お花見爆弾魔

 『統括指揮より現場捜索中の各員へ。これまでの犯行からして、犯人は幹の上部に爆弾を仕掛けている。見辛いとは思うが良く探せ』

第一夢の森橋が架かっている、夢の森埋立地側河川敷。
対岸となる第三夢の島埋立地の河川敷には、桜の木は一本も無い。
それでも万が一の事を考慮し、台場署の面々が非常線を張ってくれていた。
それを背にして爆弾を探す雛達へ、正之助の声が届く。

『各自、不審物発見時は直ちに報告されたし。以上』
「特警1、了解!」
「…ふぅ」
「見付からないね」

署を出発して、既に三十分が経過。
夢の森の近くに居合わせた本庁の捜査員も加わり、人員は当初より増えた。
しかし実際は、一般人の退去に数人が削られている。
捜索する頭数は、決して多くない。

『特警指揮より、現場捜索中の各員へ』

今度は野原の声だ。
彼は雛の近くに居るが、指揮車から離れられないままだ。
続々と報告と指示を乞う連絡無線が飛んでくるわ、容赦なくデータの大群が送られてくるわで処理に忙しい。
車載端末では容量が足りなくなり、簡易指揮用のノートPCセットまで駆使して手が足りなさそうである。

『開発局より連絡有り。写真の木と各並木道の木の種類が合致したが、特定にはもう暫く時間がかかるとの事。各自厳重に警戒されたし』
「雛ぁ、そっちどうだ?」
「全然だよ」

勇磨と何度目かの合流。
雛はずり下がったヘルメットを整えて、溜息を一つ零した。

「重いメット被ってるし、首痛くなりそうだね。勇磨の方は?」
「同じだ。こんなに満開なのに、仕事とはなぁ」
「そうだね。きっと御影も、同じ事考えてるんだろうな…」
「雛もさ。こんなに満開の下で限定の桜スイーツ食べたら、美味さ倍増すると思わないか?」
「……美味しそう」

意識が仕事から傾きかけた。
危険と紙一重の現場で、余裕かましている場合ではない。
ハッと我に返り、雛は懸命に捜索へ再集中する。

「今度は、オレがこっち探す。雛は向こうを頼んだ」
「了解」

やっと来た桜の下なのに、『物騒な爆弾探し』とは。
何と皮肉な事か。
雛は埋立地の向こうに居る、親友の事を想った。


 第二夢の森橋でも、捜索は本格的に始まっている。
対岸の中央防波堤は、老朽化改善と再開発の工事が何年も続いている。
橋の周辺は第九機動隊が、作業員の退避誘導と非常線の展開を行ってくれていた。

「こっちは、一般客が多いわね。雛んトコはとっくに退去終わってるって聞いたのに」
「台場署の手まで借りて、地域課が精一杯やってるさ」
「人手、全然足りてないじゃない。何とかならないのかしら?」
「広域支援で答えてくれた他の署は、検問と交通規制やってる。後は聞き込みとか」

夢の森署は所轄が狭い上、機能の殆どは特警隊重視で成り立っている。
基本的には台場の分署扱いになっているので、人手も然程多くない。

「俺達は爆弾探しに集中出来るだけ、皆よりマシだろう」
「でもさぁ。橋の向こうは再開発地区で殺風景だってのに、どうしてこっちに集中してるのかしら?」
「そうだな」
「高井さん、知らない?」
「俺にも分からん」

御影の言う通りだった。
第二の方は花見客が多く、退去に手間取っている。

「あー!目の前でこんなに綺麗に咲いてるのに、何であたしたちはお花見出来ないのよ!?」
「大きい声で言うな。マスコミも来てるんだ、聞こえてたらヤバいぞ」

雛の予想は的中していた。
更に、上司までも同じ事を考えていたらしい。

『特警指揮より特警2へ。ちゃんと探してるか?特に蔵間』
「はーい。ちゃんと探してますよ、隊長」
「未だ見付かってませんが」
『気を抜くなよ。爆弾以外の危険も潜んでいるかも知れん』
「発足したてな部署の隊員なんか狙って。犯人は何がしたいのよ?全く解らないわ」
「同意だ」
『それが解れば苦労はしないな』
「…本当、あたし達が何したっていうのよ」

そう言いながらトボトボと移動した、その時である。
一際大きな桜の木が、二人の目に入った。

「うわぁ…」
「凄いな」

大きく枝を広げ鎮座しているその様は、特別な存在にも見える。
花見客が多いのは、恐らくこの木を見る為なのだ。

「…ん?」

高井からの視点は、何か引っかかりを感じた。
即座にポケットから写真のコピーを取り出して、目前の風景と見比べる。

「これか!」
「え?」

御影が振り返る。
彼の直感を証明するように、葉月の割り込み無線が入った。

『特警FB(フルバック)より、現場の各員へ!写真の木の特定に成功、場所は第二夢の森橋の並木です!!』
「聞こえるか葉月、高井だ。それって、一番大きな木か?」
『そうです高井さん!幹の部分、何か見えませんか?』
「…見付けたわ!小型のプラスチック爆弾が、テープで幹に巻き付けてある!!」

