千載一遇
恋に落ちたあの日のことを覚えている。
二人で並んで歩いていた階段で、上から駆けてきた人物にぶつかられ、ほんの少しぐらついた時のことだった。
勿論、そのまま落ちるよう間抜けでは無い。
だが、その時、隣の男が、肘あたりをぐいっと引き寄せてくれて、それが、思いの外、力強くて、降谷の胸は乙女のように高鳴ってしまったのだ。
勿論、咄嗟の反射的な行動だろう。分かっている。しかし、降谷は抱き寄せられたその強さや、近くに感じる体温に、言葉で表せない気持ちを抱いたのだった。
あぁ、自分はこの男を愛してしまった。
ずっと、騙し騙しやり過ごしてきたというのに、逃れられずに恋をしたのだ。
実に滑稽だ。初めから望みのない恋だ。
それでも、この恋を捨てて忘れようとはしなかった。
叶わぬ恋でも、この人生に恋愛なんて一大事が生まれたのだ。それは、とても素晴らしいことではないか。
降谷は、この恋を密やかに抱えて生きていこうと、そう誓った。
叶わぬ恋だ。だが、降谷は、この密やかで、それでいて甘やかな隠し事を楽しんでいた。
そんな四月のある日、降谷は職場で想い人である赤井と鉢合わせた。
「あれ、日本に戻ったんですか?」
赤井は本国アメリカとこちらを忙しく行き来していて、顔を合わせたのは一月ぶりだった。
「あぁ、久しぶりだな」
にこりともしてくれないが、元々、表情は乏しい男だ、気にならない。取り繕わない態度は気を許している証拠。そう思うことにしている。
一ヶ月振りだ。だが、赤井からの挨拶は、それだけだった。
降谷は口数が多い方だ。連射砲みたいだと、以前言われたこともある。だが、赤井と話す時は、言葉をゆっくり丁寧に選ぶように心がけていた。
「いかがでした?裁判はいつ頃になりそうですか」
「奴が司法取引に応じた。もう、裁判で話すことも決まってるし、判決も事前に打ち合わせ済みだ。俺の仕事は終わったんでね、帰ってきた」
「なるほど。スピーディーでいい」
「日本での捜査チームは縮小されることになった」
「えぇ、上から聞いてます」
二人、並んで歩き出した。
「俺は、こっちのチームのリーダーとして残ることになった」
「貴方が責任者なら、安心です」
「日本警察の協力に感謝している」
よそよそしい会話だが、これで満足だ。
友人のように親しくしたい気持ちもある。
しかし、気持ちを悟られたくもない。
いつ漏れ出すかわからない秘密を抱えているのだ。これくらいの距離が良い。
「…実は、あちらに残るようにと引き留められたんだ」
降谷が努力して見つけた距離感のおかげか、赤井の方は、随分と大事なことも語ってくれるようになった。
「新しい事件を持てと?」
「いや、少し休めと言われた」
「貴方は、休暇らしい休暇もなく働いてきたから」
「カウンセリングを受けるべきらしい」
ドキリとした。
思いの外、個人的で秘匿性のある内容だった。
「銃撃戦のたびにカウンセリングを受けるなら、俺はカウンセラーと結婚するはめになる」
赤井が珍しくジョークを言った。
面白くはなかった。
ただ、ままならないものだと、同情した。
赤井程の狙撃手には、次から次に仕事が舞い込む。休める時間はない。そして、それを話せる人間も周りにいない。
冗談混じりの愚痴を零せるのは、降谷くらいなのだろうか。こんな異国の、友人でもない、奇妙な間柄の相手だけ?
「赤井」
自動販売機の並ぶ休憩コーナーに差し掛かった。
コーヒーでも飲みません?
そう言うつもりだった。
「僕と結婚してください」
だが、降谷の口からは、本人ですら思いもよらない言葉が出てきたのだ。
「は?」
赤井は目を見開いた。
降谷は、自分で言ったくせに、ひどく狼狽した。
「違っ、あの…ま、間違えて」
間違いにしても酷い。
なんだ、それ。
冗談にもならない。
言葉を選んで口にしてたのではなかったか?
なんで、なにがどうして、いきなり結婚を申し込んだ?
