共有-ユニゾン-
夕食の時間もとっくに過ぎ、日付が変わる頃。
雛と御影は開発室で、深夜のティータイムを楽しんでいた。
「ねぇ。雛」
「どしたの御影、紅茶薄かった?」
「そうじゃなくて」
開発室の冷蔵庫に忍ばせてあったケーキを頬張りながら、御影は親友へ向き直る。
その視線に、雛はフォークを置いた。
「雛は本当に、志原が中身見てないと思ってる?」
「中身って、お守りの?」
「そうよ」
「私は勇磨を信じてるよ。コンビ組んでるんだし、…それに」
「それに?」
いつもと同じ優しい口調で話す雛を、真面目にじっと見つめる御影。
細かな異変を逃したくないと、注意深く観察している。
「『見てない』って言った時の目、真剣だったから」
「もし、それが演技だったとしたら?」
「私、人の事言えないけど…。勇磨はお芝居、下手な方だよ」
「バカ正直なのよね」
「とっても素直なんだよ」
「クシャミしてるわよ。きっと」
「そうかもね」
そこまで言って、二人はクスッと笑う。
雛は胸元にそっと手を当てた。
ポケットの中には、問題の代物が入っている。
「もし見たとしたら…。迎えには、来なかったと思う」
「そうかしら?」
「御影だって、あの時は驚いたでしょ?」
二人が仲良くなるきっかけとなった、訓練校での思い出。
御影はある時酔いに任せ、自分が遺品に残された痕跡について調べてきた事を告げたのだが…
酔い過ぎて話自体を振ったかどうかすら、記憶がなくなってしまっている。
「初見でもこれが『遺品』だって事位、直ぐに分かるよね」
「確かにそうだったけど、雛のソレは大事なものじゃない。志原だって話せば、ちゃんと分かってくれるわよ」
「…本当にそうかな」
そこまでバカじゃないし、と御影は笑ってティーカップに口を付けた。
しかし、いつしか雛から笑顔が消えている。
「御影や他の皆も、同じだよ。特警隊に居る限り、いつもその危険と隣り合せで戦わなくちゃいけないんだから」
「皆、そんなの承知の上で配属されたのよ?何を今更──」
視線が合った親友の瞳は、悲しげだった。
流石に、不安が過る。
「雛…?」
「勇磨には、高井さんと葉月さんにもだけど…まだ全然話してないんだ。それに、御影にもちゃんと話してない事もある」
「あたしにも?」
雛は静かに瞳を閉じ、頷く。
何を隠しているのかは分からないが、軽い内容では無さそうだ。
親友の深刻そうな言動にきちんと向かい合おうと、置いたカップを受け皿ごと隣へ寄せて、御影は姿勢を正した。
「だから、私決めたよ」
「何を?」
「明日、お爺ちゃんが帰ってきたら。…皆に、全部話す」
「雛は本当に、それで良いの?大丈夫なの?」
「うん。…大丈夫かは分からない、話した後がどうなっちゃうのかも」
「それでも決めたのね」
真剣に頷いた雛の表情は、先程と変わらない。
彼女は内気で、普段ならこんなに問い質されたら「どうしよう…」なんて考えを変えてしまう。
自信を無くすのか、空気を読むのかはその時によって異なるが。
それなのに、今の彼女はハッキリと意思を固め、構えている。
「きっと、野原隊長も話すと思うから」
「何で、野原隊長が出てくるのよ?」
「それも、明日になれば全部判る筈だから」
御影は、自分が知らないモノを背負っている親友が何かをシッカリと決意した事を悟る。
それによって、別の《何か》が動き出すような予感もした。
「──解かった」
「御影。ごめんね」
「何で謝るのよ?」
「だって、秘密事作ったりしてるから…。親友失格だよね」
「何言ってんの。アンタは今でも、あたしの大事な無二の親友よ!」
御影がウインクして、雛の手を握る。
少し小さいのに鍛錬の成果か逞しく、温かい。
自分の手が軟弱に思えてきた。
