星の礎

 初出動の次の日、午後。
色々あって揃うのが遅れた夢の森の特警隊員は、署の裏庭に居た。
学校が建つ予定だった敷地なので、ちゃんとしたグラウンドがあるのが署としては珍しい。
とはいっても運動器具は一切無い上に、一部は臨時駐車場になっているが。
雛達はそれぞれの武器を手にしたトレーニングウェア姿で、何故かグラウンドを背にして一列に並んでいる。
本来なら今日も待機任務中で、彼らは制服姿でオフィスに居なければいけないのだが……
これには理由があって、本部からも了承を得ていた。
ちなみに午前中は新任講習に費やされたので、これまた正規の待機任務ではない。
実施が一日遅れたのも本庁人事部のミスで、第五隊に非はなかった。

何を考えているのか分からないポーカーフェイスで、野原は雛達の前に立つ。
隊員達の心境は正反対で、解り易く表情に出ていた。

「ん、揃ったな。各々が選んだ装備の扱いは慣れたか?」
「…はい」

頷いたものの、「一応は」と顔に書いてある。
始動丸二日で出動が一回のみだ、やっと触るのに慣れた程度でしかない。

「よし。それでは、これから模擬演習を行う」
「演習ですか?」
「訓練すっ飛ばして?」
「昨日の出動で、実戦がどういうものか理解出来ただろう」
「実際にエンカウントしたのは、三人だけでしたが…」
「僕と高井さんは支援だけでしたし」

確かに管理事務所の捕り物で活躍したのは、雛と勇磨と御影の三人だけだ。
高井と葉月は地上で支援に回っていたし、野原は特警指揮で保有戦技を全く発揮していない。
しかもユニット決めが正規に決まる以前で、成り行き上仕方ない組み合わせだ。
発揮される団結力がどれ程のものか、今は未知数のまま。

「各々の配置や、必要な訓練メニューとか…諸々を見定める為。そういう理由だ」
「いきなり演習なんて。緊張しちゃうわ」
「色々決めるのに必要なら、…仕方ないよね」
「無理もない」

頷いて、野原が後ろを振り向いた。
彼の姿も雛達とほぼ同じで、腰に『第五隊長』と書かれた腕章がピンで留めてあるくらいの差しかない。
武器を持っていないが、何を使うのだろうか。
そしてインカムを装備しているが、無線は何処と繋がっているのか。
グラウンドの端に指揮車が停めてあるのと、関係があるのか。
隊員達は何一つ知らされておらず、ただ戸惑っている。
彼らの長はそれに構わず、淡々と説明を始めた。

「この森の中に、黄色テープで囲ってある一帯がある。そこの至る所に、的を用意した」
「数は?」
「十一だ。突入器具用の的も仕込んであるから、装備をよく考えておけ」
「バッテリグラム構えるには、狭過ぎませんか?」
「あんな重いモノ扱える人間が、その中に何人いる?」
「あ…」

野原が片眉を上げて、高井を見ている。
彼以外、重いインパクトウェポンを苦戦する事なく運べて使える隊員は──
 扱う以前の問題である、華奢な雛。
 本人には失礼だが、それにプラスして軟弱そうで無理そうな葉月。
 負けん気はありそうだが、いざ背負わせたら腰を痛めそうな御影。
 気を遣って運搬してくれそうだが、それだけで息が上がって使い物にならないのが判る勇磨。
──確かに居なかった。

「俺も長として、本部と一緒に選考したんだ。お前さん達の事は、訓練校の成績も知ってるんだが」
「…なるほど」
「私達の事考えての構成なんだ。頑張らなくちゃ」
「そうね」

隊員達はどれも、真剣に説明を聞いている。
緊張はしているものの、やる気はあるようだ。

「的を全てそれぞれの技量で撃破し、最後に一番奥で待っている俺を捕まえろ」
「隊長を捕まえるんですか?」
「ん。但し、俺もボケっと突っ立っている訳じゃないぞ」
「かなり強そう…なんですけど」
「そう見えるなら、心して掛かって来い」
「手強いよね。やっぱり」
「そうだな」
「一応武術は、そこそこの段持ってるぞ。…昼寝の方が得意だけどな」