慌てて口を押さえたが、もう出た言葉は戻せやしない。
赤井は目を見開いた表情のまま、その場で固まってしまった。
やばい。
なんて言えばいい。なんちゃって?いや、まぁまぁシリアスな声で言った自覚がある。誤魔化し切れるか?
だが、しかし、押し切るしかない!
「えーっと」
言い訳をしようとしたが、赤井は呆然としたまま、そのまま、自販機へと向かっていった。
「こ、こ、こ、こ、コーヒーでも、飲むか?」
「あ、はい」
慌てている。あの赤井が。
降谷は申し訳ない気持ちになった。
因縁の相手から急におかしな求愛をされたら、そりゃ、動揺する。
「…すみません」
「いや、うん」
赤井は、降谷と二人分のコーヒーを持って、その場のベンチに腰掛けた。
「ん」
差し出されたコーヒーを受け取ると、自然とその横に腰掛けるしかなくなった。
コーヒーはミルク入り。降谷の好み通りだ。
僕の事、少しは知ってくれてるんですね。優しいですね。罵倒して、気持ち悪いと突き放してくれて良いんですよ。
でも、このコーヒーを飲み終わるまでは、横に座っていたかった。
赤井、僕は、貴方のことを好きらしいんです。おかしいですよね。そんな甘い関係ではないのに。
でも、貴方との出会いからの全てを一つも忘れられないんです。
コーヒーが一口ごとに減っていく。降谷の幸せな片思いの残り時間も減っていく。
死ぬまで、ずっと心に秘めていたかった。自分にも誰かを愛する心があるのだと、こんな自分が愛するのだから、実にいい男に惚れたのだと。
出会いから、今日まで、赤井との日々は、慌ただしく、乱暴で、そして、輝いていた。どの場面の赤井も、降谷が恋焦がれても仕方ないくらいに、良い男だ。
忘れたく無いな。
初めから望みのない恋だが、失うことは辛かった。
コーヒーは残り少しだ。
赤井は優しいから、罵倒はしない。「すまない」とか何とか言ってくれるだろう。しかし、キッパリと拒絶される。期待をさせないよう、希望を残さないよう。
降谷の手から飲み終わった紙コップを赤井が取る。そして、自分のとまとめてゴミ箱へ捨てた。
優しくされると、まだ胸がキュンとする。
降谷は、懲りない自分に呆れた。
「お受けしよう」
振り返った赤井は、そう言った。
理解できなかった。
「はぁ?」
「君のプロポーズ。答えはイエスだ」
何を言っているのだ、この男は。
「とても良い提案だ。断る理由がない」
赤井は至って真面目にそう言った。
「君との人生は、楽しいことしかなさそうだ」
「う、お、いや、それは、お約束できませんが」
降谷は自分が愉快な人間だとは思わない。寧ろ、退屈な男だ。仕事ばかりで、遊びがない。
だが、何故か赤井は、ついぞ見せたことのない笑顔になった。
「勿論、君のことは好きだ。いい友人になれると思っていたが、もっと近しい仲になれるなら、より良い」
「ごめんなさい。やっぱり、無しで」
降谷は慌てて言った。
「すみません。僕も、思いがけず、こんなことになってしまって」
「思いがけず?本心でない?」
「いえ、そういうわけでは」
曖昧に誤魔化してみたが、降谷の好意はバレてしまっただろう。
「ほぉ」
赤井は顎に手をやり、思案顔になった。
「では、ずっと、黙って、俺が帰国しても知らんふりで連絡を途絶えさせるつもりだったか?」
「そんな、まさか。然るべきお礼をするつもりでした」
「俺は君と親しくなりたいと思っていた。こっちのチームを引き上げる時には、君と二人で酒を飲みたいと」
「え?ほ、本当ですか!」
そんな大イベントが用意されているのか?