「何を話してくれるかは解からないけどさ。それでもあたしは、親友辞めるつもりなんてないからね?」
「…ありがと」
「もう、何泣きそうになってんのよ!そうやって、すぐ一人で全部背負おうとするんだから」
「はぅ」
「全く、この娘(こ)は!」
そう言って立ち上がると、雛の隣に座り直して髪を撫でた。
洗髪剤の良い香りがする。
自分より、遥かに女の子らしいではないか。
警察の制服さえ着ていなければ、学生で通りそうだ。
「雛は一人じゃないの。解かってる?」
「そうみたいだね」
「みたいじゃなくて、そうなの!アンタにはお節介な親友が居るんだっての、忘れなさんな!!」
「み、御影、解ったから!…痛いよぉ」
いつの間にか、頭ナデナデは拳でグリグリに変わっていた。
雛と御影が、二人だけの女子会を楽しんでいた頃。
隊員室では──
「へっくしっ!!」
「どうした志原。風邪でも引いたか?」
お約束通り、連発するくしゃみに悩まされる勇磨。
野原が書類に印鑑を押しながら、勇磨を茶化した。
「…そうなのかな?」
勇磨は首を傾げながら、鼻を啜る。
自覚症状は全くないが、逆に『ナントカは風邪を引かない』がそのまま当てはまってしまいそうだ。
「この部屋、寒いですか?」
「全然。熱も無いッス」
「それならきっと、友江と蔵間に噂されてるんだろう」
「ああ、成程…って。またバカ呼ばわりしてるんだろうな、蔵間のヤツ」
「でも、志原君の方があの二人より年上だし、先輩なんですよね?」
「一般的な警察官(おまわりさん)としての勤務実歴くらいッスよ。ただの交番勤務(ハコバン)だったし」
「ハコ番か。そりゃ、蔵間と同じだな」
勇磨はノンビリとした下町にある交番で、都心とは言え危険な喧騒とは無縁の仕事をしていた。
日々の基本任務は、老人の徘徊保護や道案内と、詐欺被害への警戒。
割と治安が良い地区だったので、窃盗罪も少ない。
時々酔っぱらいが暴れたり、学生がケンカする程度。
その所為もあって、SATへの憧れは募るばかりだったという。
御影も、警察学校や訓練校前に併設されている交番にて、当番制で実習込みの勤務に就いていた。
彼女が選択した銃器専攻クラスは、射撃訓練場の使用割振りがシビアだった為、他の教科より交番勤務日が多いようだ。
…ちなみに。
葉月を「哲君」と呼び捨てにしないのは、勇磨より更に一つ年上であるのと、古巣が珍しいところからきている事への尊敬が含まれている為。
そして、彼女の兄に漢字違いの『鉄也』が居るので、呼び易かった事もある。
葉月自身も、こんな風に呼ばれるのは初めてで、嬉しかったらしい。
「交番勤務も馬鹿には出来ませんよ。最近は、討伐軍に狙われてる所だってあるんですから」
「でも、オレは三人が羨ましいッス。刑事課に生活安全課、終いには科警研だもんな」
「俺も科警研っていうは凄いと思う。なぁ葉月?」
高井がそうだと頷いて、葉月へ振り返る。
ポットにお湯を注いでいた彼は、集まった視線に「それ程じゃない」と否定した。
「僕は下っ端ですし、巡査になったのも職員じゃ捜査し難かったからです。それより高井さんは、警視総監賞貰ったりしてるじゃないですか」
「あれは、たまたまだよ」
「…やっぱり。オレなんてまだまだッス」
「何を悲観してるんだ?志原らしくない」
野原が、書類に視線を向けたまま反応した。
「疲れたか?」と、作業の手を止めて勇磨を見る。
「そう見えるッスか?」
三人はアッサリ頷く。
勇磨の眉間に皺が寄った。
「うわぁ。マジか」
「友江の事か?」
「そうッス。流石は、オレの上司だ」
「雛さんがどうかしたんですか?」
「うん。ちょっと……あって」
「二人共居ないんだし、話してみろ」
「そうですよ。気が楽になるかもしれませんよ?」