双眼鏡を覗いていた御影が、一早く発見した。
彼女が指差すのは、太い幹の上方。
高井は、それが稼動中であるのを慎重に確認しながら、インカムに手を添える。

「特警2、高井より各員へ。たった今、問題の木と爆弾を確認した!付近の全捜査員は、一般人の退去を急いでくれ」
『統括指揮より特警2、もう少しでそっちへ爆処が到着する。無理だけはするな!各員で手空きの者は急行し、非常線を張れ』
『捜査指揮、了解』
『こちら特警1!高井さん、私達も隊長と今から急行するね!!』
『特警2は、双方木から離れて待機。くれぐれも近づくなよ』

無線の声は、どれも焦っている。
現場は一転して、空気が張り詰めた。
捜査員が一斉に走り出す。

「蔵間。危ないから下がっていろ」
「高井さんだって。盾持ってないじゃない」
「…車から持ってくる。蔵間は木に近づくんじゃないぞ」
「分かってるわ」

高井に制された御影は一緒に退避すると、もう一度大きな桜の木と爆弾を見直す。
何かを考え始めた。

「…」
「盾持ってきたぞ。隠れてろ、ほら」

考え事に集中している彼女を、無理矢理自分の背後へ追いやる高井。
盾を構え、これからの事を考えながら応援を待つ。

「高井さん、もっと屈まないと。体がはみ出してるわよ?」
「盾が小さいんだよ。大盾申請しないとな」
「帰ったら本部へ送っとくわ。ついでに強化もしなくちゃ」
「…重くなるから変にイジるな」
「何よそれ。あたしは高井さんの事、心配してるのに」

目の前で頑張って丸くなる大きな背中へ、御影はそっと温もりを求める。
特警隊による、犯人への逆襲が始まろうとしていた。


 特警隊のパトカーが現場に到着した。
雛達が走ってくる。

「御影、高井さん!!」
「雛っ、見てよあれ!」

御影達は盾に隠れながらの現状確認を諦め、木から更に距離を取っていた。
新たに張られた非常線の中を指差す。

「ね、大きいでしょ。すごく綺麗じゃない?」
「本当だ。他の木と、全然違う」
「おわぁ…。何だかエライ事になってるな」
「志原も、あまり近づくなよ」

運転役だった勇磨も降りてきて、ポツリと呟く。
問題の木は、爆発物処理班が周りを囲んで作業を開始したところだ。
一般客は既に退去していて、一部の捜査員も車へ戻り始めていた。

「何だか、木が可哀想だね」
「そうだな」
「大丈夫よ。あの爆処班は優秀だから」
「うん…」

そうは言っても、固唾を呑んで見守る御影。
雛が木から振り返ると、次いで現着した葉月が高井と何か打ち合わせをしていた。
その場に居た野原と、目が合う。
野原は手招きした。

「勇磨、御影。隊長が『おいで』って」
「ん?」
「何だろ?」

特警隊の活躍は、これで終わりではないらしい。
野原は三人を見渡す。

「お呼びですか、隊長?」
「うむ。次の一仕事、だ」
「?」
「蔵間の言う、憎き犯人をさっさと確保しちまおう」
「被疑者の特定、出来たんですか!?」
「ん。奴さん、先刻までここに居たんだ」
「一般人の退去に回った捜査員が、明らかに不審な男を見付けたんだ。今もちゃんと尾行してる」
「へぇ…」
「手配が早いな」

御影の顔が輝いた。
雛と勇磨が感心したところへ、葉月が声を掛ける。

「野原隊長、現在の包囲網と犯人の顔写真が届きました!」
「おぅ」

パトカーに駆け寄り、車載パソコンを覗き込む一同。

「この男が犯人だ。外見では不審物の所持は確認出来なかったらしいが、隠し持ってるだろうな」
「逃走経路は封鎖に成功、順調ですね。これじゃ、もうじきこっちに戻ってきますよ」
「それは好都合ッス!」
「という事は…」
「とうとう灸を据える時がきたのね」

突然舞い降りた逆襲のチャンスに、御影と勇磨の心は躍りだす。
この二人がやる気になると、目が途端にキラキラしだすので解り易い。
「待ってました」と態度が語っている二人に対し、それぞれの相棒は犯人と任務の行く末を案じた。
今日も大変だ、と。
そこへ更に、二人が興味津々の爆発物処理班が通りかかる。

「爆発物の処理、及び証拠押収を完了しました」
「有難うございます。鑑定結果受取は特警隊本部の捜査員が伺います」
「了解です。我々は撤収しますが、宜しいですか?」
「──ちょっと待って!」

爆処班長を止めたのは御影だった。
何故か勇磨の首根っこを掴んで、無理矢理振り向かせる。

「な…!?」
「爆処さん。外した物、見せてもらっても良いですか?」
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