原作前
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私は運がいい方である。
宝くじで一等3億円当選!だとかそういうとんでもない事はないけれど
例えば急いでいる時に赤信号に引っ掛からなかったり、家に着いた瞬間に雨がたくさん降ってきたり
その逆で出かける寸前に雨が止んだり、アイスの当たりが出るとか自動販売機のジュースがもう一本当たるなど、そういう小さな幸運がよくある。
あと、大きなものでいったら懸賞モノもほどほどに当たったりする。
よく友達には花子はリアルで懸賞生活できそうだよねと言われたものである。
他にもパターンはあるけれど事故を未然に防ぐこともあった。
靴紐が解けてその場にしゃがんで結ぼうとしたら目の前に看板が落ちてきたとか
バスの出発が遅れたと思ったら、時間通りに進んでたらちょうど通ってた先で落石があったとか。
こればっかりは運がいいのか悪いのか微妙な所ではあるが、ともかく私はそれなりに運がいい。
そう自負していた……のだが。
気づいたら私は見知らぬ平原の真ん中にぽつりと立っていた。
いいや、待て待て。おかしいぞ。
あまりにも突然の事すぎて思考回路はショート寸前である。
某美少女戦士のアニメの主題歌が更に脳内を駆け巡ってきたので、一旦落ち着こうと深呼吸する。
吸って吐いてを繰り返して、少しだけ落ち着いてきたので何故このような状況に陥っているのか、1日を振り返ってみることにした。
いつも通り出勤して、その日は特に忙しくて嬉しくない残業タイムまでもつれ込み
月曜から散々だ、早くご飯食べてお風呂に入って泥のように眠りたいとへとへとな体にムチを打って帰路を急いでいた。
自宅のアパート前の交差点で赤信号につかまり、ぼんやりと青になるのを待っていた。
右側から大きなトラックがびかびかと真っ白なライトを照らしながら目の前を走り去って行く。
長くパソコンと向き合っていた疲れ目にはその強い光は酷である。
思わず強く目を閉じて、ついでに眉間も指で摘まんで揉みほぐす。
今日は寝る前に温めたタオルで労ってやろうと決めてぱっと再び閉じていた目を開けた。
そこには交差点やその先にあるはずの私の住むアパートは忽然と消え失せて
だだっ広い野原がこうこうと続いているだけであった。回想終了。
いやいやいや、考えても意味が分からなすぎてやばい。
やばいのは私の頭なのかもしれない。きっと仕事で酷使しすぎて幻覚を見ているに違いない。
頬や腕をつねってみたり、ぎゅうと目を閉じてから開けてみたりと試行錯誤してみたが、状況は全く変わらず。
仕方なしととりあえず歩いてみることにした。
誰かいないかと辺りを見回しながら歩いていたら、なんだか妙な気配がする。それもたくさん。
背筋が薄ら寒くなって、大きな木の幹に隠れて注意深く観察してみて愕然とした。
動物じゃない様々な生き物が闊歩していたからだ。
しかもその生き物達はどこか見たことのある姿をしている。
確か友達がよくやっていた「ドラゴンクエスト」というゲームに出てきた敵キャラ、モンスターとよく似た姿だ。
でもこれを認めてしまえばつまり、私が今立っているここは……。
突拍子もない。ありえない。そればかりが頭に浮かんでは消えていく。
じゃあすぐ近くで呼吸して、動いているあれは何だというのだ。
くらりと目の前が歪んだ気がして近くにそびえ立っていた木の幹に手をついてしゃがみこむ。
こんな非現実的な事が自分の身に起こるなんて……。
