共有-ユニゾン-
彼らの少し遅い昼も過ぎ、午後の巡回警邏の時間となった。
本部からの通達によると、今日で一旦終了するとの事。
当面は、訓練や捜査に時間を割り当てる。
想定される『重大犯罪』への、対策準備期間を設けたいようだ。
テロ警備の一環として特警隊がやっていた、重点警戒区域の巡回業務。
が、何処に潜んでいるか解からない犯人を「無用に刺激し兼ねない」と判断したらしい。
本部からの根回しにより、所轄の地域課と交通課へ委ねられた。
雛と勇磨は、海側の沿線を第一夢の森橋まで巡回するルートを担当していた。
往路は雛の運転だ。
今日はいつにも増して、ミニパトをゆっくりと進めている。
「パトロール、暫くお休みになるんだね」
「らしいな。…って事は、買出しの機会も減る訳だ」
「勇磨も、羽を伸ばしにくくなるんじゃない?」
「雛こそ。好物もそうそう、買ってられなくなるだろ」
「…そうかも」
雛は残念そうに微笑んだ。
先程ちらついた雪が、それまでの二人の沈黙を埋めた。
折り返し地点まで来て、やっとの事である。
「こっから帰りだ。運転変わろうぜ」
「有難う。それじゃ、お願いします」
「おう」
春、生身を省みず共に爆弾を探しまわった桜並木の前。
厚い雲が覆い薄暗い天気の中、所々がうっすらと雪を被っている。
雛はハザードランプを点け、ミニパトを路肩に寄せて停めた。
勇磨と運転を交代し、助手席に乗り直す。
「外、寒いな」
「雪降った後だもん。木も寒そう」
「そうだな」
数秒の間景色を眺めて、勇磨は運転席に乗り込んだ。
ドアを閉めて、一つの決心をする。
「…雛。話がある」
「なに?」
穏やかな相棒の顔が振り向く。
勇磨は緊張で硬直する全身ごと、大きく深呼吸した。
「オレ…」
「ん?」
このままでは、クリスマスの夜と同じだ。
しかし、先に浮かんだのは告白を焦る言葉ではなかった。
「オレ…。帰ったら、申請書返そうと思う」
「え…っ」
雛は言葉が続かない。
「これで、ウチの隊は全員存続決定だよ。オレが最後だったんだ」
「勇磨──」
「オレはそれで良いんじゃない、それ『が』良いんだ。自分が後悔しない為に」
そう伝えた口元に、自然と穏やかな笑みが零れた。
彼女の声を遮って、先に自分の思いを紡いでいく。
今度こそちゃんと言葉にして、伝えるのだ。
「第五特警隊突入班の、CG(センターガード)の片割れとして。雛のコンビとして。最後まで責任を、任務を果たしたい」
最初は『憧れへの近道』として、仕方ないと思って決めた。
それだけでしかなかった。
いつの間にか特警隊員としての誇りと気概は、勇磨にもしっかり身についていたのだ。
「オレは確かにバカだ。だけど、これでも男だし。警察官だから」
「そう決めたのは、『SATに入りたい』って夢があるからだよね?今の部隊で引き返してたら、務まらないって」
勇磨は頷いた。
雛の冷静な視線は、正之助の時折見せる鋭いそれと似ている。
だが、今は恐れていられない。
「でも…。もしかしたら、その夢を適えるどころじゃなくなるかも知れなくなるんだよ?」
「うん」
そして、やはり何処か悲しげで。
彼女は、「判断と道を引き返すなら今の内だ」と言っているのだ。
しかし勇磨はもう迷わない。
「確かに、オレの夢はそうだよ。でも、それよりも大切な事が見付かったから」
「大切な事?それって、私が聞いても良い事…かな?」
問うた雛の言葉尻は、どんどん小さくなっていった。
恥じらいより、不安が勝っている。
「うん。雛には、ちゃんと聞いて欲しい」
「そ、そう。わかった」
とは、言ったものの。
己の静かな声とは裏腹である。
ハンドルを握ったままの手は、最早ジットリと汗ばんでいた。
心臓も彼女に聞こえそうな程、バクバクと音を立てている。
一方、雛は黙って勇磨を見つめていた。
「オレ、雛が…。雛の事が、好きだ」
「──っ!!?」
予想の『よ』すら出てこなかった言葉を聴いて、雛は驚きの余り声が出ない程だった。