「口が堅い者しか、居ないんだし」
気遣ってはいるが、これは明らかに誘導尋問だ。
職業病なのか、それとも確信犯なのかは彼らにしか分からない。
注がれる視線も、「さぁどうぞ」と言っている。
勇磨もそれを悟っているのか、直ぐには話せないでいた。
雛に「詮索はしない」と言い切った手前もある。
しかし──
「雛のヤツ、一人で背負っちゃって。コンビ組んでるのに、オレには何も話してくれないッス」
「何を背負ってるんだ?」
「それが、全然話してくれないって言うか、詮索されたくなさそうな感じで。でも、何か悩みを背負ってるのだけは確かなんだ」
「どうして、そうだって分かったんですか?」
「時々、悲しそうな顔とか…辛い事我慢してるみたいな態度取ったりするッス」
現場でも時折遭遇する、彼女の態度。
気付く度に案じても、「大丈夫、何でもないよ」としか返ってこない。
「雛は隠してるし、確かにオレはバカだけど。それ位は解る」
「成程」
「志原はいう程、バカじゃないさ」
「でも、病院の帰りもそうだったッスよ。本人は隠してるつもりだけど」
「ふーん…」
「隊長。心当たり、あるんですか?」
高井が、その声音から鋭い洞察力を働かせた。
野原だけは原因を知っているが、正之助に口止めされている以上は話せない。
はぐらかすしかないが、それでは余計に不審がられるのも明らかだ。
「流石だな高井。『無きにしも非ず』、ってトコだ」
「どういう意味ッスか!?」
「本人と言うか、その保護者に口止めされてる。…とだけ言っておく」
「課長ですか」
「そりゃまた、何故?」
「今に分かるさ。──全てな」
野原は、手元にあった『取扱注意』の判子が押されている封筒を掲げた。
隊員達は、野原か正之助の許可なしには見られない書類である。
勇磨がヒョイと覗き込むが、残念ながら中身は見えなかった。
「和泉隊長が届けに来た封筒、ッスね」
「隊長。最近、その手の書類が増えてますよね。しかもほとんどは、あの人が直々に届けに来ています」
「それって、和泉隊長も関係してるって事じゃ…」
蓋い始めた不穏な空気。
姿勢を正した高井は、改めて長に問う。
「野原隊長」
「ん?」
「──隊長達も、関係者なんですね?」
隊員三人組は確信した。
いつか推察したその事が、当たっているだろうと。
「そうだ、俺も和泉も関係している。しかし今は、それ以上言えない」
顔を上げた野原の表情はいつもと変わらない、ポーカーフェイス。
疑問を抱いていた事に、この人はいつから気付いていたのだろうか。
勇磨は思い切って、聞いてみる。
「それって、いつッスか?」
「課長が帰ってきたら、だな」
「じゃあ、明日…かな」
「そんなに早く?」
「課長、本当に大丈夫なのか?」
「雛がそう言ってたッス。ね、隊長?」
野原は頷いた。
「俺が今、言えるのは。お前達が『それを聞いた後、どう受け止めて行動していくか』良く考えろ、って事だけだ」
「余程、重大な事のようですね」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。人によって、捉え方が違うかもな」
思っていたよりも大事(おおごと)のようだ。
三人はそれぞれ腕組みをし、真意を考える。
それに気付かないフリをしているのか、野原は書類をトントンと纏めて、何事も無く立ち上がる。
「特に、志原」
「はい?」
「お前さんは友江の相方として、ちゃんと考えた方が良い。惚れてるんなら尚更、だな」
「え゛っ!?」
「明日か明後日には、課長が復帰する。覚悟を決める猶予は、短いぞ」
そう言い残し、課長室へ入って行った。
高井と葉月は顔を見合わせ、更に考える。
「…はい」
勇磨は閉じた課長室のドアに、小さく返事した。
