傍観
クリスマスからの賑わいが収まらぬまま迎えようとしている、『年越し』という一年最後のイベント。
しかし、それに乗じて浮かれてはいられない職業があるのもまた然り。
「歳末特別警戒、かぁ」
「何もこんな時に、特別にしなくても良いのにねぇ」
「こんな時、だからでしょ」
既にこの会話は、何度も繰り返されている。
ホワイトボードのスケジュールには、やる気の全く無い二人の視線が集中していた。
「これから正念場を迎えるって言うのに、だらけてる場合じゃないぞ」
「そうだよ。いつどんな出動がかかるか分からないのに」
「出動には備えてあるわよ。とっくの昔に」
「零式と銃器はメンテ完了。充電も残弾も補充バッチリッス」
「ついでに現場に持ってく端末類も、充電と予備バッテリーは準備万端よ」
「有難うございます御影さん。助かりました」
「…あたし達が暇だっただけよ」
「ついでに、パトカーのトランク整理までやった位だもんな」
「珍しく、未決処理早かったと思えば…」
車両のトランク内整理は、用具箱から飛び出した工具を探したついでだったが。
開発班の二人は、そこまで暇だったらしい。
尚、一般的な暇潰しは仮眠か自主トレ、マニュアルや捜査資料等を用いた自習である。
《未決処理》と呼ばれる仕事は暇潰しではなく、大事なデスクワークだ。
「これだけやったのにさ。全っ然、オレ達にお呼び掛からないんだもんな」
「そうよ!非番の日に限って、出動事案あったじゃない」
非難轟々の正体は、毎度お馴染みの勇磨と御影。
この開発室コンビ、思考回路の一部が互いに良く似ているようだ。
その相棒である雛と高井は、どうしようもなく溜息しか出てこない始末。
「珍しい事がこんなに重なるなんて。雪でも降るんじゃないのか?」
「高井さん。それはヒドイッス」
「唯一のお楽しみだった巡回警邏だって、暫くは中止なんだもん」
「──ほぉ。楽しみにしてたのか、蔵間は」
課長室から戻ってきて早々、野原が「そりゃ意外だ」と突っ込みを入れた。
案の定、御影はしどろもどろになる。
「え?…いえ、あの。隊長?」
「それなら、ゆりかもめと臨海線のテロ警備の頭数に入れてやろう。台場署も人手が足りないらしいし、大いに喜んでくれる」
「げ」
「志原もだな。『寝ずの立ち番させてくれ』って言えば、きっと涙流して感謝されるだろう。そういうの、得意そうだもんな」
勇磨は慌てて、椅子から立ち上がった。
自分にまで、白羽の矢が立つとは。
「な、何でオレもなんスか!?」
「暇そうだから」
隊長用デスクから厚い瞼の細い目が、眼鏡越しにジロリと見つめている。
彼だけは隊長権限が必要な仕事が目白押しで、今日も大変だ。
「二日酔いの次は、暇人。大層なご身分じゃないか」
「いや、あの。それは」
これは野原なりの冗談である、が…
顔が笑えていないが故に、説教か冷たい皮肉にしか取られていないようだ。
「イヤだわ隊長。一番楽しみにしてるのは、雛ですってば」
「わ、私に振らないでよ⁉」
「友江はきちんとパトロールをこなしてから、スイーツ買い漁りに行ってる。サボる暇見つけに行くお前さん達とは違うだろう」
「バレてるし!!」
「サボる暇じゃなくて、『開発のヒント見つけに』ですってば!」
「…二人共、本当にちゃんと警察官やってるのか?」
高井の疑問はもっともだ。
野原の片眉が上がったが、これは笑う代わりの仕草。
「オレは違うッスよ⁉雛と一緒にパトロール出来るのが嬉しくて、張り切ってるッスからね!」
「志原裏切る訳ぇ⁉あたしだって頑張ってるわよ!毎度大変なんだから」
「誰も裏切ってないし!」
「…」
シリアスな合同会議を経験したのに、元気だなと思う野原。
重たい未来をいきなり突き付けられて、己の進退問題と向き合う羽目になったというのに。
彼らは無事乗り越えたと判断しても良いのか。
それとも、シリアスとは思っていなかったのか?
