原作中
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それはあるダンジョンを探索していた時だ。
そこは薄暗くなんとか松明の光で辺りを注意深く見渡しながら進んでいた。
私も後ろをついていっていたのだが、地面がえぐれていたのか窪みにつまずいてしまい、咄嗟に壁に手をついた。
すると手を置いた所がスイッチを押してしまった時のように凹み、なんと壁がくるりと反転したではないか。
さながら日本のからくり屋敷にありそうな仕掛けだ。
暢気にもそんなことが頭を過っていたが、見事にバランスを崩してしまいその向こう側に倒れそうになった。
しかし、シルビアさんが私の腕を取り、引っ張ろうとしたが体勢が悪かったのか、彼もろともその中に倒れこんでしまった。
驚いた仲間の声を背後に無情にも壁は閉じてしまった。
放り出されて地面に身体を打ち付けそうになったがシルビアさんが私を抱え込んでくれたおかげでどこを痛めることもなく済んだ。
「すみませんシルビアさん!大丈夫ですか!?」
「アタシは平気よ。花子ちゃんこそケガはない?」
「私もシルビアさんのおかげで無事です。それよりここは……。」
先程の暗さとは打って変わって昼間のように明るかった。中は普通の部屋のように見える。
部屋の真ん中辺りにテーブルと対面するように置かれた椅子が二脚。
そして出口と思われる扉が備え付けられており、窓や他の出られそうな所は見当たらない。
私達が入ってきた壁はぴっちりと跡も残さず閉じられており、完全に密室状態だった。
「ダメね。扉はカギがかかってるみたい。」
シルビアさんが試しに力ずくで開けようとしてみたが効果はなかった。
剣で切りつけてみても全くの無傷。
「何か魔法や呪力で開けられなくしてるようね。他の手がかりを探してみましょう。」
「はい!」
こんな密室で閉じ込められている状況なのにシルビアさんがとても落ち着いているので、私もパニックにならなくて済んでいる。
これがもし一人きりだったと考えるとぞっとした。
シルビアさんが入ってきた時のように壁に細工がないか調べている間に、ふと置かれていたテーブルに目をやると一枚の紙があることに気づいた。
「シルビアさん!これ!」
「どうしたの花子ちゃん。」
シンプルな白い紙に綴られたそれはこの部屋の説明書みたいなものであり、こう書かれていた。
≪ごきげんよう。シルビア、花子。この部屋はあるお題をクリアしないと出られない部屋。
何をしないといけないかは壁にあるスイッチを押して止まった事を実行してくれたまえ。
簡単な事から覚悟のいることまで様々なお題を用意してある。無事に遂行されたと認められれば扉は開くだろう。
出来なければここからは永遠に出られない。それでは、君たちの成功を祈っている。≫
唖然として二人で顔を見合わせた後、周りを確かめてみれば壁にはさっきまでなかった大きな長方形の枠とその横に赤いスイッチが現れていた。
「い、いつの間にこんなものが……。それにこのメモ…本当なんでしょうか……。」
「名前を知られていたり、このスイッチだったり、理解できない事が多いけれど多分本当のことでしょうね。
全くこんな手の込んだ悪趣味な部屋誰が作ったのかしら!」
確かにいろいろと薄気味悪い。しかし、書いてあることが本当ならやるしかない。
スイッチの前に近づき、観察してみる。枠の中は今は真っ白なままで何も表示されていない。
恐らくルーレットのようなシステムなのだろう。
「どちらが押しますか?」
「やっぱり花子ちゃんがいいんじゃないかしら。アタシはアナタの幸運を信じているわ!」
メモの不穏な書き方が気になるが、こうなれば自分の運を頼るしかない。
安心させるようにシルビアさんがぽんと背中を押してくれて、スイッチに手をかける。
「……じゃあ、押しますね。」
スイッチを押し込むと枠の中がくるくると回転し始めた。
早すぎて目押しすることすら出来ず、勘でもう一度スイッチを押した。
次第に回転速度が落ちていき、ちらほらと書かれている文が見えてくる。
息を5分止める、体の一部を切り落とす、創作ダンスを踊る、指を合計13本差し出す等々。
平穏なお題もあるが猟奇的なお題も見え隠れしていて卒倒しそうになる。
ああ、神様お願いします。どうか平和なやつになりますように!!
