エイリアンズ
高層ビル街の端っこの取り壊し忘れたような五階建てのビル。ここは、降谷の幾つもある隠れ家の一つだ。売りに出されて取り壊しも決まったところで取り引きが頓挫し、そのまま放っておかれているのを人伝の人伝に借りた。
降谷のような生業の男なら、あちこちに身を隠す場所が欲しい。そこに屋根があればなお良い。その程度のつもりで借りたが、思いの外、このおかしな棲家を気に入っている。
一仕事を終えて、ここに戻ったのは深夜の三時を超えていた。降谷はビールを一本持って、ビルの屋上に登る。周りの高層ビルに切り取られた狭い夜空には、星なんて一個も見えない。それでも、ほっと一息吐けた。
ビールを飲む。星の無い夜空に飛行機らしき灯りが動いている。こんな真夜中に、どこかへ向かう人たちがいるのだ。そう思うと、何となく心強い。
降谷は明日の仕事のことは忘れて、もう一口、ビールを飲んだ。
オフィス街の夜は静かだ。聞こえるのは遠くの車の走る音だけ。
降谷の特別に性能がいい耳が、重い外国車のエンジン音を聞き分けた。
あれは、恋人の愛車と同じ車種だ。
いや、もしかしたら、本人かもしれない。
あの男は、不意に思い立って夜中に愛車を何時間も走らせたりするのだ。
アイツの車ならいいな。
そう思った。
離れていても、バラバラでも、遠くにいても、あの男の気配を感じられるのは、悪くない。
そして、彼の方も、自分のことを思い出してくれたら良いのに。
そんな風に恋人を思いながら、ビルの谷間みたいなここでビールを飲む。
あぁ、恋人なんて作らなければ、こんな孤独も感じなかっただろうに。
すっかりカラになってしまった缶を少し凹ました。
もう少ししたら、夜が明けてしまう。少し眠ろう。いや、このまま夜明けを待ちたい気もする。
こんなビルの谷間では、朝日なんて届きやしないのに。
降谷はしょぼついた目元を擦った。
「疲れたな」
久しぶりに出した声は、掠れていた。
明日は、昼に人と会う約束だ。その後は、気の進まない仕事が入っている。ややこしい仕事になるだろうが、やるしかない。
では、明後日は?その次の日は?
気を張り続けるのは、キツイ。しかし、気を緩める方が怖い。
降谷はその場に寝転んだ。コンクリートのゴツゴツした感触が背中に当たった。ひんやりと湿っぽい。
目を閉じた。ほんの数秒、何も考えずに好きな男の後ろ姿を思い出した。肩幅の広い背中、振り返る時のシャープな顎のラインや、肩越しに見つめてくれる優しい瞳を思い出した。
降谷はいつも、その背中を子犬みたいに追いかけて、隣に並ぶのだ。肩を抱かれて、髪にキスしてくれて、それから、愛してると囁かれる。心臓がくすぐったい瞬間。
会いたいな。会って、ほんの少し、寄り添って欲しい。
目を開けると、恋人が降谷を見下ろしていた。
「っ!!」
慌てて起き上がる。
幻覚かと、目を見開いた。恋人は楽しそうに笑っていた。
「やぁ」
本物だ。喋った。
「なんで?」
「君が会いたがってるだろうと思ってな」
それで、あちこちある潜伏場所から、ここを探し出したのか?
