お花見爆弾魔

 封鎖した第二夢の森橋をUターンして、犯人の車が現場へ戻ってきた。
背後には、覆面と警邏パトカーを引き連れている。

「よし。行動開始だ」
『統括指揮より、特警CG(センタガード)へ。発砲を許可する』

急ハンドルを切った直線の先には、特警隊と残りのパトカーが道を封鎖していた。
四面楚歌になった犯人。

「──志原、撃て!」

野原の指揮で、勇磨がエアガンを何発か発砲した。
拳銃ではないし、撃ったのも実弾ではない。
が、それでもタイヤを破裂させるだけの威力は持っている。
弾はタイヤに命中し、バーストした犯人の車は派手に車体を振って止まった。
慌てて乗り捨て、並木の中へ走る。
特警隊は、それを見抜いていた。

「次、友江と高井!」

雛が先行し、二人は犯人が作戦のルートを外れないように威嚇する。
丸腰の犯人は、否応無しに奥へと逃げる。
その先で、更に特警隊員が待機しているのも知らずに。

「御影、そっち行ったよ!」
『了解』

先程の大きな桜の木の下で、御影は待っていた。
その周りは、非常線の黄色テープで道が塞がれている。
犯人が中へ踏み込む瞬間を見計り、彼女は手元の包みを放り投げた。

「哲君!」

御影が叫ぶと同時に、パトカー内の葉月はモバイルPCのエンターキーを押した。
すると包みは、犯人の足元で閃光と共に破裂した。
閃光の割に破裂の威力はとても小さかったが、逃走を止めるには十分だった。
仰天し、尻餅を付いて倒れこむ犯人。
それに追い着き、電磁警棒を構える雛。

「そこまでだ!」

開設早々にも関わらず、特警隊の連携プレーは上々の出来である。
が、犯人はそれで観念しなかった。

「うわぁぁぁっ!!」
「…!」

雄叫びと共に立ち上がり、雛に真っ直ぐ突進してきた。
彼女の左右は非常線で行き止まり、後ろは高井が居る。

「雛っ!!」
「友江!」
「──大丈夫」

雛は、怯む事無く大きく振るわれた腕を警棒で弾く。
そこからバチッと電流が爆ぜ、痺れた犯人の体勢が崩れた。
相手はヤケクソになり、反対の腕を遠心力で振り回し始める。
離れた所から勇磨が駆け出し、別な所から見ていた葉月も立ち上がった。
高井は狭い前方に雛が居るので、身動きが取れない。
御影は格闘が苦手なので、迂闊に近づけない。
四人の隊員は、一人で奮闘する雛を心配する。

確保対象の、最後の悪足掻き。
が、それも彼女には通じず。
何と雛は、警棒を握らぬ手で犯人の左肩をトンと掴み、上へ飛び上がった。
相手の腕を躱し、そのまま一回転をクルリやってのけ、見事背後へ着地。
一瞬で回り込んで背中を電撃で叩き、痺れている右腕を取った。
ようやく動けた高井と共に、対象の体を地面に伏せさせる。

「現時刻を持って、対象を確保!御影、手伝って」
「は…、はい」
「高井さん、足押さえててね」
「任せろ。こっちも拘束しとく」
「勇磨、無線で逮捕状と手錠の催促をお願い」
「もう隊長が飛ばした。少し待てってさ」

逮捕状を持った捜査員は、まだ到着していない。
目前で繰り広げられた雛の華麗さに、見惚れていた御影。
我に返ると、防弾ベストのポケットから慌てて捕縛縄を取り出した。


 日はとっぷりと暮れ、晴れて待機任務より解放された特警隊の面々。
各々のデスクで、帰りに調達した遅めの夕食にありついていた。
どれも割引シールが付いた弁当ばかりで、豪華とは無縁。
雛は、皆に買ってもらった桜スイーツを頬張っている。
思いがけないご褒美に、歓喜が止まらない。

「それにしても、最後の雛は凄かったわー!神業ってやつよね」
「俺も心配したんだが、無用だったみたいだな」
「やだなぁ、高井さんまで。本当にそんな事ないんだってば」

先刻から雛が話す言葉は、ずっとこればかりだ。
とうとう席を立つ。

「あ、お茶もう無いよ。わ、私、淹れてくるね」

口実を作り、そそくさと退散する。
無我夢中でやった結果で、ここまで褒めちぎられる覚えは無いらしい。
期間限定の桜スイーツを突然五種類も買ってもらえたのは、嬉しかったが。
勇磨は隣のデスクで小さくブツクサ言いながら、茶を啜っている。

「オレだって心配したさ。でも、雛は接近戦が得意だし」

あの時。
急いで駆けつけたは良いが、彼女の凛々しい姿に見惚れてボケッとしていた。
…なんて、相棒として言えやしない。
ましてや、御影の前では特に。
新たにプラスして、課長の正之助にも。