思わず両手を組んで祈っていると、ついにルーレットは動きを止めたようだ。
下に向けていた視線をそろそろと上げて内容を確認した―。
『花子がシルビアにキスをしないと出られない部屋』
「……ってなんですかこれ!!」
「あらまあ!」
思わず全力でツッコミを入れてしまう。
あの確認できた中で数々のヤバそうなお題をすり抜けて、見事に安全なお題を引いたのは良かった。
良かったのだけれど内容!しかもなぜ私からと指定されているのか!!
「なんでこんな名指しで書かれているんですか!」
「平和的なヤツで良かったじゃな~い。さすが花子ちゃんね!」
「ありがとうございます!確かに平穏なので良かったですけども!良かったですけども!」
「2回言ったわね。」
「そこは大事な事なので!」
まさかこんなこっ恥ずかしいネタも仕込まれているとは思わなかった。
どこかで観ているであろう、この部屋を作ったイカれ野郎を張り倒してやりたい。野郎かどうか分からないけど。
「さ、お題も決まったし。やることやっちゃいましょ!」
「シルビアさんの切り替え早すぎません?ていうかいいんですか。」
「何が?」
「その……私とキス、なんて……、」
「これをしないと出られないから仕方ないって言っちゃえばそうなんだけど……。アタシ、花子ちゃんとなら構わないわ。」
にこりと微笑まれて一気に顔が熱くなる。
いやいやいや、待て。待ってほしい。
それってどういう意味なのだろう。
長い付き合いだし、もう家族みたいなものだから平気とか、そういう親愛的な意味でいいってことか。それとも……。
ああ!!駄目だ駄目だ!今考えるべきことじゃない!
そう、今は早くキスをしてこの部屋からさっさと脱出すべきだ。はぐれてしまったみんなもきっと心配しているはず。
ぶんぶんと頭を振ると前からシルビアさんのくすくすと笑う声が聞こえる。
「なんか楽しんでません?」
「そうねー。花子ちゃんからの愛のこもったキス、楽しみだわ。」
「愛はお題に書いてませんよ!」
「やだ~、花子ちゃんアタシのことキライ?こめてくれないの?」
「嫌いじゃないですよ!分かりましたこめますから、からかわないで下さい!」
はーい、なんてどこか嬉しそうに返事するシルビアさんに脱力する。さっきまでの緊張感とは。
それにしても何でシルビアさんはこんなにノリノリなんだ。
……いいや、もうどうにでもなれ。
意を決して改めて向き直ってから、はたと気づいた。
そういえばお題にはキスをする場所の指定はなかった。
キスなんて書いてるからてっきり口にだと思い込んでいたが、必ずしもそうとは限らないのでは?