二人共、先程の冷静さは何処へ行ったのだろうか。
「初めての出動で会った時から、ずっと気になってたんだ!」
「えっ…」
勇磨もそこまで言うと、思い切り赤面した。
態度がソワソワと挙動不審になり、全く落ち着けない。
脳内シミュレーションでは、重要な事だからもっと冷静で居られる筈だったのに。
離隊申請書の件にその精神力を、全部割り振ってしまったようだ。
「だ、だから。パートナーとしても絶対に最後まで守るんだって思って。その」
「…」
雛も、何と言って返事すれば良いのか解からず脳内が、口元が困惑している。
両親の不幸を聞いた時とも違っていて、こんな事態は初めてだった。
ただ…
「その、迷惑だったら。ゴメン。忘れてくれ」
「──違う」
ガバッと頭を下げた勇磨へ、やっと声を出せた。
恥ずかしいのは変わらないが、裏返らなくて助かった。
「違うの。全然、迷惑なんかじゃない。私こんな事、言われるの初めてで…」
「へ、初めて!?」
まさか、と勇磨は思った。
こんな優しくて可愛いくて武道も強い素敵な子を放っておくなんて、学校の男共は自分よりもバカ揃いだったのか。
いや、噂位はしていたかも知れない。
彼女が気付いていなかっただけ、という事もある。
現に、彼女以外の同僚はもとい保護者にすらモロバレだったのに。
当の彼女は、全然気付いていなかった。
頭を上げポカンと口を開けて、目を瞬く。
「うん。ずっと女子校だったし、警察学校入った後も勉強や訓練で、とっても忙しかったから」
雛は俯きながら、耳朶まで真っ赤になって答えた。
恥らうその姿は、制服を纏っていなければ明らかに警察官には見えない。
格闘系が得意なだけじゃなく上段位取得の猛者だなんて、誰が信じようか。
「あのね。初めて配属された部署で、御影以外知らない人ばかりで。『どうしよう』って思ってたんだ」
「高井さんの事は知らなかったのか?隊長は?」
「誰か一緒とか、署に来るまで全然知らなかったの。夢の森は『お爺ちゃんが課長らしい』って、何となくしか話聞けなかったんだ」
「そりゃ不安だよな。他は?」
「隊長は会ってから、『父さんの友達』って思い出す程度だったし。管理事務所の事件現場で皆に会って、『知り合いが二人も居た』ってやっと喜べたんだから」
「そうだったのか。オレの時は同じ時期の研修だったから、葉月さんと高井さんの顔は覚えてたんだ」
「こんな状態で、勇磨みたいな優しい人が一緒にコンビ組んでくれて。それだけでも嬉しかったのに」
「オレ、そんなに優しい…かな?」
雛は俯いたまま、こくこくと頷く。
「だからね。私は幸せ者なんだなって」
「その、雛にそんな風に言ってもらえるなんて。オレの方こそ、光栄だよ」
「わ、私なんかで。本当に、いいのかな……?」
勇磨自身もこんなにも本気の、文字通りの命懸けで惚れたのは初めてだ。
今度は彼が、激しく何度も頷く番となった。
採用試験を受ける時よりも、トリガーを引く時よりもずっと緊張している。
心臓が今にも飛び出そうな位の勢いで、音を立てていた。
「ありがとう」
その言葉を聞けるまで、勇磨は無意識の内に息を止めていた。
雛がいつまでも言わないでいたら、彼は酸欠でひっくり返っていたかも知れない。
真っ赤な顔のまま、雛は彼を見上げて微笑んだ。
「そ、その!……宜しくお願いします」
「こっ、こちらこそ!ありがとう」
勇磨は安堵感と達成感のような込み上げてくる感情に、眉間と口元を緩めた。
そのままハンドルに額をぶつける。
ゴンと音がした。
「ゆ、勇磨!?」
「オレ、本当にバカだからさ。『お前みたいな奴とは誰が付き合うか!』って、零式で殴られるんじゃないかと思った」
「私、そんな事しないよ」
「夢じゃないよな?」
「勇磨こそ。ドッキリの偽告白とかじゃ、ないよね?」
「そんな事する位なら、オレは《腐ったトマト弾最強版》の原液へ飛び込む。雛を悲しませたくない」
