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翌日。
宣言通り、正之助は早々と通常勤務へ復帰した。
それは普段と変わらぬ出勤ぶりで、隊員達は改めて彼のタフさを実感したと言う。
──そして、とうとうその時は訪れた。
「今日だけ、朝の巡回警邏は休みだ。交通課と地域課に頼んである」
野原は厳かに宣言した。
隣に立つ正之助も、いつになく真面目な顔をしている。
いつもなら半ば警察組織らしからぬ和やかムードの隊員室だが、今朝だけは空気が違っていた。
「今朝は、第二隊と合同で重要な会議を行う」
「第二隊ですか」
「うむ、和泉隊長の希望でな。…もうじき到着する頃だろう」
正之助が腕時計を見ながら答えた。
「ここで二隊合同じゃ狭いから、上の会議室へ移動してくれ。皆揃ったら始めるぞ」
「はい」
隊員達が立ち上がる。
勇磨と御影はチラリと雛を見るが、彼女は気付いていないのか無言だった。
今朝はそんなに会話をしていない。
いつも通りを装っても、双方共何処かぎこちなくなってしまうのだ。
…それはまるで、初日のよう。
雛はやっと視線に気付いて、淡く微笑んだ。
それにも、緊張と不安が混じっている。
「友江。ちょっと」
「はい」
野原に呼ばれ、二人の傍を離れる。
御影は、無意識の内に名を呼んだ。
「雛──」
「二人共、先に行ってて。すぐに追い掛けるから」
「…解かった」
後ろ髪を引かれる思いだったが、二人は会議室へと向かった。
第二隊の面子とは階段で合流し、会議室には突入班と他班の長達が揃った。
向かい合わせに二隊の隊員達が座り、前方に課長と隊長、班長陣がそれぞれ席に着く。
他班のメンバーは、それぞれのオフィスの自席で中継モニターを見ている。
野原が司会役となり、とうとう会議は始まった。
しかし実際の内容は、『報告会』という方が正しい。
「これより、第二・第五特警隊による合同会議を始めます」
「第五の友江警部だ。今回第二隊にわざわざご足労願ったのは、急ぎ組織としての『今後の方針』を決めなくてはならない事態が発生した為である」
和泉も神妙な面持ちで、隊長席に座っている。
彼女と正之助は、先日本庁で行われた第一・三隊と午後に八王子で行われた第四・教導隊の合同会議にも顔を出していた。
「これから話す内容を聞いた後、各自どう受け止めて行動していくか。…良く考えて欲しい」
昨夜、野原が勇磨達に言った言葉を、今度は正之助が全員に伝える。
…これは、例の事件後に当時の準備室長が、野原達先駆隊のメンバー全員に話したものと同じだった。
公にされることなく、未解決なままの『仲間の事件』を目の当たりにした彼らへ、己の進退を委ねた。
今度は正之助達が、それぞれの部下へ。
不本意ながらもそれと同じ事を、繰り返さなければならない。
準備室時代の事や、例の事件について、今まで明らかにされていなかった事柄全ての封印が解かれた。
巨大なディスプレイモニターを使い、和泉が全ての捜査資料を公開する。
野原が過去の事件ついての説明を始め、正之助が補足を入れる。
雛のお守りの中身も、証拠物件として皆の前に公開された。
関係者達が、遺族が、ずっと胸に秘めていた事。
先駆隊員の半分が、それの所為で離れていった事実。
組織から孤立させられたが故に、暗がりに取り残された存在であった『過去』。
親友、相棒、上司、婚約者…
そして、仲間。
それぞれの立場を取り巻いていた、謎と言う名の霧が晴れていく。
そして、自分達も常に二の舞になり兼ねない状況に置かれているという、現実を突きつけられる。
これに伴い、これまでの任務とは大きく異なるであろう、環境の変化。
格下の実験部隊にも拘わらず、求められる任務はSATや本隊のそれと、何ら変わらなくなる事。
それは、今まで以上に「命の保障はされない」と言っているのだ。
「ライトスタッフ」「個性的集団」などと謂れ、軽いフットワークでやってきた二隊の突入班にとって、重みを増す未来。
先駆隊残党からすれば、この会議は賭け同然である。
感情を交えず説明と報告は続けられたが、その一言一言に三人の思いは詰め込まれていた。
