星の礎

 皆が署内へ戻り、着替えを済ませる。
野原は歩きながら、インカムを通して無線で話し合っていた。

「──これで判っただろう、俺達だってまともに戦えるんだと。……そうだ」

長の後姿を見つけた雛だったが、声はかけず様子を観察する。
相手が誰なのかは解らないが、少々怒気が含まれている。
前日も無線で第二隊からの支援があると聞いて、彼は「嬉しい」とは真逆の感想を漏らしていた。
他の隊と仲が良くないとしたら、大きな事件になった時の連携は大丈夫なのだろうか。

(何処の隊長だろう。出動の時とは違う人なのかな?)
「お前は、そっちの隊を心配しろって言ってるだろう」
(本気で怒ってる感じでは、なさそうだけど…)
「お前だって、俺の事を言える立場か?…腕?怪我の具合は悪くない、見てて判らなかったのか」

…そう言えば。
演習が終わって彼が袖を捲り上げた時に、大きな痣があるのを一瞬だけ見た。
そして、何かを気にしているように思えたのだ。

「こっちはもう大丈夫だ、早く帰れ。貰った情報で何とかなる……あぁ、気を付けてな」

通話が終わったのか、インカムを耳から外して面倒そうに溜息を吐く野原。
話しかけても大丈夫そうだ、と雛は距離を縮めた。
背後からの足音に、彼も振り返る。

「野原隊長っ」
「…友江か。どうした?」
「あの、一つ聞いても良いですか?」
「ん」

入室したオフィスは、ガランとしている。
雛と野原の二人きりしか戻っていない。

「右腕の痣…。どうしたのかな、って」
「あぁ、これか」

そう言って、制服の上から右上腕をポンポンと叩く。
これを見た雛が大丈夫かと不安そうに慌てるので、仕方なく擦り直した。

「これでも、だいぶ薄くなったんだが。良く気付いたな」
「勤務中の怪我ですか?」
「ん。――お前さんも知ってる、《例の事件》の時だ」
「…まさか」

雛の表情が変わった。

「これ以上は、聞かない方が良い」
「いいえ!教えて下さい!!」

野原の昔話は、彼とは違う形でそれに関係する雛にも、辛い内容なのだ。
正之助に怒られるのは構わないが、彼女がその所為で体調を崩す事があったら大変である。
気遣って止めようとしたが、彼女の瞳はそれを望んでいない。

「そうか…」

一拍置いて、話を始めた。

「あの時。お前さんの両親…瞬菜(ときな)さんは誠太さんと組んでいて、捜査員と一緒に動いていた。俺は、もう一人の隊員と一緒だった」
「それで?」
「誠太さんが警邏中に不審な車を見つけて、俺達も合流した」

当時。
都内の警察署に爆弾が送り付けられたり、職務中の警官が襲われるテロ事件が続発していた。
現在の特警隊となる前の隊員達が、巡回警邏を強化した矢先の事である。
その中には、雛の両親も祖父も、野原も居た。

「その後、二人が職質をかけて…撃たれたんだよ」
「父さんは、母さんを庇ったんですよね」
「あぁ。瞬菜さんは反撃したところをやられて、致命傷を負った」
「母さんが反撃を?…意外です」
「知らなかったのか。瞬菜さんだって、ちゃんと突入班らしく戦えるぞ?」

雛も温和な性格だが、母親は更に輪をかけたホンワカ人間だった。
学生時代、クラスメイトに「母も警察官やってる」と言っても信用されなかった程だ。
誠太の仕事ぶりは本人からも聞いていたが、瞬菜のは全く知らない。

「一緒に動いてた捜査員もやられて重体になって、今もずっと意識が無いままだ」
「そんな…」
「俺は腕と背中を刺されて、このザマだ」
「背中も!?」
「その所為で取り逃がした。咄嗟に押さえた車のナンバーも、盗難車で役には立たなかった」
「お爺ちゃんは?」
「課長は、俺が意識を失ってから現場に来たらしい。犯人は見ていないと言っていた」

