もふもふのぺろぺろ
頬のあたりがなんだかくすぐったくて、ゆったりと目蓋を持ち上げた。ゆらゆらと目の前で揺れる、白いものが何なのかわからない。目線をまわりに向ければ、身体中を包まれているのに気づく。もふもふと馴れた手触りに、未だぼんやりとした意識で合点がいった。
定春か。近すぎてわからなかった。
しきりに頬を掠めていたのは定春の尻尾だった。一定の間隔でとんとん、と身体に触れる様子は、掠めるというより撫でているように思えて、自然と頬が緩んだ。
俺は赤子か何かかよ。あやすような規則的なリズムは心地よくて、真っ白な毛に顔をうずめた。いい匂いがする。
そうだ。そういえば今日は、定春を風呂に入れてやったんだった。だからこんなに気分のいい香りがする。それでも獣臭さは抜けず、洗剤に打ち消されなかった定春の匂いが残っている。それがまたいい。最近は洗ってやってなかったからと、久しぶりに風呂に入れたのだ。風呂から出てきて濡れたままの定春をドライヤーで乾かした。巨大な定春の体は自然乾燥だと時間がかかってしょうがないから、いつも手っ取り早く熱風を浴びせてしまう。定春はそれが気持ちいいようで、大人しくそれを享受する。今日もそうだった。風呂のあと、水分が飛んで弾力が戻ったふわふわの毛をみて、座り込んだままの定春に身体を預けた。それからの記憶がない。だから、おそらく俺はそれから寝てしまったのだろう。定春に背中をもたれさせて、そのふわふわの毛並みを堪能しながらうたた寝してしまったのだろう。
尻尾が腹のうえを経由して、右頬をしきりにくすぐる。少し高い体温にじんわりと全身が温まって、目の覚めた脳みそがもう一度惰眠を貪ろうと、うつらうつらし始める。定春に手を伸ばし、柔らかい下毛に触れた。
あったかい。安心する。
そのまま柔く抱きしめると、寄りかかった下で定春が小さく動くのがわかった。
定春。呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。
わふん。落ち着いた鳴き声だった。
どのくらい寝ていたのだろうかと時計に目をやると、針はちょうど正午を示していた。風呂に入れたのが午前中だったから、一、二時間は寝ていたことになる。重かっただろうと定春から身を引くと、小さく喉を鳴らしてこちらを見た。そんなことない、と定春が言っているように思えて、なんだかおかしくて笑ってしまった。
ソファに移動して、大口であくびをする。テーブルに置かれたままのジャンプを手に取って、もう何周目かわからないストーリーを再度読み進めた。ふと、寝っ転がったままだった定春が、テーブルとソファの狭いスペースに身を押し進めて、その巨体を寄せてきた。思わずのことに少し驚いて、ジャンプを横に置いた。
なに、どした定春。飯か?
頭を脚にこすりつけて、尻尾をふりふりと振る。その甘えるような仕草に、ドッグフードを取ってこようと浮かせた腰は再びソファに沈んだ。なんだ、風呂に入れたのがそんなに嬉しかったのかよ。
今日はやけに甘えるなァ。発情期かオイ。いや、確かに何時間も枕にしてたのは悪かったって、な?
わぉーん、わんわん! ハッハッ!
勢いよくのしかかられて、ソファが大きく傾く。そのまま後ろに倒れそうになって、すんでのところで両手で定春を押し留めた。
おいッ、さだはるあぶね、つか痛てェ! つめ、爪くい込んでるってコレ!! いってーっつの!!
両肩に定春の前足がフィットして、顔をしきりに舐められる。普段は甘えるなんてほとんどしない定春が珍しく甘えてきたと思ったら、結局はこのじゃれあいだ。俺からすれば定春のじゃれあいはじゃれあいなんてやさしいものじゃないんだけど。両肩は痛いし顔中涎まみれだし、もう、今日はなんて日だ。なんて、叫びたい。
窓から吹き込む風の流れは穏やかで、夏の訪れを予感させる。心地のいい風と心地のいいペット。この二つが揃ったらうたた寝しちまうのも必至だろ。
わァったよ、定春。今日はお前が満足するまでたわむれてやるよ。あァ? 仕方ねーだろ。
のしかかる巨体をわしゃわしゃと荒々しく撫で回す。嬉しそうに尻尾を何度も振って、定春はよりいっそう大きな声でわん! と鳴いた。
お前の背中、めちゃくちゃ寝心地よかったんだからよ。
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