傍観
日報も書き上げて、宿直に入った第五隊。
署内も隊員室も、静まりかえっている。
「街は、相変わらず賑やかなんだね」
「そうだな。正月の松が取れるまで、ずっとこんな調子なんだろうな」
「だねぇ」
順番で先に当直になった雛と勇磨は、ニュースを見ながらココアで一服していた。
「こうして見てると、何だか違う世界の出来事みたいだ」
「すっかり傍観者になっちゃったよね」
「うん」
数年前までは友達や家族と一緒に、はしゃいだりマッタリ過していたものだ。
そう思うと、寂しい現状なのは否めない。
雛は特にそう思うだろう。
「そう言えば、冷え込んできたね」
「そうだな。…雪降るのはゴメンだ」
「私も、寒いのはちょっと苦手」
エヘヘと頬を染めながらはにかむ相棒を見て、急激に赤面する勇磨。
動揺して挙動不審になるのを防ごうと、自ら会話を続ける。
駆け出しこの場から逃走したくなる衝動を、カップを握りしめる事で抑えた。
「悪いな、雛。秘蔵だったココア、俺も貰っちゃって」
「え?」
雛はカップから相棒の顔へ、視線を移した。
彼がドギマギするのも知らず。
「良いの。勇磨と一緒に飲みたかったから」
「そ、そうか」
「…もしかして勇磨、ココア甘いから苦手だった?」
「へ!?」
勇磨には、キラキラな背景を背負った雛がウルウルの瞳で自分を見ているようであった。
雛は普通に、勇磨を気遣って見つめているだけだが。
…言っておくが、現在の彼は全くのシラフである。
「い、いや大丈夫だ。砂糖抜いてくれたし、『疲れてる時は甘い物が良い』って言うからな」
「本当?」
「オレは嬉しい!!本当だ、マジで!」
異様な力説だが、雛は喜んでいる。
彼の挙動不審振りにも全く気付いていない。
これが犯罪者なら、細かい挙動とて見逃しはしないのだろうに。
一方、勇磨は激しく頷いて答えた。
「良かった♪」
(こんな優しいし可愛い子とパートナーで、本当に良かった。オレ、超幸せ者だよなぁ!)
嬉しそうに微笑む雛のその隣で、ジーンと幸せを噛みしめる。
興奮で鼻血が吹き出そうな程、甘くとろけていた。
一人勝手に。
つい先日だった告白は、ちゃんと良い返事を貰っている。
それにも拘らず、二人の間の空気は御影が相変わらず身悶えする程もどかしく、余り変わっていない。
いや、元々警察官が勤務中に職場でイチャイチャなんて言語道断なのだが、それでもだ。
「もう一年終わっちゃうなんて、本当にあっという間だよね」
「そうだな」
「勇磨、来年も宜しくね」
「お、おう。こっちこそ宜しくな」
「来年も頑張らなくちゃ」
「雛はいつも、良く頑張ってるよ。…って、オレに保証されても嬉しくないか」
「そ、そんな事ないよ!?私、本当にそう見えた?」
「あぁ」
「やった!嬉しいな」
「ハハハ。オレも、来年はもっと頑張るよ」
「勇磨だって。担当以外の事まで覚えようとして頑張ってるだもん、偉いよ」
「そう…かな?」
「うん。柔術までマスターしてマルチに動けるようになったら、もっと格好良くなっちゃう。誰かに盗られちゃいそうだよ」
「オレは雛しか眼中にない!雛以外は要らないからな?」
「えっ!?う、うん。……嬉しいよ」
今度は雛が頬を染める。
勤務中とはいえ、それはココアよりも甘い至福の時に感じられた。
それからあっという間に大晦日がやってきたが、特別慌しい様子はなかった。
大事(おおごと)になるような事件は無かったものの、ちょっと応援要請に出ただけで暇なテレビ番組を賑わせたものだ。
特警隊員にはいつもと同じ、一般的な警察官よりは若干強く緊張した空気があるだけ。
しかし、隊全体を揺るがす『再編成』へのカウントダウンが静かに始まっていた。
…それに気付いたのは、本部を含んでもたったの数人だけだったという。
「第五隊(ウチ)は異動する人誰も居なくて、良かったよね」
それは第五隊の誰もが口にした、一言。
そして、誰もが頷く台詞。
「そうだな。和泉隊長がウチに来るとは思わなかったが」
「第二隊が解散だなんて、僕もショックでしたよ」
「残念半分、益々心強くなったのも半分ッスね」
「あぁ」
「全くよねぇ」
隊員達は、その第二隊からやってくる援軍の到着を待っている。