雛と御影は開発室で、深夜のティータイムを楽しんでいた。
「ねぇ。雛」
「どしたの御影、紅茶薄かった?」
「そうじゃなくて」
開発室の冷蔵庫に忍ばせてあったケーキを頬張りながら、御影は親友へ向き直る。
その視線に、雛はフォークを置いた。
「雛は本当に、志原が中身見てないと思ってる?」
「中身って、お守りの?」
「そうよ」
「私は勇磨を信じてるよ。コンビ組んでるんだし、…それに」
「それに?」
いつもと同じ優しい口調で話す雛を、真面目にじっと見つめる御影。
細かな異変を逃したくないと、注意深く観察している。
「『見てない』って言った時の目、真剣だったから」
「もし、それが演技だったとしたら?」
「私、人の事言えないけど…。勇磨はお芝居、下手な方だよ」
「バカ正直なのよね」
「とっても素直なんだよ」
「クシャミしてるわよ。きっと」
「そうかもね」
そこまで言って、二人はクスッと笑う。
雛は胸元にそっと手を当てた。
ポケットの中には、問題の代物が入っている。
「もし見たとしたら…。迎えには、来なかったと思う」
「そうかしら?」
「御影だって、あの時は驚いたでしょ?」
二人が仲良くなるきっかけとなった、訓練校での思い出。
御影はある時酔いに任せ、自分が遺品に残された痕跡について調べてきた事を告げたのだが…
酔い過ぎて話自体を振ったかどうかすら、記憶がなくなってしまっている。
「初見でもこれが『遺品』だって事位、直ぐに分かるよね」
「確かにそうだったけど、雛のソレは大事なものじゃない。志原だって話せば、ちゃんと分かってくれるわよ」
「…本当にそうかな」
そこまでバカじゃないし、と御影は笑ってティーカップに口を付けた。
しかし、いつしか雛から笑顔が消えている。
「御影や他の皆も、同じだよ。特警隊に居る限り、いつもその危険と隣り合せで戦わなくちゃいけないんだから」
「皆、そんなの承知の上で配属されたのよ?何を今更──」
視線が合った親友の瞳は、悲しげだった。
流石に、不安が過る。
「雛…?」
「勇磨には、高井さんと葉月さんにもだけど…まだ全然話してないんだ。それに、御影にもちゃんと話してない事もある」
「あたしにも?」
雛は静かに瞳を閉じ、頷く。
何を隠しているのかは分からないが、軽い内容では無さそうだ。
親友の深刻そうな言動にきちんと向かい合おうと、置いたカップを受け皿ごと隣へ寄せて、御影は姿勢を正した。
「だから、私決めたよ」
「何を?」
「明日、お爺ちゃんが帰ってきたら。…皆に、全部話す」
「雛は本当に、それで良いの?大丈夫なの?」
「うん。…大丈夫かは分からない、話した後がどうなっちゃうのかも」
「それでも決めたのね」
真剣に頷いた雛の表情は、先程と変わらない。
彼女は内気で、普段ならこんなに問い質されたら「どうしよう…」なんて考えを変えてしまう。
自信を無くすのか、空気を読むのかはその時によって異なるが。
それなのに、今の彼女はハッキリと意思を固め、構えている。
「きっと、野原隊長も話すと思うから」
「何で、野原隊長が出てくるのよ?」
「それも、明日になれば全部判る筈だから」
御影は、自分が知らないモノを背負っている親友が何かをシッカリと決意した事を悟る。
それによって、別の《何か》が動き出すような予感もした。
「──解かった」
「御影。ごめんね」
「何で謝るのよ?」
「だって、秘密事作ったりしてるから…。親友失格だよね」
「何言ってんの。アンタは今でも、あたしの大事な無二の親友よ!」
御影がウインクして、雛の手を握る。
少し小さいのに鍛錬の成果か逞しく、温かい。
自分の手が軟弱に思えてきた。
「何を話してくれるかは解からないけどさ。それでもあたしは、親友辞めるつもりなんてないからね?」
「…ありがと」
