隠し味の正体


 銀ちゃんの作るご飯はおいしい。
 それは私が万事屋に住み着くようになってから知った、坂田銀時の意外な一面だ。ボサボサの白髪頭を携えて、和風と洋風の入り混じる中途半端な格好をした、半眼の、侍という生き物。目にしたときの第一印象は節操なし。全てにおいてだらしなさそうだった。死んだ魚のような目、声帯の伸びきったやる気のない低音。ちょっとした仕草のあれこれから、この侍は生来の怠け者なんだと直感した。今思えばあながち間違いでもなかったけど。第一印象がそんな感じだったから、いざ同じ屋根の下で暮らすようになって、銀ちゃんの思いもよらない一面を目にしたときは心底びっくりした。
 万事屋に居候という体で転がり込んだときには、それなりに腹が満たされればいいと思っていた。白米さえあればいいと。実際、万事屋に来てからすぐのころは、たくあんオンリーのおかずで済ませることが多かった。私が来る前から、万事屋は家賃も払えないほど困窮していたから。チャラついたおかずに興味はないネ。私にとってその言葉は、決して間違いではなかった。
 私の食費でかさむ出費の末、銀ちゃんと新八のおかずも自然と質素なものとなっていった。私にとって料理の優先事項は質より量だから──夜兎族の性みたいなものだけど──正直、たくあんだの生卵だのなくたって白米だけでやっていけないこともない。けれどそんな私とは違って、空きっ腹におさめるものもなくて嘆く二人を見ると、少しだけ申し訳なくなった。それと同時に、ずっと三人一緒に貧相な飯を食らっていればいいとも思った。
 それでも今は、やっぱり銀ちゃんの作るご飯が食べたいと思ってしまう。月に一度食べられるか食べられないかの、気分と冷蔵庫の中身で決まる銀ちゃんのお手製料理は、私だけじゃなく新八も絶賛するほどのものだった。もちろん、新八が食事担当のときは新八の作る素朴な、お袋の味的な、そんな料理に胃袋を掴まれる。新八だって人並みに料理ができる。新八の作る料理だっておいしい。でも銀ちゃんの料理は何かが違った。あれは誰にも真似できないと思う。銀ちゃんの料理にあってほかの料理にないもの、それは私たちにもわからないしたぶん銀ちゃん本人にもわからない。それでも確かに存在する隠し味を、銀ちゃんの作るご飯を、求めてしまってやまない。

 最初はしょっぱいな、と思う程度だった。料理が上手と言っても、銀ちゃんは料理に関しては大雑把だ。目分量は当たり前、冷蔵庫に余っている材料を使うから普通なら入れないだろうという具が味噌汁に浮かんでいることだってある。それでも料理全体に違和感なく味がなじんでいるから、どうやっているんだろうと不思議に思う。万事屋が増えていくにつれて一人分から二人分、二人分から三人分へと料理の量を調節するのもお手の物だから、もしかしたら銀ちゃんは昔、今と同じように何人分もの料理を作っていたのかもしれない。
 ともかく、銀ちゃん自身がそういうガサツな人間であるから、味が濃いだの薄いだのは特別珍しいことでもないと思った。逆に味の整っていた今までがおかしいとさえ思ったのだから。
 料理の味が安定しないことが両手で数え切れなくなってからだ。私も新八も味については言及しなくなった。わりィ、と言って歯切れの悪い笑顔を見せる銀ちゃんを見たくなかった。銀ちゃんにこれ以上笑顔を作らせたくなかった。それに、私も新八も銀ちゃんの料理には満足していた。どれだけしょっぱい焼き魚だとしても、水っぽい味噌汁だとしても、銀ちゃんの料理は変わらなかったから。その正体がわからない隠し味をしょっぱすぎる塩気のなかから探し、あるときは薄まって味のしない味噌汁から見つけ、そのたびに『やっぱり銀ちゃんのご飯はおいしい』と安心した。
 月に一度あるかないかの『銀さん』と書かれた食事当番の日を、私と新八は決してなくさなかった。あれだけガサツを貫き通していた銀ちゃんは、いつしか大さじ小さじとラベルの貼られたスプーンを使うようになって、料理は濃すぎたり薄すぎたりしなくなった。銀ちゃんの料理は以前の料理に戻った。違和感なく味がなじんだ、以前の料理に。
 だけど、銀ちゃんのご飯はおいしくなかった。ちっともおいしくなくて、本当に、ほんとうにおいしくなくて、私は食事中なのに箸を置いて大泣きした。それを見た新八も同じように声をあげて泣いていた。銀ちゃんはどれだけ自分の料理の味がおかしくても決して言わなかった言葉を、不格好な笑顔で口にした。
『まずかったら残したって構わねーよ』

 隠し味の正体なんて本当はどうでもよかった。そんなこと、私たちはとっくにわかっていたはずだから。私は銀ちゃんにかける言葉をどこかで落としてきてしまったのかもしれない。私も新八も間違っていたのかもしれない。それでも台所で計量カップ片手に奮闘する銀ちゃんを見てしまったら、もうなにも言えなかった。銀ちゃんが必死に隠そうとしているのだから、私たちには最初から選択肢なんてなかった。
 私たちはただ、日常を壊したくなかっただけだった。高望みなんてしないから、万事屋のしょうもない日常がただただずっと続いてほしかった。
 だから、私は銀ちゃんの作るご飯が食べたい。おいしくなくたっていいから、もう一度だけでいいから、銀ちゃんの料理が食べたい。
 ──もう一度だけ、銀ちゃんに会いたい。
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