先程入った連絡では、渋滞に巻き込まれたらしく「予定より遅れる」と言っていた。
「和泉隊長と、隊員が一名。…だったっけ?」
「誰が来るんだろう?」
「ちょっと楽しみね」
新しく配置換えも済んで、一つ増えた隊員用デスクを誰ともなしに見つめる。
隊長席の隣にも、新しく置かれていた。
「仲良くやれるといいね」
「そうね」
「そうだな」
「大丈夫ですよ。僕達なら」
「アハハ。確かにそうかも」
皆が笑い合う中で、野原だけが無言で窓の外を眺めていた。
雛が気付き傍まで歩み寄って、そっと声をかける。
「野原隊長?」
「……ん、どうした友江?」
「浮かない顔してますよ。何かあったんですか?」
「いや。何でもない」
雛にジッと見つめられて、野原は仕方なく心情を言葉にする。
こういう仕草は、両親に似ているのだ。
準備室時代、誠太や瞬菜にそうされると、野原は最後まで抵抗出来なかった。
「和泉の事だ。アイツは大丈夫だろうか、とな」
「私達でさえショックでしたから、和泉隊長はもっと辛い筈ですね」
「友江も優しく受け入れて欲しい。頼めるだろうか?」
「勿論ですよ、これからは一緒に戦う仲間になるんですから。嬉しい事や楽しい事、一緒に増やせたら良いなって思ってます」
野原が視線を向けると、雛は優しく微笑んでいた。
嬉しい事や楽しい事とやらに思いを馳せて、手を胸に当てはにかむ姿。
母親の瞬菜に瓜二つで、懐かしい。
そっくりな顔で、同じような事を言って同じような仕草をするとは面白い、と彼は眺める。
「これからは、もっと大変になるんだぞ?辛い事ばかりかも知れない」
「それなら、半分こですよ。…あっ、これからは突入班の皆で八等分になるのかな」
「八等分か。課長の分は?」
「それならお爺ちゃんと…そうだ、父さんと母さんにも協力してもらいましょう。本部長も心配してくれるらしいので、…うわぁ十二等分だ!」
「随分軽くなりそうだな」
「もうペラペラケーキですよ。食べた気しないなぁ」
「ケーキに例えるのか…」
実は、特警隊にとって波乱万丈の年明けであった。
それを気付く筈も無い、ライトスタッフの彼ら。
この変わらない元気さは、いつまで続くのだろう。
■『傍観』 終/物語は第二章へ続く■
署内も隊員室も、静まりかえっている。
「街は、相変わらず賑やかなんだね」
「そうだな。正月の松が取れるまで、ずっとこんな調子なんだろうな」
「だねぇ」
順番で先に当直になった雛と勇磨は、ニュースを見ながらココアで一服していた。
「こうして見てると、何だか違う世界の出来事みたいだ」
「すっかり傍観者になっちゃったよね」
「うん」
数年前までは友達や家族と一緒に、はしゃいだりマッタリ過していたものだ。
そう思うと、寂しい現状なのは否めない。
雛は特にそう思うだろう。
「そう言えば、冷え込んできたね」
「そうだな。…雪降るのはゴメンだ」
「私も、寒いのはちょっと苦手」
エヘヘと頬を染めながらはにかむ相棒を見て、急激に赤面する勇磨。
動揺して挙動不審になるのを防ごうと、自ら会話を続ける。
駆け出しこの場から逃走したくなる衝動を、カップを握りしめる事で抑えた。
「悪いな、雛。秘蔵だったココア、俺も貰っちゃって」
「え?」
雛はカップから相棒の顔へ、視線を移した。
彼がドギマギするのも知らず。
「良いの。勇磨と一緒に飲みたかったから」
「そ、そうか」
「…もしかして勇磨、ココア甘いから苦手だった?」
「へ!?」
勇磨には、キラキラな背景を背負った雛がウルウルの瞳で自分を見ているようであった。
雛は普通に、勇磨を気遣って見つめているだけだが。
…言っておくが、現在の彼は全くのシラフである。
「い、いや大丈夫だ。砂糖抜いてくれたし、『疲れてる時は甘い物が良い』って言うからな」
「本当?」
「オレは嬉しい!!本当だ、マジで!」
異様な力説だが、雛は喜んでいる。
彼の挙動不審振りにも全く気付いていない。
これが犯罪者なら、細かい挙動とて見逃しはしないのだろうに。
一方、勇磨は激しく頷いて答えた。
「良かった♪」
(こんな優しいし可愛い子とパートナーで、本当に良かった。オレ、超幸せ者だよなぁ!)
