続く日々も君とありたい
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日が暮れてドラルクが活動する時間になった時、棺桶からジョンと共に起床し、身支度を整え、それから真っ先にすることがある。
寝室から出て、頭に乗っているジョンに話しかけた。
「今日はどこに居るんだろうねジョン」
「ヌー」
ドラルク城には一人と一匹しか暮らしていない。
だが、ある日を境に頻繁にここを訪ねてくるやつがいる。すっと音もなく入り込んだと思えば、いつの間にかそれが当たり前のようになってしまった。
薄暗い城内をドラルクとジョンは目的の人物を探してゆったりと歩く。そこで一室からうすく光がもれているのに気付き、扉をそっと開ける。客間の一つである部屋は間接照明でぼんやりと照らされていた。バルコニーの両開きの扉が開け放たれていて、レースのカーテンがはためいてる。
その先に彼女はいた。
イーゼルを立て、一心不乱にキャンバスに向かって筆をふるっている。
こんな明かりの中で描くこともなかろうに。
声には出さずにため息を小さくこぼして室内へと足を進める。絨毯が軽く沈んで足音を吸収するので音を立てずに近づける。元よりドラルクが軽いのでそれほど音は出ないだろうが。適当にあった椅子を引っ張ってきて、彼女の隣に腰を下ろしてもドラルクの方へ顔を向けることはない。そもそも気づいてはいないだろう。それほど彼女は絵に集中している。
キャンバスに目を向ければ濃紺の空に浮かぶ月と下に海が広がっていた。モデルは今浮かんでいるあの月だろうか。しかし、ここに海は見えないのだが。彼女の頭の中はわからない。床に敷いた汚れ防止の布には海と夜空の残骸が散らばっていた。なんなら彼女の顔にも散っている。そんなことなど気にならないほど真剣に描いているのだ。己の思うままに、感情をぶつけるように。その黙って集中している時の顔が案外ドラルクは好きだと感じている。絶対に口にはしないが。
淀みなく進めていた筆がぴたりと止まる。どうやら完成したらしい。ふっと彼女は息をはき、ようやくドラルクの方へと顔を向けた。
「こんばんはドラルク、ジョン。いい夜だね」
「こんばんは花子、相変わらず君は図々しいな」
今更だね、と笑う彼女と出会ったのは数ヶ月前のことだ。
******
ドラルク城は本人の意図せず、観光スポットとなっている。かくいう花子も有名なその観光地を夏休みの暇を使って訪れた。家からそれほど遠くない場所にあるのに、今まで一度も訪れたことはなかった。ちらほらと見える観光客を尻目に花子は遠目に城を眺める。目的はドラルク城のスケッチだ。荘厳な佇まいは写真なんかで見るのとは全然違う。これは良い題材だと花子は意気揚々とスケッチブックを広げた。
時に位置を変えて熱中症にならぬよう、休憩を挟みつつ木陰で夢中で描いていたら段々と日が暮れてきた。もう観光客の姿も見当たらない。そろそろ帰るべきかと腰を上げたが、ふと城の内部が気になった。これだけ立派な建物なのだから、さぞ中もすごいのだろう。しかし、城にはドラルクという恐ろしい吸血鬼が住んでいると聞く。悩んだが若さゆえの好奇心に抗えず、花子は敷地内に潜り込んだ。鍵がかかっていると思っていたが呆気なく玄関の扉から城内に入れてしまい拍子抜けする。花子の想像と違って煌びやかさはないが、それでも落ち着いて高そうな造りをしている。
吹き抜けのホールは夕焼けに照らされて赤く燃え上がっているようだ。その光景にしばし魅入った後、おもむろにスケッチブックを取り出し、再び鉛筆を走らせた。心を突き動かす何かがここにはある気がした。
*****
ドラルクがその日、起きて目にした光景はあまりにも突拍子がなさすぎて、思わず一回死んでしまった。ちょっとしたことですぐに死んでしまう彼にとっては衝撃的な事だったので仕方がない。
何故か見知らぬ少女がホールでスケッチブックを広げて絵を描いていたからだ。しかもこちらが近づいても気がつかないほど真剣に。ジョンと一緒に恐る恐る少女の傍へ寄るが、全くこちらに気づかない。まるで視界に入っていない。新手の退治人ではあるまいなと一瞬疑ったが、こんな隙丸出しの退治人はいないだろう。それに絵を描いているし。意を決してドラルクは少女に声をかけることにした。
「おい、お前。ここで何をしている」
「ヌヌッヌー」
ジョンも威厳たっぷりに声を上げるが普通に無視をされ、ショックでドラルクは砂になった。ジョンが悲しげに鳴くがそれでもまだこちらを見ない。
もしやこいつわざとなのか。傷つきやすい上に死にやすいんだぞこっちは!
