日陰の冒険者
幾らか収入が入ったので、フェルンは粗末なものでも防具を買うことにした。攻撃力に投資すれば、次は防御力の番である。今の手持ちからして、ごく薄いプレートのある防具しか買うことはできないだろう。それも、全身分を揃えることなどできなかった。
防具の中で最も優先すべきは、胴体部分である。ここは臓器が詰まっており、急所が集中している箇所でもあった。ここを最低限でも守らなければならないと、市場で男を殺したときに思ったのである。勿論、防御力が上がる代わりに動きが以前よりも鈍くなってしまうのだが。
街に入ると、フェルンは早速に防具屋を探す。街の大きさに比例して防具屋の数があり、選択肢がある分にどこで買えば良いのか分からなかった。だが防具は早く欲しい。なのでフェルンは最初に見かけた防具屋に入る。ちょうど市場から近い、中心部にある防具屋へと。
「いらっしゃい」
防具屋の店主らしき男はいかにも職人のような姿をしている。その店主は床に座って何か作業をしていた。逞しい体と顔つきをしており、防具屋に入ってすぐ奥の方は工房になっている。見れば職人は他にも居り、熱した金属をハンマーでひたすら叩いていた。その熱気が、肌にひしひしと感じる。たまに焦げ臭い匂いがするが、誰かが布製品を焦がしてしまったのだろうか。
店主らしき男は丁寧な接客をする気が無いのか、止めていたらしい作業の手をすぐに動かし始めた。店内を見回せば完成品の防具が幾つも展示してあり、フェルンはそれらを見た。ここに何もぜずに居ても、店主らしき男は文句を一つも言わないのだから。しかしフェルンの両肩は上がり気味であった。
見れば立派なそうな防具から、フェルンが求めているレベルのものまである。なので後者を中心に見ていくが、まじまじと見れば小さく値段が書いてあった。その中でフェルンの現在の手持ちで買うことができる、薄く粗末な見た目の胴部分の防具に注目する。
「……坊主、それがいいのか?」
いつの間にかフェルンが興味を持ったことに気が付いたのか、そう話しかけてきた。それに作業の手を止めており、こちらを見ている。意外と接客をする気があるのだと、フェルンは店主の男に失礼ながらも思ってしまった。
「はい、これが、いいと思いまして」
「これは初心者におすすめの防具だ。坊主は冒険者か? それならば、予算からしても、性能からしても、これがいい。見た目に反して案外頑丈だからな」
店主の男がどんどん饒舌になっていく。フェルンの中に無意識にあった緊張がどんどん溶けていく。なのでこれを買いたいと申し出ると、店主の男はすぐに承諾してくれた。
「いいぞ。ここで装備していくか? 装備の仕方は分かるか?」
「いいえ」
「だったら教えてやろう」
作業の手を完全に止めた店主は立ち上がり、フェルンの元に向かう。そしてフェルンが購入しようとしている防具を手に取った。店主が持っていると、粗末さが目立ち不安になった。しかし防具の胴部分を実際に身に着けてみるとそうでもない。
防具は見た目の通りに軽く、手でコンコンと叩いてみると、堅さが何となく分かった。これくらいの軽さと強度であれば、以前よりも戦いに集中できるだろう。
価格は手持ちの金全てだがそれを店主に渡すと、防具をようやく買うことができた。なのでフェルンの気分が良くなりながら、防具屋を出たのであった。例え胴だけであっても、これは立派な防具なのだから。
防具屋の次に向かったのは、やはり冒険者ギルドである。そして勿論、受ける依頼は犯罪者の拘束、及び処刑のもの。やはりそれの方が報酬が良く、フェルンはそれを目的にしていた。
ギルドに到着すると、フェルンは早速掲示板を見た。貼り出されているのは変わらず、連続殺人犯の拘束及び処刑のものだけである。依頼は増えていない。だが今のフェルンには最低限の防具がある。大丈夫だろうとそれに手を伸ばしてから剥ぎ取った。受付に持って行く。
「お願いします」
「はい……フェルンさん、どうかお気を付けて」
「分かっています」
受付の女はこの依頼を見て何か言おうとしていたが、やはり止めたようだ。フェルン自身がこの依頼を受けたいのならば、文句を言う資格など無いと。なので何も言わずに受注の手続きを済ませると、依頼の紙とそれに連続殺人犯の人相が描かれている紙も渡してきた。
フェルンは人相をすぐに見るが、市場での連続強盗犯よりかは特徴がある。えらの張った顔、それに大きく膨れた頬が特徴の顔である。フェルンはすぐにそれを覚えると、ギルドから出た。
もうすぐ夜になるところだが、遠くから雨雲がこちらに来ていた。今夜は雨だが、雨風を凌げる場所などない。手持ちの金は、全て胴部分の防具につぎ込んだのだから。後悔はあるが、先のことを考えたら当たり前の投資である。フェルンはそう自身に言い聞かせながら、空き家などを探し回っていく。