嬉しそうに微笑む雛のその隣で、ジーンと幸せを噛みしめる。
興奮で鼻血が吹き出そうな程、甘くとろけていた。
一人勝手に。
つい先日だった告白は、ちゃんと良い返事を貰っている。
それにも拘らず、二人の間の空気は御影が相変わらず身悶えする程もどかしく、余り変わっていない。
いや、元々警察官が勤務中に職場でイチャイチャなんて言語道断なのだが、それでもだ。
「もう一年終わっちゃうなんて、本当にあっという間だよね」
「そうだな」
「勇磨、来年も宜しくね」
「お、おう。こっちこそ宜しくな」
「来年も頑張らなくちゃ」
「雛はいつも、良く頑張ってるよ。…って、オレに保証されても嬉しくないか」
「そ、そんな事ないよ!?私、本当にそう見えた?」
「あぁ」
「やった!嬉しいな」
「ハハハ。オレも、来年はもっと頑張るよ」
「勇磨だって。担当以外の事まで覚えようとして頑張ってるだもん、偉いよ」
「そう…かな?」
「うん。柔術までマスターしてマルチに動けるようになったら、もっと格好良くなっちゃう。誰かに盗られちゃいそうだよ」
「オレは雛しか眼中にない!雛以外は要らないからな?」
「えっ!?う、うん。……嬉しいよ」
今度は雛が頬を染める。
勤務中とはいえ、それはココアよりも甘い至福の時に感じられた。
それからあっという間に大晦日がやってきたが、特別慌しい様子はなかった。
大事(おおごと)になるような事件は無かったものの、ちょっと応援要請に出ただけで暇なテレビ番組を賑わせたものだ。
特警隊員にはいつもと同じ、一般的な警察官よりは若干強く緊張した空気があるだけ。
しかし、隊全体を揺るがす『再編成』へのカウントダウンが静かに始まっていた。
…それに気付いたのは、本部を含んでもたったの数人だけだったという。
「第五隊(ウチ)は異動する人誰も居なくて、良かったよね」
それは第五隊の誰もが口にした、一言。
そして、誰もが頷く台詞。
「そうだな。和泉隊長がウチに来るとは思わなかったが」
「第二隊が解散だなんて、僕もショックでしたよ」
「残念半分、益々心強くなったのも半分ッスね」
「あぁ」
「全くよねぇ」
隊員達は、その第二隊からやってくる援軍の到着を待っている。
先程入った連絡では、渋滞に巻き込まれたらしく「予定より遅れる」と言っていた。
「和泉隊長と、隊員が一名。…だったっけ?」
「誰が来るんだろう?」
「ちょっと楽しみね」
新しく配置換えも済んで、一つ増えた隊員用デスクを誰ともなしに見つめる。
隊長席の隣にも、新しく置かれていた。
「仲良くやれるといいね」
「そうね」
「そうだな」
「大丈夫ですよ。僕達なら」
「アハハ。確かにそうかも」
皆が笑い合う中で、野原だけが無言で窓の外を眺めていた。
雛が気付き傍まで歩み寄って、そっと声をかける。
「野原隊長?」
「……ん、どうした友江?」
「浮かない顔してますよ。何かあったんですか?」
「いや。何でもない」
雛にジッと見つめられて、野原は仕方なく心情を言葉にする。
こういう仕草は、両親に似ているのだ。
準備室時代、誠太や瞬菜にそうされると、野原は最後まで抵抗出来なかった。
「和泉の事だ。アイツは大丈夫だろうか、とな」
「私達でさえショックでしたから、和泉隊長はもっと辛い筈ですね」
「友江も優しく受け入れて欲しい。頼めるだろうか?」
「勿論ですよ、これからは一緒に戦う仲間になるんですから。嬉しい事や楽しい事、一緒に増やせたら良いなって思ってます」
野原が視線を向けると、雛は優しく微笑んでいた。
嬉しい事や楽しい事とやらに思いを馳せて、手を胸に当てはにかむ姿。
母親の瞬菜に瓜二つで、懐かしい。
そっくりな顔で、同じような事を言って同じような仕草をするとは面白い、と彼は眺める。
「これからは、もっと大変になるんだぞ?辛い事ばかりかも知れない」
「それなら、半分こですよ。…あっ、これからは突入班の皆で八等分になるのかな」
「八等分か。課長の分は?」
「それならお爺ちゃんと…そうだ、父さんと母さんにも協力してもらいましょう。本部長も心配してくれるらしいので、…うわぁ十二等分だ!」
「随分軽くなりそうだな」
「もうペラペラケーキですよ。食べた気しないなぁ」
「ケーキに例えるのか…」
実は、特警隊にとって波乱万丈の年明けであった。
それを気付く筈も無い、ライトスタッフの彼ら。
この変わらない元気さは、いつまで続くのだろう。
■『傍観』 終/物語は第二章へ続く■
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