信じられない気持ちで復活したドラルクは今度こそと大きな声で話しかけた。
「こら!無視をするな!」
「……えっ?わっ、誰!びっくりした!」
今気づきましたとばかりの反応に全身の力が抜け去る思いだ。無視をしていたのではなく、本当に今の今まで気がつかなかったらしい。ここにきてけっこうやばい奴なんじゃないかとドラルクに焦りが募る。
「誰はこっちの台詞だ!ここが何処だか分かっているのか小娘」
「何処って、ドラルク城ですよね……あっ、じゃあまさかあなたが」
「いかにも私が真祖にして無敵の吸血鬼ドラルクである。そして、こっちは使い魔のジョンだ」
ジョンと共に決めポーズをして名乗りを上げると少女はぽけっと口を開けてアホ面をしたままだった。恐怖で声も出ないか、とやっと威厳を取り戻せたとドラルクは内心安堵した。
しばらく固まっていた少女は次にはっとして、持っていたスケッチブックを置くと深々と頭を下げる。
「そうでした、挨拶がまだでしたね。おじゃましていますドラルクさん」
「いや挨拶求めてんじゃないの!」
「え?あっ、名前言ってませんでしたね。私は山田花子です」
「そういうこと聞いてるんじゃない!ここ!私の家!城!なんで勝手に入ってきてんだって言ってるの!」
少女こと花子が斜め上のボケをかましてきたので、つい動揺して片言になりつつも訴える。大丈夫だろうかこの子。ジョンも完全に困っている。
「ああ!そうですよね、人の家に私ったらずけずけと……。本当にごめんなさい」
「ええ……急に素直。まあ通じてよかったけど」
うってかわって正直に謝る花子に毒気が抜ける。なんだか人のペースを乱すやつだな。申し訳なさそうにしているのがふりには見えなかったので、とりあえず何故不法侵入していたのか聞いてみることにした。
「花子とやら。不法に立ち入りここで何をしていたんだ」
「絵を描いていたんです」
まあ、スケッチブックを広げて手をしきりに動かしていたのでそうだろうとは思っていたが、本当にただ絵を描いていただけらしい。はい、と花子からスケッチブックを手渡されたので、ぱらぱらと捲ってみる。
そこには様々な絵が描かれていた。ドラルク城の外郭、周囲の山や植物、はたまた観光バスなどかなりの枚数があった。いったい何時間描いていたのだろうか。日もすっかり落ちた、つい先程まで此処で描いていたのだから考えるまでないが。最後のページはホールの情景がおさまっていた。白と黒のみの濃淡で日の当たる様子までよく描けている。
「ほー、なかなかよく描けているではないか」
「ヌー!」
ジョンも同じように覗き込んでいたのだが、ドラルクに同意するように鳴いた。
これとか、この絵とか私はわりと好きだ。ドラルクは素直に彼女の絵を賞賛した。花子は驚いたように目を丸くさせて、続けてぽっと頬に赤みがさしたかと思うと照れたように破顔した。あまりにも無防備な反応にドラルクも困惑する。胸の内側にぞわりと奇妙な気持ちがはい廻るような心地がした。相手は不法侵入してきた無礼極まりない相手だと言うのに。
「あ、ありがとうございます」
「ええい照れるんじゃない。なんかこっちまで変な空気になるだろう」
誤魔化すようにスケッチブックを押し付けるように返してやる。受け取った花子はまだ嬉しそうに笑っているので決まりが悪くなる。全く何がそんなに嬉しいのかドラルクには理解できない。
「あの、ドラルクさん」
「何だ」
「また、遊びに来てもいいですか」
「どうしてそうなるんだ!大体勝手に人の家に入ってきておいて……」
花子があんまりにも真剣な、懇願するような表情でドラルクを見上げるので言いかけた言葉をぐっと飲み込む。
「やめろ!そんな捨てられた犬のような目をするんじゃない!」
「やっぱりダメですか……それは、そうですよね……」