雨だけを凌げるものは、案外早く見つけた。中心街から離れた、ここはいわゆる「スラム街」らしい。寂れた建物が並び、街灯はあるが光っていない。ただのオブジェクトになっているようだ。そのせいもあってか出歩く人々には覇気などない。人生に絶望したかのように、常に俯いている。見ればどこかからか盗んだ食料を奪い合ったり、殺し合いが始まっていたりする。それを遠巻きに見て、恐怖に震え上がる者も居る。
自身も冒険者にならなければ、こうなっているのだろうか。このように人として落ちぶれ、ただ死を待つのだろうか。想像するだけで身の毛がよだつと、スラム街に入ったことを後悔した。何故ならば食料の奪い合いに勝ち、命を繋いだ人々がこちらを見ているからだ。現在のフェルンは真新しい装備を纏ったばかりで、それに剣にはあまり使用感がない。質屋にでも売れば、それなりの金になるだろう。
フェルンはこの場から逃げようとした。だが既にスラム街の人々に取り囲まれていた。大きな道に出ても抜けられる筈が無い。
息が上がっていき、心臓が早く動く。パニックになりこの後の最悪の場合の状況を想像し、更に呼吸が乱れていく。
「僕は……こんなところで……!」
世間知らずなのも悪いが、まだ力も無い。だったら大人しく、街に滞在しておけばよかったと思う。自身を恨みながらもフェルンはスラム街から逃げようと走る。足がもつれかけるが、とにかく走る。
追っ手は増えていった。フェルンの全身の肌が冷や汗でびっしょりになり、視界がかすんでいく。しかしフェルンはそれでも走り続け、地面を蹴っていく。途中で瓦礫等の障害物があったので、わざとそれを散らかした。少しは時間稼ぎになったことを知ると、フェルンはどんどん同じ手を続けていく。
するとようやく街灯の煌びやかな明かりが見えてきた。もうじき、スラム街を抜けられるのだろう。じきに巡回している衛兵の姿が見えると、追っ手の気配がぴたりと止んだ。そこでフェルンは安心のせいか、その場で崩れ落ちる。いつの間にか、雨がざあざあと降っており、頭が濡れていった。髪が肌に張り付き、冷や汗が無くなったことが分かる。
「助かった……」
息を漏らしたフェルンは腰を上げてから、どんよりと暗い夜空を見る。まだ闇には捕らわれたくないとそう思いながら、街の隅に座る。雨は凌げないが、スラム街よりかは遙かに安全である。するとフェルンは安心の為か、すやすやと深い眠りに落ちていったのであった。
目が覚めると、雨はすっかりと止んでいた。陽は出ているものの、全身がずぶ濡れになぅっているので肌寒い。腕を擦りながら、フェルンはゆっくりと体を動かす。今日やるべきことは、処刑対象を探すことだ。それをやらなければ、何も収入が無い。薬草の採取などでは、自身の腕が上がらないというのもあるのだが。
人相が描かれた紙を見るが、雨でくしゃくしゃになってしまった。これでは何も見えず、どうしようもない。なので一旦ギルドに向かおうと、足を動かしていった。
ギルドに着くなり騒がしいが何があったのだろうか。そう思っていながら無視をしていたが、どうしても耳に会話が入ってしまう。
「おい、隣のフィアからここまで、一日足らずで来た奴が居るらしいぜ。他の奴によれば、馬鹿でけぇ剣を背負ってたらしいぜ」
「おいおいまじかよ。また化け物が現れたのかよ」
またもや夢のような話が聞こえてきたが、ただの暇潰しに考えた噂に過ぎないのだろう。そう思いながら、受付に行く。
「すいません、フェルンです。人相の紙を無くしてしまったので、もう一枚下さい」
「はい大丈夫ですよ。少し待って下さいね」
カウンターを何やらゴソゴソとし始めた受付の女だが、すぐに目当ての物が見つかったらしい。取り出した紙をフェルンに差し出す。
「それでは改めまして、頑張って下さいね」
「はい、ありがとうございます」
紙を受け取ったフェルンはもう一度人相の紙を見る。何度見ても特徴的な顔をしているが、どこに居るのかは見当がつかない。それに、相手は連続殺人犯だ。相当に慎重に見つけなければならなかった。今のフェルンでは、どこまで人を殺せるようになったのか。そう考えながら、ギルドを出た。
しかしよく見れば、人相の下に小さく文字が書いてある。今まで気が付かなかったが、フェルンはまじまじと見た。そこには「スラム街付近で目撃情報が多数あり」と書かれている。スラム街というと、昨夜フェルンが散々な目に遭った場所でしかない。まだ確定した訳ではないが、もう一度あの場所に行かなければならない。フェルンは憂鬱を引きずりながら、街中を歩いていった。
まずはスラム街に一番近い区画に向かうが、同様に建物が寂れている。ここもじわじわとスラム街のようになってきているのだろうか。そう思いながら人々も観察していく。