「もう、何泣きそうになってんのよ!そうやって、すぐ一人で全部背負おうとするんだから」
「はぅ」
「全く、この娘(こ)は!」
そう言って立ち上がると、雛の隣に座り直して髪を撫でた。
洗髪剤の良い香りがする。
自分より、遥かに女の子らしいではないか。
警察の制服さえ着ていなければ、学生で通りそうだ。
「雛は一人じゃないの。解かってる?」
「そうみたいだね」
「みたいじゃなくて、そうなの!アンタにはお節介な親友が居るんだっての、忘れなさんな!!」
「み、御影、解ったから!…痛いよぉ」
いつの間にか、頭ナデナデは拳でグリグリに変わっていた。
雛と御影が、二人だけの女子会を楽しんでいた頃。
隊員室では──
「へっくしっ!!」
「どうした志原。風邪でも引いたか?」
お約束通り、連発するくしゃみに悩まされる勇磨。
野原が書類に印鑑を押しながら、勇磨を茶化した。
「…そうなのかな?」
勇磨は首を傾げながら、鼻を啜る。
自覚症状は全くないが、逆に『ナントカは風邪を引かない』がそのまま当てはまってしまいそうだ。
「この部屋、寒いですか?」
「全然。熱も無いッス」
「それならきっと、友江と蔵間に噂されてるんだろう」
「ああ、成程…って。またバカ呼ばわりしてるんだろうな、蔵間のヤツ」
「でも、志原君の方があの二人より年上だし、先輩なんですよね?」
「一般的な警察官(おまわりさん)としての勤務実歴くらいッスよ。ただの交番勤務(ハコバン)だったし」
「ハコ番か。そりゃ、蔵間と同じだな」
勇磨はノンビリとした下町にある交番で、都心とは言え危険な喧騒とは無縁の仕事をしていた。
日々の基本任務は、老人の徘徊保護や道案内と、詐欺被害への警戒。
割と治安が良い地区だったので、窃盗罪も少ない。
時々酔っぱらいが暴れたり、学生がケンカする程度。
その所為もあって、SATへの憧れは募るばかりだったという。
御影も、警察学校や訓練校前に併設されている交番にて、当番制で実習込みの勤務に就いていた。
彼女が選択した銃器専攻クラスは、射撃訓練場の使用割振りがシビアだった為、他の教科より交番勤務日が多いようだ。
…ちなみに。
葉月を「哲君」と呼び捨てにしないのは、勇磨より更に一つ年上であるのと、古巣が珍しいところからきている事への尊敬が含まれている為。
そして、彼女の兄に漢字違いの『鉄也』が居るので、呼び易かった事もある。
葉月自身も、こんな風に呼ばれるのは初めてで、嬉しかったらしい。
「交番勤務も馬鹿には出来ませんよ。最近は、討伐軍に狙われてる所だってあるんですから」
「でも、オレは三人が羨ましいッス。刑事課に生活安全課、終いには科警研だもんな」
「俺も科警研っていうは凄いと思う。なぁ葉月?」
高井がそうだと頷いて、葉月へ振り返る。
ポットにお湯を注いでいた彼は、集まった視線に「それ程じゃない」と否定した。
「僕は下っ端ですし、巡査になったのも職員じゃ捜査し難かったからです。それより高井さんは、警視総監賞貰ったりしてるじゃないですか」
「あれは、たまたまだよ」
「…やっぱり。オレなんてまだまだッス」
「何を悲観してるんだ?志原らしくない」
野原が、書類に視線を向けたまま反応した。
「疲れたか?」と、作業の手を止めて勇磨を見る。
「そう見えるッスか?」
三人はアッサリ頷く。
勇磨の眉間に皺が寄った。
「うわぁ。マジか」
「友江の事か?」
「そうッス。流石は、オレの上司だ」
「雛さんがどうかしたんですか?」
「うん。ちょっと……あって」
「二人共居ないんだし、話してみろ」
「そうですよ。気が楽になるかもしれませんよ?」
「口が堅い者しか、居ないんだし」
気遣ってはいるが、これは明らかに誘導尋問だ。
