みちしるべ
雛が、やっと課長室から出てきた。
何故か眉間に皺と、苦渋モードである。
袋一杯の大福を両手で大事そうに抱えて、機嫌良く入って行った筈なのに。
勇磨は、隣のデスクに座った相棒をチラリと覗いた。
「…どした、雛?大福不味かったのか?」
そんな訳ないよな、と思いつつも一応尋ねてみる。
雛も自分が難しい顔になっていたのに気付き、顔色を変えた。
彼女の場合、こんな時は大好きなスイーツの事を考えるのが得策。
甘さを反芻すると、眉間の皺がたちまちフニャンと消えていく。
「美味しかったよ?クリーム入りのイチゴ大福とか、もう最高でね」
「じゃあ、喉に詰まったとか?ちゃんとお茶飲んだか?」
「うん、おじ…課長と一緒に。何でそんな事聞くの?」
「いや。何か悩んでたって言うか、そんな感じの顔して出てきたからさ」
勇磨が相棒らしい事を言うと、必ず揶揄を入れてくる御影。
だが、今回はこの場に居ない。
勇磨はここぞとばかりに、素直になっていた。
「私、そんな顔してた?」
「してた。課長に怒られたのか、大丈夫か?」
「うん、怒られはしなかったよ。…心配してくれてありがとね、勇磨」
「べ、別に」
「今日も優しい」と言われた、当の本人の頬は赤い。
目も泳ぎ出した。
折角素直になってるのに、いつもの挙動不審ぶりまでは治らない。
「コンビ組んでるんだから、当たり前だし。オレの事は、気にしなくて良いよ」
「本当、いつも有難うね」
「……うん。こちらこそ」
相棒の顔をちゃんと見て微笑む雛と、やっと落ち着いたのに顔が一向に見られない勇磨。
向かい席の高井とシステムの前に座っている葉月も、口は出さないが「やれやれ」と苦笑いしていた。
二人の関係がもどかしいと思うのは、御影だけではなかったようだ。
「んで、悩みの原因は?怒られたんじゃないなら、難題発生とか?」
「そうなんだよ。聞いてよ勇磨ぁ…」
「おぅ!何でも聞くぞ!」
「あのね。『来年、昇進試験受けないか』って、突然言われたの」
「昇進試験!?」
「…雛さんも、話が来たんですね」
葉月は、最初に話を持ち掛けられていた。
彼の場合、本来なら科警研『職員』のままで済みそうなところを敢えて巡査となり、現場での活動を許される身分となった。
今は特警隊の突入班でやりがいを見つけて満足しているので、何の不満もない。
取得したいのは上の階級ではなく、テイザー銃等の特殊装備の使用免許や戦技の有段資格だ。
…これでも鑑識に必要な資格は揃えて持っているのだが、それでは不満らしい。
「葉月さん、即行で断ったんだって?残念がってたよ」
「課長には申し訳ないんですけど。僕は『順番通りに昇進しよう』って思ってて、その間に特警隊でもっと役立ちそうなスキルの資格を取りたいんです」
「堅実だな。とても良いと思う」
「恐縮です」
「高井さんも断ったんでしょ?すごく困ってたよ」
「今必要なのは、副隊長役の巡査部長だろう。俺に小隊とか分隊なんて、任かすの早過ぎだと思わないか?」
「突入班増設案ですか⁉」
「いきなり飛躍してるよね。勇磨もそう思わない?」
「え…」
この場では、勇磨だけが知らない。
答えようもなかった。
「そういう話はなぁ…。もっと野原隊長と一緒に仕事して、特警隊長がどういう立場であるべきかを理解してからだ」
「高井さんにそんな話振ったって事は、副隊長役を沢山呼ぶつもりだったんでしょうか?」
「だよね。人手足りないの、来年度で解消されるような空気じゃないのに」
「俺も『人材不足の話はどうなってるんだ⁉』ってビックリしたよ。課長に秘策とかあったんだろうか?」
「志原君は何か聞きました?」
「ま、待って欲しいッス!!」
ついこないだまで、葉月が「自分は第五隊のお飾りになりたくない」と悩んでいた。
本来そう悩むのは、自分であるべきだったのか。