まともな服装をしている者も居れば、服がボロボロの者も居る。治安の悪さは分からないが、フェルンが見ただけでも良いとは言えなかった。
まずは適当に歩き、通行人の顔をちらりと見ていく。勿論、人相通りの顔をした人間は居ないが、それでも一縷の確率を求めて探した。
時折紙を取り出しては記憶を消さないようにしていると、通行人にぶつかった。紙を落としたのでフェルンは謝りながら拾う、そうしようとしたが腕ががしりと掴まれた。相手は無言であるので、どうしたのかとフェルンが顔を上げると、そこには人相通りの男が居た。顔は笑っているようだが、それでもなお分かってしまう。フェルンは後ずさろうとしたが、右腕を掴まれていることにより動けないでいる。
「離せ!」
「おい、ガキ、俺を探しているのか? さっきから怪しいから見てきてやったら……ほう、お前は冒険者か。こんな汚れ仕事をするくらいに、落ちぶれているのか?」
下品な笑い声を出すと、フェルンの中で不快感が充満していく。なので睨んでみるが全く効果が無く、腕を掴まれたままだ。それに他に通行人が居るのだが、フェルンたちを見て見ぬふりをしているようだ。関わりたくないのか、或いは相手が連続殺人犯だということを分かっているからなのか。
どちらにせよ、フェルンはこの状況をどうにかしなければならない。右腕が自由にならなければ何もできなかった。なので解く為に腕を動かすが、びくともしない。歴然とした力の差があった。だがフェルンは諦めずに何か他の策を考えていくと、一つの案が頭を過る。左手でも、剣を扱えるのではないのかと。
左の腰に剣を携えていた。それに左手では逆手になるが取ってから持ち変えるまでに、どうしても時間がかかってしまう。そのようなネックがあったが、フェルンは思いついたからにはと素早く剣を抜い。しかし、目の前の男がそれに気付いて次は左腕を掴んだ。これでフェルンも男も、両手が塞がった状態になった。これでは、にらみ合いしかできないだろう。
「俺が誰なのか知っているのか?」
「当たり前だ!」
フェルンがそう叫ぶが、男の態度は依然として変わらない。このような状況をどうすればいいのか、そう考えるが何も浮かばない。そうして男とにらみ合っていると、遠くから声がした。言葉からして、衛兵なのだろうか。
「おい! お前たち! そこで何をしている!」
「チッ、厄介なのが来やがった」
男が舌打ちして腕を握る力が弱まった、その瞬間にフェルンは左手に持っている剣を素早く持ち変えた。そして剣を持ち、男の胸を見事に貫く。
「おま……え……!」
驚いた顔をしながら胸から血を垂らしているが、まだ足りないと思った。なので剣を引き抜きもう一度、次は目をめがけて突き刺した。瞳からちょうど脳まで辿り着くが、頭蓋骨までには至らなかったらしい。男は目に剣が刺さったままその場に倒れた。
フェルンがそれを抜こうとしていると、衛兵が背後からその手を止める。咄嗟に睨むと、衛兵から悲鳴が出て手の力が弱まる。しかしすぐにフェルンが正気を取り戻すと、腕をゆっくりと下ろした。そして懐から人相の紙を取り出すと、衛兵に見せる。
「……終わりました」
衛兵は無言で頷くと、顔を真っ青にしながら剣を引き抜いた。
「分かったから。だが、これはやり過ぎだ」
「どうしてですか、この人は、たくさんの人を殺したじゃないですか」
再びフェルンの思考がおかしな方向へと傾いていく。その時は、凄まじい快楽に襲われるのだ。もしかしたら、このようなことが向いているのかもしれないと。
首を振った衛兵は、なるべく死体を見ないままで言う。
「確かに、そうだ。だがな、それを裁くのはお前じゃない。法だ。生死を問わないという条件を、次回から無くすようにギルドと掛け合うか……」
衛兵がそう考えた後に、死体を抱える。死体なので軽くなってきているらしい。強張っていた手の動きがなだらかになっていく。フェルンは最後の言葉に反応してしまっていた。自身のせいで、自身が苦しむ羽目になってしまう。人を殺す喜びを、先程ようやく自覚したのだから。
フェルンは首を横に振るが、衛兵はその意味を少し理解したのだろうか。小さく「あまり外れるな」と言うと、フェルンの頭をぐしゃりと撫でた。するとフェルンはまた死んだ父のことを思い出すと、懐かしい感覚に浸っていいのか分からなくなる。酒場の男のように、裏切る可能性を予測してしまったからだ。人間が、急激に怖くなってしまったのだろうか。その手をばしんと払ってしまう。
「すまんな」
気まずそうに衛兵が呟いてから続けて「同行してもらう」と言うので、フェルンは頷いた。またしても詰所に行くと、確認を終えてからギルドに行って報酬を受け取る。それをすぐに市場で食料に変えると、復讐への準備がある程度は整ったと思えた。ハイムのある方向を見る。
「必ず……」
