続く日々も君とありたい
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いくつもの月日を重ねた。
働き初めはぺーぺーの青くさい新人だった私も、仕事をしっかりてきぱきとこなせる社会人に成長した。うそです。そんなバリバリのキャリアウーマンとは程遠いけど、クビになることもなく一応はうまくやっている。
社会人生活にもすっかり慣れてきたそんなある日のことだ。
「移転?」
「そう。うちの社屋が手狭になったから移転することになって」
カトラリーを並べるのを手伝いながら話をする。
目の前でサラダを盛り付けていたドラルクの手からプチトマトがぽろりと落下しそうになったので、咄嗟に手を伸ばしてキャッチした。危うく床に落ちるところだった。
今の見事なキャッチだったでしょうと得意気に言おうとしたのだが、ドラルクはぽかんと目を丸くして固まっている。
今度はこちらが驚いてしまい、出かかった言葉は飲み込んだ。一体どうしたのか。何となく開いたままになった口に拾ったプチトマトを口にする。
うわ。このトマト甘くておいしい。
「いや、食べるんじゃないよ」
「お、復活した。だってドラルクがぽけっとしてるから」
ややあとドラルクは再起動する。
盛りつけに使っていたトングを置いて、つかつかとこちらに近づいたかと思うと、両肩をがっつり掴まれた。
「どこに移転するの。まさか北海道とか沖縄とか言わないよね」
「なぜそんな北と南限定?違うよ、神奈川だよ。新横浜」
「新横浜……」
「そう。社長がいい物件を見つけてきたらしくて」
ドラルクは言うやいなや掴んでいた手の力を緩めて、大きなため息を吐き出した。なんだか砂になりそうな勢いだったので、どうしたのと問いかけるが、珍しく歯切れが悪く、いや、と言葉を濁している。
そこで私に天啓が降りてきた。もしかして、遠くへ行ったら私と会えなくなるかもしれないと危惧してくれたのではないかと。自惚れかもしれないが、少なからず想ってくれてるのであれば嬉しいことだ。私だって反対の立場なら大いに焦っていただろう。
「大丈夫だよ。ちょっと遠くなるけど、これからも変わらず会いに行くから」
ドラルクが顔を上げて私を見た。
先程までの困惑した表情はもう無い。いつも通りに戻っている。
「そう。それならいいけど」
何事もなかったかのように夕食の準備に戻っていく。私も食器類を並べながら、キッチンに立つ彼をこっそりと見る。遠くに行かないと分かった時、ドラルクは平然とした表情をしていたけど、眼に安堵が滲んでいたのを見てしまった。たぶん。きっとそう。
それだけでうずうずするような、確かな嬉しいという喜びの感情が胸の内を叩いている。勝手に頬が緩んで締まりのない顔をしてるのを見られないように、ドラルクに背を向ける。ぐにぐにと両手で頬を揉んでいると下から視線を感じた。そこにはジョンがいて、ドラルクには見られていないが、ジョンにはばっちり見られていた。心なしかジョンがにまにましていて、私の真似をするように両手で頬を押さえている。
「もー、ジョンさん。からかわないでー」
「ヌッヒッヒッ」
ドラルクと同じ時を生きているというジョンも当然何百年と歳を重ねている。どうもこの愛らしいアルマジロにも色々と察せられているようで、それが少し恥ずかしい。
*****
会社の引っ越し作業に加え、通常業務や思いもよらぬトラブルに見舞われたりと花子は一気に忙しくなった。しかも会社が移転するにあたり、花子の自宅も新横浜へと引っ越しすることになり、会社と家の荷造りを両方をすることになってしまった。なので、ドラルクにはしばらく落ち着くまで会いに行けないと伝えてある。これにはドラルクも了承している。短いラインのやり取りだけをして、花子は目まぐるしく日々を過ごし、ドラルク達はいつも通り平穏な日常を過ごした。
お互い会えないことをほんの少しばかり寂しく思いながらも、まあ短い間だけだと日々を消化していく。