勇磨は頭を抱え、固まる。
血の気も引いた。
「昇進とか、オレそんな話一切されてない!!」
「え、志原だけなのか?」
「御影にも、『一応、後で話してみる』って言ってたよ。開発班はまだ、って事かな?」
「成程」
「なんだ…」
勇磨と御影の二人は、署内で一番カオスな開発室に入り浸っている。
オフィスに居ない事が多いから、正之助が話しかけ難いだけであった。
だが、プリンの表面焼いてもらうのに「バーナー貸して♪」なんて、気軽に寄ってたりする。
大長と部下という堅苦しい雰囲気は、他の部署に比べて圧倒的に皆無の第五特警隊。
二人も正之助のノリが雛に似てるので、気軽に接して手を貸してやっている。
「勇磨はどうせ断るでしょ?」
「やっぱり分かるか」
「だって、勇磨も御影も開発の方が楽しそうだからね。副隊長になったら、没頭出来なくなるでしょ」
勇磨は「当然」と頷いた。
雛が項垂れたのは言うまでもない。
「オレも葉月さんと同じ、順番に昇進が良さそうだ」
「本当は私達より二年先輩なんだから、勇磨が考えないといけないんだからね?」
「雛が隊長になったら考える!」
「…ものすごく、やって来なさそうな未来の話だね」
「そうか?そんなに否定する程じゃないだろ」
「だな。友江の場合は」
「『蛙の子は蛙』って言いますからね」
皆、雛の両親も先駆隊員だった事は知っていた。
彼女の性格も考えると、「憧れを募らせるだけでは終わらない」という結論に達する。
そうなった時は、勿論応援するつもりだ。
「課長、副隊長増やすつもりなのか?」
「うん。ちゃんと組織形成がなってないの、ウチと八王子だけなんだって」
「やっぱりそうでしたか」
「葉月、第四の事知ってるのか?」
野原は「肩書きだけだ」と言っているが、当人の荷が重いのは当然の事である。
高井は然程苦に思った事はないのだが、これから就くもう一人が同じとも限らない。
「スターシーカーで編成とか見て、気付いただけですけどね。ウチと第四は、副隊長が一人足りない状態です」
「そういや第二隊は、ちゃんと二人居たもんな」
「元機動隊のお二人でしたね。出向支援が転属に変更されていて、僕も慌てて変更願出したところです」
「反対派の隊に居たのに、特警隊を好きになってくれたんだって。嬉しい話だよね」
「あぁ。隊長達が尽力したお陰なんだろうな」
「和泉隊長は優しい人ッス。大変だったろうなぁ…」
「この調子で賛成派が増えると良いですね」
「…あっ、話が逸れちゃった。このままだと、ウチも第四隊も再編成しなくちゃいけないんだって!」
「誰か追い出されるのか⁉」
「──なーんの話?」
御影が開発室から帰ってきた。
メンテナンスが終わった無線機を、定位置の充電スタンドへ戻していく。
「オレと蔵間には、全く関係の無い話」
「何よそれ?」
「再編成は大問題だろう…」
「二人にも関係あるでしょ」
勇磨の気力のない答えに、御影は眉を顰める。
「昇進の話ですよ。乗ったら、御影さんのお楽しみが減っちゃうかも」
「あー、哲君の言う通りだわ。あたしパス」
「やっぱり、友江しか居ない訳だ。流石課長、家族だけあってちゃんと分かってるな」
「ひどいよー、高井さん!」
「雛、頑張れ」
「で、再編成って何?」
「第五隊は、副隊長役の巡査部長が足りないんだよ」
「このまま副隊長が一人足りない状態だと、僕達隊員の内一人が追い出されて巡査部長を派遣してもらう事になるんです」
「何それ、誰か決まってるの⁉」
「そうならないよう、友江に昇進してもらおうという話だ」
「だから何で、私だけなのっ⁉」
「そういう事なのね」
葉月が教えたが、彼女の答えも即行だった。
周りの反応は、既に雛が試験を受ける事が決定したみたいだ。
「雛が隊長になって、小隊か分隊編成が決定したら。一番先に部下になるの、あたしだから」
