たくなかったな……」
器用に着替えていく花子の旋毛を見ていると、ついそんなことをぽろりと口からこぼしてしまった。しまったと思った時にはもう遅い。出たものは戻せない。
「ん?ドラルク何か言った?」
やっと終わったのかマントを外した花子が不思議そうにたずねる。よかった、どうやら聞かれていないようだ。ドラルクは表情には出さずに、ほっと安堵する。
「いいや、なんでも」
つとめて冷静に、すまして花子の捲り上がってしまっていたブラウスの襟を直してやる。そこでまた、ふいに彼女の身につけていた下着のフリルが視界の端にちらついた気がして、慌てて頭を振った。落ち着けドラルク。紳士違反だぞ。
脳内で密かに葛藤を繰り返すドラルクを花子が怪しげに見つめる。
「なに、どうしちゃったの?」
「ハァ!?どうも!してないが!」
「うわ、声でか」
「いいから、早く帰るぞ」
花子からマントを受け取って羽織る。訝しそうにする彼女の背中を押す。そんな主人の動揺と葛藤をただ1匹、ジョンだけが生温かい目で見つめているのだった。
2022.10.1
お題 インスタントカフェ
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