腐赤(ふせき)と絆の始まりは

 夢の森第五特警隊が本格的に機能し始めてから、一週間経つ。
基本的なデスクワークにも慣れ、管轄内の巡回警邏も始まった。
そんなある日、場所は隊員室──
すっかり装備開発室『常駐』メンバー状態の、御影と勇磨。
パトロール後の一服中だが、何故かデスクには居ない。
この二人が隊員室で何かしている事自体、珍しい場景と化していた。
…否。
本来は、これが当たり前なのである。
装備開発の専属班として配属されているならともかく、突入班がメインの仕事なのだ。
尚の事ちゃんと自席で待機しなければ、有事に即応出来ないではないか。

「報告書集めるよー」

二人がボケっと座っている応接セットへやってきたのは、勇磨の相棒に決まった雛。
他の隊はお下がり備品で揃えているのに、新品で用意してもらった物がこんな使い方しかされていないとは…
四隊の隊長達が聞いたら、雷が立て続けに落ち説教の嵐も吹き荒れると思う。

「御影、ちゃんと書いた?志原さんも」
「モチロンよ雛。当番ご苦労様♪」

彼女は、御影の大事な親友だ。
「今日も可愛いわよ」なんておだてながら、にこやかに二人分の書類を手渡す。

「あたしも志原も、相棒がシッカリしてるから書類も作り易いのよ。ね、おバカな志原巡査?」
「だから。誰がバカだと何度言ったら…」
「悔しかったら、弾の良い案出してみなさいよ」
「そう言う蔵間こそ、全然思いつかないくせに!」

ここ数日の二人は、事ある毎にこんな調子である。

「弾って、エアガンのでしょ?」
「うん」
「『開発始める』って言って、もう何日か経つのに。まだ決まってなかったんだ」
「そうなのよ雛。大抵思いついた中身は、他の隊でもう作っちゃってたし」
「本庁の装備開発課でも試作やってるから、大体は出尽くした感じがあるしなぁ」
「…それじゃ駄目なんだ」

エアガンの採用を決めたのは第五隊だけなので、開発のやり甲斐がある。
…などと豪語していた二人だが、それも長くは続かなかったようだ。

「折角ウチでも開発出来るんだから、他の隊がビックリするような物作りたいのよね」
「オレ達のオリジナリティ溢れる傑作、だよな。友江巡査は、何か面白そうなアイデア無い?」
「え…わ、私!?」

突然そう振られても、と雛は考え込む。

「志原。アンタ、まだ雛をそんな風に呼んでるの?」
「ハ?警察官同士なんだし、別に普通だろ」

名前の呼び方まで指図されたくはない、と勇磨は突っ跳ねた。
御影達より年上な分、勤続年数だって長い。
たかが一・二年分でも、先輩としての威厳は見せつけたいところ。

「あのね。それじゃ、パートナーなのに堅苦しいじゃない」
「へ?」
「確かに…。御影の言う通りかも」
「そんなんじゃ、現場で命預けあえるのは大分かかりそうね」

特警隊の任務は一般的な警察官よりも特殊で、遥かにリスクが大きい。
そんな中でのコンビの相性は、互いの保身にも関わってくる。
御影にとって無二の友が、不憫でならないと心配していたのだ。

「悪かったな。蔵間は親友で色々知ってるから気にならんだろうが、オレは違うんだぞ?」

『一目惚れした身じゃ特に』なんて、勇磨は口が裂けても言えない。
特に、このテーブルを挟んだ向かいに座る眼鏡女にだけは、そんな事知られたくない。
一生バカにされてしまいそう…
いや、されるに決まっている。

「あ、そう。でも、課長と同じ苗字って呼びにくくない?」
「階級は違うんだ。高井さんや隊長だって苗字で呼んでるんだし、別に…」
「ふーん」

冷めた目でジロリと睨む御影。
勇磨はたじろぐ。

「な、何だよ!?」
「これで雛に何かあったら、あんたを一生許さないからね」
「な…」
「御影ってば。私達は、きっと大丈夫だよ」

心配は有難いのだが。
相棒に変なプレッシャーをかけてしまったようで、気が引ける雛だった。


 「これだわ!!」

話は、突然の方向転換を余儀なくされた。
この大声と共に、御影はテレビの画面を凝視したまま、勢い良く立ち上がった。
傍に居た二人の目が丸くなる。

「な、何だ!?」
「ど、どうしたの御影!?」
「どうした蔵間?」

植木鉢の向こうにあるデスクでも、御影の相棒である高井が驚いた。
椅子ごとクルリと振り向く。

「これよ、これなら凄いの作れるっ!!」
「…これ?」
「これぇ!?」
「どれ?」

興奮する御影以外の三人の声がハモる。
テレビの画面には、栽培に失敗したらしいトマト畑の映像が映っていた。

「うわぁ。勿体無いね」
「あぁ。今年の春は異常気象だって言ってたからな、これじゃ農家も大打撃だろう」
「コンビニや購買の野菜サンドとかサラダカップ、値上がりしそうッスね」
「食堂のランチプレートも、中身変わるかも。大事に食べないと」
「で、これがどうしたって?」