忙しさが佳境に入り、連絡も取りづらくなってしまった。ばたばたと家と会社の往復のみを繰り返し、ようやく移転と自宅の引っ越しを終えることが出来た。今までにない忙しなさだったと花子はほっと息をはく。新居に積まれた段ボールの数々には一先ず置いておくことにする。何事も地道にコツコツやることが大事である。
仕事帰り、今日の夕飯はどうするかと考えて、作るのも面倒だとコンビニに寄ることにした。今日は久しく連絡を取れてなかったドラルクに無事に終わったと一報を入れよう。そんなことを考えてようやく一息つけたな、と解放感に浸っていた時だった。
コンビニの入口のすぐ傍にある雑誌コーナーの前を通った。普段は特別気にもならないのにふと、ある雑誌の表紙が目に止まる。立ち止まり何の気なしに見出しを見て、花子の頭は一瞬真っ白になった。夕飯も何も買わずにコンビニを飛び出して、直ぐ様震える指で番号を呼び出した。心臓が破裂してしまいそうなくらいうるさく鼓動している。呼び出し音がやけに長く感じた。
早く、早く、お願い、出て。
祈りが届いたかのようにプツ、と繋がる音がして、耳に久しく聞いていなかった声が鼓膜を震わせる。
『もしもし』
呼び出しに応えたのは間違いなくドラルクだ。
声を聞いた途端にスマホを落としそうになるし、コンビニ脇の壁に背中を凭れさせ、そのままずるずるとしゃがみこんだ。
『もしもし、花子?どうしたんだ?』
かけておいて全く応えない花子を不審に思ったのかドラルクが焦ったように頻りに呼び掛けている。やや落ち着きを取り戻したので『ドラルク?』と名前を呼ぶ。色々と聞きたいことが多すぎて頭が回らない。
『はいはい。ドラちゃんですよ。ゆっくりでいいから』
返答があり、ドラルクも花子に何か大事があった訳ではないと分かって一先ず安堵する。むしろこちらの事だろうと様子を見越したように穏やかに話しかけた。
その声が花子のこんがらがった頭の中をやんわりとほどいていく。少しずつ落ち着いてきた花子は深呼吸を一つ二つしてから、先程見た雑誌の事を話す。
『ドラルクのお城が崩壊したって』
『ああ、うん。本当だよ。もしかしなくとも、きみ、雑誌の中見てないでしょ』
子どもが拐われたと依頼を受けて退治人ロナルドがドラルクを退治しに来たこと。子どもが勝手にゲームをやりに来ていただけで無実であり、連れ帰る際に一悶着あって結果城が爆発して壊れてしまったこと。住まいがなくなったのと責任を取ってもらう為にロナルドの事務所で一緒に暮らし始めたこと。大体をこんな感じで如何にロナルドが悪く自分は被害者だとたっぷり含めて花子に説明した。花子のスマホから『脚色すんなクソ砂!!』という別の男の声が後方から聴こえた。この声の主が件の退治人ロナルドなのだろうか。
「ちょ、うるさいよロナルド君。今電話中なんだから!」
「お前が盛ってるから言ってんだろうが!」
やいやいともめる声が続いており、花子は大丈夫だろうかと心配する。果たしてドラルクは同居人と上手くやれているのだろうか。
『ドラルク?大丈夫?』
『…ああ!ごめんごめん。大丈夫だよ。とにかく私もこっちに、新横浜に住むことになったから』
『え、そうなの!』
ロナルドの事務所は新横浜にあるらしい。
城崩壊に始まり、さらにドラルクが近くに住むことになったりと情報過多である。ものの数十分でこんなに目まぐるしく展開が変わるものなのか。
「ところで、花子は今外?」
「うん。会社の帰り。コンビニでご飯買おうと思って」
「そこで雑誌の見出しを見て慌てて電話してきたってとこか」
「そうです……。お騒がせしました」
電話口の向こうでも花子がしゅんと項垂れているのが手に取るように分かる。ようやく事態が飲み込めてきたのだろう。よかった、とほとんど消え入りそうな声音で呟かれた一言をドラルクは聞き逃さなかった。不謹慎ではあるが、なりふり構わずこちらの身を案じてくれるのは嬉しかった。