ひとまずやってみる価値はある。
シルビアさんの前に立ち、そのまま膝まずいて左手をそっと手に取ると甲に口づけた。
すると天井あたりから『ブーッ』とクイズに間違えた時のような音が響き渡った。
「あっ!手の甲じゃダメなのかー。場所指定してなかったのに」
……というかアタリ判定あるのか。しかもなんかあの音微妙に腹立つな。
独り言をこぼしてからシルビアさんの方を見れば、なぜだか少し顔を赤くした彼と目が合った。
「ちょ、ちょっと花子ちゃん、それはずるいわよ!反則!」
「ええっ!?なんでですか!」
「だってそんな王子様からお姫様にやるみたいなの……。ちょっとときめいちゃったじゃない!!」
右手を頬に当ててやだぁ!なんて恥じらっている。
おお、なんだかシルビアさんがこうなるのは珍しい。
いつもは私がからかわれたりいじらたりする側なのでとても新鮮な気持ちだ。
ちょっと悪い気はしないかな、なんて。
調子づいてきたのでこのままの勢いで別の所も試してみることにする。
手の甲がダメだったので次は近い所で腕にしてみた。失礼しますと断ってから袖を少し捲って口づける。
しかし、先程と同じく不正解の音が鳴ってしまった。
「あ、これもダメですね。次はどうしましょうか……。」
「―ねぇ、花子ちゃん。それ、わざとやってるの?」
「え?何がですか。」
キスのことだろうか。でもやらないと脱出できないのでわざとという表現はおかしい。
分からないという意味を込めて首を傾げた。
「……無意識ってこわいわね。」
「え?何か言いました?」
「いいえ、気にしないで。続けましょ!」
「いいんですか?分かりました。」
歯切れが悪いような気もするが、今は外に出ることが最優先である。
手と腕ときてダメ出しをくらってしまったので、やはり顔まわりじゃないといけないのだろうか。
……頬ならまだ大丈夫、なハズだ。外国では挨拶みたいなものだし。
さっきよりは少々緊張してしまうがやらなければならないのだ。
「シルビアさん。ちょっと屈んでもらってもいいですか?」
「いいわよ。はいどうぞ。」
私が背伸びしても届かないので、少しだけ屈んでもらい勇気を出してその頬に口づけた。
しかし、なけなしの勇気を嘲笑うかのように不正解のブザー音が鳴り響く。
さ、三回もしたのに!ひどい!
ここに来て今度はこっちが無性に恥ずかしくなり、思わず両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
動けなくなりそうで考えないようにしていたが、なんだこの羞恥プレイ。
「花子ちゃんしっかり!大丈夫よ、うまくできてたじゃない。」
「なんか恥ずかしいので止めて下さい!シルビアさんこそ私、何回もやってしまって申し訳ないんですから。」
「まっ!花子ちゃん言い方!その事は気にしなくていいのよ!ほら、もっと自信を持って!」
同じくしゃがんでくれたシルビアさんにやんわり窘められ、背中をぽんぽんと叩かれ、謎の励ましを受けて顔を上げる。
シルビアさんはいつも通り優しく笑顔で接してくれている。そうだ、恥ずかしがってはいられない。
やはり、この判定をクリアするにはやはり唇にするしかないのだろう。
「シルビアさん……。」
「花子ちゃんにばかり無理させちゃってごめんなさい。これがアタシからなら良かったのにね。」
「それはそれで恥ずかしさで爆発しそうですけど。」
思わず想像してしまいまた恥ずかしくなる。
さっきからずっと顔を赤くしてばっかりだ。
シルビアさんに赤くなってしまった頬を指でつつかれた。
「ふふ、花子ちゃんったら真っ赤ね。さっきまでの王子様みたいな雰囲気はどこに行っちゃったのかしら。」
「うう……あれはノリと勢いで調子に乗ってただけで。
でも大丈夫です。いつまでもこの部屋に付き合ってられませんもんね!」
腹は括った。あとはさっきみたいにさらっとスマートにすれば問題ないはずだ。
唇でダメ出しくらったら終わりだとかそんなことは考えてはいけない。決して。
今度は椅子に座ってもらい前に立つと、大きく息を吸って吐いた。
シルビアさんからはがんばって、とエールを頂いた。される本人に応援してもらうのは複雑だが……。
右手はテーブルにつき、手持ちぶさたになった左手は迷ったあげくシルビアさんの肩に添えた。
いつもは下から見ている彼の顔を上からのぞきこむのは不思議な気分だ。
少し青みがかったグレーの瞳に自分が映りこんでいる。
それほどに近い距離にいるのだと自覚すると、ふっと空気が変わったような気がした。