雛は他の隊員達に混ざって、静かに会議を見守っている。
他の隊員達も、言葉を失ったままじっと野原と正之助の話を聞いていた。
和泉の上司の佐野でさえも、隊員達同様で初めて知った内容だった。
そして、これからの危険な任務に向けて己の進退を委ねられた。
隊員の中には実験部隊へ“協力出向”の形で配属された者達が居る。
それを打ち切り帰ろうが、異動願いを出したり後方支援にまわろうとも、「自由だ」と正之助は言った。
任務として無理に割り切る必要はない、と。
書類一式を出すだけで、そんな危険から容易に逃れられるのだから。
「今回用意した公開項目は、以上で終わりです。後は、手元の捜査資料を参照するように」
「もう一度言うが、各自どう受け止めてこれから行動していくのかを良く考えて欲しい」
正之助は、最後に一言付け加えた。
「どんな結果を出そうとも、後悔だけはしないように。私からは以上だ」
「質問は?」
野原が見回すが、手を上げる者は居なかった。
「では、以上で合同会議を終了します。皆さんお疲れ様でした」
「両隊、各自通常勤務へ戻れ。解散」
隊長二人が立ち上がり、会議はお開きとなった。
重苦しい空気の中、先に立ち上がった正之助が扉を開ける。
他の皆も、ゆっくりと席を立ち始めた。
「──和泉」
階段前の踊り場で、野原が彼女を呼び止めた。
和泉は佐野達へ、先に降りているように指示する。
「先輩、おやっさん。今日は我儘聞いてもらって、有難うございました」
「他の三隊だって一緒にやってるんだ、気にするな」
「はい…。私一人だと、ちゃんと説明出来る自信が無かったので」
正之助が優しく肩を叩く。
にはは、と和泉は頭を掻いた。
「皆同じだよ。どうしても感情的な面が出てくるから、冷静に伝えるのは難しい」
「でも。結局私は、ほとんど話しませんでしたね」
「帰ったら、お嬢しか関係者は居ないんだぞ。部下の前で泣くなよ?」
「もう、おやっさんまで。解かってますよ、これでも隊長ですから」
正之助に揶揄されて、和泉も苦笑した。
が、それもほんの僅かの事。
「第二隊(ウチ)は別として。雛さん達の事が、心配なのですが…」
「大丈夫だよ」
(お嬢は。またそうして、全てを背負おうとする)
和泉の心配は、正之助の一言でかき消された。
野原もハッとして振り向く。
「大丈夫だ、あの子達はそこまで弱くないよ。きちんと己の気持ちと向き合って、『自分にとって正しい道』を出すだろう」
「課長」
「私は信じている。二人だってそうだろう?」
「…はい」
諭されて、二人の隊長は頷いた。
隊に留まって欲しいという願望は強いが、それ以前に『一人の警察官』として、個人の気持ちを大事にしてあげたい。
「お嬢は先ず、自分の隊の仲間を心配してあげなさい。自称とはいえ、一応は大事な人も居るのだから」
「…はい」
和泉は、階下の仲間達に想いを馳せる。
その決意した表情は、隊長として一人前になった証。
野原にとっては、昔とは違う遠い存在になってしまったようで心を搔き乱されるもの。
「有難うございます。友江警部」
「うむ。しっかりな、和泉第二隊長」
「それでは。第二隊はこれより、帰り道がてら巡回警邏(パトロール)に出発します」
「気を付けてな」
「いってらっしゃい。お嬢、またな」
姿勢を正して敬礼する。
二人の答礼に微笑んで、階段を下りて行った。
その小さな後姿が見えなくなってから、正之助は溜息を吐く。
「…」
「課長、どうなさいました?大丈夫ですか?」
「あぁ。いや、私の体の事じゃないんだ」
「では?」
「お嬢だよ。あれは相当、無理を重ねてる」
「え?」
野原は考える。
確かに、いつもより少し元気が無い。
しかしこれは、会議の内容で頭が一杯だったり、隊の今後を心配しての事だと思っていた。
彼女自身にも重い未来を決断させるものだから、と。
「特に第二隊は、反対派から派遣されてきた隊員が多い。それに隊舎は、そのお膝元だ」
「えぇ」
「何事もないと良いが。光榊(こうさか)さんも、黙ってはいない筈なんだけどね」
「そうでしたね…」
(和泉……)
この正之助の心配が現実となってしまうのは、数日後の事である。