そう言いながら、フェルンは歩き出した。一人で、ハイムへと向かう為に。
本来ならば仲間などが欲しいが、復讐の炎をこれ以上は制御ができなくなりそうだった。その復讐の炎が、人を殺す快楽へと今まで導いてきたと思うのだが。
ハイムへはスラム街を通らなくて済む。隣の街であるフィア側にスラム街があり、ハイム側には畑などが広がる平和な場所だ。つまりは真ん中に中心街があり、スラム街と畑のクッションという役割になっていた。
フェルンはその畑が多い地域を歩き、ハイムへと向かう。だがハイムの隣だというのに、よくも騎士たちに襲われないと思った。普通ならば、食料を求めて来てもおかしくないのだから。騎士たちのの動きに疑問を持ちつつ、フェルンは歩いていく。
ハイムまではかなりの距離がある。大人が歩いても一日くらいはかかるとされていた。フェルンはそれを承知の上で、地面を踏みしめていった。
途中でどこかへ逃げているような、ボロボロになっている騎士を見かけた。フェルンはその隙を突いて殺そうとも思ったが、一人で行動していない可能性だってある。なので草むらに隠れて通り過ぎるのを待つ。恐らくは他の、それもゴールド以上の階級の冒険者が続々とハイムに来ては奪還しているのだろうか。しかし兄だけは自身の手で殺したいと思った。フェルンはただ前を見ながら、片手で拳を作る。
だが逃げているような騎士は一人だけではない。他にも何人か居たのだ。無傷の者から、瀕死状態になりながらも必死に歩いている者まで。冒険者たちが奪還に来ているのならば、取り逃がすことはない筈だ。フェルンの予想では、冒険者が複数人ハイムに来ていると。
なので首を傾げながら、通りかかる騎士を見つけては隠れながら、フェルンはハイムに向かって行った。
ハイムに到着したのは、一日半を過ぎた頃であった。やはりフェルンの今の体力では、これが限界である。途中で雨が降ってきたせいでもあった。雨を浴び、体力を奪われていたのだから。
フェルンは悔しげにしながら、ハイムの街の門を潜る。まず目に入ったのは死体で、次に凄まじい鉄と雨の後の匂いが押し寄せてきた。今のフェルンは正気なので、気持ちが悪いとしか思えない。舗装された道に死体や、それに誰かの腕や足も転がっていた。それらが騎士たちのハイム襲撃の無残さを語る。するとフェルンは、本当にこのようなことをする者たちを相手にできるのかと疑問に思い始めた。フェルンが数人でも殺しているのは犯罪者であり、騎士たちが殺しているのは何も罪が無い人々である。
途端にフェルンは自身の軽薄さを思い知らされ、歩んでいた足を止めてしまう。死体に囲まれながら、フェルンの思考が停止する寸前までいった。
するとふと、騎士たちの立場になって考えてみた。この街をどうして襲撃しようとしたのか、或いはどうしてこの街の罪無き人々を殺そうと思ったのか。まずは国への怒りが挙げられるが、騎士という職業のどこに不満があるのかが分からない。今は国同士で戦争していない状態であり、他の国同士では戦争している状態だ。
「……ん?」
フェルンはそこで思考が再び動き出すと、とある回答に辿り着いた。今は戦争をしていない、この状態に騎士たちは飽きてしまったのだろうか。噂によれば待遇が悪いや、王の態度に不満がありからだと聞いていた。それらをよく考えてみれば、平和な状況が苦痛だったからということになる。騎士とは、実力主義の世界を具現化したものなのだから。
そこで合点がいくが、フェルンの怒りは変わらない。生まれ育った村だって騎士たちにとってはただの小さな村の筈であるというのに、どうして襲撃や虐殺をされなければならないのか。フェルンの怒りが小さく煮えていくと、歩みも再開させる。
広場のような場所に着いたので、見れば複数の騎士たちが倒れていた。フェルンが驚きながら近寄ると、身に着けている甲冑が大きく凹んでいる者までいる。ここで、何があったのだろうか。それに少し離れた場所には甲冑ごと腕を切られている騎士の死体もあった。これらを見るに、ここで戦った冒険者たちは相当に強い者たちだったのだろうか。しかしそうならば、ギルドから何か報告くらいはあった筈だ。ゴールド階級以上の冒険者を集めて、ハイム奪還作戦の実行をした等と。
何も分からなくなったフェルンはその場で立ちすくんだ。舗装されている道に人々の血の痕が付着しており、それに雨水によりフェルンの服を汚していく。しかしそのようなことを気にすることは無かった。
フェルンの復讐は、最初から無駄なものだったのだ。それにこの状況では兄は他の冒険者たちに殺されているのだろう。惨めに思い始めると、フェルンはその場で力の限り叫んだ。
「うわあああああ!」
声は大きく響いた。街ががらんとしているのもあるのかもしれない。そう思うと悲しくなり、まるでこの世界に自身だけが生き残ったような感覚に襲われた。涙さえ出てくる。