降谷は、尻が浮き上がるほどに驚いた。
「公私共にいい付き合いをして」
「はい」
「君が結婚する時には、式に参列する」
「僕は結婚しません」
「だろうな」
自分で言ったくせに、赤井はあっさりと降谷の結婚はあり得ないと認めた。
「何かの奇跡が起こって、俺が結婚したとする。俺は君を招待する」
「…はい」
それは、想像してなかった。
「君は、アッシャーとして参加するんだぞ。バチェラーパーティはベガスだ」
「はい」
「大酒飲んで、二人でスリッパーと大はしゃぎして」
ストリッパー?降谷の想像はその辺で追いつかなくなった。
「でも、きっと、君と過ごしたくて、女は帰してしまう」
よかった。ストリッパーは想像から退場した。
「結局、そのまま二人で逃避行することになるだろうな」
「何でですか⁉︎」
降谷の想像はまたもやどこかへ行った。逃避行って、どこへ?
「仮定の話だ。俺も結婚には向いてない」
赤井は、話を逃避行どころかベガスの前まで戻した。
「今後、出会う誰かは、君より魅力的か?君より俺を分かってる?そんなわけない」
話は今現在の、ここの状況に戻っていた。
「今、ここで気付いてよかった」
赤井がにこっと笑う。降谷が知らない満面の笑みだった。だが、どこか、嘘臭い笑顔だ。
「お互い、結婚には向かないが、身元引受人だとでも思えば良い」
「あの、何か、僕に嘘吐いてません?それに僕らには恋愛関係はない」
「何故そう言いきれる?結婚を申し込んだんだ、愛があるんだろう?」
「愛?」
大袈裟な言葉に、降谷はたじろいだ。
「君がどうして俺への愛に目覚めたか、全く気がしれないが、俺が君を愛するなら理由は山ほどある」
赤井が手を差し伸べる。降谷は恐る恐るその手を取った。
「そのうち、熱烈な恋人になれるさ」
赤井は、座ったままの降谷の手をひっぱり立たせた。
「ほら、早くみんなに教えてやろう」
それから、手を引いて、足早に歩き出した。
「驚くぞ」
そのウキウキとした声。
これから、爆弾を落とされた仕事仲間や知人達が驚いて、ひっくり返るのが楽しみで仕方ないのた。
「なんだかなぁ。」
悪戯のネタにされただけの気がする。
でも、何かの間違いでも、結婚の約束をした。
この千載一遇の好機を無駄にはできない。
降谷は、緩みそうな精神を引き締め直し、このおかしな状況を楽しんでしまおうと、決めたのだった。
二人で並んで歩いていた階段で、上から駆けてきた人物にぶつかられ、ほんの少しぐらついた時のことだった。
勿論、そのまま落ちるよう間抜けでは無い。
だが、その時、隣の男が、肘あたりをぐいっと引き寄せてくれて、それが、思いの外、力強くて、降谷の胸は乙女のように高鳴ってしまったのだ。
勿論、咄嗟の反射的な行動だろう。分かっている。しかし、降谷は抱き寄せられたその強さや、近くに感じる体温に、言葉で表せない気持ちを抱いたのだった。
あぁ、自分はこの男を愛してしまった。
ずっと、騙し騙しやり過ごしてきたというのに、逃れられずに恋をしたのだ。
実に滑稽だ。初めから望みのない恋だ。
それでも、この恋を捨てて忘れようとはしなかった。
叶わぬ恋でも、この人生に恋愛なんて一大事が生まれたのだ。それは、とても素晴らしいことではないか。
降谷は、この恋を密やかに抱えて生きていこうと、そう誓った。
叶わぬ恋だ。だが、降谷は、この密やかで、それでいて甘やかな隠し事を楽しんでいた。
そんな四月のある日、降谷は職場で想い人である赤井と鉢合わせた。
「あれ、日本に戻ったんですか?」
赤井は本国アメリカとこちらを忙しく行き来していて、顔を合わせたのは一月ぶりだった。
「あぁ、久しぶりだな」
にこりともしてくれないが、元々、表情は乏しい男だ、気にならない。取り繕わない態度は気を許している証拠。そう思うことにしている。
一ヶ月振りだ。だが、赤井からの挨拶は、それだけだった。
降谷は口数が多い方だ。連射砲みたいだと、以前言われたこともある。だが、赤井と話す時は、言葉をゆっくり丁寧に選ぶように心がけていた。
「いかがでした?裁判はいつ頃になりそうですか」