雛達は苦笑い。
肝心な段位を「そこそこ」なんて省略するのは、大抵が猛者。

「用意した装備置き場に、据え置き型端末がある。俺の情報を見るも良し、地形と配置の確認に使ってもOKだ」
「持ち出しは出来ないのか…」
「先ずは十分間、時間をやる。どうやって『チーム戦』として動くか、良く打ち合わせして突入(エントリー)しろ。いいな?」
「了解っ!」
「それでは、これより開始だ。奥で待ってるぞ」

手をヒラヒラと振り、野原は森の中へ入って行った。


 「さて、どうする?」

高井の呼びかけで、皆が集合する。
彼がリーダー役である事に、不服を唱える者は居ない。

「隊長って独身なのね」
「交友関係とか深いデータまでは、見られないみたいだな」
「…見るべきトコ、そこじゃない」

据え置き型の特警隊専用端末で遊んでいた御影と勇磨が、野原の人事データを見てニヤニヤしている。
高井に窘められて、一覧を参考になりそうな箇所まで戻した。

「的って、訓練校で使ったのだね」
「専用武器が発する電波がシッカリ触れないと、撃破判定してくれないシビアな物よ。気を付けないと」
「確認は後攻の役目ですね」
「あれって、銃撃も接近もごっちゃになってなかったけ?」
「要はシッカリ当たれば良いのよ。バッテリングラムぶん投げてバカスカ当れてば、ほとんどズル出来るんじゃない?」
「そこまで振り回せる体力なんて、俺には無いぞ!?」
「解かるッス。オレ、次の日はギックリ腰で動けなかったッスから」

高井が青褪めて、勇磨が同情するように頷く。
訓練で機動隊重装備の洗礼を受けた経験がある二人には、思い出すだけで吐き気が上がってくるような記憶。

「やっぱり。『ズルはするな、真面目に向き合いなさい』って事なんだよ」
「解ってるわよ。雛と高井さんだけの出番なんて、あたしにはつまらないもん」
「あぁ。皆で撃破しようじゃないか」
「僕も頑張ります。的は十一個もあるんですから」
「それに、ラスボスの隊長が一人、と」

勇磨は真面目だったのに、他の四人はその一言にコケた。

「ラスボス……」
「だってそうだろ?メチャクチャ強そうだし」
「アンタね…。確かに、そんな感じだけどさ」

御影はまだ笑っていた。

「マズイぞ、隊長は特殊戦術行使のスキル持ちだ。普通に攻めても駄目かも知れない」
「えっ!?」

本庁が独自に定めた、各部隊が保有する戦術の威力判断基準である。
第五隊では野原だけが保有しているようだ。
しかし、初級とは云え本隊やSATの隊員が所属する際に必須となる資格なので、決して馬鹿に出来ない。

「的って聞いた時、『対人戦無さそう』って安心したのに…」
「訓練校だと、ラストはダミー人形でしたよね」
「もう!何で元刑事が、突然そんなスキル保有しちゃうのよ!?」
「準備室ってどんな集まりだったんだ!?」
「とにかく、だ。余り時間もないし、フォーメーションを決めよう」

高井は一同を見渡して、持っている装備を確認した。
彼と雛は、ほとんど用意した物が同じだ。
御影と勇磨が用意した物は銃器で、葉月は端末の扱いが慣れていて操作も早かった。

「先攻は、接近戦組の俺と友江が正面突破で地上の的を狙う。それでいいか?」
「はい!」
「雛の足は速いから、初手はこの子に任せた方が良いわ」
「成程。流石は親友、蔵間は知ってるんだな」
「当然よ」

高井の案に、雛もノった。
御影の助言を聞き入れて感心する様子は、特殊部隊のリーダーというよりは、沢山きょうだいが居る長男が似合う。

「次いで、銃撃戦組の志原と蔵間。浮いてるのを中心に撃て」
「よっしゃ!」
「任せて」
「大型の的は葉月。後方支援も頼む」
「あれってさ、バズーカの空砲でもやれたわよ」
「それだ。頼んだぞ」
「反動大きいけど、踏ん張って使えば大丈夫ッスよ」
「はい!」
「最後の隊長戦は?」
「それは…」

雛の質問に、高井は少し考えた。
彼の顔に、一同の視線が自然と集中している。

「訓練校で習った通り、『銃が武器の効力を抑え、砲が相手の動きを妨げ、接が最後に動きを封じる』でいこう」
「了解!」
「良し、十分経った!」
「行くぞ!!」
「おーっ!」

五人は一致団結し、チーム戦が始まった。
この様子を監視されていた事に、誰も気付いていない。
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