なのでフェルンはしばらくの間、ずっと一人で泣き続けていて。
防具の中で最も優先すべきは、胴体部分である。ここは臓器が詰まっており、急所が集中している箇所でもあった。ここを最低限でも守らなければならないと、市場で男を殺したときに思ったのである。勿論、防御力が上がる代わりに動きが以前よりも鈍くなってしまうのだが。
街に入ると、フェルンは早速に防具屋を探す。街の大きさに比例して防具屋の数があり、選択肢がある分にどこで買えば良いのか分からなかった。だが防具は早く欲しい。なのでフェルンは最初に見かけた防具屋に入る。ちょうど市場から近い、中心部にある防具屋へと。
「いらっしゃい」
防具屋の店主らしき男はいかにも職人のような姿をしている。その店主は床に座って何か作業をしていた。逞しい体と顔つきをしており、防具屋に入ってすぐ奥の方は工房になっている。見れば職人は他にも居り、熱した金属をハンマーでひたすら叩いていた。その熱気が、肌にひしひしと感じる。たまに焦げ臭い匂いがするが、誰かが布製品を焦がしてしまったのだろうか。
店主らしき男は丁寧な接客をする気が無いのか、止めていたらしい作業の手をすぐに動かし始めた。店内を見回せば完成品の防具が幾つも展示してあり、フェルンはそれらを見た。ここに何もぜずに居ても、店主らしき男は文句を一つも言わないのだから。しかしフェルンの両肩は上がり気味であった。
見れば立派なそうな防具から、フェルンが求めているレベルのものまである。なので後者を中心に見ていくが、まじまじと見れば小さく値段が書いてあった。その中でフェルンの現在の手持ちで買うことができる、薄く粗末な見た目の胴部分の防具に注目する。
「……坊主、それがいいのか?」
いつの間にかフェルンが興味を持ったことに気が付いたのか、そう話しかけてきた。それに作業の手を止めており、こちらを見ている。意外と接客をする気があるのだと、フェルンは店主の男に失礼ながらも思ってしまった。
「はい、これが、いいと思いまして」
「これは初心者におすすめの防具だ。坊主は冒険者か? それならば、予算からしても、性能からしても、これがいい。見た目に反して案外頑丈だからな」
店主の男がどんどん饒舌になっていく。フェルンの中に無意識にあった緊張がどんどん溶けていく。なのでこれを買いたいと申し出ると、店主の男はすぐに承諾してくれた。
「いいぞ。ここで装備していくか? 装備の仕方は分かるか?」
「いいえ」
「だったら教えてやろう」
作業の手を完全に止めた店主は立ち上がり、フェルンの元に向かう。そしてフェルンが購入しようとしている防具を手に取った。店主が持っていると、粗末さが目立ち不安になった。しかし防具の胴部分を実際に身に着けてみるとそうでもない。
防具は見た目の通りに軽く、手でコンコンと叩いてみると、堅さが何となく分かった。これくらいの軽さと強度であれば、以前よりも戦いに集中できるだろう。
価格は手持ちの金全てだがそれを店主に渡すと、防具をようやく買うことができた。なのでフェルンの気分が良くなりながら、防具屋を出たのであった。例え胴だけであっても、これは立派な防具なのだから。
防具屋の次に向かったのは、やはり冒険者ギルドである。そして勿論、受ける依頼は犯罪者の拘束、及び処刑のもの。やはりそれの方が報酬が良く、フェルンはそれを目的にしていた。
ギルドに到着すると、フェルンは早速掲示板を見た。貼り出されているのは変わらず、連続殺人犯の拘束及び処刑のものだけである。依頼は増えていない。だが今のフェルンには最低限の防具がある。大丈夫だろうとそれに手を伸ばしてから剥ぎ取った。受付に持って行く。
「お願いします」
「はい……フェルンさん、どうかお気を付けて」
「分かっています」
受付の女はこの依頼を見て何か言おうとしていたが、やはり止めたようだ。フェルン自身がこの依頼を受けたいのならば、文句を言う資格など無いと。なので何も言わずに受注の手続きを済ませると、依頼の紙とそれに連続殺人犯の人相が描かれている紙も渡してきた。
フェルンは人相をすぐに見るが、市場での連続強盗犯よりかは特徴がある。えらの張った顔、それに大きく膨れた頬が特徴の顔である。フェルンはすぐにそれを覚えると、ギルドから出た。
もうすぐ夜になるところだが、遠くから雨雲がこちらに来ていた。今夜は雨だが、雨風を凌げる場所などない。手持ちの金は、全て胴部分の防具につぎ込んだのだから。後悔はあるが、先のことを考えたら当たり前の投資である。フェルンはそう自身に言い聞かせながら、空き家などを探し回っていく。