勇磨は、相棒に掛ける言葉を必死に探している。
合同会議が終わり隊員室に戻ってきてから、最早数十分が経過。
その間も、すぐ隣に座っているにも拘わらず、会話の『か』の字すら成立していない。
余りにもグズグズしているものだから、相棒は彼女の親友に呼ばれて、出て行ってしまったではないか。
(オレって、本当にバカだ…)
ただ冷汗をかくだけだった自分を嘆き、無言なまま机に突っ伏した。
こんな沈黙を破ったのは、葉月だ。
「もうじきお昼ですね」
「ん?…おっと、そうだな」
淡々と日報を書いていた高井が、腕時計を見た。
正午まで、残り数分といったところである。
「隊長達は、課長室でまだ話し合いしてるのかな」
「みたいですね」
「そうか」
混み始めるであろう食堂の事を考えつつ、ファイルの最後の書類を丁重に外した。
葉月が目を丸くする。
それは会議で各自に手渡された物。
報告書と資料がまとめられた最後に、『離隊申請書』が一式同封されていた。
己の進退を決めさせる為に、用意されたものだ。
「高井さん、それって!」
「あぁ。俺には不要な物だ」
立ち上がり、それを壁際に並んでいる収納棚の引き出しに戻す。
彼のその行動は普段と変わらず、やけにアッサリとしていた。
「それが、高井さんの出した答え…なんですか」
「そうだ。でも、一番手は蔵間だな」
「え?」
既に申請書が一セット戻ってきていていたのを確認して、引き出しを閉める。
「雛さんのじゃないんですか?」
「…雛の分には、挟まってなかったッスよ」
「関係者だから、って事か。本人の意思も確認しての事だろうけど」
「一般的な遺族としての関わり、だけじゃないですよね。雛さんは」
勇磨が落ち込んでいるのは、その所為もあるのだろう。
今まで立場は対等と思っていたのに、自分は何も知らぬ第三者で彼女とは違う。
格差がハッキリと見えてしまった。
「御影さんも、決断早いですね」
「初めから、全てを覚悟の上だったからさ。蔵間の場合は親友が絡んでるんだし、余計そうだろうな」
「『今更』って訳ですか。御影さんらしいな」
「ああ、葉月は俺達のマネなんかするなよ?誰も何も言わないんだし、時間掛けて良く考えるんだ」
「いいえ。僕も、答えは決まってます」
葉月も自分のデスクから、同じ書類を持ってきた。
会議室で書類の説明を聞いた時、自分の気持ちは既に固まっていたという。
「本当に、それでいいのか?」
「僕は残りたいです。本来は短期出向でしたけど、特警隊に居る方が新鮮で色々と勉強になります」
微笑んで、引き出しに書類を仕舞う。
その表情は清々しかった。
「命懸けの勉強じゃないか?それも脱落したら、二度と戻れない道だ」
「葉月さん…」
「ここなら、僕らしく居られる気がして。管制システムの改良とか、力注げそうな事がまだありますし」
「何とも心強いFB(フルバック)だ。見習わないとな」
これで、二人の進退は決まった。
後は…
「志原。いつまでそうしてるつもりだ?」
「え…」
「お前、悩む順番間違えてないか?」
「順番?」
勇磨はボンヤリと顔を上げた。
高井は溜息を吐き、仕方なくお節介を焼く事にする。
前に御影が言っていた『もどかしさ』が、彼にも遷ったのかも知れない。
「自分の事もしっかり決められない奴が、相棒の心配なんかろくに出来る訳ないだろう」
「頭の中、ゴチャゴチャになってませんか?」
「…そうかも」
葉月も、高井と同じ心境だったようだ。
一方、すっかり落ち込んでいるのは勇磨。
「志原の場合は、相棒が深く関わっているからな。気持ちは解らないでもない」
「そうですね。あんなに大事な話でしたから」
「でも、雛も驚いてた部分が所々あったから、全部は知らなかったみたいッス。オレは全く…だったけど」
「そうだ、志原。前に野原隊長が俺に言った『良い言葉』、教えてやるよ」
「野原隊長が?」
「あぁ。『どうしようもなく迷った時は、落ち着いて己の心と正直に向き合え。そうすれば真の答えと道は、ちゃんと見えてくる』ってな」
高井は、受け売りを暗唱してみせた。
「オレの、心と…」
「流石は隊長ですね。僕も参考になります」
「そうだろ。どうだ志原?」