「奴が司法取引に応じた。もう、裁判で話すことも決まってるし、判決も事前に打ち合わせ済みだ。俺の仕事は終わったんでね、帰ってきた」
「なるほど。スピーディーでいい」
「日本での捜査チームは縮小されることになった」
「えぇ、上から聞いてます」
二人、並んで歩き出した。
「俺は、こっちのチームのリーダーとして残ることになった」
「貴方が責任者なら、安心です」
「日本警察の協力に感謝している」
よそよそしい会話だが、これで満足だ。
友人のように親しくしたい気持ちもある。
しかし、気持ちを悟られたくもない。
いつ漏れ出すかわからない秘密を抱えているのだ。これくらいの距離が良い。
「…実は、あちらに残るようにと引き留められたんだ」
降谷が努力して見つけた距離感のおかげか、赤井の方は、随分と大事なことも語ってくれるようになった。
「新しい事件を持てと?」
「いや、少し休めと言われた」
「貴方は、休暇らしい休暇もなく働いてきたから」
「カウンセリングを受けるべきらしい」
ドキリとした。
思いの外、個人的で秘匿性のある内容だった。
「銃撃戦のたびにカウンセリングを受けるなら、俺はカウンセラーと結婚するはめになる」
赤井が珍しくジョークを言った。
面白くはなかった。
ただ、ままならないものだと、同情した。
赤井程の狙撃手には、次から次に仕事が舞い込む。休める時間はない。そして、それを話せる人間も周りにいない。
冗談混じりの愚痴を零せるのは、降谷くらいなのだろうか。こんな異国の、友人でもない、奇妙な間柄の相手だけ?
「赤井」
自動販売機の並ぶ休憩コーナーに差し掛かった。
コーヒーでも飲みません?
そう言うつもりだった。
「僕と結婚してください」
だが、降谷の口からは、本人ですら思いもよらない言葉が出てきたのだ。
「は?」
赤井は目を見開いた。
降谷は、自分で言ったくせに、ひどく狼狽した。
「違っ、あの…ま、間違えて」
間違いにしても酷い。
なんだ、それ。
冗談にもならない。
言葉を選んで口にしてたのではなかったか?
なんで、なにがどうして、いきなり結婚を申し込んだ?
慌てて口を押さえたが、もう出た言葉は戻せやしない。
赤井は目を見開いた表情のまま、その場で固まってしまった。
やばい。
なんて言えばいい。なんちゃって?いや、まぁまぁシリアスな声で言った自覚がある。誤魔化し切れるか?
だが、しかし、押し切るしかない!
「えーっと」
言い訳をしようとしたが、赤井は呆然としたまま、そのまま、自販機へと向かっていった。
「こ、こ、こ、こ、コーヒーでも、飲むか?」
「あ、はい」
慌てている。あの赤井が。
降谷は申し訳ない気持ちになった。
因縁の相手から急におかしな求愛をされたら、そりゃ、動揺する。
「…すみません」
「いや、うん」
赤井は、降谷と二人分のコーヒーを持って、その場のベンチに腰掛けた。
「ん」
差し出されたコーヒーを受け取ると、自然とその横に腰掛けるしかなくなった。
コーヒーはミルク入り。降谷の好み通りだ。
僕の事、少しは知ってくれてるんですね。優しいですね。罵倒して、気持ち悪いと突き放してくれて良いんですよ。
でも、このコーヒーを飲み終わるまでは、横に座っていたかった。
赤井、僕は、貴方のことを好きらしいんです。おかしいですよね。そんな甘い関係ではないのに。
でも、貴方との出会いからの全てを一つも忘れられないんです。
コーヒーが一口ごとに減っていく。降谷の幸せな片思いの残り時間も減っていく。
死ぬまで、ずっと心に秘めていたかった。自分にも誰かを愛する心があるのだと、こんな自分が愛するのだから、実にいい男に惚れたのだと。
出会いから、今日まで、赤井との日々は、慌ただしく、乱暴で、そして、輝いていた。どの場面の赤井も、降谷が恋焦がれても仕方ないくらいに、良い男だ。
忘れたく無いな。
初めから望みのない恋だが、失うことは辛かった。
コーヒーは残り少しだ。
赤井は優しいから、罵倒はしない。「すまない」とか何とか言ってくれるだろう。しかし、キッパリと拒絶される。期待をさせないよう、希望を残さないよう。