雨だけを凌げるものは、案外早く見つけた。中心街から離れた、ここはいわゆる「スラム街」らしい。寂れた建物が並び、街灯はあるが光っていない。ただのオブジェクトになっているようだ。そのせいもあってか出歩く人々には覇気などない。人生に絶望したかのように、常に俯いている。見ればどこかからか盗んだ食料を奪い合ったり、殺し合いが始まっていたりする。それを遠巻きに見て、恐怖に震え上がる者も居る。
自身も冒険者にならなければ、こうなっているのだろうか。このように人として落ちぶれ、ただ死を待つのだろうか。想像するだけで身の毛がよだつと、スラム街に入ったことを後悔した。何故ならば食料の奪い合いに勝ち、命を繋いだ人々がこちらを見ているからだ。現在のフェルンは真新しい装備を纏ったばかりで、それに剣にはあまり使用感がない。質屋にでも売れば、それなりの金になるだろう。
フェルンはこの場から逃げようとした。だが既にスラム街の人々に取り囲まれていた。大きな道に出ても抜けられる筈が無い。
息が上がっていき、心臓が早く動く。パニックになりこの後の最悪の場合の状況を想像し、更に呼吸が乱れていく。
「僕は……こんなところで……!」
世間知らずなのも悪いが、まだ力も無い。だったら大人しく、街に滞在しておけばよかったと思う。自身を恨みながらもフェルンはスラム街から逃げようと走る。足がもつれかけるが、とにかく走る。
追っ手は増えていった。フェルンの全身の肌が冷や汗でびっしょりになり、視界がかすんでいく。しかしフェルンはそれでも走り続け、地面を蹴っていく。途中で瓦礫等の障害物があったので、わざとそれを散らかした。少しは時間稼ぎになったことを知ると、フェルンはどんどん同じ手を続けていく。
するとようやく街灯の煌びやかな明かりが見えてきた。もうじき、スラム街を抜けられるのだろう。じきに巡回している衛兵の姿が見えると、追っ手の気配がぴたりと止んだ。そこでフェルンは安心のせいか、その場で崩れ落ちる。いつの間にか、雨がざあざあと降っており、頭が濡れていった。髪が肌に張り付き、冷や汗が無くなったことが分かる。
「助かった……」
息を漏らしたフェルンは腰を上げてから、どんよりと暗い夜空を見る。まだ闇には捕らわれたくないとそう思いながら、街の隅に座る。雨は凌げないが、スラム街よりかは遙かに安全である。するとフェルンは安心の為か、すやすやと深い眠りに落ちていったのであった。
目が覚めると、雨はすっかりと止んでいた。陽は出ているものの、全身がずぶ濡れになぅっているので肌寒い。腕を擦りながら、フェルンはゆっくりと体を動かす。今日やるべきことは、処刑対象を探すことだ。それをやらなければ、何も収入が無い。薬草の採取などでは、自身の腕が上がらないというのもあるのだが。
人相が描かれた紙を見るが、雨でくしゃくしゃになってしまった。これでは何も見えず、どうしようもない。なので一旦ギルドに向かおうと、足を動かしていった。
ギルドに着くなり騒がしいが何があったのだろうか。そう思っていながら無視をしていたが、どうしても耳に会話が入ってしまう。
「おい、隣のフィアからここまで、一日足らずで来た奴が居るらしいぜ。他の奴によれば、馬鹿でけぇ剣を背負ってたらしいぜ」
「おいおいまじかよ。また化け物が現れたのかよ」
またもや夢のような話が聞こえてきたが、ただの暇潰しに考えた噂に過ぎないのだろう。そう思いながら、受付に行く。
「すいません、フェルンです。人相の紙を無くしてしまったので、もう一枚下さい」
「はい大丈夫ですよ。少し待って下さいね」
カウンターを何やらゴソゴソとし始めた受付の女だが、すぐに目当ての物が見つかったらしい。取り出した紙をフェルンに差し出す。
「それでは改めまして、頑張って下さいね」
「はい、ありがとうございます」
紙を受け取ったフェルンはもう一度人相の紙を見る。何度見ても特徴的な顔をしているが、どこに居るのかは見当がつかない。それに、相手は連続殺人犯だ。相当に慎重に見つけなければならなかった。今のフェルンでは、どこまで人を殺せるようになったのか。そう考えながら、ギルドを出た。
しかしよく見れば、人相の下に小さく文字が書いてある。今まで気が付かなかったが、フェルンはまじまじと見た。そこには「スラム街付近で目撃情報が多数あり」と書かれている。スラム街というと、昨夜フェルンが散々な目に遭った場所でしかない。まだ確定した訳ではないが、もう一度あの場所に行かなければならない。フェルンは憂鬱を引きずりながら、街中を歩いていった。
まずはスラム街に一番近い区画に向かうが、同様に建物が寂れている。ここもじわじわとスラム街のようになってきているのだろうか。そう思いながら人々も観察していく。
まともな服装をしている者も居れば、服がボロボロの者も居る。治安の悪さは分からないが、フェルンが見ただけでも良いとは言えなかった。