目前の若者達の思考が、まだイマイチ分かっていない長である。
「やる気があるのは良い事だ。大田の第二は、機動隊の手伝いで羽田で立ち番決定だと。なんなら、そっちに送ってやろうか?」
「えぇっ!!?」
「和泉の事、えらく気に入ってるみたいだしな。アイツも喜んで預かってくれるさ」
しかし、数日も経たない内に土壇場でキャンセルをせざるを得ない状況に陥ってしまうのだが。
当然、この頃の彼らが知る由も無い。
高井は、野原の湯飲みに茶を注ぎながら苦笑していた。
「和泉隊長も大変ですね」
「膝元の城南エリアには、討伐軍の中でも面倒臭そうな連中が潜伏しだしたって話だ。本部としても一掃したいだろうし」
「当然、俺達も応援に行く…と」
「第二隊には何度も世話になってる。傍観決め込む訳にはいかない」
「面倒臭そうな連中というのが、問題ですね。俺達でも相手出来そうですか?」
「前みたいな合同作戦で攻め込めば、無事に帰れると思うが……」
第二隊の長は、野原が「唯一の後輩」と称した和泉である。
いつの間にか自分を追い越し、『随分と優秀な同僚』に変わっていた。
心配以外にも募った想いは、以前より多大に増えている。
「和泉隊長の事が心配ですか?」
高井の意地悪な質問に、湯飲みを受け取った野原の手が止まった。
そのまま高井の顔を見る。
「自白剤は入ってませんよ」
「シレッと怖い事言うな、高井。……アイツなら大丈夫だ」
「顔には、そう書いてませんよ?」
「高井の読み間違いだ。何せ隊員達は猛者揃い、傍には立派な管理官殿が居るんだから」
「野原隊長、オレ達の評価は?」
「一部の個性が色濃く出過ぎた、落ちこぼれヒヨッ子軍団」
「えぇ~っ!!」
「冗談だ、冗談」
御影と勇磨が、同時にブーイングを始める。
野原はそれを受け流し、茶に口を付けた。
好みの濃さへの喜びが、思わず吐息に漏れる。
「確かに個性派揃いだが、お前さん達も優秀だと思うよ。前に和泉も褒めてた」
「やったー♪」
「特に『武器開発に関する意欲』は、隊の中でダントツだそうだ。他の隊にも、良い刺激になってるらしい」
「あらまぁ。流石は和泉隊長だわ」
「違う隊なのに、俺達の事ちゃんと見てくれてるんだな」
「隊の交流に一番力を注いでいる人ですもんね。本当に、流石だなぁ」
「おいおい。俺は本部からの評価結果を言ってるんだぞ?和泉は全く凄くないし、真似したら地獄を見るからな」
和泉の事になると皆、尊敬モードに入るではないか。
自分の時とは態度が違うので、野原は寂しい以上嫉妬未満のモヤモヤを抱く。
そして、己の寡黙さと不器用さを恨むのであった。
『──注意、注意。管轄周辺にて、エリア警戒レベル上昇を確認しました』
「えっ!?」
「何だ!?」
「いつの間に、システムが喋るようになったんだ?」
「あぁ、昨夜のメンテナンスでアップデートがあってな。葉月が少しでも楽になるよう、『音声でお知らせ支援』をお試しでオンにしてみた」
「おぉーっ!」
「良かったですね、葉月さん」
「はい!隊長、有難うございます!!」
「早速確認だ。葉月、頼むぞ」
「了解です!」
第五隊突入班のシステム操作担当は、葉月のみ。
《隊長権限行使》を指定されている作業は野原が行うが、常時ではない。
ほとんどFB(フルバック)役に任せてある。
隊員達の中でマトモに扱えるのが他に居ないので、彼が休憩中の時は野原か正之助が「留守番」と称して監視を行っている状態だ。
システム内で一番使用される機能《スターシーカー》にも、過去に便利そうなアシスタント機能がテスト追加されていた。
何故か封印されているので、仕方なく今回の自動音声機能を選択したという。
「俺もいい加減、使い方覚えないとな」
「この間、隊長に何か教えてもらってませんでしたっけ?」
「あれは、現場(そと)で使う端末の裏機能だ。それもシステムとリンクしてるから、やっぱり操作を覚えないといけなくて」
「高井さんは副隊長だけじゃなく、隊長代行も頼まれそうですもんね」
「そうなんだよ。もう一人、早く誰か就いてくれないと…オーバーワークになっちまう」