「無理に決まってるでしょ⁉御影まで止してよ」
「オレが『雛が隊長になったら副隊長になる』って言ったら、ものすごく否定された」
「それって、志原の副隊長がイヤって話じゃなくて?」
「えっ…」
「そうじゃなくて、私が隊長なんて考えられないの!!皆も想像しないで!」
「とんでもない話だ」と雛は激しく首を横に振っている。
親友の意見は、他の三人と一緒だった。
勿論応援するし、何処までもついていく覚悟はとっくに出来ている。
「でも。これで雛さんが受かったら、高井さんは心強いですね」
「あぁ。先駆隊員の家族だし、参考になりそうな事沢山知ってそうだよな」
「野原隊長も賛成だろうな」
「決まってるでしょ。和泉隊長に話しても、間違いなく応援してもらえるわ」
「皆して、ヒドいぃぃ…」
眉が八の字に下がった雛の肩を、御影がポンポンと叩く。
「仕方ないわよ、有力な候補が他に居ないんだから。ねぇ?」
「はい。知らない誰かにいきなり入られて偉そうにされるよりは、雛さんがなった方がずっと良いですよ」
「雛にピッタリだと、オレも思う」
「友江は責任感が強いからな。課長だって、ただの親バカで選んだんじゃないと思うぞ」
「高井さん、課長は爺(ジジ)バカよ」
「ハハハ。そうだったな」
「…はぅ」
雛は泣きそうな顔である。
しかし、心内は揺れ始めていた。
内心の半分は、『やっても良いかな…』なんて思い始めている。
殉職した両親が、二階級特進する前は巡査部長だったからだ。
彼女が《お守り》と称して持っている、傷付き壊れた遺品──
それは、いつかは自分も同じ階級に追い着きたいという、憧れの証。
夜の巡回警邏の前。
一人になった休憩室のベンチに座り、雛は懐の小袋を取り出した。
お守り袋のような形で縛られた紐を摘まんで、目前でぶら下げる。
中で堅い物同士ぶつかるような音が、微かに鳴った。
「ねぇ父さん、母さん。…私、頑張ってみても良いかな?」
「大丈夫かな。…良いよね?」
寂しそうな微笑で手の平へ置くと、そっと握り締めた。
窓の外の月も、そんな彼女を見守るように優しく輝いている。
「犯人逮捕と試験、どっちも頑張る。だから、見守っててね」
「…雛。ここに居たのか」
「勇磨?」
「ミニパト、荷物搭載完了だ。早く済んだから、先に出ちゃおうぜ?」
「良いのかな…」
「コンビニ寄りたいんだろ?新しい期間限定のスイーツがどうとかって」
「そうだった!美味しそうなミニパフェが出るんだよぉ」
「奢るから、早くパトロール行こう。蔵間に負けたくない」
「やったー♪」
こうして、雛は両親の事件と昇進試験の二つを背負う事となった。
両方叶うのか判るのは、まだ先の話。
■『みちしるべ』 終■
何故か眉間に皺と、苦渋モードである。
袋一杯の大福を両手で大事そうに抱えて、機嫌良く入って行った筈なのに。
勇磨は、隣のデスクに座った相棒をチラリと覗いた。
「…どした、雛?大福不味かったのか?」
そんな訳ないよな、と思いつつも一応尋ねてみる。
雛も自分が難しい顔になっていたのに気付き、顔色を変えた。
彼女の場合、こんな時は大好きなスイーツの事を考えるのが得策。
甘さを反芻すると、眉間の皺がたちまちフニャンと消えていく。
「美味しかったよ?クリーム入りのイチゴ大福とか、もう最高でね」
「じゃあ、喉に詰まったとか?ちゃんとお茶飲んだか?」
「うん、おじ…課長と一緒に。何でそんな事聞くの?」
「いや。何か悩んでたって言うか、そんな感じの顔して出てきたからさ」
勇磨が相棒らしい事を言うと、必ず揶揄を入れてくる御影。
だが、今回はこの場に居ない。
勇磨はここぞとばかりに、素直になっていた。
「私、そんな顔してた?」
「してた。課長に怒られたのか、大丈夫か?」
「うん、怒られはしなかったよ。…心配してくれてありがとね、勇磨」