まずは適当に歩き、通行人の顔をちらりと見ていく。勿論、人相通りの顔をした人間は居ないが、それでも一縷の確率を求めて探した。
時折紙を取り出しては記憶を消さないようにしていると、通行人にぶつかった。紙を落としたのでフェルンは謝りながら拾う、そうしようとしたが腕ががしりと掴まれた。相手は無言であるので、どうしたのかとフェルンが顔を上げると、そこには人相通りの男が居た。顔は笑っているようだが、それでもなお分かってしまう。フェルンは後ずさろうとしたが、右腕を掴まれていることにより動けないでいる。
「離せ!」
「おい、ガキ、俺を探しているのか? さっきから怪しいから見てきてやったら……ほう、お前は冒険者か。こんな汚れ仕事をするくらいに、落ちぶれているのか?」
下品な笑い声を出すと、フェルンの中で不快感が充満していく。なので睨んでみるが全く効果が無く、腕を掴まれたままだ。それに他に通行人が居るのだが、フェルンたちを見て見ぬふりをしているようだ。関わりたくないのか、或いは相手が連続殺人犯だということを分かっているからなのか。
どちらにせよ、フェルンはこの状況をどうにかしなければならない。右腕が自由にならなければ何もできなかった。なので解く為に腕を動かすが、びくともしない。歴然とした力の差があった。だがフェルンは諦めずに何か他の策を考えていくと、一つの案が頭を過る。左手でも、剣を扱えるのではないのかと。
左の腰に剣を携えていた。それに左手では逆手になるが取ってから持ち変えるまでに、どうしても時間がかかってしまう。そのようなネックがあったが、フェルンは思いついたからにはと素早く剣を抜い。しかし、目の前の男がそれに気付いて次は左腕を掴んだ。これでフェルンも男も、両手が塞がった状態になった。これでは、にらみ合いしかできないだろう。
「俺が誰なのか知っているのか?」
「当たり前だ!」
フェルンがそう叫ぶが、男の態度は依然として変わらない。このような状況をどうすればいいのか、そう考えるが何も浮かばない。そうして男とにらみ合っていると、遠くから声がした。言葉からして、衛兵なのだろうか。
「おい! お前たち! そこで何をしている!」
「チッ、厄介なのが来やがった」
男が舌打ちして腕を握る力が弱まった、その瞬間にフェルンは左手に持っている剣を素早く持ち変えた。そして剣を持ち、男の胸を見事に貫く。
「おま……え……!」
驚いた顔をしながら胸から血を垂らしているが、まだ足りないと思った。なので剣を引き抜きもう一度、次は目をめがけて突き刺した。瞳からちょうど脳まで辿り着くが、頭蓋骨までには至らなかったらしい。男は目に剣が刺さったままその場に倒れた。
フェルンがそれを抜こうとしていると、衛兵が背後からその手を止める。咄嗟に睨むと、衛兵から悲鳴が出て手の力が弱まる。しかしすぐにフェルンが正気を取り戻すと、腕をゆっくりと下ろした。そして懐から人相の紙を取り出すと、衛兵に見せる。
「……終わりました」
衛兵は無言で頷くと、顔を真っ青にしながら剣を引き抜いた。
「分かったから。だが、これはやり過ぎだ」
「どうしてですか、この人は、たくさんの人を殺したじゃないですか」
再びフェルンの思考がおかしな方向へと傾いていく。その時は、凄まじい快楽に襲われるのだ。もしかしたら、このようなことが向いているのかもしれないと。
首を振った衛兵は、なるべく死体を見ないままで言う。
「確かに、そうだ。だがな、それを裁くのはお前じゃない。法だ。生死を問わないという条件を、次回から無くすようにギルドと掛け合うか……」
衛兵がそう考えた後に、死体を抱える。死体なので軽くなってきているらしい。強張っていた手の動きがなだらかになっていく。フェルンは最後の言葉に反応してしまっていた。自身のせいで、自身が苦しむ羽目になってしまう。人を殺す喜びを、先程ようやく自覚したのだから。
フェルンは首を横に振るが、衛兵はその意味を少し理解したのだろうか。小さく「あまり外れるな」と言うと、フェルンの頭をぐしゃりと撫でた。するとフェルンはまた死んだ父のことを思い出すと、懐かしい感覚に浸っていいのか分からなくなる。酒場の男のように、裏切る可能性を予測してしまったからだ。人間が、急激に怖くなってしまったのだろうか。その手をばしんと払ってしまう。
「すまんな」
気まずそうに衛兵が呟いてから続けて「同行してもらう」と言うので、フェルンは頷いた。またしても詰所に行くと、確認を終えてからギルドに行って報酬を受け取る。それをすぐに市場で食料に変えると、復讐への準備がある程度は整ったと思えた。ハイムのある方向を見る。
「必ず……」
そう言いながら、フェルンは歩き出した。一人で、ハイムへと向かう為に。