「うぅ…」
「雛、頑張れ」
「応援してるわよ。雛」
システムの管制席に座って、自動的にスリープが解除された機能を操作していく葉月。
その周りに皆が集まりだす。
壁のモニターがアラートと共に、『出動事案発生』のアイコンを点灯させた。
ランプも光っているが、第五への出動要請が来た時の色ではない。
受理したのは第二隊との事で、地図などの詳細が次々とモニターに現れる。
青色のアイコン群が、夢の森との管轄境界付近で展開していた。
「今度は出動命令?」
「ウチじゃないのか?」
「第二隊へ要請が出ました。…僕達が噂しちゃった所為でしょうか」
「えっ!?」
「どれどれ」
全員が一斉にモニターを覗き込む。
「葉月、回線オープン。データ共有(ユニゾン)待機、来たら直ぐに承認」
「了解です。データ受信待機に入ります」
「ん。他の者は応援出動に備えろ」
「はい!」
野原が手早く指示を出し、第二隊へ電話を繋ぐ。
先程まで気怠そうにしていた二人にも、緊張が走った。
──数時間後。
第五特警隊オフィスには、再びやる気の無い二人の光景がある。
先程と違うのは、課長室から正之助が出てきた事と、視線がテレビに向けられている事位であった。
あれから応援要請は入らず、第五隊はデータの共有だけで終わった。
忙しかったのは、葉月と長二人だ。
「和泉隊長、また美味しいトコ独り占めだー!」
「第一隊まで映ってるじゃないの。テレビまで来てたとは、本当に羨ましいわ~」
「相変わらず凛々しいですね、和泉隊長」
「そうだね葉月さん。特警隊唯一の女性隊長でしかもGW(ガードウィング)なんだもん、本当に格好良いよ」
「雛も充分早いよ…。和泉隊長はもっと強いけどな」
「女隊長で最前線のフォワード。そして強いなんて、本当謎な人よね」
「ねー!頭の中のマルチタスクとか、どうなってるんだろ?どんな鍛錬してるのかなぁ?」
葉月と雛が画面に所々でチラリと映る人物へ、尊敬の眼差しを送っている。
それに苦笑しながら、御影と勇磨が改造用の資材カタログを捲りつつ相槌を打っていた。
……すっかり寛いでいるではないか。
「雛、それは流石に解剖しないと判らないわよ。野原隊長に《戦竜》で殴られて、阻止されそうだけど」
「無事には済まないね…」
「あぁ、戦竜も改造してみたい!零式みたいに電撃使えるようにするとか、どうよ蔵間?」
「先端にスタンニードル仕込むとか?面白そうね」
「だな!」
隊長と副隊長コンビはそんな四人に構わず、正之助を交え冷静に事件を振り返る。
管制ブースのPCモニターを睨み、第二隊の現場報告を追々確認しながら、難しい顔をしていた。
「寄りによって、仲の悪い風杜君と共闘とは。お嬢も可哀想に」
「仕方ないですよ。今回第一は支援という形で、別行動だったみたいですが」
「社さんに仕切らせて正解だった、統率が取れないもんな。本来通り、第三に支援させれば良かったものを」
「…風杜さん、まだアニキ風吹かせているんですか?日ノ山さんもそろそろ、ハッキリ断わらないと」
「だね。新規後発隊支援なんて、とっくに時期が過ぎてる」
「第一と第三は、何だか奇妙な絆ですね。元本隊時代からの関係とは聞いていましたが」
高井が怪訝な顔になるのも仕方なかった。
全部で五人居る隊長同士の絆は、全て良好とはいえない。
かなりいびつな状態である。
「勝気な風杜君が、気弱な日ノ山君を支配しているようなもんだ。高井副隊長は、真似しちゃダメだぞ?」
「はい。蔵間にそんな事したくありません」
「そうだよ。過保護は、育たない悪因にしかならない」
「過保護は育たない……」
風杜と日ノ山の本隊から続くペア関係は、あまり良い影響を与えていないようだ。
自分と和泉もそうなってしまわないようにと、野原は肝に銘じた。
「ロータリーに街宣車乗り付けてきたかと思いきや、所轄のパトカーへ発砲か。怪我人が出なくて良かった」
「しかし。シュプレヒコールはデタラメだったそうじゃないですか」
「こないだの、偽取材事件のやり口と似ている。またピースソウルが絡んでいたと見て、間違いないだろう」