しおしおとしょんぼりした顔をするのでなんだかこちらが意地悪をしているような気分になる。ジョンまでもが別にいいんじゃないのかと主人を諭す目をしている。少数であるが多勢に無勢、責められているようだ。
「あー!もういい!わかったから!勝手にしろ!」
もうどうにでなれ、とやけくそ気味にドラルクが言い放った。ぽかんと再びマヌケな顔をしていた花子だったが、意味を理解するとぱっと顔を綻ばせる。
「ありがとうございます!」
やった、ジョンもよろしくね。
花子がきゃあきゃあと無邪気にジョンの手を取ってはしゃいでいる。一緒に喜んでいるがさっきまで警戒していたのではないかジョン。言葉にせずに胸にしまう。全く妙なやつに懐かれてしまった。まあ、小娘1人出入りしたところで何も変わらないだろう。機会を見て少しばかり血を貰ってやってもいい。
「じゃあ、私はそろそろお暇しますね」
「ああ、さっさと帰れ。もう遅いから精々気を付けるんだな」
「ふふ、優しいですね」
「うちの帰りに何かあったら寝覚めが悪いだけだ」
花子は道具を鞄に仕舞うと玄関の扉へと歩いていく。ドアノブに手をかけたところでドラルク達の方へ振り返る。
「ドラルクさん、また明日」
月明かりに彼女の顔が照らされる。返事に窮していると花子は薄く微笑み重い扉の向こうへと行ってしまった。
「……ん?また明日?」
*****
花子は言葉の通り次の日またドラルクの城へと訪れた。なんならその次の日もまた次の日も。ほぼほぼ、毎日といっていいほど彼の元へと訪ねた。いや流石に来すぎだろう!と怒っても何処吹く風で、学校はと聞けば夏休み中だからと言う。毎日来て友達いないのかとからかっても私友達少ないんですよね、とからりと答える。ドラルクの活動時間は吸血鬼である為、日が落ちてからなのだが、そんなに毎日遅くまで外出して親が心配するだろうと言っても
「私の親、私にこれっぽっちも興味ないんで。大丈夫ですよ」
そう言った彼女の瞳の奧にほの暗い感情を感じ取った。諦めともなんとも言えぬ花子の表情にドラルクはそうかとポツリと返事をしただけで深くは聞こうとはしなかった。他所の家族のことだ。色々あるのだろうと。だが、それを見て自分でも分からないが不可解な感情が心の底でざわざわと波うつ。まだ触れないように正体不明の心に蓋をした。
そうして花子との奇妙な関係は続いた。
日の当たる内から花子はあちこちで絵を描いたり、ぶらぶらと散歩をしたり、学生らしく宿題に励んだり、日が落ちるとドラルクに今日あった何でもないことを話して、絵を見せて、一緒にゲームをしたり、ジョンとドラルク手製のおやつや食事を食べたり、絵のモデルになってもらったり。
気づけば共に過ごしても違和感がない程にまでなっていた。そういえばいつの間にか花子はドラルクのことを呼び捨てにして、敬語も使わなくなっていた。もっと私の事を畏怖しろよと思うところもあったが、まあこの小娘に言ってもな、と諦めていた。絆されたともいうのだがドラルクはそれを認めたくはない。
*****
月の光と淡い照明が花子とドラルクを柔く照らしている。
「あほ花子。顔にまで絵の具が付いているぞ」
言いながら頬に手を伸ばし、拭ってやろうとするが乾いた絵の具は落ちそうにもない。くすぐったそうに犬や猫のように目を細め甘んじてその手を受け入れている。
ぐるぐると低い間の抜けた音がしたかと思えば、花子の腹の音だった。どこまでも暢気なやつだとドラルクは呆れる。
「いやぁ、お腹が空いたな。ドラルク、ホットケーキ食べたいな。ね、ジョンも食べたいよね」
「ヌー!ヌー!」
「分かった分かった。とりあえず花子は顔と手を洗ってきなさい」
「はーいお母さん」
「誰がお母さんじゃ!!」
こんなへんてこでどこか幸せな日々がドラルク達と花子はなんやかんやでひどく気に入っている。
2021.10.23
お題 afaik