野原の顔に、苦渋の無念さが浮かぶ。

「俺がICUで目を覚ました時、既に二人は亡くなっていた。この痣は、何も出来なかった《酬い》だな」
「そんな事ないです!」
「――その通りだ」

課長室の扉が開いて、正之助が出てきた。

「悪いとは思ったのだが。立ち聞きさせてもらったよ」
「課長」
「自分を責める必要は無いよ。野原君」
「隊長、お爺ちゃんの言う通りです。きっと、父さんも母さんも悲しむ」

そう言って雛は、懐から小袋を取り出した。
桜色のシンプルな布の中身は、何やら硬そうな物が入っているようだ。
祈るような仕草の彼女は、そっと両手で包み込む。

「…その中には、二人の階級章が入っている。雛の『お守り』だ」
「遺品、ですか」

あの事件の十字架を背負っているのは、誰しも一人だけでは無いのだ。
野原も正之助も、また雛も。

「辛い気持ちを背負っているのは、我々だけじゃない。雛は知らないと思うが、他にも居るんだよ」
「えっ、そうなの?」
「…」
「きっと、犯人はこの手で捕まえる。力を貸してくれるな、野原君?」
「勿論です」
「私も!私も頑張るから!!」
「…そうか。強くなったな」

訃報を受けた直後から、事ある毎に泣き暮れていた孫は、ここまで成長した。
嬉しい反面、まだまだ心配でもある。

「ところで、ウチの隊の中でこの関係を知っている者は?他に居るのか?」

この事件が報じられた当時は、『警視庁内のとある部署』で起こったものだと伝えられた。
特警隊準備室の存在が公になる前だった為で、その関係者からも口外無用として多くは語られていないのが現状。

「御影には、前に少し話したよ。父さんと母さんが警察官でテロと戦ったって事だけ、だけど」
「高井が気付くかも知れません。彼は準備室時代末期の捜査協力者ですから」
「うむ…。調べれば判るだろうし、高井巡査部長は勘が鋭いからな」

正之助は少し考えた。
口外無用は上からの命令として、第五隊にも下されている。

「それなら。皆に話をするのは、まだ先にしよう」
「はい」
「…分かったよ」

廊下から残りのメンバーの声が聞こえ始めて、この話は終わりになった。
この時に雛が聞きそびれた、「野原と共に居た、もう一人の隊員」の顛末についてだが…
彼女が知るのは、もう少し先になる。


 「あぁ。疲れたぁ」
「ったく、余計な仕事増やしやがって」
「とんだ災難でしたね」
「そうだな…」

一緒に着替えに戻った筈の四人だが、今になって入ってきた。
御影は雛を見つけた途端走り寄り、親友の見た目に寄らずシッカリした手を握る。

「やけに遅かったな」
「何かあったの?」

先に戻っていた二人に質問されて、渋い顔になる。
説明役を譲るように、互いの顔を見合わせた。
それが嫌になる程の事だったのか。
判らない野原と雛は、首を傾げるしかない。

「雛ぁ、ちょっと聞いてよ!」
「ど、どうしたの御影?」

雛に泣きついた御影は、説明を始めた。
それは着替え終わり、隊員室へ戻る前の話。
「メンテナンスするから」と、使った武器を回収した時である。

「バズーカがさ。中で何かの部品が外れたような、カラカラって音立ててたんだ」
「多分、隊長の攻撃を受けた時に何処か壊れたんだと思うんです」

音に気付いた一同が、砲の発射口を覗き込んだところ……

「隊長に使う筈だったネット弾を、俺達が被ってどうするんだ」
「どう言う訳か、もがけばもがく程絡まるのよね」
「工具取るだけでも、かなり大変でした」
「それで時間かかっちゃって」
「成程」
「そうだったんだ」