本来ならば仲間などが欲しいが、復讐の炎をこれ以上は制御ができなくなりそうだった。その復讐の炎が、人を殺す快楽へと今まで導いてきたと思うのだが。
ハイムへはスラム街を通らなくて済む。隣の街であるフィア側にスラム街があり、ハイム側には畑などが広がる平和な場所だ。つまりは真ん中に中心街があり、スラム街と畑のクッションという役割になっていた。
フェルンはその畑が多い地域を歩き、ハイムへと向かう。だがハイムの隣だというのに、よくも騎士たちに襲われないと思った。普通ならば、食料を求めて来てもおかしくないのだから。騎士たちのの動きに疑問を持ちつつ、フェルンは歩いていく。
ハイムまではかなりの距離がある。大人が歩いても一日くらいはかかるとされていた。フェルンはそれを承知の上で、地面を踏みしめていった。
途中でどこかへ逃げているような、ボロボロになっている騎士を見かけた。フェルンはその隙を突いて殺そうとも思ったが、一人で行動していない可能性だってある。なので草むらに隠れて通り過ぎるのを待つ。恐らくは他の、それもゴールド以上の階級の冒険者が続々とハイムに来ては奪還しているのだろうか。しかし兄だけは自身の手で殺したいと思った。フェルンはただ前を見ながら、片手で拳を作る。
だが逃げているような騎士は一人だけではない。他にも何人か居たのだ。無傷の者から、瀕死状態になりながらも必死に歩いている者まで。冒険者たちが奪還に来ているのならば、取り逃がすことはない筈だ。フェルンの予想では、冒険者が複数人ハイムに来ていると。
なので首を傾げながら、通りかかる騎士を見つけては隠れながら、フェルンはハイムに向かって行った。
ハイムに到着したのは、一日半を過ぎた頃であった。やはりフェルンの今の体力では、これが限界である。途中で雨が降ってきたせいでもあった。雨を浴び、体力を奪われていたのだから。
フェルンは悔しげにしながら、ハイムの街の門を潜る。まず目に入ったのは死体で、次に凄まじい鉄と雨の後の匂いが押し寄せてきた。今のフェルンは正気なので、気持ちが悪いとしか思えない。舗装された道に死体や、それに誰かの腕や足も転がっていた。それらが騎士たちのハイム襲撃の無残さを語る。するとフェルンは、本当にこのようなことをする者たちを相手にできるのかと疑問に思い始めた。フェルンが数人でも殺しているのは犯罪者であり、騎士たちが殺しているのは何も罪が無い人々である。
途端にフェルンは自身の軽薄さを思い知らされ、歩んでいた足を止めてしまう。死体に囲まれながら、フェルンの思考が停止する寸前までいった。
するとふと、騎士たちの立場になって考えてみた。この街をどうして襲撃しようとしたのか、或いはどうしてこの街の罪無き人々を殺そうと思ったのか。まずは国への怒りが挙げられるが、騎士という職業のどこに不満があるのかが分からない。今は国同士で戦争していない状態であり、他の国同士では戦争している状態だ。
「……ん?」
フェルンはそこで思考が再び動き出すと、とある回答に辿り着いた。今は戦争をしていない、この状態に騎士たちは飽きてしまったのだろうか。噂によれば待遇が悪いや、王の態度に不満がありからだと聞いていた。それらをよく考えてみれば、平和な状況が苦痛だったからということになる。騎士とは、実力主義の世界を具現化したものなのだから。
そこで合点がいくが、フェルンの怒りは変わらない。生まれ育った村だって騎士たちにとってはただの小さな村の筈であるというのに、どうして襲撃や虐殺をされなければならないのか。フェルンの怒りが小さく煮えていくと、歩みも再開させる。
広場のような場所に着いたので、見れば複数の騎士たちが倒れていた。フェルンが驚きながら近寄ると、身に着けている甲冑が大きく凹んでいる者までいる。ここで、何があったのだろうか。それに少し離れた場所には甲冑ごと腕を切られている騎士の死体もあった。これらを見るに、ここで戦った冒険者たちは相当に強い者たちだったのだろうか。しかしそうならば、ギルドから何か報告くらいはあった筈だ。ゴールド階級以上の冒険者を集めて、ハイム奪還作戦の実行をした等と。
何も分からなくなったフェルンはその場で立ちすくんだ。舗装されている道に人々の血の痕が付着しており、それに雨水によりフェルンの服を汚していく。しかしそのようなことを気にすることは無かった。
フェルンの復讐は、最初から無駄なものだったのだ。それにこの状況では兄は他の冒険者たちに殺されているのだろう。惨めに思い始めると、フェルンはその場で力の限り叫んだ。
「うわあああああ!」
声は大きく響いた。街ががらんとしているのもあるのかもしれない。そう思うと悲しくなり、まるでこの世界に自身だけが生き残ったような感覚に襲われた。涙さえ出てくる。
なのでフェルンはしばらくの間、ずっと一人で泣き続けていて。