勇磨は頭の中で、その言葉を咀嚼する。
そして、呟くように復唱した。
「高井さん、有難うございます。感謝ッス」
「また困ったら、その言葉を思い出して実践してみろ。ちゃんと先に進める筈だ」
「はい!」
立ち上がった彼のその瞳には、活気が戻っていた。
いつもの彼に戻れたようだと、二人も安心する。
「取り合えず、メシ食いに行くッス」
「食堂か。俺も一緒に行っていいか?」
「僕もご一緒させて下さい」
「じゃ、三人でレッツゴーッスね。今日は何食おうかな~」
三人は隊員室を後にする。
勇磨は足取り軽く食堂へ向かいながら、受け売りを実践し始めていた。
その頃、開発室では親友同士が仲良くランチタイム。
「どう?《さんまるく》のサンドイッチ食べたら、イヤでも元気出るでしょ」
「…うん」
懐かしい味を頬張りながら、雛は頷いた。
御影に呼び出されて連れてこられた開発室には、好物がドカンと用意されてあった。
昨夜と朝イチで買い出したらしい。
「美味しいねぇ。あぁ、懐かしい~」
「でしょ。人間ってのはね、悩んだり腹立てたりするとお腹空けるように出来てるのよ」
「それ。微妙に違う気がする」
「まぁ、細かい事言わないの。じゃんじゃん食べなさいな」
「あ、ありがと」
雛は面食らう。
今まで食べていたサンドイッチでさえボリュームがあるのに、食後のデザートまで種類が豊富だ。
一体、何の晩餐会か。
(まさか、最後の晩餐……じゃないよね?)
果たして、この二人だけで今日中に食べきれるのだろうか。
それには構わず、御影はカップに食後のミルクティーを注いで、雛に差し出した。
「改めて。雛、合同会議お疲れ様」
「有難う。御影もお疲れ様」
「うん。…他人事としては、聞いてられなかったわ」
単なる同情ではなかったが、その感情は雛本人には適わない。
「御影…」
「自分の体が傷付けられたような、痛い感じがザワザワってするの。雛はずっと、それを背負ってきたのね」
「お爺ちゃんや野原隊長も、和泉隊長だってそうだよ」
「犯人を捕まえたところで、それが全部消える訳じゃないけど。それでもあたしは、雛に全力で付いていくわ」
「御影は、本当にそれで良いの?」
「あたしにとっては、ここで手を引いた方が一生後悔する。それでも雛は、その道を勧めるのかしら?」
「やらないで後悔するのがキライ、なんだっけね」
「そうよ。親友なんだし、あたしの性分は十分解かってるでしょ?」
御影は満面の笑顔。
雛は丁寧に頭を下げた。
「本当に有難う。本当のホントに」
「あたしだけじゃないわよ。高井さんも、今頃は申請書戻してると思うわ」
「そうなの?」
二人はこれと言って話してるところは見えなかったが、と雛は不思議がった。
それが、きっと高井と御影の絆なのだろう。
「勘よ、勘。目見れば解かるのよ…って、恥ずかしいわね」
「そんな事ないよ。恋人同士の勘なんて、すごく素敵だよ」
「そ、そう?」
御影は照れ笑いしながら、頬に手を当てて恥じらう。
いつもは職場でイチャ付くどころか、恋愛の話すらしないのに。
「雛だって、その内解かるわよ。きっとね」
「?」
「そうそう。多分、哲君も戻すんじゃないかしら」
「どうして判るの?」
「だって哲君ってば、派遣されてきたって言うのに、前線のポジションが気に入ってるっぽいし」
「そっか」
葉月が、かつて科警研でどんな仕事をしていたかは知らない。
しかし、今の彼は入隊初日より活々として見えるのは確かだ。
「さて、あのバカはどう決断するのかしらね…」
バカが勇磨を指しているのは、すぐに理解出来た。
ふと視線を伏せて、雛も頷く。
「うん。そうだね…」
「ん?雛も志原の事、『バカ』って認めたわね」
「えっ!?」
驚いて顔を上げる。
無意識の内に肯定してしまったが、そこじゃない。
「ち、違う!!違うよっ!?」
「別に、肯定しちゃって良いじゃないの?雛なら怒らないわよ、きっと」
「み、御影!」
「ホホホ♪ムキになって怒るなんて怪しいわよ、雛ぁ」
「だから違うからね!?勇磨に余計な事言わないでよ!!」
再び湿っぽくなる空気を、揶揄で払拭した御影。
必死に否定する親友を、「可愛い」と笑うのであった。