「特警隊への挑発か。懲りない連中だな…」
課長である正之助の考えは、和泉と同じだった。
「討伐軍も人手が足りないのか?随分と滅茶苦茶だな」
「最近の手段が、いつものから支離滅裂な物まで『何でもあり』になってきましたよね」
「だな。ヤケクソなのか、あるいは統率が取れなくなったのか」
「うーん。隊の強化、間に合えば良いけどねぇ…」
「課長?」
ここで野原は、不満と心配が混ざったような表情を浮かべる正之助を見た。
「本庁の反対派の動きが、ここの所かなり不穏らしいんだ。これが嫌な前触れでないと良いんだが」
「不吉だと?」
「あぁ。どうも、嫌な予感が益々拭えなくなってる。二人も反対派(そと)の動きには、くれぐれも気を付けてくれ」
「はい」
「他のメンバーにはどうやって注意喚起を?隊長(おれの)権限で会議開きましょうか?」
「私が直接、班長へ話に行ってくるよ。ついでに『友江家推薦の甘い物』でも配るさ」
「ご親戚の新作でしたっけ。一族揃って甘味好きなんですね」
「うん、お嬢の所にも配ろうと思ってたんだけどね。流石に忙しくて、城南まで行ってられなくてさぁ…」
野原は自分の隊だけでなく、後輩が率いる環境も懸念した。
先日の報告会議の時に会った、いつもの元気に欠ける彼女の姿、そして笑顔。
思い返せば、「第五の課長が倒れた」と聞いて飛んできた時からそうだったかも知れない。
病院へ直行したかっただろうに、本部長命令で第五隊の様子を見てから寄る事となった和泉。
正之助の顔を見るまで、ずっと堅い顔のままだった。
例の事件後から、友江家の事へ敏感に反応してきた証拠となるだろう。
そして迎えた、あの合同会議。
「自分一人では自信が無い」なんて言って苦笑していたが、どれ程思い悩んだ事か。
野原でさえ眠れないくらいだったのだから、第二隊唯一の先駆隊残党である彼女の苦悩は計り知れない。
会議中ほとんど話さなかったのは、事件を思い出して苦しかったからではないのか。
自分や雛のPTSDの痛みや苦しさを、代わりに引き受けてくれていたように感じていた。
正之助の心配と相まって、ずっと野原の頭から離れない。
しかし、それに乗じて浮かれてはいられない職業があるのもまた然り。
「歳末特別警戒、かぁ」
「何もこんな時に、特別にしなくても良いのにねぇ」
「こんな時、だからでしょ」
既にこの会話は、何度も繰り返されている。
ホワイトボードのスケジュールには、やる気の全く無い二人の視線が集中していた。
「これから正念場を迎えるって言うのに、だらけてる場合じゃないぞ」
「そうだよ。いつどんな出動がかかるか分からないのに」
「出動には備えてあるわよ。とっくの昔に」
「零式と銃器はメンテ完了。充電も残弾も補充バッチリッス」
「ついでに現場に持ってく端末類も、充電と予備バッテリーは準備万端よ」
「有難うございます御影さん。助かりました」
「…あたし達が暇だっただけよ」
「ついでに、パトカーのトランク整理までやった位だもんな」
「珍しく、未決処理早かったと思えば…」
車両のトランク内整理は、用具箱から飛び出した工具を探したついでだったが。
開発班の二人は、そこまで暇だったらしい。
尚、一般的な暇潰しは仮眠か自主トレ、マニュアルや捜査資料等を用いた自習である。
《未決処理》と呼ばれる仕事は暇潰しではなく、大事なデスクワークだ。
「これだけやったのにさ。全っ然、オレ達にお呼び掛からないんだもんな」
「そうよ!非番の日に限って、出動事案あったじゃない」
非難轟々の正体は、毎度お馴染みの勇磨と御影。
この開発室コンビ、思考回路の一部が互いに良く似ているようだ。
その相棒である雛と高井は、どうしようもなく溜息しか出てこない始末。
「珍しい事がこんなに重なるなんて。雪でも降るんじゃないのか?」
「高井さん。それはヒドイッス」
「唯一のお楽しみだった巡回警邏だって、暫くは中止なんだもん」
「──ほぉ。楽しみにしてたのか、蔵間は」
課長室から戻ってきて早々、野原が「そりゃ意外だ」と突っ込みを入れた。
案の定、御影はしどろもどろになる。