「駄目だよ!!きっと死んじゃうよ!?」
やはり雛も、アレが致死物だと判定していた事は置いておく。
雛は優しいから、思っていたような台詞をズケズケとは言わないだろう。
しかし、これが正之助の目前だったなら──
無事では済まなかったかも知れない。
もしも彼女の両親が生きていて、共にこの事を知ったのなら。
己の生存ゲージは、どれ位残るだろうか。
「勇磨はバカなんかじゃない、気持ちが素直な人なんだよ」
「雛、本当に優しいのな…」
『女神』ってのはこんな人の事を指すんだ、と心の底からそう思った。
そうだ、自分は特警隊の制服を着た女神と組んでいたのだと。
その証拠に、今までどんなに危なくても死ななかったし。
「──あ、大変!」
「…どした?」
彼の女神は、無線パネルの時刻表示を見て、声を上げた。
「帰隊時刻過ぎちゃったのに、全然連絡も入れてないよ!」
「ハイ?」
「隊長に『何があったんだ』って怒られちゃう」
「きたいじこく…」
まだ勇磨は腑抜けたまま。
目だけ動かすと、確かに巡回終了時刻を過ぎていた。
やっと正気が戻る。
「ヤバイ、もうこんな時間だったのかよ!?」
「どうしよう」
「遅れたのはオレの所為だ。雛は怒られないようにするから、大丈夫」
「勇磨…」
「とにかく、急いで帰ろう」
「うん!」
起き上がった勇磨は、とっくに冷えたエンジンを急いで掛け直した。
互いに命を掛け合って危険な現場をこなして行く彼らには、通常勤務時とは明らかに違う『絆』が生まれる。
より深く信頼し合う、強く確かなもの。
それが男女のコンビだった場合、恋愛感情が芽生え発展していくのも、異例ではなかった。
立場が警察官であろうともそれは関係なく、変わるものでもないようだ。
目前にした真冬にも負けず、第五特警隊の絆達はより強いものへと生まれ変わろうとしていた。
そして、事件と組織を動かす時も、彼らを包み込もうとしている。
■『共有-ユニゾン-』 終■
本部からの通達によると、今日で一旦終了するとの事。
当面は、訓練や捜査に時間を割り当てる。
想定される『重大犯罪』への、対策準備期間を設けたいようだ。
テロ警備の一環として特警隊がやっていた、重点警戒区域の巡回業務。
が、何処に潜んでいるか解からない犯人を「無用に刺激し兼ねない」と判断したらしい。
本部からの根回しにより、所轄の地域課と交通課へ委ねられた。
雛と勇磨は、海側の沿線を第一夢の森橋まで巡回するルートを担当していた。
往路は雛の運転だ。
今日はいつにも増して、ミニパトをゆっくりと進めている。
「パトロール、暫くお休みになるんだね」
「らしいな。…って事は、買出しの機会も減る訳だ」
「勇磨も、羽を伸ばしにくくなるんじゃない?」
「雛こそ。好物もそうそう、買ってられなくなるだろ」
「…そうかも」
雛は残念そうに微笑んだ。
先程ちらついた雪が、それまでの二人の沈黙を埋めた。
折り返し地点まで来て、やっとの事である。
「こっから帰りだ。運転変わろうぜ」
「有難う。それじゃ、お願いします」
「おう」
春、生身を省みず共に爆弾を探しまわった桜並木の前。
厚い雲が覆い薄暗い天気の中、所々がうっすらと雪を被っている。
雛はハザードランプを点け、ミニパトを路肩に寄せて停めた。
勇磨と運転を交代し、助手席に乗り直す。
「外、寒いな」
「雪降った後だもん。木も寒そう」
「そうだな」
数秒の間景色を眺めて、勇磨は運転席に乗り込んだ。
ドアを閉めて、一つの決心をする。
「…雛。話がある」
「なに?」
穏やかな相棒の顔が振り向く。
勇磨は緊張で硬直する全身ごと、大きく深呼吸した。
「オレ…」
「ん?」
このままでは、クリスマスの夜と同じだ。
しかし、先に浮かんだのは告白を焦る言葉ではなかった。
「オレ…。帰ったら、申請書返そうと思う」
「え…っ」
雛は言葉が続かない。
「これで、ウチの隊は全員存続決定だよ。オレが最後だったんだ」
「勇磨──」