宣言通り、正之助は早々と通常勤務へ復帰した。
それは普段と変わらぬ出勤ぶりで、隊員達は改めて彼のタフさを実感したと言う。
──そして、とうとうその時は訪れた。
「今日だけ、朝の巡回警邏は休みだ。交通課と地域課に頼んである」
野原は厳かに宣言した。
隣に立つ正之助も、いつになく真面目な顔をしている。
いつもなら半ば警察組織らしからぬ和やかムードの隊員室だが、今朝だけは空気が違っていた。
「今朝は、第二隊と合同で重要な会議を行う」
「第二隊ですか」
「うむ、和泉隊長の希望でな。…もうじき到着する頃だろう」
正之助が腕時計を見ながら答えた。
「ここで二隊合同じゃ狭いから、上の会議室へ移動してくれ。皆揃ったら始めるぞ」
「はい」
隊員達が立ち上がる。
勇磨と御影はチラリと雛を見るが、彼女は気付いていないのか無言だった。
今朝はそんなに会話をしていない。
いつも通りを装っても、双方共何処かぎこちなくなってしまうのだ。
…それはまるで、初日のよう。
雛はやっと視線に気付いて、淡く微笑んだ。
それにも、緊張と不安が混じっている。
「友江。ちょっと」
「はい」
野原に呼ばれ、二人の傍を離れる。
御影は、無意識の内に名を呼んだ。
「雛──」
「二人共、先に行ってて。すぐに追い掛けるから」
「…解かった」
後ろ髪を引かれる思いだったが、二人は会議室へと向かった。
第二隊の面子とは階段で合流し、会議室には突入班と他班の長達が揃った。
向かい合わせに二隊の隊員達が座り、前方に課長と隊長、班長陣がそれぞれ席に着く。
他班のメンバーは、それぞれのオフィスの自席で中継モニターを見ている。
野原が司会役となり、とうとう会議は始まった。
しかし実際の内容は、『報告会』という方が正しい。
「これより、第二・第五特警隊による合同会議を始めます」
「第五の友江警部だ。今回第二隊にわざわざご足労願ったのは、急ぎ組織としての『今後の方針』を決めなくてはならない事態が発生した為である」
和泉も神妙な面持ちで、隊長席に座っている。
彼女と正之助は、先日本庁で行われた第一・三隊と午後に八王子で行われた第四・教導隊の合同会議にも顔を出していた。
「これから話す内容を聞いた後、各自どう受け止めて行動していくか。…良く考えて欲しい」
昨夜、野原が勇磨達に言った言葉を、今度は正之助が全員に伝える。
…これは、例の事件後に当時の準備室長が、野原達先駆隊のメンバー全員に話したものと同じだった。
公にされることなく、未解決なままの『仲間の事件』を目の当たりにした彼らへ、己の進退を委ねた。
今度は正之助達が、それぞれの部下へ。
不本意ながらもそれと同じ事を、繰り返さなければならない。
準備室時代の事や、例の事件について、今まで明らかにされていなかった事柄全ての封印が解かれた。
巨大なディスプレイモニターを使い、和泉が全ての捜査資料を公開する。
野原が過去の事件ついての説明を始め、正之助が補足を入れる。
雛のお守りの中身も、証拠物件として皆の前に公開された。
関係者達が、遺族が、ずっと胸に秘めていた事。
先駆隊員の半分が、それの所為で離れていった事実。
組織から孤立させられたが故に、暗がりに取り残された存在であった『過去』。
親友、相棒、上司、婚約者…
そして、仲間。
それぞれの立場を取り巻いていた、謎と言う名の霧が晴れていく。
そして、自分達も常に二の舞になり兼ねない状況に置かれているという、現実を突きつけられる。
これに伴い、これまでの任務とは大きく異なるであろう、環境の変化。
格下の実験部隊にも拘わらず、求められる任務はSATや本隊のそれと、何ら変わらなくなる事。
それは、今まで以上に「命の保障はされない」と言っているのだ。
「ライトスタッフ」「個性的集団」などと謂れ、軽いフットワークでやってきた二隊の突入班にとって、重みを増す未来。
先駆隊残党からすれば、この会議は賭け同然である。
感情を交えず説明と報告は続けられたが、その一言一言に三人の思いは詰め込まれていた。
雛は他の隊員達に混ざって、静かに会議を見守っている。
他の隊員達も、言葉を失ったままじっと野原と正之助の話を聞いていた。