眩暈が落ち着いたので何気なく横を見れば小さな塊がもぞりとすぐ傍で動いた。
ひっ、と思わず小さな悲鳴を上げて尻餅をつく。
目をこらしてみれば頭のてっぺんが少し尖った青いゼリーのような生き物がこちらをじっと見ていた。
ああ、これは知っている。確かスライムというモンスターだ。
ゲームの内容は知らなくてもこのキャラは知っているという人は多いはずだ。
初めて間近に見たモンスターという存在に驚きから心臓が止まりそうになったが、よくよく見てみればなんともかわいらしい。
それはスライムだから言えることだろうけど。ぷにぷにとしたやわらかそうなフォルムに丸いつぶらな目。
こんなかわいいやつを世の冒険者たちはレベルアップの糧にしてきたのかと思うといたたまれない。
まあ、あの頃はゲームをやっている感覚しかなかったから仕方ないけど。
私同様に固まっていたスライムは、はっと我に返って丸い目をきっと目一杯吊り上げて威嚇してきた。当然の反応だよね。
彼は野生のモンスターだと今さらながら思い出し、再び命の危機だと脳内でアラートが鳴り響く。
ゲームでは軽々とやっつけているがこちらはただの一般人である。スライムにも余裕で負ける。
……ど、どうしよう。
武器になりそうな物も何も持ってないし。
逃げるしかないと意を決して立ち上がろうとした時、ぐうとその場にそぐわない間の抜けた音がした。
一瞬まぬけな自分のお腹の音だろうかと思ったが、未だ鳴り続けている音の発信源は目の前にいるスライムからだった。
さっきまでの威嚇態勢はどこえやら、スライムは空腹からか急にしゅんとしだした。
「……お腹空いてるの?」
言葉は通じるかどうか分からないがスライムはびくりと体を揺らしてこちらを見る。
それに待っててとポーズをとりながらリュックを下ろし、手に持っていたビニール袋からコンビニで買ってきていた弁当を取り出す。
そういえば夜ご飯食べる前だったんだ。
こんなとんでも展開になったからすっかり忘れてた。
プラスチックの蓋にお米とからあげを半分乗せてスライムに差し出した。
「口に合うかわからないけど、よかったらどうぞ」
スライムは目を白黒させて私と弁当を交互に見る。
やっぱり警戒してるんだろうな。まあ食べなかったらそれはそれでいいか。
それより私も忘れかけていた空腹が戻ってきたので、残りの半分に手をつける。
おもむろに弁当を食べ始めた私を凝視してから、スライムも恐る恐る弁当に近づき、匂いを嗅ぐ仕草をする。
スライムって鼻あるのだろうかとからあげを咀嚼しながら見守った。
スライムは思いきったようにぱくりとからあげを食べた。
瞬間目が輝いた気がして、そのまま勢いよく残りも食べ出した。
いやあ、よかったよかったと安心して私もスライムも弁当をきれいに完食した。
お腹もふくれてお互い一心地着いた所でこれからどうするかという大きな問題に直面する。
とにかく今は夜で人を探すにも暗くて危ないから、どこか安全な場所で朝を待ちたい。
しかしここはモンスターが悠々と歩き回る平原。果たしてそんな場所はあるのだろうか。
「あの、スライムさん。どこかモンスターに襲われない安全な場所ってありますかね?」
馬鹿な事だとは分かっているがスライムに駄目元で聞いてみることにした。
弁当のことはなんとか通じたし、少しは私が無害だと分かったはず。
満足そうにしていたスライムがきょとんとした顔で私を見つめた後、なんと、うんうんと悩みだしたではないか!
