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「えっ!ファーリス杯に出場するんですか!?」
シルビアさんから落とされた衝撃的な言葉に掃除をしていた手を止める。
サーカスはまだ準備中で各々練習したり、小道具の手入れをしたりと忙しない。
今日は最大の規模のウマレース「ファーリス杯」が開催される日だ。
この日はレース中はどこの店も閉めて国民こぞって観戦に行くらしい。
なのでこの国営サーカスも早めに準備を終わらせてみんなで観に行く予定なのだ。
「そうよー。なんでも出場予定だった騎手ちゃんが出られなくなったみたいでね、困ってるようだからアタシが名乗りを上げたのよ」
「なるほど……。でもぶっつけ本番とか大丈夫ですか?」
「ちょっと花子ちゃんアタシを誰だと思ってるの?そんなのまったく問題ないわ!」
「あはは、でしょうねぇ」
話を聞きつけた団員も輪に加わり賑やかに騒ぎ立てる。
それはそうである。そんな大きなレースにまさか身内が出ることになるなんて。
「いやあ、ファーリス王子が優勝だと思っていたがこれは分からないな」
「そうねぇ、王子とシルビアさんなんてすごくエキサイティングなレースになりそうだわ!」
「私たちも応援してますー!」
「うふふ、ありがとう。がんばるわね」
わいわいとみんなが楽しそうに今日のレースについて熱を上げて話している。
そこへ団長がやって来てパンと手を叩き、みんなが声を潜めて注目する。
「楽しみが増えたことだし、応援に行くためにもしっかり準備しないとね」
おー!とこれまた賑やかな返事がして再び団員たちは持ち場へと戻っていった。
「それじゃあアタシもレースの準備しに行ってくるわね」
「分かりました。がんばってくださいね!」
「花子ちゃんもしっかりアタシの勇姿見届けてねん」
ぱちりとウインクをして去っていくシルビアさん。
最初は驚いたがなんだかこちらもワクワクしてきた。
ちゃんとレースを観るためにもまずは仕事を終わらせないと。
*****
あれから私たちは迅速かつ丁寧に仕事を終えてレースの会場に入った。
既に客席は人で埋まっていてわあわあと話す声があちこちから上がっている。
観客の楽しそうな期待に満ちた表情と色のついた声を見聞きするだけで今日という日をどれだけ心待ちにしていたかがよく分かる。
「すごい熱気ですね」
「当然よー。この国一番のメインレースなんだもの」
ようやく空席に腰を落ち着けたところで、隣に座ったミリィさんが今日の参加騎手についてあれこれ解説してくれた。
おかげでどんな人と馬が参加するのかよく分かった気がする。
いよいよ開始時刻になり高らかに音楽が鳴り響く。
パカリパカリと馬の蹄の音が聞こえて入場口から騎手と馬が出てきた。
それに観客は拍手と歓声で迎える。
シルビアさんが出てきた時はサプライズということも合わさって場内がわっと更に沸いた。
それにしてもあの馬もしかして……。
「……あれってうちのサーカスの馬じゃないですか?」
「ええそうよ。さすが我がサーカス団の白馬だわ。輝きが違うわね!」
「そうですね。羽とか飾りとかそのまんまで出てきちゃってますものね」
「派手でいいじゃなーい。あっ、シルビアさんこっち見たわ!きゃー!シルビアさーん」
ミリィさんがかわいらしくきゃっきゃっと手を振る横で私も控え目に応援の意味をこめて手を振る。
それに投げキッスという形で応え(またしてもウィンク付き)颯爽とスタートラインまで駆けていく。
もちろんその間他の観客への声援にもきっちりと応えている。
これが売れっ子旅芸人のファンサか。
さすがシルビアさんと感心していたら、さらに大きな歓声が沸き起こる。
このレースの名前でもあり花形でもあるファーリス王子が入場してきたのだ。
この国の王子とだけあって盛り上がり方が尋常じゃない。ミリィさんも王子へ熱い声援を送っている。
ファーリス王子は堂々と馬を操りゆっくりとラインへと並んだ。
一度ちらっと城下町で見かけたことがあるが、優しそうな穏やかな印象だったので、今のような雰囲気のある姿は初めて見る。
やはり馬に乗り騎士の格好をしていたら全然風格が変わるのだな。
出場する騎手が全員並んだ所でしんと場内は静かになる。
ピリピリとした緊張感が辺りを包んで思わずごくりと息をのんだ。
スタートの合図をとる騎士がライン上に設置された舞台に上がって旗を上げた。
あれが下がったと同時にレースがスタートする。
もう一度ファンファーレが鳴り、終わった所で勢いよく旗が振り下ろされる。
瞬間湧き上がる熱気と歓声が体をびりびりと突き刺す。
ついに幕は上がったのだ。
*****
「いやー、すごかったわね」
「まさかシルビアさんがファーリス王子に勝っちゃうなんてびっくりしましたよ」
「本当よね!でもどっちが勝つかは最後のギリギリまでわからなかったわ!
特にあのコーナー曲がってからの走りがね!最高だったわ!」
レースが終わり観客が次々に外へと退場していく中、ミリィさんは興奮冷めやらぬといった様子で力説した。
周りの人たちもさっきのレースの事で持ち切りだ。
ファーリス杯は僅差でシルビアさんが1位を勝ち取り幕を下ろした。
その白熱したレースに会場は湧きに湧き、終わってから帰る今になってもその熱はなかなかおさまらないようだ。
サーカスのみんなには先に帰っててもらい、私はシルビアさんが帰ってくるのをレースハウスの前で待つことにした。
すぐに出てくるものだと思っていたのだがなかなか来ず
どうしたのだろうかと少し不安になっていたところでシルビアさんが出入口から出てきた。
「お疲れ様ですシルビアさん」
「あら、花子ちゃん待っててくれたのね。待たせてごめんなさい」
「いえいえ、そんなに経ってませんから。
それより優勝おめでとうございます!初めてああいったものを観ましたが白熱したレースですごかったです!」
私とてその熱に浮かされた一人でシルビアさんに拙いが感動した旨を告げる。
たいして当の本人は一番をとったにも関わらずどこか晴れないような表情だった。
「シルビアさん?どうかしたんですか、なんだか優勝したのに嬉しくなさそうですね」
「えっ、そうかしら?そんなことはないわよ。
レースはとっても楽しかったし優勝したのも嬉しいわ。ただ……」
不意に言葉を切ってお城のある方へと仰ぎ見る。
私もつられてそちらへと顔を上げてみるが、そこには立派なお城が見えるだけで特に変わったところはない。
「サマディーのお城に何かあるのですか?」
「いいえ。ちょっと気になることがあってね……」
シルビアさんはただじっとお城の方へと視線をやって、なにやら思案しているようだ。
気になることとはなんだろうかと尋ねようとしたがそれを遮るようにシルビアさんの明るい声が私の言葉を押し留めた。
「さ、花子ちゃんアタシたちも帰りましょ」
「は、はい…」
ぽんぽんと肩を叩かれてサーカスのテントへと歩き出す。
その時はまだ私はシルビアさんが何を考えているのか分からなかったが、その答えは案外すぐに分かるのであった。
19.10.19