和泉の上司の佐野でさえも、隊員達同様で初めて知った内容だった。
そして、これからの危険な任務に向けて己の進退を委ねられた。
隊員の中には実験部隊へ“協力出向”の形で配属された者達が居る。
それを打ち切り帰ろうが、異動願いを出したり後方支援にまわろうとも、「自由だ」と正之助は言った。
任務として無理に割り切る必要はない、と。
書類一式を出すだけで、そんな危険から容易に逃れられるのだから。
「今回用意した公開項目は、以上で終わりです。後は、手元の捜査資料を参照するように」
「もう一度言うが、各自どう受け止めてこれから行動していくのかを良く考えて欲しい」
正之助は、最後に一言付け加えた。
「どんな結果を出そうとも、後悔だけはしないように。私からは以上だ」
「質問は?」
野原が見回すが、手を上げる者は居なかった。
「では、以上で合同会議を終了します。皆さんお疲れ様でした」
「両隊、各自通常勤務へ戻れ。解散」
隊長二人が立ち上がり、会議はお開きとなった。
重苦しい空気の中、先に立ち上がった正之助が扉を開ける。
他の皆も、ゆっくりと席を立ち始めた。
「──和泉」
階段前の踊り場で、野原が彼女を呼び止めた。
和泉は佐野達へ、先に降りているように指示する。
「先輩、おやっさん。今日は我儘聞いてもらって、有難うございました」
「他の三隊だって一緒にやってるんだ、気にするな」
「はい…。私一人だと、ちゃんと説明出来る自信が無かったので」
正之助が優しく肩を叩く。
にはは、と和泉は頭を掻いた。
「皆同じだよ。どうしても感情的な面が出てくるから、冷静に伝えるのは難しい」
「でも。結局私は、ほとんど話しませんでしたね」
「帰ったら、お嬢しか関係者は居ないんだぞ。部下の前で泣くなよ?」
「もう、おやっさんまで。解かってますよ、これでも隊長ですから」
正之助に揶揄されて、和泉も苦笑した。
が、それもほんの僅かの事。
「第二隊(ウチ)は別として。雛さん達の事が、心配なのですが…」
「大丈夫だよ」
(お嬢は。またそうして、全てを背負おうとする)
和泉の心配は、正之助の一言でかき消された。
野原もハッとして振り向く。
「大丈夫だ、あの子達はそこまで弱くないよ。きちんと己の気持ちと向き合って、『自分にとって正しい道』を出すだろう」
「課長」
「私は信じている。二人だってそうだろう?」
「…はい」
諭されて、二人の隊長は頷いた。
隊に留まって欲しいという願望は強いが、それ以前に『一人の警察官』として、個人の気持ちを大事にしてあげたい。
「お嬢は先ず、自分の隊の仲間を心配してあげなさい。自称とはいえ、一応は大事な人も居るのだから」
「…はい」
和泉は、階下の仲間達に想いを馳せる。
その決意した表情は、隊長として一人前になった証。
野原にとっては、昔とは違う遠い存在になってしまったようで心を搔き乱されるもの。
「有難うございます。友江警部」
「うむ。しっかりな、和泉第二隊長」
「それでは。第二隊はこれより、帰り道がてら巡回警邏(パトロール)に出発します」
「気を付けてな」
「いってらっしゃい。お嬢、またな」
姿勢を正して敬礼する。
二人の答礼に微笑んで、階段を下りて行った。
その小さな後姿が見えなくなってから、正之助は溜息を吐く。
「…」
「課長、どうなさいました?大丈夫ですか?」
「あぁ。いや、私の体の事じゃないんだ」
「では?」
「お嬢だよ。あれは相当、無理を重ねてる」
「え?」
野原は考える。
確かに、いつもより少し元気が無い。
しかしこれは、会議の内容で頭が一杯だったり、隊の今後を心配しての事だと思っていた。
彼女自身にも重い未来を決断させるものだから、と。
「特に第二隊は、反対派から派遣されてきた隊員が多い。それに隊舎は、そのお膝元だ」
「えぇ」
「何事もないと良いが。光榊(こうさか)さんも、黙ってはいない筈なんだけどね」
「そうでしたね…」
(和泉……)
この正之助の心配が現実となってしまうのは、数日後の事である。
勇磨は、相棒に掛ける言葉を必死に探している。
合同会議が終わり隊員室に戻ってきてから、最早数十分が経過。