「べ、別に」
「今日も優しい」と言われた、当の本人の頬は赤い。
目も泳ぎ出した。
折角素直になってるのに、いつもの挙動不審ぶりまでは治らない。
「コンビ組んでるんだから、当たり前だし。オレの事は、気にしなくて良いよ」
「本当、いつも有難うね」
「……うん。こちらこそ」
相棒の顔をちゃんと見て微笑む雛と、やっと落ち着いたのに顔が一向に見られない勇磨。
向かい席の高井とシステムの前に座っている葉月も、口は出さないが「やれやれ」と苦笑いしていた。
二人の関係がもどかしいと思うのは、御影だけではなかったようだ。
「んで、悩みの原因は?怒られたんじゃないなら、難題発生とか?」
「そうなんだよ。聞いてよ勇磨ぁ…」
「おぅ!何でも聞くぞ!」
「あのね。『来年、昇進試験受けないか』って、突然言われたの」
「昇進試験!?」
「…雛さんも、話が来たんですね」
葉月は、最初に話を持ち掛けられていた。
彼の場合、本来なら科警研『職員』のままで済みそうなところを敢えて巡査となり、現場での活動を許される身分となった。
今は特警隊の突入班でやりがいを見つけて満足しているので、何の不満もない。
取得したいのは上の階級ではなく、テイザー銃等の特殊装備の使用免許や戦技の有段資格だ。
…これでも鑑識に必要な資格は揃えて持っているのだが、それでは不満らしい。
「葉月さん、即行で断ったんだって?残念がってたよ」
「課長には申し訳ないんですけど。僕は『順番通りに昇進しよう』って思ってて、その間に特警隊でもっと役立ちそうなスキルの資格を取りたいんです」
「堅実だな。とても良いと思う」
「恐縮です」
「高井さんも断ったんでしょ?すごく困ってたよ」
「今必要なのは、副隊長役の巡査部長だろう。俺に小隊とか分隊なんて、任かすの早過ぎだと思わないか?」
「突入班増設案ですか⁉」
「いきなり飛躍してるよね。勇磨もそう思わない?」
「え…」
この場では、勇磨だけが知らない。
答えようもなかった。
「そういう話はなぁ…。もっと野原隊長と一緒に仕事して、特警隊長がどういう立場であるべきかを理解してからだ」
「高井さんにそんな話振ったって事は、副隊長役を沢山呼ぶつもりだったんでしょうか?」
「だよね。人手足りないの、来年度で解消されるような空気じゃないのに」
「俺も『人材不足の話はどうなってるんだ⁉』ってビックリしたよ。課長に秘策とかあったんだろうか?」
「志原君は何か聞きました?」
「ま、待って欲しいッス!!」
ついこないだまで、葉月が「自分は第五隊のお飾りになりたくない」と悩んでいた。
本来そう悩むのは、自分であるべきだったのか。
勇磨は頭を抱え、固まる。
血の気も引いた。
「昇進とか、オレそんな話一切されてない!!」
「え、志原だけなのか?」
「御影にも、『一応、後で話してみる』って言ってたよ。開発班はまだ、って事かな?」
「成程」
「なんだ…」
勇磨と御影の二人は、署内で一番カオスな開発室に入り浸っている。
オフィスに居ない事が多いから、正之助が話しかけ難いだけであった。
だが、プリンの表面焼いてもらうのに「バーナー貸して♪」なんて、気軽に寄ってたりする。
大長と部下という堅苦しい雰囲気は、他の部署に比べて圧倒的に皆無の第五特警隊。
二人も正之助のノリが雛に似てるので、気軽に接して手を貸してやっている。
「勇磨はどうせ断るでしょ?」
「やっぱり分かるか」
「だって、勇磨も御影も開発の方が楽しそうだからね。副隊長になったら、没頭出来なくなるでしょ」
勇磨は「当然」と頷いた。
雛が項垂れたのは言うまでもない。
「オレも葉月さんと同じ、順番に昇進が良さそうだ」
「本当は私達より二年先輩なんだから、勇磨が考えないといけないんだからね?」
「雛が隊長になったら考える!」
