星の礎

 逸早く先手を切ったのは、雛だった。
素早く腰のホルダーから警棒を抜き、走る。
一気に三段に伸ばしたそれで的を正確に叩き、正面突破に邪魔な三枚を撃破。
そのフォローに入り進む高井は、雛と交差しながら二枚を破壊。
先攻が奥へと進む途中、ぶら下がった二枚は勇磨が仕留めた。
同時に、左右の木立に隠れて狙い難い的二枚は御影が撃ち抜いた。
最後は正面の、大きな的二枚…
これも葉月のバズーカにより、あっさり破壊。

「出たぞ、ラスボス!」
「…警棒じゃないんだ」

最奥で野原は、長警杖を持って待っていた。
哨戒の立ち番くらいしか使わないと思われている武器で、雛達も実戦で使う人を見た事は無い。
但し刺股同様、戦術の型は存在している。

「ん、良いタイムだ。これなら、他の隊に自慢出来るかもな」
「有難うございます…って、喜んでる場合じゃないですね」
「警杖って、ハンデのつもりですか?」
「これが俺の通常装備だ。実戦だと場合によって零式に切り替えるが、今回はこれで行く」
「珍しいなぁ」
「一応断わっておくが、初級(アタック)行使で使える武器は持ってないぞ。その点だけは安心して良いからな」

雛達を褒めつつ、自身も構える。
眼鏡の奥の細い目が、真剣になった。

「さぁ。来い」
「──皆、行くぞ!」

高井の声で、五人の隊員は距離を取る。
一斉に隊長を囲んだ。


 今度の先手は、《銃》の二人。
御影と勇磨は威嚇射撃に入るが、野原は機敏だった。

「うそっ、当たんない!?」
「早ぇっ!」
「隊長それ、例のスキルでしょう!?」
「ズルいッス!!」
「俺は『武器は使わない』と言ったが、戦技までは言及していないぞ?」

特殊戦術講習で培われた回避体術なんて、隊員達が知る由もない。
二人のラバー弾を器用にかわし、背後の《砲》を威嚇する。

「わぁっ!!」
「葉月!」

構えていたバスーカが叩き落され、戦う手段がない葉月自身も狙われる。
高井がガードに入り、再び距離が置かれた。
その間も、銃は牽制に入るが…

「やばっ!!」
「こんな時に弾切れぇっ!?」

二人は悲鳴を上げた。
今回、使用弾の補給は無しである。
考え無し、闇雲に撃っていた訳ではないのだが。
これが現場での経験の差だろうか。
更に準備室時代の全て手探り的な訓練と、現在の線引きが出来ているレベルの訓練は違うという。
その所為なのか。
……とにかく、敵わなかった。

「葉月。高井の後ろに隠れてばかりじゃ、攻撃出来ないだろう」
「し、しかし…。格闘は苦手で」
「えっ!!?」

葉月は初めから、突入班内のバックアップ役として情報技術支援をする為に出向した身である。
古巣も科学警察研究所と、格闘戦とは無縁の部署である以上は仕方ない。
職員から巡査になって、銃器と刺股を扱えるだけマシなのだ。

「うぅ…。叉護杖(さごじょう)用意すれば良かった」
「銃と砲の三人は、そこまでだ。テープの外に出ろ」

雛の警棒を避けながら、野原は宣告した。
肩を落とし、御影と勇磨と葉月が言われた通りに退場した。
テープの外で、おとなしく体育座りする。

「…もうゲームオーバーかよ」
「申し訳ありません」
「二人とも、後は任せたわよー」

ギャラリーが三人も出来上がった。
残りは、《接》の二人。
長警杖は、槍や刺股と違いインパクトウェポンになる部分が無く、扱いが難しい。
リーチが長い事を利点として、いかに上手く巧みに使いこなせるかが勝敗を分ける。
野原は扱い慣れていた。
二対一で不利だが、経験は力に勝る。
先端で雛の警棒を打ち返し、反動を上手に使った後側で高井のを弾き飛ばした。

「――しまった!」
「はい。高井脱落」
「高井さんっ!?」

彼は反転した野原に先端を突き付けられて、両手を掲げ降参する。
隊員チーム、これで残機一。

「…すまん。友江」
「えっ!⁉ど、どうしよう!」

 野原と雛の一騎打ちは、中々勝敗が付かなかった。
人工林の中で、潮騒に混ざり武器のぶつかり合う音が響き渡っている。
機敏さは雛の方が一枚上手だが、打ちの力は男の野原が強かった。
それでも、互いの表情に焦りの色はない。

「雛、頑張って!」
「友江巡査、ファイトぉ!」

外で見ている四人も、すっかり熱くなっている。

「そこだ!…惜しいっ」
「後、少しなのよね」
「何だか二人共、楽しそうに見えますよ」
「同感」
「雛ってば。一人だけになって困ってたのが、嘘みたい」

初めから、二人だけの試合だったかのようである。
すっかり観戦モードに入っている、外野陣の四人。

「二人が離れたわ!」
「おおっ!?」

御影の言う通り、二人がこれまで以上に距離を置く。
間合いを計りだした。
一同は息を呑む。

「…次で決まるな」
「そうですね」

刹那を先に動いたのは、野原。
振り出された得物をギリギリで交わし、雛は彼の懐へ飛び込む。

「――っ!!」
「…やるな」

雛の警棒の先が、野原の頬に向けて突きつけられている。
……しかし。
躱したと思われた長警杖は、雛の脇腹に当たってしまっていた。

「俺の勝ちだが…。強く当たらなかったか、脇腹大丈夫か?」
「大丈夫です。ひょっとして手加減ですか?」
「……そんな暇はなかった」
「?」

彼女の真っ直ぐな瞳は、両親のそれと同じ。
辛うじて面子を守れた野原だが、それに動揺したのも確か。

「やった…あれ?」
「うわぁ、惜しい!」
「お二人共、凄いです!!」

御影を筆頭に、勇磨と葉月が雛に駆け寄った。

「まだまだだったよ。うーん、悔しいな」
「何言ってるのよ、雛も充分強いって!」
「えへへ。…ありがと、御影」
「スゲーよ友江巡査!隊長(ベテラン)にほぼ互角じゃん」
「わ、私なんてまだまだですって。志原巡査」
「雛さん、格好良かったです。僕も強くなりたい」
「葉月巡査、有難うございます。鍛錬は無理しちゃ駄目ですよ」

微笑みつつ、それでも悔しげに眉を下げた。
一方で長は、ようやく訓練から開放されて溜息を漏らす。

「隊長、お疲れ様です」
「あぁ。友江のあれは、課長と父親に似ている」
「彼女の家族と手合わせした事、あったんですか?」
「昔な。俺に長警棒を勧めたのは、課長なんだ」
「そうだったんですか」

高井と野原は、緊張の余韻を楽しんでいる四人を見つめる。
長の視線は演習前と変わらなく見えるが、中身は優しく見守る高井と同じであった。

「以上で全て終了だ。戻るぞ」
「はい」

六人は後片付けを始め、待機任務へ戻っていった。
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