降谷の手から飲み終わった紙コップを赤井が取る。そして、自分のとまとめてゴミ箱へ捨てた。
優しくされると、まだ胸がキュンとする。
降谷は、懲りない自分に呆れた。
「お受けしよう」
振り返った赤井は、そう言った。
理解できなかった。
「はぁ?」
「君のプロポーズ。答えはイエスだ」
何を言っているのだ、この男は。
「とても良い提案だ。断る理由がない」
赤井は至って真面目にそう言った。
「君との人生は、楽しいことしかなさそうだ」
「う、お、いや、それは、お約束できませんが」
降谷は自分が愉快な人間だとは思わない。寧ろ、退屈な男だ。仕事ばかりで、遊びがない。
だが、何故か赤井は、ついぞ見せたことのない笑顔になった。
「勿論、君のことは好きだ。いい友人になれると思っていたが、もっと近しい仲になれるなら、より良い」
「ごめんなさい。やっぱり、無しで」
降谷は慌てて言った。
「すみません。僕も、思いがけず、こんなことになってしまって」
「思いがけず?本心でない?」
「いえ、そういうわけでは」
曖昧に誤魔化してみたが、降谷の好意はバレてしまっただろう。
「ほぉ」
赤井は顎に手をやり、思案顔になった。
「では、ずっと、黙って、俺が帰国しても知らんふりで連絡を途絶えさせるつもりだったか?」
「そんな、まさか。然るべきお礼をするつもりでした」
「俺は君と親しくなりたいと思っていた。こっちのチームを引き上げる時には、君と二人で酒を飲みたいと」
「え?ほ、本当ですか!」
そんな大イベントが用意されているのか?
降谷は、尻が浮き上がるほどに驚いた。
「公私共にいい付き合いをして」
「はい」
「君が結婚する時には、式に参列する」
「僕は結婚しません」
「だろうな」
自分で言ったくせに、赤井はあっさりと降谷の結婚はあり得ないと認めた。
「何かの奇跡が起こって、俺が結婚したとする。俺は君を招待する」
「…はい」
それは、想像してなかった。
「君は、アッシャーとして参加するんだぞ。バチェラーパーティはベガスだ」
「はい」
「大酒飲んで、二人でスリッパーと大はしゃぎして」
ストリッパー?降谷の想像はその辺で追いつかなくなった。
「でも、きっと、君と過ごしたくて、女は帰してしまう」
よかった。ストリッパーは想像から退場した。
「結局、そのまま二人で逃避行することになるだろうな」
「何でですか⁉︎」
降谷の想像はまたもやどこかへ行った。逃避行って、どこへ?
「仮定の話だ。俺も結婚には向いてない」
赤井は、話を逃避行どころかベガスの前まで戻した。
「今後、出会う誰かは、君より魅力的か?君より俺を分かってる?そんなわけない」
話は今現在の、ここの状況に戻っていた。
「今、ここで気付いてよかった」
赤井がにこっと笑う。降谷が知らない満面の笑みだった。だが、どこか、嘘臭い笑顔だ。
「お互い、結婚には向かないが、身元引受人だとでも思えば良い」
「あの、何か、僕に嘘吐いてません?それに僕らには恋愛関係はない」
「何故そう言いきれる?結婚を申し込んだんだ、愛があるんだろう?」
「愛?」
大袈裟な言葉に、降谷はたじろいだ。
「君がどうして俺への愛に目覚めたか、全く気がしれないが、俺が君を愛するなら理由は山ほどある」
赤井が手を差し伸べる。降谷は恐る恐るその手を取った。
「そのうち、熱烈な恋人になれるさ」
赤井は、座ったままの降谷の手をひっぱり立たせた。
「ほら、早くみんなに教えてやろう」
それから、手を引いて、足早に歩き出した。
「驚くぞ」
そのウキウキとした声。
これから、爆弾を落とされた仕事仲間や知人達が驚いて、ひっくり返るのが楽しみで仕方ないのた。
「なんだかなぁ。」
悪戯のネタにされただけの気がする。
でも、何かの間違いでも、結婚の約束をした。
この千載一遇の好機を無駄にはできない。
降谷は、緩みそうな精神を引き締め直し、このおかしな状況を楽しんでしまおうと、決めたのだった。
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