「いや、こちらこそ連絡遅れてすまないね。花子も引っ越しとかで忙しかっただろう。もう遅いし、ご飯買って、早く帰るんだよ」
ドラルクも最近の彼女の仕事とプライベートが忙しいことを心配していたので、あれこれと言葉を足してしまう。
栄養バランス考えてね、戸締まりもしっかりすること、とまたもや母親ムーヴが炸裂して、花子はこの感じ久しぶりで安心するなぁとほっこりしていた。
「今度、こっちに顔を見せにおいで」
「わかった。行く」
「それじゃあね。帰り道気をつけて」
「ありがとう。またね」
画面をタップして通話を切る。知らずまた細く息を吐き出した。ドラルクが無事で本当に良かった。うるさかった心臓は落ち着きを取り戻し、自覚した瞬間に今度は空腹感が主張し始めていた。現金な身体だ。
コンビニに戻ってご飯を買おう。ドラルクの言った通り栄養バランスも考えて。スマホをしまって、煌々と明かりを放つコンビニへと足を向けた。
*****
後日、ドラルクに言われた通り、花子は彼の今の住まいである退治人の事務所を訪れた。
扉には『ロナルド吸血鬼退治事務所』と書かれており、その横にはどなたでもお気軽にお入り下さいと看板が下がっている。お気軽に、と書かれているしドラルクに会いに来てはいるのだが、如何せん花子は人見知りであった。初対面のしかも自宅に(仕事場でもあるが)訪問するなんて彼女にとってはとても緊張することである。
暫く扉の前で立ち止まり逡巡していたが、深呼吸をし、心の中でよし、と決意を固めると扉をノックした。コンコン、と軽い音を立てると中から『はい、どうぞ』と返ってきた。ドラルクの声ではなかった。にわかに募る緊張を押し込んで事務所の扉を開く。
「どうも。あ、依頼者の方ですか。どうぞこちらへ」
「いえ、私はそのー」
銀髪に青い眼、目立つ赤い服を来た男がにこやかに案内する。この人が件の退治人ロナルドだろう。事務所の場所をドラルクに聞いた時に、ホームページも見ていたので顔を知っていた。
依頼者だと勘違いしたロナルドに花子が慌てて否定しようとする。
「おや、花子。いらっしゃい」
花子にとって天の助けだ。事務所の奥にある扉が開いて、ドラルクが姿を見せた。
「何だよ、ドラ公の知り合いか?」
「前に言っただろう。今日は私の友人が訪ねてくると。全く直近のスケジュールも覚えてないとは呆けが始まったのかね」
「誰が痴呆じゃクソボケ砂!」
ロナルドの鋭く早い拳がドラルクを砂にした。開始3分も立たない内に彼らの関係性が見えた気がする。
普段からああなのだろうなとかドラルクが余計な事を言うからと察した眼で花子が見ていたら、ロナルドが慌ててソファを勧めた。
「いや、すみません。こいつから話は聞いてたんですけど」
「いえいえ、こちらこそ突然申し訳ないです。あの、これつまらないものですけど」
花子が持ってきていた手土産をロナルドに渡す。こちらに来てから見つけた、お気に入りのケーキ屋の焼き菓子詰め合わせだ。事前にロナルドは甘いものも食べられると聞いていたのでお菓子を持参した。
「わざわざすみません、ありがとうございます」
「そうだぞ花子。ロナルド君に土産などいらないと言ったんだが」
さっとドラルクがロナルドから紙袋を取り上げると、攻撃されるのを予期してか、そそくさと奥の部屋へと退避する。それを今にも殴りかかんばかりの顔でロナルドが睨んでいた。
「私はお茶の用意をしてくるから、花子はかけておいてくれ。ロナルド君彼女に失礼のないようにな」
「いちいちうるせえ」
「ありがとう、ドラルク」
今度こそ奥へと引っ込んで、事務所に花子とロナルドの二人になる。花子は正直に言うとお茶はいいのでドラルクに居てほしかったのだが、もてなそうとしてくれているので、そうは言えないと口にしなかった。
勝手に気まずさを感じてしまいロナルドに申し訳ない。でも、何を話せばいいのか。そもそもドラルクといる時はどんな話してたっけ……?
