負け犬の味


 じゃんけんぽん、のぽんのところで手を出す前に負けた。最初はグー、と言いながらパーを出したらガキどもはチョキを出していた。圧倒的敗者。ここまで清々しい負けは知らない。無言で取られていくカップ麺を横目に、残ったひとつのフタに印刷された文字を読みあげる。「いちごパフェ味……」黄色い値下げシールが46円と声高に主張する。当然の結果としか思えない。誰だこれ開発したの、誰だよこれ買ったやつ。やけくそになって包装のビニールを裂き捨てた。静電気で手にくっついてなかなか離れない。四苦八苦していると、遠くでやかんのピーと鳴る音がした。
 数分後、ずずずと麺をすする音が左右からし始めても、何度見ても変わらない「いちごパフェ味」の文字列とじっとにらめっこしていた。空腹でもはや気持ち悪い。銀時は耐えきれなくなってフタを開け、後入れのスープをためらわずに注ぎ入れた。途端にぎょっとする。え、なんかピンク……。スープは微妙にピンクがかって、それでいて少し濁った半透明。気持ち悪さに拍車がかかって、無意識に口元を押さえた。新八と神楽が食べているどこぞのメーカーのカップ麺がひどく立派なものに見える。高級ラーメンに見える。
「神楽それ何味」
「とんこつ」
「うっわ。新八」
「しょうゆ」
「うっわ」
 視線をピンクに戻す。茶色い何かが浮いている。なんだこれ、割り箸でつまみあげるとぺらっぺらのチャーシューもどきだった。いちごパフェにチャーシューってなんだ、と銀時はやるせない怒りすら覚えた。ちら、とふたりを盗み見る。カップ麺に集中している。今だ! と律儀にも二枚入っているぺらっぺらのそれを新八と神楽のカップに放り込んだ。麺をすする手が止まる。こちらをじっと見つめる、睨みつける目。「わあ、何ですかこれチャーシュー? ティッシュペーパーより薄そうですね、銀さんわざわざありがとうございます!」新八があからさまに嬉しそうな声をあげる。笑ってない、目が笑ってないよぱっつぁん。「まっず、何アルかこれ」神楽はすでにチャーシューもどきを平らげたあとだった。しょうもないが、一矢報いてやった気分だった。覚悟を決めて、大口でピンクが絡んだ麺をすする。ぶほッ! 銀時の口から中途半端に麺が飛び出た。テーブルにピンクの飛沫が飛び散る。うわあ、とこちらに哀れみの目を向けるふたり。気道の変なところに入ってしきりに咳き込む。銀時はあまりの気持ち悪さで吐き出しそうになるその前に、死にものぐるいでいちごパフェ味を胃に押し込んだ。腹さえ満たされればそれでいい。自分に言い聞かせる。鼻から抜ける甘ったるさと謎の塩気。異次元の味だった。負け犬の味だった。いちごパフェへの冒涜。もはやカップ麺への冒涜でさえあった。歯に挟まるメンマも気にしていられず、銀時はひたすらいちごパフェ味をすすった。そもそもなんでメンマ? チャーシュー? いちごは? どこらへんがパフェ? 垂れ流しの思考に応える声はない。うえっ、おえっ。もう限界、もう吐く、ギブアップのサインをあげそうになったそのとき、銀時はたしかにカップの中身を食べきっていた。逆流しそうになる胃の中を必死に押しとどめる。鼻からスープが出てきそう。きもちわる。あ、やべ、吐きそう。銀時は勢いよくコップの水をあおった。喉仏が大きく上下する。水道水がこんなにおいしいとは知らなかった。
「銀さんが悪いんですよ、僕たちは知りません」
 しょうゆラーメンをすする音が響く。湯気がメガネを白く曇らせていて、その奥にあるはずの新八の目は見えない。神楽の手元にあるとんこつはすでに食べ終えられている。銀時の視線がゴミ箱へと流れる。この悪趣味が、とは罵れなかった。ビニールに貼られた黄色いシールが88円と73円を声高に主張している。テーブルに視線を戻す。銀時はゆっくりと息を吐き出した。妙に甘ったるい吐息だった。
「だからって、いちごパフェ味は、かんべん……」
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