降谷はさっきのエンジン音を思い出した。
やはり、あれは、この男だったのだ。
降谷は慌てて男に抱きついた。幻覚ではないと、確かめたかった。
煙草の匂いと、隠しきれない染みついた火薬や血や泥や埃の危うい匂いがした。
今すぐに齧り付きたい。このまま優しく抱きしめて欲しい。奇妙な葛藤が湧き上がる。
「キスしても?」
赤井はそんな複雑な恋人の扱いに慣れているので、わざわざお伺いを立てた。
「うん」
降谷は暫く考えてから答えた。
優しくキスして欲しい。息ができないくらい激しくして欲しい。どっちも選べなかったからだ。
どっちでもいい。彼のしたいキスが降谷がして欲しいキスだ。
このまま二人きりで、夜を超えれたら、また明日も走り続けることができる。
このまま二人で眠りたい。この下の降谷の寝床で、朝まで。剥き出しのマットレスは少し固いけど、きっとぐっすり眠れるはずだから。
赤井の手が降谷の伸びた髪を耳にかけてくれた。そのまま顎に滑った手が顔を上向かせた。
降谷は目を閉じて、赤井の首に腕を回して抱き寄せると、甘い口付けを受け止めたのだった。
降谷のような生業の男なら、あちこちに身を隠す場所が欲しい。そこに屋根があればなお良い。その程度のつもりで借りたが、思いの外、このおかしな棲家を気に入っている。
一仕事を終えて、ここに戻ったのは深夜の三時を超えていた。降谷はビールを一本持って、ビルの屋上に登る。周りの高層ビルに切り取られた狭い夜空には、星なんて一個も見えない。それでも、ほっと一息吐けた。
ビールを飲む。星の無い夜空に飛行機らしき灯りが動いている。こんな真夜中に、どこかへ向かう人たちがいるのだ。そう思うと、何となく心強い。
降谷は明日の仕事のことは忘れて、もう一口、ビールを飲んだ。
オフィス街の夜は静かだ。聞こえるのは遠くの車の走る音だけ。
降谷の特別に性能がいい耳が、重い外国車のエンジン音を聞き分けた。
あれは、恋人の愛車と同じ車種だ。
いや、もしかしたら、本人かもしれない。
あの男は、不意に思い立って夜中に愛車を何時間も走らせたりするのだ。
アイツの車ならいいな。
そう思った。
離れていても、バラバラでも、遠くにいても、あの男の気配を感じられるのは、悪くない。
そして、彼の方も、自分のことを思い出してくれたら良いのに。
そんな風に恋人を思いながら、ビルの谷間みたいなここでビールを飲む。
あぁ、恋人なんて作らなければ、こんな孤独も感じなかっただろうに。
すっかりカラになってしまった缶を少し凹ました。
もう少ししたら、夜が明けてしまう。少し眠ろう。いや、このまま夜明けを待ちたい気もする。
こんなビルの谷間では、朝日なんて届きやしないのに。
降谷はしょぼついた目元を擦った。
「疲れたな」
久しぶりに出した声は、掠れていた。
明日は、昼に人と会う約束だ。その後は、気の進まない仕事が入っている。ややこしい仕事になるだろうが、やるしかない。
では、明後日は?その次の日は?
気を張り続けるのは、キツイ。しかし、気を緩める方が怖い。
降谷はその場に寝転んだ。コンクリートのゴツゴツした感触が背中に当たった。ひんやりと湿っぽい。
目を閉じた。ほんの数秒、何も考えずに好きな男の後ろ姿を思い出した。肩幅の広い背中、振り返る時のシャープな顎のラインや、肩越しに見つめてくれる優しい瞳を思い出した。
降谷はいつも、その背中を子犬みたいに追いかけて、隣に並ぶのだ。肩を抱かれて、髪にキスしてくれて、それから、愛してると囁かれる。心臓がくすぐったい瞬間。
会いたいな。会って、ほんの少し、寄り添って欲しい。
目を開けると、恋人が降谷を見下ろしていた。
「っ!!」
慌てて起き上がる。
幻覚かと、目を見開いた。恋人は楽しそうに笑っていた。
「やぁ」
本物だ。喋った。
「なんで?」
「君が会いたがってるだろうと思ってな」
それで、あちこちある潜伏場所から、ここを探し出したのか?
降谷はさっきのエンジン音を思い出した。
やはり、あれは、この男だったのだ。
降谷は慌てて男に抱きついた。幻覚ではないと、確かめたかった。
煙草の匂いと、隠しきれない染みついた火薬や血や泥や埃の危うい匂いがした。
今すぐに齧り付きたい。このまま優しく抱きしめて欲しい。奇妙な葛藤が湧き上がる。
「キスしても?」
赤井はそんな複雑な恋人の扱いに慣れているので、わざわざお伺いを立てた。
「うん」
降谷は暫く考えてから答えた。
優しくキスして欲しい。息ができないくらい激しくして欲しい。どっちも選べなかったからだ。
どっちでもいい。彼のしたいキスが降谷がして欲しいキスだ。
このまま二人きりで、夜を超えれたら、また明日も走り続けることができる。
このまま二人で眠りたい。この下の降谷の寝床で、朝まで。剥き出しのマットレスは少し固いけど、きっとぐっすり眠れるはずだから。
赤井の手が降谷の伸びた髪を耳にかけてくれた。そのまま顎に滑った手が顔を上向かせた。
降谷は目を閉じて、赤井の首に腕を回して抱き寄せると、甘い口付けを受け止めたのだった。
1/1ページ