花子が内心そんなことを考えて静かに混乱していると知らず、ロナルドは様子のおかしい花子に大丈夫なのかと心配する。
なんでもいいから会話しようと口を開きかけたところで、花子の視界の端からぴょんと丸いものが飛び込んできた。
「あ、ジョン!」
「ヌー!」
ジョンが花子の膝に飛び乗ってきた。良いタイミングで、何よりジョンという助っ人に花子はほっと密かに安堵する。
「元気そうでよかった。新しいお家はどう?」
「ヌンヌヌ!ヌヌヌヌ?」
「そっかー。それは何より。私はまだまだかなぁ」
久しぶりに会えてお互い嬉しそうに近況を報告し合う。そうして、いつものようにジョンと会話していて、はっとする。顔を上げるとロナルドが感心したように花子の方を見ていた。
「あっ、すみません!話し込んじゃって」
「いえいえ!ジョンと仲良いんですね」
「はい。昔から仲良くしてもらってて、」
そこから自然と花子とドラルクの昔話になった。自身が学生の時に城に忍び込んだ出会いの話、いつも過ごしていたあの頃のこと。先程までの緊張は幾分か和らいでいた。花子の話にロナルドも相槌と時折話を挟みながら和やかに会話をする。
「へえ、なんか話聞いてると随分仲良いんですね」
「そうですね。……ドラルクとジョンは私にとって特別ですから」
そう言う彼女があまりにも穏やかで優しい顔をしているので、ロナルドはやや面食らう。目尻をやわらかく下げ、微笑んでいる。出迎えた時の固い緊張した顔と違った初めて見せる表情だ。花子と会ったのはついさっきなので当たり前と言えばそうなのだが。彼女のそういう感情を引き出しているのが、あのドラルクだというのがロナルドには驚きだった。ジョンは別として。一体どれほどのやり取りを積み重ねてきたのだろうか。少しだけロナルドは気になった。
「お待たせ。おや、ロナルド君どうしたのかね」
「な、なんでもねぇよ」
「ふうん」
ドラルクは器用に片眼だけを細めて訝しがる。特に追及はせずにお茶の準備を進めて、花子の前に紅茶と手製のクッキーを出す。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
ドラルクは花子の隣に座ると、彼女を横目に観察する。お茶を飲み、クッキーをつまむ。いつも通りに見えるが、自身の城に遊びに来ていた時と何か様子が違う。じっと見すぎていたのか、花子が視線に気づいて「どうしたの?」と尋ねた。
「何かきみ、随分大人しいな。借りてきた猫みたいだ」
「えっ。そうかな」
ドラルクはそうだともと頷き、テーブルに乗りクッキーに手を伸ばしていたジョンまでもがうんうんと肯定している。
「うっ、ジョンまで」
花子は目線をうろうろと泳がせてから、手に持ったカップへと視線を落とした。きれいな琥珀色の水面が困惑する花子の顔を映している。
「えーと、ほら。私、人見知りでしょう。だからだよ」
「まぁ確かにそうだが。とは言え話し方もぎこちないし、何よりロナルド君の顔を全然見ないじゃないか」
「ええ……そこまで言うなら分かってるんじゃないの?わざわざ突っ込んでくる?」
ロナルドとジョンは2人の事を静観する。なるほどそういえば彼女は人見知りの気があると、ドラルクが言っていたような。通りで眼が合わないなぁとロナルドは思っていたのだ。すっかり抜け落ちてしまっていた。
花子は言おうか言うまいか少し悩み、ええいままよと口にする。
「ロナルドさん、顔が良いから眼を見て話しづらくて……」
「へっ!?」