野原と雛の二人は、この四人がネットに絡まり苦戦する姿が容易に想像出来た。
気の毒なので口にはしないが、まるでコントである。

「訓練や模擬戦よりも、疲れたぜ。恐るべきラスボス」
「ハハハ、それは大変だったな。ワハハ」

正之助はつい笑ってしまった。
立場が課長じゃなければ、次の瞬間は袋叩きかも知れない。
四人がそれぞれの席に着きグッタリする様子は、少々哀れだ。

「何はともあれ…。全員揃ったところで、各自のポジションを発表しようか」

疲れ果てているところに何だが、と野原は付け足した。
これにより、隊員室内の空気が一転する。

「これについては、課長から一任されている。俺は先程のチーム戦で、個々の得意分野と戦闘スタイルを見た結果で判断した」

全員の顔は一転して真剣になり、デスクからじっと野原を見つめている。
訓練ではなく突然の模擬演習だったのは、これが本来の目的だったのか。

「では発表する。ユニット1、友江雛巡査と志原勇磨巡査」
「はい!」
「…は、はい」

間があったのは、顔が赤くなった勇磨だ。
まさか、初出動の現場で一目惚れした娘(こ)と一緒にペアを組めるとは。

「ユニット1は、友江の足の速さと志原のノリの良さを生かして、突破口を開く役割が多く回ってくるだろう。二人共、不服は無いか?」
「私は無いです。頑張ります!」
「隊長!オレのノリの良さって、何ッスか!?」
「志原は不服か。言っておくが、馬鹿にはしてないぞ?」

志原が泣き言を漏らしたので、野原は片眉を上げる。
雛も不安そうに隣を見た。

「へ…?」
「相手が何を考えたのか、察するのが上手い。協力しようと態勢を整えるのも早いから、巧く友江のフォローが出来そうだと思ったんだが」
「…いやぁ。それ程でも」
「そうか、不服か。実に残念だ」
「いいえ!オ…、じ、自分も頑張りますっ!!」

勇磨は元気一杯で身を正し、安心した雛が胸を撫で下ろす。
落ち着いてから、ようやく互いに「宜しく」と挨拶が出来た。

「ユニット2、蔵間御影巡査と高井士郎巡査部長。高井には副隊長も兼任してもらう」
「自分が、ですか?」
「理由は二つ。一つは階級の問題、もう一つは先程の模擬戦で見事リーダー役を果たしたからだ。…俺よりしっかりしてるかもな」
「巡査部長は、高井さんしか居ませんからね」

皆は拍手で賛成した。
高井はガリガリと頭を掻く。

「お手柔らかに、お願いします」
「あぁ。こちらこそ」

御影は高井へ、嬉しそうに頭を下げた。
彼もはにかんで返したが、この様子は二人が第五で初めて顔を合わせた間柄ではなさそうに見える。
緊張する隊員達の中で、それに気付いている者は居なさそうだ。

「基本的な突入班は、以上の二つ。後方支援及び指揮班となるユニット3は葉月哲哉巡査と俺、野原警部補だ」
「はい」
「俺はほとんど指揮で手一杯になるだろうから、情報処理と分析は葉月に頼みたい。良いか?」
「お任せ下さい。得意分野です」
「シュテルンビルドとスターシーカーのシステム管制役も、引き続き葉月に任せる。支援プログラムが裏で走ってるから、気負わなくて良いぞ」
「フュンフも賢い良い子だよ。訓練校の講習で話が出てくる試作(ヌル)程難しくはないから、安心して使いなさい」
「了解です!」

支援出向組の葉月を、お客さん扱いはしない。
人手が足りないだけではなく、本人のやる気を買った為でもある。
正之助からも背中を押す助言を貰えて、葉月も恥ずかしながらに微笑んだ。

「良し、ポジションは以上で決定だ。イレギュラーな事態が起こらない限りは、これで行くからな」

これで、夢の森第五特警隊の基盤は出来上がった。
本部も安心するだろう。

「本来は四人一組で三ユニット体制ってのが理想なんだが、ウチは人数少ないからな。我慢して欲しい」
「少ないって、半分も居ないじゃないですか!?」
「予算削減もあったが、隊への志望者が居ないんだ。仕方あるまい」