「ん?何か言ったかしら、志原巡査ぁ」
「な…!」

当の御影に揶揄されて、勇磨はむせ返った。

「べ、別に。事件が無事解決して良かった、とだなぁ」
「ふーん。……玉子焼きもーらい!」

赤面して顔を逸らした隙を狙って、御影が斜め向かいの席からフォークを突き出してきた。
それを箸で防ぐ。
勇磨は引きつる笑みで返した。

「甘いな蔵間。毎回毎回、そう易々と奪われるオレじゃないぞ」
「あ、そう…」

引き下がるフリをしながら、御影は雛が戻ってこないのを確認した。
ジトッとした目で勇磨を一瞥する。

「アンタ、ひょっとして雛に惚れたんじゃないの?」
「ば…っ!!?」
「隙有り!」

鋭いその一言で、警戒は解ける。
玉子焼きは奪われた。

「あ゛!」
「へっへーん。いっただきまーす」
「蔵間!お前、許さんからな!!」
「志原のおかずにまで手出しして。蔵間、やっぱり飯足りてないんだろう?」
「別に、そんなんじゃないわよ」
「いいから、ほら。半分食え」
「あら。高井さんってば、優しい」
「…オレ、雛を手伝ってくるわ」

御影の変わり身振りに、見事完敗した勇磨。
席を立ち、すごすごと隊員室を後にした。


 給湯室では、雛が立ったまま壁にもたれて船を扱いでいた。
笛吹きケトルが、やかましく音を立てている。
勇磨が覗き込んだ位置からは、彼女が死角になっていたようだ。

「あれ、雛?やかん──」
「えっ!?…いけない、寝ちゃってた!」

飛び起き、慌ててガスコンロの火をを止めた雛。
心配そうな相棒の顔に、苦笑いで誤魔化した。

「大丈夫か、雛?」
「うん、大丈夫だよ。お腹一杯になったら、眠くなっちゃって駄目だね」
「疲れたんだろ?早く帰って休めよ」
「ううん、疲れたのは皆一緒だよ。それに、おじ…課長も残ってるし」

ね、と微笑む雛。
その顔をまともに見られない勇磨。

「そうかも知れんが。無理するなよ?」
「うん。有難う、心配してくれて」
「え゛!?い、いや。気にするな」

先刻の御影の一言が、ここまで尾を引いているとは。

「ひーいなっ!」
「わっ!!」
「うわぁっ!!?」

突然現れた御影に二人は驚いた。

「雛、開発室でお茶しない?」
「え、これから?」
「バカ言うな、雛は疲れてるんだぞ!」
「バカにバカ呼ばわりされる筋合いは無いわ。雛、課長は『事後報告の会議があるから、今夜は泊り込みだ』って言ってたわよ?」
「そうなの?」
「だから、誰がバカだと…」

一名だけ話が噛み合ってない。

「高井さん帰っちゃうって言うから、アンタも誘ってあげるわよ!仕方ないわね」
「仕方ないって何だ!」
「うーん…。じゃぁ、ちょっとだけだよ?」
「おい蔵間!雛もこんな奴に付き合うなよ」
「やったぁ♪それじゃ、先に行ってるから~」

鼻歌交じりで、御影はさっさと行ってしまった。
雛は苦笑している。

「蔵間のヤツ。覚えとけよ…」
「本当に御影は元気だね」
「アイツは現場に居た時から、ずっとあの調子だっつーの」


爆発物処理班が撤退すると報告しにきた時から、その後の事。
外して解体済の爆弾を一通り見せてもらって、一言。

「発破部分、もう凍結しちゃいました?」
「いいえ。今回は全部バラバラなので、凍結処理はしていません。火薬の無効化封印処理は、これから行います」
「ねぇ。火薬、少し残してってもらえないかしら?」
「えっ?」
「良い事思いついたの。野原隊長っ!」

それは、天使の顔をした悪魔の囁きの如く。
彼女の思いがけない提案に、皆は驚いた。

「お前、本気で考えてるのか!?」
「勿論本気よ。あたし、危険物取扱いの免許揃って持ってるし」
「それにしても、こんな所で大丈夫なのか?」
詰め寄る高井に、御影はケロッとして答える。
「だから、ほんの少しなんだってば」
「でも、危ないんじゃ…」

雛が不安げに尋ね、葉月もそうだと頷く。

「心配してくれてるのね。ありがと雛♪あ、哲君も」
「確かに『その手』はあるだろうけど、隊長が許可してくれないんじゃないか?」
「その手、って?」

勇磨が怪訝な顔をする横で、雛が聞いた。

「ん?…あぁ」
「あのね。この火薬はほんの少しだと、花火よりも爆発の威力が小さいのよ。それを逃走阻止の手段に使えないか、と」
「そうそう。音や火花は派手かも知れないけど、見掛け倒し程度なんだよな」
「良くご存知ですね」
「蔵間(コイツ)に教わったッス」
「あたし、実家が花火工場なのよ。火薬の知識なら爆処に負けないわ」
「成程。それを何かに入れて、GPS用のマーカーを細工して仕込めば…遠隔操作の発破が出来ますね」
「でしょ?面白いのよ」