職業病なのか、それとも確信犯なのかは彼らにしか分からない。
注がれる視線も、「さぁどうぞ」と言っている。
勇磨もそれを悟っているのか、直ぐには話せないでいた。
雛に「詮索はしない」と言い切った手前もある。
しかし──
「雛のヤツ、一人で背負っちゃって。コンビ組んでるのに、オレには何も話してくれないッス」
「何を背負ってるんだ?」
「それが、全然話してくれないって言うか、詮索されたくなさそうな感じで。でも、何か悩みを背負ってるのだけは確かなんだ」
「どうして、そうだって分かったんですか?」
「時々、悲しそうな顔とか…辛い事我慢してるみたいな態度取ったりするッス」
現場でも時折遭遇する、彼女の態度。
気付く度に案じても、「大丈夫、何でもないよ」としか返ってこない。
「雛は隠してるし、確かにオレはバカだけど。それ位は解る」
「成程」
「志原はいう程、バカじゃないさ」
「でも、病院の帰りもそうだったッスよ。本人は隠してるつもりだけど」
「ふーん…」
「隊長。心当たり、あるんですか?」
高井が、その声音から鋭い洞察力を働かせた。
野原だけは原因を知っているが、正之助に口止めされている以上は話せない。
はぐらかすしかないが、それでは余計に不審がられるのも明らかだ。
「流石だな高井。『無きにしも非ず』、ってトコだ」
「どういう意味ッスか!?」
「本人と言うか、その保護者に口止めされてる。…とだけ言っておく」
「課長ですか」
「そりゃまた、何故?」
「今に分かるさ。──全てな」
野原は、手元にあった『取扱注意』の判子が押されている封筒を掲げた。
隊員達は、野原か正之助の許可なしには見られない書類である。
勇磨がヒョイと覗き込むが、残念ながら中身は見えなかった。
「和泉隊長が届けに来た封筒、ッスね」
「隊長。最近、その手の書類が増えてますよね。しかもほとんどは、あの人が直々に届けに来ています」
「それって、和泉隊長も関係してるって事じゃ…」
蓋い始めた不穏な空気。
姿勢を正した高井は、改めて長に問う。
「野原隊長」
「ん?」
「──隊長達も、関係者なんですね?」
隊員三人組は確信した。
いつか推察したその事が、当たっているだろうと。
「そうだ、俺も和泉も関係している。しかし今は、それ以上言えない」
顔を上げた野原の表情はいつもと変わらない、ポーカーフェイス。
疑問を抱いていた事に、この人はいつから気付いていたのだろうか。
勇磨は思い切って、聞いてみる。
「それって、いつッスか?」
「課長が帰ってきたら、だな」
「じゃあ、明日…かな」
「そんなに早く?」
「課長、本当に大丈夫なのか?」
「雛がそう言ってたッス。ね、隊長?」
野原は頷いた。
「俺が今、言えるのは。お前達が『それを聞いた後、どう受け止めて行動していくか』良く考えろ、って事だけだ」
「余程、重大な事のようですね」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。人によって、捉え方が違うかもな」
思っていたよりも大事(おおごと)のようだ。
三人はそれぞれ腕組みをし、真意を考える。
それに気付かないフリをしているのか、野原は書類をトントンと纏めて、何事も無く立ち上がる。
「特に、志原」
「はい?」
「お前さんは友江の相方として、ちゃんと考えた方が良い。惚れてるんなら尚更、だな」
「え゛っ!?」
「明日か明後日には、課長が復帰する。覚悟を決める猶予は、短いぞ」
そう言い残し、課長室へ入って行った。
高井と葉月は顔を見合わせ、更に考える。
「…はい」
勇磨は閉じた課長室のドアに、小さく返事した。
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