これはもしや脈アリなのでは!?と期待する。
するとスライムは心得たとばかりにぴょんぴょんと跳び跳ねどこかへ向かって跳ねだした。
まるでついてこいと言わんばかりのそれに私は藁にもすがる思いでスライムの後を着いていった。
*****
スライムは他のモンスターと遭遇しないように上手く歩いてくれたみたいで、特に問題もなく進むことができた。
目的地に着いたのかスライムはぴたりと止まる。
「ここは…」
草木に周囲は囲われていて、中央には焚き火の跡がある。
そしてその傍らには精巧な女神像が佇んでいた。
近づいてみれば何だか清浄な空気が辺りに満ちているような気がする。
スライムの方に振り返ってみると、この場所から少し離れた所で待機していた。
「もしかして、ここは君たちは近づけない所なの?」
問いかければこくこくと頷いた。
まさか本当にそんな所があるなんて。
しかもわざわざ私の為に案内してくれて・・・彼はすごく良いスライムだ。
「案内してくれてありがとう。助かりました」
返事の代わりなのかまたぴょんぴょんと跳ねて、背を向けて帰っていく。
「本当にありがとー!帰り気をつけてねー!!」
離れていく小さな恩人(人ではないけど)に手を振りつつ、どうかあの良いスライムが誰かに倒されませんようにと祈った。
焚き火の跡があるということはここを利用する人がいたということだけど
当然テントも何も持っていない私はこのまま雑魚寝するしかないのである。
寝る前に女神様の像に一晩お借りします、どうか無事に朝を迎えれますようにとお祈りした。
何も敷くものがないのでリュックを枕にして、そのままごろりと寝転がった。
囲われた木々のおかげで夜空が丸く切り取られたように見える。
たくさんの星が散りばめられていて、こんな状況であっても星がきれいだと素直に感じることができた。
明日からの事を考えると不安はつきないけれど、体力を少しでも回復するために眠らないと。
起きたらいつもの自分の部屋で目が覚めればいいのに。
心からそう願って瞼を閉じた。
*****
「―ちょっと!あなた大丈夫?」
誰かが私の肩を揺らしている。
決して強い力ではないが、自然と目が覚めてぱちりと瞼を持ち上げた。
まず最初に視界に映ったのは私を起こしたであろう男の人の顔だった。
そして目映い太陽の光が両目に突き刺さる。
どうやら無事に朝を迎えられたらしい。
そしてやはり私は元の場所へと戻れていないようだ。ちょっとばかり期待していたので落胆する。
しかしあれほど不安定な状況だったのに私はぐっすりと寝ていたようで。私って案外図太いのかしら。
ほっとして次に思い浮かんだのがようやくモンスターじゃなく人に出会えたということである。
まだ寝起きでぼんやりする頭ではそんなことしか思いつかない。
しゃっきりしない様子を見かねたのか男の人は「ほら、しっかりしなさいな」と私に水筒らしきものを手渡した。
中身は水だから安心して飲みなさい。そう言われるがまま口をつける。
喉が渇いていたのかおいしく感じた。
「すみません、ありがとうございます」
「いいえ。ところであなた、キャンプの用意もきちんとしないで野宿していたの?」
問いかけられて今更だが、やっと私は相手の姿をきちんと認識した。
黒い髪はスッキリとセットされ、少したれ目がちな眼に長い睫毛、とても端正な顔立ちをしている。
しかし服装は奇抜で、たくさんポンポンがついたヒラヒラした服を着ている。
何だかサーカスとかピエロとかの舞台衣装みたいだ。
しかしこの格好もこちらの世界では普通なのかもしれない……。
男の人は私が答えるのをじっと待ってくれていて、そのまっすぐな視線に思わず顔を下に俯かせる。
果たしてこの人に事情を話してもいいのだろうか。
葛藤はあったが説明しなければ始まらない。
例えこの人が信じてくれなかったとしても。
「実は―」
意を決して私はこれまでの経緯を話し始めた。
*****
ざわざわと賑やかな町並みを歩く。
初めて訪れる所はいつもあちこち目移りしてしまってなかなか前に進まない。
つい珍しい食材を売っている露店に見入っていたが、おつかいの途中だったことを思い出し、慌てて歩みを再開させる。
「えーっと、道具屋道具屋……あった」
目当ての店舗が見つかり、ほっとしつつ店内へ入る。
中は広くきれいで、所狭しと品物が並んでいた。
客入りが良く結構賑わっていたので、人とぶつからないようにしながらメモを眺めつつ手に取っていく。