葉月がポンと手を打った。
御影が嬉しそうに頷く。
爆処の班長も、興味津々で話を聞いている。

「あれだけの量なら、相手は木だし火事になるわ。丸焦げ一本程度で済めば良いけど」
「そうですね。爆発する前に処理出来て良かったです」

犯人は挑発した特警隊が来る前に、捜査員により一般人と共に退去させられていた。
それにより、遠隔が可能な範囲から更に離れてしまった為、爆弾が使えなかったらしい。

「へぇ…。そんなに威力が大きい爆弾、だったんだ」

説明を聞いて、雛の背筋が凍った。
知らなかったとは言え、そんな物騒な物を探してたとは。
野原の表情だけは、一貫して変わっていない。

「だが、火薬の量を間違えると大変な事になる」
「それは大丈夫です。志原」
「おう」

御影に呼ばれて、勇磨はパトカーのトランクから大きい工具箱を持ってきた。
片手で抱え、右手の指でトントンと箱を叩く。

「これには対化学用の七つ道具が入ってます。勿論、携帯用の量りや何かも全部。オレも免許持ってるッス」
「それに、爆処の“花火外し職人”の手を借りれたら。鬼に金棒だわ」
「お手伝い、お願い出来ないッスか?」
「自分らは構いませんよ。面白そうですし」
「面白そうって……」

どちらかと言えば、『大魔王に地獄の首切り鎌』の方が似合いそうな気がする雰囲気だ。
それを「面白そう」と言ってしまう爆処班長も、きっと只者ではない。

「どうでしょうか、隊長?」
「うーん…」

野原は腕組みをして唸る。
特別警察の名に相応しい特例措置を、存分に発揮出来るチャンスではある。
しかし失敗した時の被害は、特に人的損害はどうするのだ?
一人では決めかねるような内容だが、特警指揮の腕章が、委ねられた現場権限が「早く決めろ」と拍車をかける。
仕方ないが、ここは御影の案に賭けてみる事にした。
言っておくが、面白いとは思えないし全然乗り気でもない。

「少し気がかりだが、蔵間の意見を取り入れてみるか」
「有難う御座います!流石隊長、分かってらっしゃる」
「但し。これが失敗したら、減俸処分だけじゃ済まないぞ。覚悟してかかれ」
「…はい」


隊員室にお茶入りのポットを届けて、開発室へ向かう二人。

「勇磨も化学強いんだね。格好良かったよ」
「え!?ま、マジ?」
「うん。私、理数系ってあまり得意じゃないから、強い人って羨ましいな」

強いのに可愛い相棒に褒められ、勇磨の鼻の下が伸びる。
一目惚れした女の子に認めてもらえるなんて。
平和な町の交番勤務から異動して、畑違いなのを懸命に頑張ってきた甲斐があったというもの。
開発室の使用権利主張も含めて。

「いや。オレは雛の方が、スゴイと思うけどな」
「え?」
「常に機敏だし格闘は強いし、しかも臨機応変。オレには真似出来ない」
「そんな事ないよ。それに、あれから見事に発破を完成させちゃった御影の方が、ずっと凄いと思うの」
「確かに、アイツは普通じゃない。悪魔だ」

通常勤務の警察官では出来そうも無い事を、やってのける。
「特警隊だから」でそのまま通せてしまう特権や実力を、『持っている』だけではない。
御影の場合は個性の十八番(おはこ)が加わって、更に逸脱していくのだと推測される。
だが、どことなく憎めない…
そこが彼女の良いところかも知れない。

「あー、それ御影に言ってやろう」
「言うな!今度シュークリーム買ってやるから!!」
「冗談だよ。でも、シュークリームは楽しみにしてるね」
「おう、それならパフェにしよう。何処のが一番美味しいんだっけな」

そう言って、開発室のドアを開けると──

「あら。遅かったじゃないの、お二人しゃん♪」
「御影酔ってる!?」
「蔵間お前、何飲んだ!?」
「何って…。花見酒をちょっと、味見してただけよぉ」

中に入ると、焼酎の空き瓶が一本転がっていた。

「…げ」
「ちょっと、御影!お茶じゃなかったの!?」
「いーじゃなぁい、今夜は非番になったんだしぃ~」

強引に引き込む。
すっかり出来上がってる御影は、三人分の湯飲みへ焼酎を注ぎ始めた。

「これ美味しいのよ?…あ、おつまみもちゃんと用意してあるから」
「そうじゃなくて」
「蔵間、てめぇー!!」


 翌日、隊員室では二日酔いに苦しむ御影と勇磨の姿があった。

「頭痛ぇ…」
「気持ち悪い…」

二人に負けない位呑まされた筈の雛は、何故か元気だった。
彼らの耳元で、わざと大きな声を出す。

「ほら、朝のパトロール行くよー!」
「いてて…、そんなに声出さんでも聞こえてるって。…痛ぇ」
「雛、勘弁してよぉ…」

朝の日差しと雛の元気は、二人には少々苦痛のようだ。

■『お花見爆弾魔』終■
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