星の礎
「――課長。第五隊全員、当直待機に入りました」
夕方五時を回った、課長室。
書類を片手に野原が入ってきた。
「うむ。こっちも、八王子の第四より引継ぎを完了した。初宿直だな」
「そうですね。始動日前日は徹夜でしたが」
「あぁ…、あれは大変だったなぁ。大事(おおごと)にならないで良かったよ」
真新しい机の上に、場違いのように傷んだ一冊のファイルが置いてある。
野原にも見覚えがある物だ。
「…今日も調べてたんですか?」
「野原君がシッカリやってくれているお陰で、私は暇だからね」
正之助は、サイドボードで茶を淹れている。
大ベテランだからなのか、緊張はない様子。
野原はそれが、少し羨ましく思えた。
「俺はまだまだですよ。誠太さんの方が向いてましたから」
「そうかい?」
「はい」
野原はファイルを見つめ、寂しそうな溜息を零した。
苦笑に失敗してしまった彼へ、正之助は茶を勧める。
共に応接ソファーへ座り、温かい湯呑を手渡した。
「私だって、あの事件に立ち向かう為の場所と力を揃えたに過ぎないよ。職権乱用もいいところだ」
「そう思っているのは、きっと課長だけじゃありません。他の隊の長達も、背負っているのは同じ筈です」
隊長職は全員『先駆隊残党』と呼ばれる、元準備室メンバーだ。
当然事件も後悔も、知らない訳がない。
「ここは、あの事件のような犯罪に『立ち向かう為の意思』が集まった部門ですから」
「そうだったな。相変わらず、君は優しいね」
「優しかったのは瞬菜さんですよ。…そして、彼女の娘も」
「野原君、もう一人居るんじゃないか?」
「アイツは……」
野原はそこまで言うと、残りは茶を啜って照れを誤魔化した。
その様子を、正之助は「素直じゃない」と苦笑しながら見ている。
「ウチも他に負けず、あの子達から裏方まで《光るもの》を持った良い者が集まったよ」
「刑事課や他のパイプも、良いものが築けたみたいじゃないですか」
「うむ。…私の仕事は、『意思が力を失わず、元気に帰れる場所を確保してやる事』だからな」
「課長。大長としての仕事は、それだけじゃありませんよ?」
「んん?」
「お茶、ご馳走様でした。湯呑は給湯室へ片付けておきます」
「え?…あぁ」
正之助は、話が続くとばかり思っていたのだが…
向かいに座っていた第五隊長は立ち上がり、意表を突かれる。
彼の手には、空の湯飲みが握られていた。
「それは、『意思を貫き通す為の力と気概を、しっかりと持たせてあげる事』ですよ。長達は、この手伝いをするのが仕事です」
野原はスッと敬礼し、課長室を後にした。
目を丸くした大長だけが残される。
「…それって、誠太の受け売りじゃないか」
野原の台詞は、正之助の息子が生前話していた事である。
少し微笑んで、ファイルを引き出しに仕舞い茶を啜った。
……この時。
後にその事件と再び対峙する時が来る事も、それが全ての隊を巻き込む事も、正之助達が知る良しもない。
■第二話『星の礎』 終わり■
夕方五時を回った、課長室。
書類を片手に野原が入ってきた。
「うむ。こっちも、八王子の第四より引継ぎを完了した。初宿直だな」
「そうですね。始動日前日は徹夜でしたが」
「あぁ…、あれは大変だったなぁ。大事(おおごと)にならないで良かったよ」
真新しい机の上に、場違いのように傷んだ一冊のファイルが置いてある。
野原にも見覚えがある物だ。
「…今日も調べてたんですか?」
「野原君がシッカリやってくれているお陰で、私は暇だからね」
正之助は、サイドボードで茶を淹れている。
大ベテランだからなのか、緊張はない様子。
野原はそれが、少し羨ましく思えた。
「俺はまだまだですよ。誠太さんの方が向いてましたから」
「そうかい?」
「はい」
野原はファイルを見つめ、寂しそうな溜息を零した。
苦笑に失敗してしまった彼へ、正之助は茶を勧める。
共に応接ソファーへ座り、温かい湯呑を手渡した。
「私だって、あの事件に立ち向かう為の場所と力を揃えたに過ぎないよ。職権乱用もいいところだ」
「そう思っているのは、きっと課長だけじゃありません。他の隊の長達も、背負っているのは同じ筈です」
隊長職は全員『先駆隊残党』と呼ばれる、元準備室メンバーだ。
当然事件も後悔も、知らない訳がない。
「ここは、あの事件のような犯罪に『立ち向かう為の意思』が集まった部門ですから」
「そうだったな。相変わらず、君は優しいね」
「優しかったのは瞬菜さんですよ。…そして、彼女の娘も」
「野原君、もう一人居るんじゃないか?」
「アイツは……」
野原はそこまで言うと、残りは茶を啜って照れを誤魔化した。
その様子を、正之助は「素直じゃない」と苦笑しながら見ている。
「ウチも他に負けず、あの子達から裏方まで《光るもの》を持った良い者が集まったよ」
「刑事課や他のパイプも、良いものが築けたみたいじゃないですか」
「うむ。…私の仕事は、『意思が力を失わず、元気に帰れる場所を確保してやる事』だからな」
「課長。大長としての仕事は、それだけじゃありませんよ?」
「んん?」
「お茶、ご馳走様でした。湯呑は給湯室へ片付けておきます」
「え?…あぁ」
正之助は、話が続くとばかり思っていたのだが…
向かいに座っていた第五隊長は立ち上がり、意表を突かれる。
彼の手には、空の湯飲みが握られていた。
「それは、『意思を貫き通す為の力と気概を、しっかりと持たせてあげる事』ですよ。長達は、この手伝いをするのが仕事です」
野原はスッと敬礼し、課長室を後にした。
目を丸くした大長だけが残される。
「…それって、誠太の受け売りじゃないか」
野原の台詞は、正之助の息子が生前話していた事である。
少し微笑んで、ファイルを引き出しに仕舞い茶を啜った。
……この時。
後にその事件と再び対峙する時が来る事も、それが全ての隊を巻き込む事も、正之助達が知る良しもない。
■第二話『星の礎』 終わり■
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