気の抜けた声とついでに紅茶を溢してしまったのはロナルドだ。急に自分の話が出て、おまけに顔が良いだのと、突然の花子の発言に大いに動揺してしまったためである。ドラルクはというとたっぷりと間を空け固まっていたかと思うと「ハァー!?」とこちらも負けず劣らずの反応をかましていた。
「ちょっ、ドラルクうるさっ!声でかいよ」
「いやいやいや!誰のせいじゃ!いうに事欠いて顔が良いからって何!?私の方がウルトラかっこいいんですが!?」
「は?それだけはないだろ」
「お黙り若造!」
ドラルクは、ばっと胸に手を当てて大袈裟に主張する。花子はロナルドとドラルクを交互に見て(相変わらずあまり眼を合わさなかったが)、ふむと顎に手を当てるとやんわり微笑んだ。
「せめて何か言え!!」
「ドラルクはほら、かっこいいよりかわいい感じでしょ」
「エッ!あっ、そ、そう?いや、まあ確かに?私はかわいいからな……」
「うそでしょ花子さん。こいつのどこがかわいいの?」
「ロナルドさんも付き合いが長くなってくるとじわじわ分かってきますよ」
「そんなスルメみたいに。ていうか分かりたくないです」
なんとなく有耶無耶になったような気がしたが、それ以上深く突っ込まず流されることになった。
それからドラルクと花子の近況報告を交えた雑談や、ロナルドの退治としての活動の話になった時は、ドラルクがいかに自分が活躍しているか横やりを入れた。それに怒ってロナルドが鉄拳制裁を入れて砂になって、ジョンが泣いたりと、対面当初より賑やかに会話を楽しんだ。
ふと気がつくと随分と話し込んでしまったようだった。
「あ、もうこんな時間。私そろそろお暇するね」
「ああ、本当だ。ならそこまで送るよ」
立ち上がり事務所の入口まで花子を見送る。
扉の前まで来たところで花子はロナルドに向けて頭を下げた。
「ロナルドさん、今日はありがとうございました。お邪魔しました」
「いえ!もし何かお困りでしたらいつでも来て下さい。ここは吸血鬼とかへんなやつが多いんで」
「はい。その時はぜひ。ドラルクもジョンもまたね」
「ヌヌヌ!」
「家まで送ろうか?」
「大丈夫だよ、家までけっこう近いんだ。でもありがとね」
扉を開けて外に出ようとした所で花子がくるりと振り返る。
「花子?」
その眼はドラルクを捕らえたかと思うと、ゆるりと細められる。
「……お城は無くなって、こういうこと言うの不謹慎かもしれないけど……。今はずっと近くですぐに会えるようになって嬉しい」
喜びと嬉しさを、顔にゆったりと広げながら花子が言った。元々ドラルクやジョン相手に惜しみ無く感情を見せる子だった。それが久しく会ってないだけで、これ程胸にくるものだったろうか。
以前までは一人と一匹だけだったので気にはしなかったが、今は傍にロナルドがいる。そう分かっていても緩む表情は抑えきれなかった。
「……ああ。私もだよ」
誤魔化すように花子の眼にかかった前髪をすいてやる。照れくさそうに花子は笑うと「それじゃあ、また」と二人と一匹に手を振り、階段を降りて行った。
手を振り返しながら、完全に花子が居なくなったのを見計らってロナルドは隣に立つドラルクを見る。
「……あの子とは友達なんだよな?」
「そうだよ」
彼女の降りていった階段を見つめながら言う。簡潔に答えを寄越してさっさと事務所に戻るドラルクの後ろに続く。
「まだ、だけどね」
扉の傍で首を傾けていたメビヤツを撫でていたロナルドの耳に含みのある言葉が届く。顔を上げてドラルクの方を見れば、楽しげな表情でカップや皿を片付けていた。
2022.2.4
お題 afaik