勇磨の問いに、御影はフフフと怪しい笑みを浮かべる。
早々と成功を確信した彼女の右手は、力強く握られていた。

「これを使うのよ。エアガンの弾に」
「弾にぃ!?」
「??」

彼女の企みを逸早く理解したのは、相棒ではなく勇磨であった。
開発に携わらない残りの二人は、いまいちピンと来ない。

「どうやって?」
「これって、あの腐ったトマトをか?」
「…そうみたいッス」
「早速、開発始めなくちゃ。隊長、野原隊長ーっ!」

呼ばれて課長室から出てきたのは、野原。
不可解な三人を残し、御影はやる気満々で行動を開始した。

「何だ?突然騒がしくなったが」
「隊長、外出許可下さいっ!」
「――何故?」
「装備開発に必要な材料を、調達しに行きます」

野原の返答に、間が少し空く。
特例を隊長権限で無視して、「駄目」と突っ張るべきか迷った。

「……申請用紙、ちゃんと書いたらな」
「やったー♪」
「何だか知らんが、まだ準待機中だし早く帰ってこいよ」
「勿論です!」
「今度は何をやらかすつもりだ?」
「あらいやだ。『やらかす』なんてとんでもないですわ。オホホ」
「…」

野原は訝しげな顔で、許可の申請書を取り出し手渡す。

「で、何処行くんだ?」
「ちょっと、都内の農家へ。近場ですけど、ミニパト借りますね」
「勝手な緊急走行は出来んぞ」
「もう。隊長ったら、そんなんじゃないですって。ついでに対テロ防犯のチラシ、配ってきますから」

奇跡的な速さで丁重に書き上げたそれは、数分後に『許可』の判子が押されてあった。


 「本当に使う気か、そんな物…」

短時間の内に、この質問を何回繰り返しただろう。
隊専用駐車場で、一人意気揚々とミニパトのトランクを開けた御影。
勇磨は、開発室から持ってきた密閉容器を幾つか手渡す。

「そうよ。帰ってきたら、志原も手伝ってよね」
「何でオレが」
「完成すれば、アンタも使うからでしょうが」
「んなモン、勝手に決めるな!」
「何だか良く分からないけど。気をつけてね、御影」
「うん。雛には、お土産買ってきてあげるわ!」
「あ…、うん」

御影は機嫌良くトランクの扉を閉めて乗り込み、出発した。

「あまり遠くへ行くなよ。夕方の渋滞に巻き込まれるぞ」
「大丈夫、二時間位で帰るから。じゃ、行ってきまーす!」

勇磨と雛は、ミニパトが正門を走り去るまで見送った。
そして、思わず溜息が漏れる。

「御影、何だか楽しそう」
「羨ましい?」
「ちょっとだけ、ですけど」
「オレは…、後が怖いな」

先に勇磨が外階段を上り、雛も後についていく。

「先刻の話、だけどさ」
「はい?」
「別に蔵間に言われたから、とかじゃないけど。これからは、オレにもタメ口で構わないよ」
「え…」
「苗字じゃなくて、名前呼び捨てで良いから」
「そんな。志原さんの方が──」
「ゆうま」

照れを隠す為、前を向いたままで勇磨が言った。
「二歳も年上なのに」と続く筈だった、雛の声を遮る。

「オレ達はパートナーになったんだ。変な遠慮とかしなくて良いよ」

足を止め、雛に振り向くと不器用な笑顔を作る。
素直に出てこなかったのは、やはり一目惚れ故の弱みか。

「有難う」

雛は優しく微笑んだ。
手を差し出す。

「それじゃ改めて。宜しくね、勇磨」
「こっちこそ…。宜しくな」

赤面を隠して握った手は、柔らかくて小さくて暖かい。
女子の手は、こうも可愛げなものだったか。

「あ。私の事も、タメ口の呼び捨てで良いから!」
「お…おう」

すぐには名を呼べない勇磨であった。
2/4ページ