緊張の糸はぴんと張っているが、羞恥心はどこかに隠れてしまっているようだった。
ゆっくりと顔を近づける。
いつの間にかシルビアさんの綺麗な瞳は瞼の裏に閉じ込められていた。
形の良い唇にあと数センチ、いや、数ミリといった触れそうな距離に近づいたとき。
するり、と腰を何かが撫でていった。何かとはシルビアさんの手しかないのだが。
彼の右手が私の腰を引き寄せたのだ。単純な事に私はひどく驚いてしまい、狙いは外れて唇の端にキスをすることになってしまった。
軽く触れて離れるとちょっと間を置いてから、まあいいだろうと言わんばかりのやる気のないピンポンという正解音が鳴り、続け様に扉の鍵が外れる音もした。
「あ、これで開いたみたいですね……。」
「ちょっとー、かなりズレてたじゃないの~。判定甘くない?」
「そ…それはですね、シルビアさんが急に腰を引き寄せたからで……!」
「ごめんなさい、こっちもつい手、出しちゃったわ~。余計なことしなきゃ良かったかしらね。」
「余計なって……その心は?」
「うふふ、ナイショ。それとももう一回やり直す?」
「いえいえいえ!さあ!鍵も開いたみたいですし!早くこんな部屋とはおさらばしましょう!!」
「あら、それは残念。」
羞恥心がまたもや、こんにちはと顔を出してきたので、慌てて出口の扉へと足を進める。
扉を開けようとしたところで制止され、私を背後にやるとシルビアさんが先に立って慎重にノブを回した。
「他に罠はなさそうね。無事に出られて良かったわ!」
「本当ですねー!いやあ、一時はどうなることかと。」
シルビアさんは用心深く周囲を窺っていたが特に問題なかったようで、私もそこでようやくほっと一安心したのだった。
扉を出た先は見覚えのあるような所で、元の場所とはそれほど離れてはなさそうだった。
「それでは、脱出できたことですし、早くみなさんと合流しましょう。」
「ええ、そうね。でも花子ちゃんちょっと待って。」
歩き出そうとすれば呼び止められた。
振り返ればシルビアさんがちょいちょいと手招きしている。一体どうしたのだろうか。
不思議に思いながら近づくと、左手を徐に取られ、指の付け根、そして手の甲に唇がふってきた。
思わず呼吸を忘れてその光景に見入ってしまう。
手の甲からそのまま流れるように服の袖を上へ滑らせて露出した腕にもうひとつ口づけを落とす。
「アタシからも花子ちゃんにおかえし。」
最後に妖艶な微笑みを残してから姿勢を元に戻す。
シルビアさんは最初に私が彼の手の甲にキスをしたとき、私のことを王子様みたいにーと表現したが、あれは単なるおままごとに過ぎなかったのだ。
シルビアさんがやると全く、いやもう全然色気が違う。
同じようなことをしたのにこの差である。体は一気に熱を持ち、私はすっかり固まってしまった。
気を取り直すようにシルビアさんが至極明るく「さあ、花子ちゃん。みんなと合流しましょ!」と宣うので
やっと私もいきなりかけられたとんでもない封印から抜け出して、少々ぎこちなく彼の隣を歩き出した。
「ところで花子ちゃん。」
少しでも熱を冷まそうと躍起になっている私に話しかける。
さっきまでとんでもない部屋に閉じ込められていたというのにご機嫌だ。
「なんですかシルビアさん。」
「キスする場所にも意味があるって知ってた?」
「は?」
シルビアさんからの爆弾発言により、再び私は歩みを止めてしまう。
キスの場所?意味ってあるの?
「花子ちゃんは無意識にやってたんでしょうけど。あれってどういう意味なのかしらね。」
シルビアさんは自身の手の甲、腕、頬、そして最後に唇を順番に指を差す。
長いまつげに縁取られた眼は楽しげに弓なりに形を変えている。
いや、だってそんな、意味なんて知らないでやっていた。
でもそれはつまり潜在的にある感情が表に現れていたってことだったりするのか……?
だとすればめちゃくちゃ、たまらなく恥ずかしいのだけど!
「い、意味を!場所の意味を教えてください!!」
「ダメよん。ヒ・ミ・ツ!」
「シルビアさんのいじわる!」
クスクスと笑いながらのらりくらりとかわされる。
これ程までに携帯の存在を熱望したことなかった。あったらすぐに調べられるのに!
結局その後も意味は明かされることはなく、私はしばらくこの爆弾に頭を悩ませることになったのだった。
2021.2.6
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