「オレはそれで良いんじゃない、それ『が』良いんだ。自分が後悔しない為に」
そう伝えた口元に、自然と穏やかな笑みが零れた。
彼女の声を遮って、先に自分の思いを紡いでいく。
今度こそちゃんと言葉にして、伝えるのだ。
「第五特警隊突入班の、CG(センターガード)の片割れとして。雛のコンビとして。最後まで責任を、任務を果たしたい」
最初は『憧れへの近道』として、仕方ないと思って決めた。
それだけでしかなかった。
いつの間にか特警隊員としての誇りと気概は、勇磨にもしっかり身についていたのだ。
「オレは確かにバカだ。だけど、これでも男だし。警察官だから」
「そう決めたのは、『SATに入りたい』って夢があるからだよね?今の部隊で引き返してたら、務まらないって」
勇磨は頷いた。
雛の冷静な視線は、正之助の時折見せる鋭いそれと似ている。
だが、今は恐れていられない。
「でも…。もしかしたら、その夢を適えるどころじゃなくなるかも知れなくなるんだよ?」
「うん」
そして、やはり何処か悲しげで。
彼女は、「判断と道を引き返すなら今の内だ」と言っているのだ。
しかし勇磨はもう迷わない。
「確かに、オレの夢はそうだよ。でも、それよりも大切な事が見付かったから」
「大切な事?それって、私が聞いても良い事…かな?」
問うた雛の言葉尻は、どんどん小さくなっていった。
恥じらいより、不安が勝っている。
「うん。雛には、ちゃんと聞いて欲しい」
「そ、そう。わかった」
とは、言ったものの。
己の静かな声とは裏腹である。
ハンドルを握ったままの手は、最早ジットリと汗ばんでいた。
心臓も彼女に聞こえそうな程、バクバクと音を立てている。
一方、雛は黙って勇磨を見つめていた。
「オレ、雛が…。雛の事が、好きだ」
「──っ!!?」
予想の『よ』すら出てこなかった言葉を聴いて、雛は驚きの余り声が出ない程だった。
二人共、先程の冷静さは何処へ行ったのだろうか。
「初めての出動で会った時から、ずっと気になってたんだ!」
「えっ…」
勇磨もそこまで言うと、思い切り赤面した。
態度がソワソワと挙動不審になり、全く落ち着けない。
脳内シミュレーションでは、重要な事だからもっと冷静で居られる筈だったのに。
離隊申請書の件にその精神力を、全部割り振ってしまったようだ。
「だ、だから。パートナーとしても絶対に最後まで守るんだって思って。その」
「…」
雛も、何と言って返事すれば良いのか解からず脳内が、口元が困惑している。
両親の不幸を聞いた時とも違っていて、こんな事態は初めてだった。
ただ…
「その、迷惑だったら。ゴメン。忘れてくれ」
「──違う」
ガバッと頭を下げた勇磨へ、やっと声を出せた。
恥ずかしいのは変わらないが、裏返らなくて助かった。
「違うの。全然、迷惑なんかじゃない。私こんな事、言われるの初めてで…」
「へ、初めて!?」
まさか、と勇磨は思った。
こんな優しくて可愛いくて武道も強い素敵な子を放っておくなんて、学校の男共は自分よりもバカ揃いだったのか。
いや、噂位はしていたかも知れない。
彼女が気付いていなかっただけ、という事もある。
現に、彼女以外の同僚はもとい保護者にすらモロバレだったのに。
当の彼女は、全然気付いていなかった。
頭を上げポカンと口を開けて、目を瞬く。
「うん。ずっと女子校だったし、警察学校入った後も勉強や訓練で、とっても忙しかったから」
雛は俯きながら、耳朶まで真っ赤になって答えた。
恥らうその姿は、制服を纏っていなければ明らかに警察官には見えない。
格闘系が得意なだけじゃなく上段位取得の猛者だなんて、誰が信じようか。
「あのね。初めて配属された部署で、御影以外知らない人ばかりで。『どうしよう』って思ってたんだ」
「高井さんの事は知らなかったのか?隊長は?」
「誰か一緒とか、署に来るまで全然知らなかったの。夢の森は『お爺ちゃんが課長らしい』って、何となくしか話聞けなかったんだ」
