好きになると、弱くなるね


 できるだけ軽い口調で告げようと努めた。冗談だろ、と否定されたとしても冗談ですよ、と一笑できるように。心奥に巣食う恋慕の情を、一刀両断してもらえるように。
 けれど、旦那は決して『冗談だろ』とは口にしなかった。『からかってんの』とも。それどころか想定していた否定の言葉は何一つ、旦那の口から溢れ出ることはなかった。

 旦那。好きです。俺と付き合ってくだせェ。

 だらけた半眼は一転、大きく見開かれた。旦那はまんまるく瞠られた双眸で、しばらくのあいだ、じっと俺を見詰めていた。俺も半ば意地になって目を逸らさずにいると、旦那はにへらと笑っていとも簡単に言ってのけたのだ。

 こちらこそよろしく。これからたくさん甘味奢ってくれんだろ? 期待してるぜ、沖田くん。


 それが、二ヶ月前のこと。
 俺と旦那は、それからこれといった進展もない。ないというよりは、進展させるつもりがない。つまり、その先を望んでいなかった。
 ──旦那ではなく、俺が。
 旦那を好きなのは事実。もっと近くに寄り添いたいのも事実。それでも、年相応の一世一代の告白をつっぱねられることを望んでいたのも、また事実だった。拒絶される覚悟さえあれど、受け入れられる覚悟など持ち合わせていなかった。

 怖かった。憧憬にも似た旦那への想いが、いつの間にか形を変えて鎌首をもたげるようになったことが。
 怖かった。好き、なんて軽率な言葉では荷が重すぎる感情を抱え、刀を握る手が震えることが。弱くなっていく気がした。どれだけ人を斬って殺めても揺るがない、揺らぐことのなかった人斬りの性が、たった一人の大きな背中に溶かされてゆくようで。
 結局のところ、俺は旦那そのものを利用したにすぎなかった。自らを束縛する、旦那への慕情を断ち切るために。許されるはずもなかった。以前の腐れ縁としての、ただの悪友としての旦那も、俺は失ってしまったような気がした。


「んじゃ、俺そろそろ行くんで。そんなハムスターみてえな頬袋して、団子喉に詰まらせねーでくだせェよ、旦那」
 幾度目かの逢瀬、もとい俺から旦那への甘味のご馳走。こうして二人で会うことは増えたとはいえ、俺はむしろ旦那との距離を置きつつあった。矛盾しているとは思う。奢るだけ奢ってあとはさよなら。それでも、好きでそっけない態度をとっているのではなかった。付き合う以前の、兄弟のからかい合いのような会話の仕方が、わからなくなってしまっただけだった。
 今日も旦那に団子をたらふくご馳走して、少ししてから席を立つ。旦那は両側の頬に団子を詰め込んで、なんとも幸せそうに味わっている。
 もう少し旦那の面を拝んでいたい。でも、今日はもう。
 会計を済ませるため、勘定場へと歩を進めようとしたときだった。着流しの袖をひっぱられる感覚で、はっとして振り返る。
「ん」
 目の前にみたらしのかかった団子が一本突き出される。予想もしていなかったことに、え、と頓狂な声が洩れた。
「ほら、食えよ。お前にわけてやるって言ってんの」
 ほら、すわってすわって。
 旦那はさっきまで俺が座っていた場所を二、三回軽く叩いた。促された俺は、旦那に従うまま仕方なく腰を下ろす。手渡された団子を口に含むと、柔らかい生地にとろりとみたらしが絡んで舌全体を包んだ。
 あまい。
 旦那と付き合うことになってから、奢ることはあってもこうして食べることはなかった。団子なんて食べ飽きている筈なのに、どうしてこうも、あまいのか。ふいに、旦那は団子を食べる手を止めて、ゆっくりと息を吐き出した。
「特別なことなんざしなくても、隣で団子食ってるくらいでいーんじゃねーの? 俺たちは」
 少しの沈黙が流れる。旦那は食べかけの団子に再度むしゃぶりついた。むしゃむしゃ、という咀嚼音だけが俺たちのあいだを満たしている。
「だからよ、」
 旦那は俺をしっかりと捉え、にへらと笑った。それは二ヶ月前の、拒否されると決めつけて告白をしたあのときを彷彿とさせた。

『こちらこそよろしく。これからたくさん甘味奢ってくれんだろ? 期待してるぜ、沖田くん』

 旦那は知っていたのだろう。俺の心の奥底で生まれている葛藤を。そして俺も、旦那が俺の一世一代の告白をあしらうことなどするはずがないと、本当はわかっていた。旦那の、真正面から向き合ってくれる旦那なりの優しさを無意識のうちに求めていたのだと、今になって気がついた。
 だからよ、のあとは紡がれない。それが俺が求めていた、旦那自身だったのかもしれなかった。言葉なんてなくたって、一緒に甘味を食べているだけでわかる、そんな、あまったるい侍の。

 からん、と身を剥がされた串が音を鳴らす。
「次は、二丁目ンとこの桜餅食べに行きてーな。人気なんだけど、俺まだ食ったことないんだよね」
 いつなら空いてる?
 いたずらな子どもみたいな表情で、旦那は俺に問いかけた。胸奥ではびこっていた得体の知れない恐怖は、気がつけば消え去っていた。
 いつなら空いてますかね。
 俺も旦那と同じように、子どものような面ではにかむ。頭の中で、次の非番はいつだったかと、ひそかに胸をふくらませたのだった。




お題は『ふたりへのお題ったー』さまから。
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