「え?…いえ、あの。隊長?」
「それなら、ゆりかもめと臨海線のテロ警備の頭数に入れてやろう。台場署も人手が足りないらしいし、大いに喜んでくれる」
「げ」
「志原もだな。『寝ずの立ち番させてくれ』って言えば、きっと涙流して感謝されるだろう。そういうの、得意そうだもんな」
勇磨は慌てて、椅子から立ち上がった。
自分にまで、白羽の矢が立つとは。
「な、何でオレもなんスか!?」
「暇そうだから」
隊長用デスクから厚い瞼の細い目が、眼鏡越しにジロリと見つめている。
彼だけは隊長権限が必要な仕事が目白押しで、今日も大変だ。
「二日酔いの次は、暇人。大層なご身分じゃないか」
「いや、あの。それは」
これは野原なりの冗談である、が…
顔が笑えていないが故に、説教か冷たい皮肉にしか取られていないようだ。
「イヤだわ隊長。一番楽しみにしてるのは、雛ですってば」
「わ、私に振らないでよ⁉」
「友江はきちんとパトロールをこなしてから、スイーツ買い漁りに行ってる。サボる暇見つけに行くお前さん達とは違うだろう」
「バレてるし!!」
「サボる暇じゃなくて、『開発のヒント見つけに』ですってば!」
「…二人共、本当にちゃんと警察官やってるのか?」
高井の疑問はもっともだ。
野原の片眉が上がったが、これは笑う代わりの仕草。
「オレは違うッスよ⁉雛と一緒にパトロール出来るのが嬉しくて、張り切ってるッスからね!」
「志原裏切る訳ぇ⁉あたしだって頑張ってるわよ!毎度大変なんだから」
「誰も裏切ってないし!」
「…」
シリアスな合同会議を経験したのに、元気だなと思う野原。
重たい未来をいきなり突き付けられて、己の進退問題と向き合う羽目になったというのに。
彼らは無事乗り越えたと判断しても良いのか。
それとも、シリアスとは思っていなかったのか?
目前の若者達の思考が、まだイマイチ分かっていない長である。
「やる気があるのは良い事だ。大田の第二は、機動隊の手伝いで羽田で立ち番決定だと。なんなら、そっちに送ってやろうか?」
「えぇっ!!?」
「和泉の事、えらく気に入ってるみたいだしな。アイツも喜んで預かってくれるさ」
しかし、数日も経たない内に土壇場でキャンセルをせざるを得ない状況に陥ってしまうのだが。
当然、この頃の彼らが知る由も無い。
高井は、野原の湯飲みに茶を注ぎながら苦笑していた。
「和泉隊長も大変ですね」
「膝元の城南エリアには、討伐軍の中でも面倒臭そうな連中が潜伏しだしたって話だ。本部としても一掃したいだろうし」
「当然、俺達も応援に行く…と」
「第二隊には何度も世話になってる。傍観決め込む訳にはいかない」
「面倒臭そうな連中というのが、問題ですね。俺達でも相手出来そうですか?」
「前みたいな合同作戦で攻め込めば、無事に帰れると思うが……」
第二隊の長は、野原が「唯一の後輩」と称した和泉である。
いつの間にか自分を追い越し、『随分と優秀な同僚』に変わっていた。
心配以外にも募った想いは、以前より多大に増えている。
「和泉隊長の事が心配ですか?」
高井の意地悪な質問に、湯飲みを受け取った野原の手が止まった。
そのまま高井の顔を見る。
「自白剤は入ってませんよ」
「シレッと怖い事言うな、高井。……アイツなら大丈夫だ」
「顔には、そう書いてませんよ?」
「高井の読み間違いだ。何せ隊員達は猛者揃い、傍には立派な管理官殿が居るんだから」
「野原隊長、オレ達の評価は?」
「一部の個性が色濃く出過ぎた、落ちこぼれヒヨッ子軍団」
「えぇ~っ!!」
「冗談だ、冗談」
御影と勇磨が、同時にブーイングを始める。
野原はそれを受け流し、茶に口を付けた。
好みの濃さへの喜びが、思わず吐息に漏れる。
「確かに個性派揃いだが、お前さん達も優秀だと思うよ。前に和泉も褒めてた」
「やったー♪」
「特に『武器開発に関する意欲』は、隊の中でダントツだそうだ。他の隊にも、良い刺激になってるらしい」
「あらまぁ。流石は和泉隊長だわ」
「違う隊なのに、俺達の事ちゃんと見てくれてるんだな」
「隊の交流に一番力を注いでいる人ですもんね。本当に、流石だなぁ」