その間も、すぐ隣に座っているにも拘わらず、会話の『か』の字すら成立していない。
余りにもグズグズしているものだから、相棒は彼女の親友に呼ばれて、出て行ってしまったではないか。
(オレって、本当にバカだ…)
ただ冷汗をかくだけだった自分を嘆き、無言なまま机に突っ伏した。
こんな沈黙を破ったのは、葉月だ。
「もうじきお昼ですね」
「ん?…おっと、そうだな」
淡々と日報を書いていた高井が、腕時計を見た。
正午まで、残り数分といったところである。
「隊長達は、課長室でまだ話し合いしてるのかな」
「みたいですね」
「そうか」
混み始めるであろう食堂の事を考えつつ、ファイルの最後の書類を丁重に外した。
葉月が目を丸くする。
それは会議で各自に手渡された物。
報告書と資料がまとめられた最後に、『離隊申請書』が一式同封されていた。
己の進退を決めさせる為に、用意されたものだ。
「高井さん、それって!」
「あぁ。俺には不要な物だ」
立ち上がり、それを壁際に並んでいる収納棚の引き出しに戻す。
彼のその行動は普段と変わらず、やけにアッサリとしていた。
「それが、高井さんの出した答え…なんですか」
「そうだ。でも、一番手は蔵間だな」
「え?」
既に申請書が一セット戻ってきていていたのを確認して、引き出しを閉める。
「雛さんのじゃないんですか?」
「…雛の分には、挟まってなかったッスよ」
「関係者だから、って事か。本人の意思も確認しての事だろうけど」
「一般的な遺族としての関わり、だけじゃないですよね。雛さんは」
勇磨が落ち込んでいるのは、その所為もあるのだろう。
今まで立場は対等と思っていたのに、自分は何も知らぬ第三者で彼女とは違う。
格差がハッキリと見えてしまった。
「御影さんも、決断早いですね」
「初めから、全てを覚悟の上だったからさ。蔵間の場合は親友が絡んでるんだし、余計そうだろうな」
「『今更』って訳ですか。御影さんらしいな」
「ああ、葉月は俺達のマネなんかするなよ?誰も何も言わないんだし、時間掛けて良く考えるんだ」
「いいえ。僕も、答えは決まってます」
葉月も自分のデスクから、同じ書類を持ってきた。
会議室で書類の説明を聞いた時、自分の気持ちは既に固まっていたという。
「本当に、それでいいのか?」
「僕は残りたいです。本来は短期出向でしたけど、特警隊に居る方が新鮮で色々と勉強になります」
微笑んで、引き出しに書類を仕舞う。
その表情は清々しかった。
「命懸けの勉強じゃないか?それも脱落したら、二度と戻れない道だ」
「葉月さん…」
「ここなら、僕らしく居られる気がして。管制システムの改良とか、力注げそうな事がまだありますし」
「何とも心強いFB(フルバック)だ。見習わないとな」
これで、二人の進退は決まった。
後は…
「志原。いつまでそうしてるつもりだ?」
「え…」
「お前、悩む順番間違えてないか?」
「順番?」
勇磨はボンヤリと顔を上げた。
高井は溜息を吐き、仕方なくお節介を焼く事にする。
前に御影が言っていた『もどかしさ』が、彼にも遷ったのかも知れない。
「自分の事もしっかり決められない奴が、相棒の心配なんかろくに出来る訳ないだろう」
「頭の中、ゴチャゴチャになってませんか?」
「…そうかも」
葉月も、高井と同じ心境だったようだ。
一方、すっかり落ち込んでいるのは勇磨。
「志原の場合は、相棒が深く関わっているからな。気持ちは解らないでもない」
「そうですね。あんなに大事な話でしたから」
「でも、雛も驚いてた部分が所々あったから、全部は知らなかったみたいッス。オレは全く…だったけど」
「そうだ、志原。前に野原隊長が俺に言った『良い言葉』、教えてやるよ」
「野原隊長が?」
「あぁ。『どうしようもなく迷った時は、落ち着いて己の心と正直に向き合え。そうすれば真の答えと道は、ちゃんと見えてくる』ってな」
高井は、受け売りを暗唱してみせた。
「オレの、心と…」
「流石は隊長ですね。僕も参考になります」
「そうだろ。どうだ志原?」
勇磨は頭の中で、その言葉を咀嚼する。
そして、呟くように復唱した。
「高井さん、有難うございます。感謝ッス」