「そりゃ不安だよな。他は?」
「隊長は会ってから、『父さんの友達』って思い出す程度だったし。管理事務所の事件現場で皆に会って、『知り合いが二人も居た』ってやっと喜べたんだから」
「そうだったのか。オレの時は同じ時期の研修だったから、葉月さんと高井さんの顔は覚えてたんだ」
「こんな状態で、勇磨みたいな優しい人が一緒にコンビ組んでくれて。それだけでも嬉しかったのに」
「オレ、そんなに優しい…かな?」
雛は俯いたまま、こくこくと頷く。
「だからね。私は幸せ者なんだなって」
「その、雛にそんな風に言ってもらえるなんて。オレの方こそ、光栄だよ」
「わ、私なんかで。本当に、いいのかな……?」
勇磨自身もこんなにも本気の、文字通りの命懸けで惚れたのは初めてだ。
今度は彼が、激しく何度も頷く番となった。
採用試験を受ける時よりも、トリガーを引く時よりもずっと緊張している。
心臓が今にも飛び出そうな位の勢いで、音を立てていた。
「ありがとう」
その言葉を聞けるまで、勇磨は無意識の内に息を止めていた。
雛がいつまでも言わないでいたら、彼は酸欠でひっくり返っていたかも知れない。
真っ赤な顔のまま、雛は彼を見上げて微笑んだ。
「そ、その!……宜しくお願いします」
「こっ、こちらこそ!ありがとう」
勇磨は安堵感と達成感のような込み上げてくる感情に、眉間と口元を緩めた。
そのままハンドルに額をぶつける。
ゴンと音がした。
「ゆ、勇磨!?」
「オレ、本当にバカだからさ。『お前みたいな奴とは誰が付き合うか!』って、零式で殴られるんじゃないかと思った」
「私、そんな事しないよ」
「夢じゃないよな?」
「勇磨こそ。ドッキリの偽告白とかじゃ、ないよね?」
「そんな事する位なら、オレは《腐ったトマト弾最強版》の原液へ飛び込む。雛を悲しませたくない」
「駄目だよ!!きっと死んじゃうよ!?」
やはり雛も、アレが致死物だと判定していた事は置いておく。
雛は優しいから、思っていたような台詞をズケズケとは言わないだろう。
しかし、これが正之助の目前だったなら──
無事では済まなかったかも知れない。
もしも彼女の両親が生きていて、共にこの事を知ったのなら。
己の生存ゲージは、どれ位残るだろうか。
「勇磨はバカなんかじゃない、気持ちが素直な人なんだよ」
「雛、本当に優しいのな…」
『女神』ってのはこんな人の事を指すんだ、と心の底からそう思った。
そうだ、自分は特警隊の制服を着た女神と組んでいたのだと。
その証拠に、今までどんなに危なくても死ななかったし。
「──あ、大変!」
「…どした?」
彼の女神は、無線パネルの時刻表示を見て、声を上げた。
「帰隊時刻過ぎちゃったのに、全然連絡も入れてないよ!」
「ハイ?」
「隊長に『何があったんだ』って怒られちゃう」
「きたいじこく…」
まだ勇磨は腑抜けたまま。
目だけ動かすと、確かに巡回終了時刻を過ぎていた。
やっと正気が戻る。
「ヤバイ、もうこんな時間だったのかよ!?」
「どうしよう」
「遅れたのはオレの所為だ。雛は怒られないようにするから、大丈夫」
「勇磨…」
「とにかく、急いで帰ろう」
「うん!」
起き上がった勇磨は、とっくに冷えたエンジンを急いで掛け直した。
互いに命を掛け合って危険な現場をこなして行く彼らには、通常勤務時とは明らかに違う『絆』が生まれる。
より深く信頼し合う、強く確かなもの。
それが男女のコンビだった場合、恋愛感情が芽生え発展していくのも、異例ではなかった。
立場が警察官であろうともそれは関係なく、変わるものでもないようだ。
目前にした真冬にも負けず、第五特警隊の絆達はより強いものへと生まれ変わろうとしていた。
そして、事件と組織を動かす時も、彼らを包み込もうとしている。
■『共有-ユニゾン-』 終■
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