「おいおい。俺は本部からの評価結果を言ってるんだぞ?和泉は全く凄くないし、真似したら地獄を見るからな」
和泉の事になると皆、尊敬モードに入るではないか。
自分の時とは態度が違うので、野原は寂しい以上嫉妬未満のモヤモヤを抱く。
そして、己の寡黙さと不器用さを恨むのであった。
『──注意、注意。管轄周辺にて、エリア警戒レベル上昇を確認しました』
「えっ!?」
「何だ!?」
「いつの間に、システムが喋るようになったんだ?」
「あぁ、昨夜のメンテナンスでアップデートがあってな。葉月が少しでも楽になるよう、『音声でお知らせ支援』をお試しでオンにしてみた」
「おぉーっ!」
「良かったですね、葉月さん」
「はい!隊長、有難うございます!!」
「早速確認だ。葉月、頼むぞ」
「了解です!」
第五隊突入班のシステム操作担当は、葉月のみ。
《隊長権限行使》を指定されている作業は野原が行うが、常時ではない。
ほとんどFB(フルバック)役に任せてある。
隊員達の中でマトモに扱えるのが他に居ないので、彼が休憩中の時は野原か正之助が「留守番」と称して監視を行っている状態だ。
システム内で一番使用される機能《スターシーカー》にも、過去に便利そうなアシスタント機能がテスト追加されていた。
何故か封印されているので、仕方なく今回の自動音声機能を選択したという。
「俺もいい加減、使い方覚えないとな」
「この間、隊長に何か教えてもらってませんでしたっけ?」
「あれは、現場(そと)で使う端末の裏機能だ。それもシステムとリンクしてるから、やっぱり操作を覚えないといけなくて」
「高井さんは副隊長だけじゃなく、隊長代行も頼まれそうですもんね」
「そうなんだよ。もう一人、早く誰か就いてくれないと…オーバーワークになっちまう」
「うぅ…」
「雛、頑張れ」
「応援してるわよ。雛」
システムの管制席に座って、自動的にスリープが解除された機能を操作していく葉月。
その周りに皆が集まりだす。
壁のモニターがアラートと共に、『出動事案発生』のアイコンを点灯させた。
ランプも光っているが、第五への出動要請が来た時の色ではない。
受理したのは第二隊との事で、地図などの詳細が次々とモニターに現れる。
青色のアイコン群が、夢の森との管轄境界付近で展開していた。
「今度は出動命令?」
「ウチじゃないのか?」
「第二隊へ要請が出ました。…僕達が噂しちゃった所為でしょうか」
「えっ!?」
「どれどれ」
全員が一斉にモニターを覗き込む。
「葉月、回線オープン。データ共有(ユニゾン)待機、来たら直ぐに承認」
「了解です。データ受信待機に入ります」
「ん。他の者は応援出動に備えろ」
「はい!」
野原が手早く指示を出し、第二隊へ電話を繋ぐ。
先程まで気怠そうにしていた二人にも、緊張が走った。
──数時間後。
第五特警隊オフィスには、再びやる気の無い二人の光景がある。
先程と違うのは、課長室から正之助が出てきた事と、視線がテレビに向けられている事位であった。
あれから応援要請は入らず、第五隊はデータの共有だけで終わった。
忙しかったのは、葉月と長二人だ。
「和泉隊長、また美味しいトコ独り占めだー!」
「第一隊まで映ってるじゃないの。テレビまで来てたとは、本当に羨ましいわ~」
「相変わらず凛々しいですね、和泉隊長」
「そうだね葉月さん。特警隊唯一の女性隊長でしかもGW(ガードウィング)なんだもん、本当に格好良いよ」
「雛も充分早いよ…。和泉隊長はもっと強いけどな」
「女隊長で最前線のフォワード。そして強いなんて、本当謎な人よね」
「ねー!頭の中のマルチタスクとか、どうなってるんだろ?どんな鍛錬してるのかなぁ?」
葉月と雛が画面に所々でチラリと映る人物へ、尊敬の眼差しを送っている。
それに苦笑しながら、御影と勇磨が改造用の資材カタログを捲りつつ相槌を打っていた。
……すっかり寛いでいるではないか。
「雛、それは流石に解剖しないと判らないわよ。野原隊長に《戦竜》で殴られて、阻止されそうだけど」
「無事には済まないね…」