「また困ったら、その言葉を思い出して実践してみろ。ちゃんと先に進める筈だ」
「はい!」
立ち上がった彼のその瞳には、活気が戻っていた。
いつもの彼に戻れたようだと、二人も安心する。
「取り合えず、メシ食いに行くッス」
「食堂か。俺も一緒に行っていいか?」
「僕もご一緒させて下さい」
「じゃ、三人でレッツゴーッスね。今日は何食おうかな~」
三人は隊員室を後にする。
勇磨は足取り軽く食堂へ向かいながら、受け売りを実践し始めていた。
その頃、開発室では親友同士が仲良くランチタイム。
「どう?《さんまるく》のサンドイッチ食べたら、イヤでも元気出るでしょ」
「…うん」
懐かしい味を頬張りながら、雛は頷いた。
御影に呼び出されて連れてこられた開発室には、好物がドカンと用意されてあった。
昨夜と朝イチで買い出したらしい。
「美味しいねぇ。あぁ、懐かしい~」
「でしょ。人間ってのはね、悩んだり腹立てたりするとお腹空けるように出来てるのよ」
「それ。微妙に違う気がする」
「まぁ、細かい事言わないの。じゃんじゃん食べなさいな」
「あ、ありがと」
雛は面食らう。
今まで食べていたサンドイッチでさえボリュームがあるのに、食後のデザートまで種類が豊富だ。
一体、何の晩餐会か。
(まさか、最後の晩餐……じゃないよね?)
果たして、この二人だけで今日中に食べきれるのだろうか。
それには構わず、御影はカップに食後のミルクティーを注いで、雛に差し出した。
「改めて。雛、合同会議お疲れ様」
「有難う。御影もお疲れ様」
「うん。…他人事としては、聞いてられなかったわ」
単なる同情ではなかったが、その感情は雛本人には適わない。
「御影…」
「自分の体が傷付けられたような、痛い感じがザワザワってするの。雛はずっと、それを背負ってきたのね」
「お爺ちゃんや野原隊長も、和泉隊長だってそうだよ」
「犯人を捕まえたところで、それが全部消える訳じゃないけど。それでもあたしは、雛に全力で付いていくわ」
「御影は、本当にそれで良いの?」
「あたしにとっては、ここで手を引いた方が一生後悔する。それでも雛は、その道を勧めるのかしら?」
「やらないで後悔するのがキライ、なんだっけね」
「そうよ。親友なんだし、あたしの性分は十分解かってるでしょ?」
御影は満面の笑顔。
雛は丁寧に頭を下げた。
「本当に有難う。本当のホントに」
「あたしだけじゃないわよ。高井さんも、今頃は申請書戻してると思うわ」
「そうなの?」
二人はこれと言って話してるところは見えなかったが、と雛は不思議がった。
それが、きっと高井と御影の絆なのだろう。
「勘よ、勘。目見れば解かるのよ…って、恥ずかしいわね」
「そんな事ないよ。恋人同士の勘なんて、すごく素敵だよ」
「そ、そう?」
御影は照れ笑いしながら、頬に手を当てて恥じらう。
いつもは職場でイチャ付くどころか、恋愛の話すらしないのに。
「雛だって、その内解かるわよ。きっとね」
「?」
「そうそう。多分、哲君も戻すんじゃないかしら」
「どうして判るの?」
「だって哲君ってば、派遣されてきたって言うのに、前線のポジションが気に入ってるっぽいし」
「そっか」
葉月が、かつて科警研でどんな仕事をしていたかは知らない。
しかし、今の彼は入隊初日より活々として見えるのは確かだ。
「さて、あのバカはどう決断するのかしらね…」
バカが勇磨を指しているのは、すぐに理解出来た。
ふと視線を伏せて、雛も頷く。
「うん。そうだね…」
「ん?雛も志原の事、『バカ』って認めたわね」
「えっ!?」
驚いて顔を上げる。
無意識の内に肯定してしまったが、そこじゃない。
「ち、違う!!違うよっ!?」
「別に、肯定しちゃって良いじゃないの?雛なら怒らないわよ、きっと」
「み、御影!」
「ホホホ♪ムキになって怒るなんて怪しいわよ、雛ぁ」
「だから違うからね!?勇磨に余計な事言わないでよ!!」
再び湿っぽくなる空気を、揶揄で払拭した御影。
必死に否定する親友を、「可愛い」と笑うのであった。
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