買うものを全て持って、一応間違いがないか確認してからカウンターへと並ぶ。
前の人のお会計はすぐに済んだのであまり並ばなくてよかった。
店員さんが一つ一つ品物を確認するのを待ちながら、なんとはなしに周りを見渡していると間もなく会計が終わった。
「―以上で合計1,000Gですね」
「はい」
支払いを済ませて買った物を入れた紙袋を受けとると、店員さんがカウンターの下からガラガラを出してきた。
ハンドルを回して出た玉の色で何等か決まる抽選のアレである。
「只今新装開店キャンペーン中でして、一回参加できますよ!」
「わ、ありがとうございます」
早速ハンドルをゆっくり回す。
中で玉がじゃらじゃらぶつかる音がして、一周回した所でぺいっと玉が一つ転がり出た。玉の色は赤だ。
「な、ななな何と!特等!!大当りーっ!?」
「えっ」
店員さんがたいそう驚いているが私も驚いている。
が、実はというと先日訪れた街で泊まった宿屋でも、改装記念だとか何とかで引かせてもらった抽選くじで無料で宿泊できたのだが。
つまりはまあ、こんなことを言うのもあれだがいつものことである。
がらんがらんとハンドベルを鳴らす店員さんは何故か微妙な表情をしている。
なんでだろうかと疑問に思っていたら別の女性店員さんがスススと近づいてきて「実はこの抽選今日始めたばかりなんですよ」とこっそり耳打ちしてくれた。
「ほ、本当にですか!?それじゃあなんか申し訳ないので受け取れないですよ……」
「あ!いえいえ!そんなつもりで言ったわけではないのですよ。ねぇ店長」
「そうですよお客様。こっちも一度やると決めたことを曲げることはできません!
むしろその運の良さに感心しています!どうぞ持っていって下さい!!」
「それじゃあ、遠慮なく……」
勢いよく差し出された特等の景品を受け取って、ありがとうございました!とこれまた力強い挨拶に背中を押されてお店を出た。
待ち合わせをしている広場に着いて、探す手間もなくその人は見つかった。
高い背に優雅でどこか気品のある佇まいはよく目立つ。それに元々彼は有名人らしいし。
小走りで駆け寄ればそれに気づいた彼がこちらへと歩いてくる。
「お待たせしましたシルビアさん」
「全然待ってないわ。おつかいご苦労様。―あら、それにしても荷物が多いわね」
シルビアさんはそんなに頼んじゃったかしら、と首を傾げる。
それに苦笑しながら先ほどの起こった経緯を話す。
「また花子ちゃんのラッキーが出ちゃったのね」
「そうなんです、始めたばかりって聞いてもういたたまれなくて……」
景品として頂いた袋の中身をシルビアさんが確認する。
上やくそう、上どくけしそう、せいすい、天使のすず、まんげつそう、きつけそう。
「今回の買い物がいらなかったくらいのラインナップね」
「うわ、ほんとだ。ますますお店の人に申し訳ない」
「そんなこと気にしなくていいのよ!
しばらく薬は買い出ししなくてよくなったんだからラッキーじゃない」
ぱちりと見事なウインク付でフォローしてくれた。
未だにこの眩しさに慣れない時があるけれど、シルビアさんはいつでも私に優しい。
あの平原のキャンプ場でシルビアさんと出会い、世界の違いから何もかも全て事情を話した。
最初は半信半疑だったと思う。
でもシルビアさんは私の話をちゃんと聞いてくれて、おまけに行く当てのない私に旅の同行を許してくれたのだ。
彼は有名な旅芸人らしくて、あちこち街を巡ってはその多才な芸を披露しているそうだ。
だから舞台衣装みたいな格好なのかと納得したのは記憶に新しい。
そして私はそれにくっついてシルビアさんと共に各地を旅することになったのだった。
「宿をとってきたからそこで休憩しましょ」
シルビアさんは自然な動作で私の荷物を取ると、宿屋へと歩き出す。
足のコンパスの差で置いていかれそうなものだが決してそんなことはなく、私の歩く速度に合わせてゆっくり歩いてくれている。
その嫌みでないさらりとした気づかいがまた彼を魅力的にしているのだと思う。
隣を歩きながら空を見る。
こちらの世界も変わらず空は青いし、太陽は昇り、夜を連れてくる。
そうしてまた朝になって1日がぐるぐると巡っていく。
例え私というイレギュラーがいてもそれは変わらない。
ただ、この世界でも私は懸命に生きていく。
それも変わらない一つのことだ。
18.12.01
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