「あぁ、戦竜も改造してみたい!零式みたいに電撃使えるようにするとか、どうよ蔵間?」
「先端にスタンニードル仕込むとか?面白そうね」
「だな!」
隊長と副隊長コンビはそんな四人に構わず、正之助を交え冷静に事件を振り返る。
管制ブースのPCモニターを睨み、第二隊の現場報告を追々確認しながら、難しい顔をしていた。
「寄りによって、仲の悪い風杜君と共闘とは。お嬢も可哀想に」
「仕方ないですよ。今回第一は支援という形で、別行動だったみたいですが」
「社さんに仕切らせて正解だった、統率が取れないもんな。本来通り、第三に支援させれば良かったものを」
「…風杜さん、まだアニキ風吹かせているんですか?日ノ山さんもそろそろ、ハッキリ断わらないと」
「だね。新規後発隊支援なんて、とっくに時期が過ぎてる」
「第一と第三は、何だか奇妙な絆ですね。元本隊時代からの関係とは聞いていましたが」
高井が怪訝な顔になるのも仕方なかった。
全部で五人居る隊長同士の絆は、全て良好とはいえない。
かなりいびつな状態である。
「勝気な風杜君が、気弱な日ノ山君を支配しているようなもんだ。高井副隊長は、真似しちゃダメだぞ?」
「はい。蔵間にそんな事したくありません」
「そうだよ。過保護は、育たない悪因にしかならない」
「過保護は育たない……」
風杜と日ノ山の本隊から続くペア関係は、あまり良い影響を与えていないようだ。
自分と和泉もそうなってしまわないようにと、野原は肝に銘じた。
「ロータリーに街宣車乗り付けてきたかと思いきや、所轄のパトカーへ発砲か。怪我人が出なくて良かった」
「しかし。シュプレヒコールはデタラメだったそうじゃないですか」
「こないだの、偽取材事件のやり口と似ている。またピースソウルが絡んでいたと見て、間違いないだろう」
「特警隊への挑発か。懲りない連中だな…」
課長である正之助の考えは、和泉と同じだった。
「討伐軍も人手が足りないのか?随分と滅茶苦茶だな」
「最近の手段が、いつものから支離滅裂な物まで『何でもあり』になってきましたよね」
「だな。ヤケクソなのか、あるいは統率が取れなくなったのか」
「うーん。隊の強化、間に合えば良いけどねぇ…」
「課長?」
ここで野原は、不満と心配が混ざったような表情を浮かべる正之助を見た。
「本庁の反対派の動きが、ここの所かなり不穏らしいんだ。これが嫌な前触れでないと良いんだが」
「不吉だと?」
「あぁ。どうも、嫌な予感が益々拭えなくなってる。二人も反対派(そと)の動きには、くれぐれも気を付けてくれ」
「はい」
「他のメンバーにはどうやって注意喚起を?隊長(おれの)権限で会議開きましょうか?」
「私が直接、班長へ話に行ってくるよ。ついでに『友江家推薦の甘い物』でも配るさ」
「ご親戚の新作でしたっけ。一族揃って甘味好きなんですね」
「うん、お嬢の所にも配ろうと思ってたんだけどね。流石に忙しくて、城南まで行ってられなくてさぁ…」
野原は自分の隊だけでなく、後輩が率いる環境も懸念した。
先日の報告会議の時に会った、いつもの元気に欠ける彼女の姿、そして笑顔。
思い返せば、「第五の課長が倒れた」と聞いて飛んできた時からそうだったかも知れない。
病院へ直行したかっただろうに、本部長命令で第五隊の様子を見てから寄る事となった和泉。
正之助の顔を見るまで、ずっと堅い顔のままだった。
例の事件後から、友江家の事へ敏感に反応してきた証拠となるだろう。
そして迎えた、あの合同会議。
「自分一人では自信が無い」なんて言って苦笑していたが、どれ程思い悩んだ事か。
野原でさえ眠れないくらいだったのだから、第二隊唯一の先駆隊残党である彼女の苦悩は計り知れない。
会議中ほとんど話さなかったのは、事件を思い出して苦しかったからではないのか。
自分や雛のPTSDの痛みや苦しさを、代わりに引き受けてくれていたように感じていた。
正之助の心配と相まって、ずっと野原の頭から離れない。
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