原作中
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あの後、もうテントが目前というところでシルビアさんは「用事を思い出したから先に帰っててね」と突然踵を返して行ってしまった。
一体どうしたのだろうかとまたもや疑問に思いつつも仕事へと戻る。
しばらくして颯爽と戻ってきたシルビアさんへおかえりなさいと言葉を投げかけつつ
お茶でも淹れようかと立ち上がったのだが次のシルビアさんの発言に驚かされることになる。
「バクラバ砂丘で悪さしているサソリちゃんを退治してくるわ!」
さっき別れた間で何がどうしてそうなったのか詳しく聞いてみると
なんでも毎年サマディーではこの時期になると砂漠の殺し屋と呼ばれている大きなサソリの魔物、デスコピオンが現れて暴れているらしい。
そしてそのデスコピオン退治にファーリス王子を筆頭に兵士たちが部隊を組みバクラバ砂丘へとこれから向かうという。
その話をたまたま聞きつけたシルビアさんが協力を申し出た。これが話の経緯のようだ。
「話は分かりましたけどこれからなんて随分急ですね」
「それだけ危ないってことじゃないかしら。
サマディーのみんなの笑顔を奪うサソリちゃんなんてほっとけないじゃない!それに気になることもあるのよね」
「気になることって何ですか?」
「ふふ、今はナイショ。―それは置いといて!サソリちゃん退治花子ちゃんもいっしょに来る?」
当然私に魔物退治なんて出来ないのだが、これまで様々な所を渡り歩いてきたので邪魔にならないように対処はできる。
私にできることは戦うこと以外のサポートになるのだが、どうしようかと悩む。
「花子ちゃーん!助けてー!!」
悲哀に満ちた大きな声が私の唸る声を遮った。
続け様にぼすりと何かが私に体当たりしてきた。
何事かと正体を確認すれば団員のチカさんだった。
彼女は自身の衣装であるひらひらした布のかたまりを手に、今にも泣き出さんといった顔で私に飛び付いてきたのだった。
「どうしたんですかチカさん」
「あのね、さっき柱から釘が出てるところに引っかけちゃってね。ほらこれ!破けちゃったの~!」
ずずいと差し出された衣装を見ると腰とスカートの継ぎ目がざっくりと破れていた。
「あらぁ、派手にやっちゃったわね」
「そうなんですよ!まさかあんな所に釘が出っ張ってるなんて思わなくって」
「ケガは…なさそうね。何よりだったけど危ないから早くそこ、取り除くなりしておかないといけないわ」
「あ、それは大丈夫です!団長に言って打ち直してもらいましたから」
シルビアさんとチカさんがそんなやり取りをしているのを聞きながら衣装をチェックする。
じっと黙って見ているからかチカさんがそわそわしているのが伝わってくる。
「ねえ、花子ちゃんそれ大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。時間はかかると思いますが公演までには直せると思います」
「本当!?良かったー!ありがとう花子ちゃん!」
「良かったわねー。さすが花子ちゃん」
ぴょんと抱きつかれてよろけつつ、先程の話を思い出した。
そういえばデスコピオン退治に着いていくか返事の途中だった。
しかし、返事をする前に今結果が出たようなものだ。
「すみません、シルビアさん。こういうことなので私はいっしょに行けないです」
「えっ!花子ちゃんシルビアさんと何か他の用事があったの?」
「大丈夫よ。花子ちゃんにも大事な役目があるものね」
気にしないでと私とチカさんにフォローをする。
それに対して詳しくは聞かないものの、チカさんはまた謝って衣装のことを頼むとお願いされ、パタパタと持ち場へ戻っていった。
「さてと。アタシもそろそろ行くわね」
「はい。あ!そうだシルビアさんちょっと後ろ向いてください」
「後ろに?…こう?」
くるりと向けられた背中に私は両手をそっと当てる。
そこに念を込めるようにぐっと力を入れる。
「花子ちゃん何をやっているの?」
「シルビアさんが無事に帰ってくるように私の運気をおくっているんです」
もちろん気持ちの問題なので効果はあるのかわからないが。
それでもケガもなく無事に帰ってきてほしいと思う気持ちは変わらない。
ちょっとでも運の良さがうつらないか半ば念送りに火がついてきたところでシルビアさんが振り返った。
背中に置いていた手が離れて手持ちぶさたになる。
「うーん、どうせ送ってくれるっていうなら……」
所在なさげに上げていた手をシルビアさんが両手でぎゅっと握ってきた。
「こっちの方がいいわね」
突然のことに心臓がどきりと早くなったが、なんとかそうですかと返事をすることができた。でも多分悟られているだろう。
どぎまぎしている私の反応を見て楽しそうに笑っているシルビアさんになんだか一人であたふたしているのが悔しくなり
半ばやけくそで空いていた片方の手も添えて握り返すと念をおくるふりをした。
「はい!めちゃくちゃ運気をおくりましたよ!これで安心安全ばっちりです!」
「うふふ、花子ちゃんありがとう~。ばっちりパワーもらえたわ!」
掴まれていた手が離れて少し寂しさを感じる。
それを見越してか頭をあやすように撫でられた。
「じゃあ、行ってくるわね」
「はい、シルビアさんお気をつけて」
にっこりと笑ってテントから出ていく背中を見送る。
きっとシルビアさんなら何事もなく帰ってくるのだろうけど心配はないと言えば嘘になる。
どうかケガもトラブルも無くすぐに帰ってきますように。
ひっそりとお願いしてから気持ちを切り替えて、破けた衣装を繕う作業に取りかかった。
19.10.19