現実的にこの理想が適ったのは、本庁の第一隊のみである。
後の四隊は、二人一組の三ユニット体制となっていた。
しかし誰でも良い訳ではないので、圧倒的な人材不足が窺い知れる。

「でも、何で『四人一組』なんだっけ?」
「アンタ、訓練校で何習ってきたのよ?」
「…え゛」

勇磨が首を捻り、そこへ御影の冷ややかな視線が注がれた。
彼は焦って、眠れる記憶を呼び起こす。

「戦闘スタイルって、種類が沢山あるけど…。やっぱり基本は、解り易いんだよね」
「大きく分けても、四つしかないんですから」

雛が説明に入り、葉月が相槌を打った。

「一つ目は、『GW(ガードウィング)』。初速で正面突破して後陣の道を作る役を担う、高速機動型」
「ウチだと雛ね♪」
「二つ目は『FA(フロントアタッカー)』。攻撃とフォローの防御もこなす、両立型」
「高井さんだ」
「思い出した!三つ目は『CG(センターガード)』で、遠距離攻撃型だ」
「そう。お前さんや蔵間のように、射撃や装備を駆使して先発の攻撃を生かしつつフォローする役だ」
「最後の『FB(フルバック)』は後方支援型で、僕と隊長の役ですね」
「支援だけじゃないぞ葉月。最終攻防ラインを決める要でもある」
「葉月さんも大変だね」
「でも、僕は格闘苦手ですから」

スタイルは、キレイに全員へ当てはまった。
先程決まったポジションは、これを鑑みている。
枠を超えてマルチに動ける人材が訪れるのは、まだ先の話。

「…ちなみに、野原警部補はFAで、私はFBだ」
「課長は元々GWだったじゃないですか」
「それは大昔の話だよ。野原君」

いやぁ、と野原に反論したのは正之助。
その口調は雛に似ている。

「その四種類の人間をそれぞれ一人ずつ三ユニット分用意ってトコが、夢の森は全員で一つの突入班になってるのか」
「ウチだけじゃない。第一隊以外は皆一緒だ」

高井が腕組みをし、正之助が付け足した。

「それじゃ、本庁以外は何処も人手足りないッスね」
「だから、『親友と同じ部隊に入りたい』って希望がスンナリ通ったのね」
「良かったな蔵間。俺も安心だ」
「ん…?何で高井さんが安心なんッスか?」
「今に解かるわよ」

勇磨は首を傾げた。
先に察しがついたのは、葉月の方である。

「人手不足は困るよ。お爺ちゃん、何とかならないの?」
「私が何か言って解決するなら、とっくに人材天国だよ。光榊(こうさか)さんも苦労してるんだ」
「しかし、チーム戦なら一致団結し易いのが長所だ。同じスタイルが三人も居れば、何かしら衝突が起こるからな」
「機能衝突(コンクリフト)、かぁ…」

勇磨はちょっと考えて、これに一番当てはまりそうなペアを思い浮かべる。
自分と御影だった。
いや、扱う銃器の種類を変えれば何とかなるかも知れない。
野原が御影とユニットを分けてくれて、助かった。
……実は、御影も同じ事を考えている。

「でも。高井さんと隊長が一緒じゃ、無敵だよな?」
「それに葉月の情報の名捌きと、課長の経験たっぷりな分析と総括が合わされば。間違いなく」
「おお~っ!」
「課長のGWぶりも気になるわね」
「一緒だったら、私も心強いよ」
「そうだな」

隊員達は賑わった。
正之助も微笑む。

「個々が強いだけじゃ、隊としても成り立たん。孤立は、状況に寄っては却って危険な場合もある」

例の事件だけじゃない。
今だって何処かの隊で、協力を得られず苦しんでいる人が居るかも知れないのだ。

「でも、対峙する状況や相手の強さを考え、自分の強い部分を磨くのは大事だ。…矛盾しているかも知れんが」
「それを互いに集め団結すれば、より万全な体制へと持っていける。特警隊が存在する理由はそこにある事を、忘れないように」
「はい」

正之助と野原の訓示を、隊員達は皆心に留めた。
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