「…ものすごく、やって来なさそうな未来の話だね」
「そうか?そんなに否定する程じゃないだろ」
「だな。友江の場合は」
「『蛙の子は蛙』って言いますからね」
皆、雛の両親も先駆隊員だった事は知っていた。
彼女の性格も考えると、「憧れを募らせるだけでは終わらない」という結論に達する。
そうなった時は、勿論応援するつもりだ。
「課長、副隊長増やすつもりなのか?」
「うん。ちゃんと組織形成がなってないの、ウチと八王子だけなんだって」
「やっぱりそうでしたか」
「葉月、第四の事知ってるのか?」
野原は「肩書きだけだ」と言っているが、当人の荷が重いのは当然の事である。
高井は然程苦に思った事はないのだが、これから就くもう一人が同じとも限らない。
「スターシーカーで編成とか見て、気付いただけですけどね。ウチと第四は、副隊長が一人足りない状態です」
「そういや第二隊は、ちゃんと二人居たもんな」
「元機動隊のお二人でしたね。出向支援が転属に変更されていて、僕も慌てて変更願出したところです」
「反対派の隊に居たのに、特警隊を好きになってくれたんだって。嬉しい話だよね」
「あぁ。隊長達が尽力したお陰なんだろうな」
「和泉隊長は優しい人ッス。大変だったろうなぁ…」
「この調子で賛成派が増えると良いですね」
「…あっ、話が逸れちゃった。このままだと、ウチも第四隊も再編成しなくちゃいけないんだって!」
「誰か追い出されるのか⁉」
「──なーんの話?」
御影が開発室から帰ってきた。
メンテナンスが終わった無線機を、定位置の充電スタンドへ戻していく。
「オレと蔵間には、全く関係の無い話」
「何よそれ?」
「再編成は大問題だろう…」
「二人にも関係あるでしょ」
勇磨の気力のない答えに、御影は眉を顰める。
「昇進の話ですよ。乗ったら、御影さんのお楽しみが減っちゃうかも」
「あー、哲君の言う通りだわ。あたしパス」
「やっぱり、友江しか居ない訳だ。流石課長、家族だけあってちゃんと分かってるな」
「ひどいよー、高井さん!」
「雛、頑張れ」
「で、再編成って何?」
「第五隊は、副隊長役の巡査部長が足りないんだよ」
「このまま副隊長が一人足りない状態だと、僕達隊員の内一人が追い出されて巡査部長を派遣してもらう事になるんです」
「何それ、誰か決まってるの⁉」
「そうならないよう、友江に昇進してもらおうという話だ」
「だから何で、私だけなのっ⁉」
「そういう事なのね」
葉月が教えたが、彼女の答えも即行だった。
周りの反応は、既に雛が試験を受ける事が決定したみたいだ。
「雛が隊長になって、小隊か分隊編成が決定したら。一番先に部下になるの、あたしだから」
「無理に決まってるでしょ⁉御影まで止してよ」
「オレが『雛が隊長になったら副隊長になる』って言ったら、ものすごく否定された」
「それって、志原の副隊長がイヤって話じゃなくて?」
「えっ…」
「そうじゃなくて、私が隊長なんて考えられないの!!皆も想像しないで!」
「とんでもない話だ」と雛は激しく首を横に振っている。
親友の意見は、他の三人と一緒だった。
勿論応援するし、何処までもついていく覚悟はとっくに出来ている。
「でも。これで雛さんが受かったら、高井さんは心強いですね」
「あぁ。先駆隊員の家族だし、参考になりそうな事沢山知ってそうだよな」
「野原隊長も賛成だろうな」
「決まってるでしょ。和泉隊長に話しても、間違いなく応援してもらえるわ」
「皆して、ヒドいぃぃ…」
眉が八の字に下がった雛の肩を、御影がポンポンと叩く。
「仕方ないわよ、有力な候補が他に居ないんだから。ねぇ?」
「はい。知らない誰かにいきなり入られて偉そうにされるよりは、雛さんがなった方がずっと良いですよ」
「雛にピッタリだと、オレも思う」
「友江は責任感が強いからな。課長だって、ただの親バカで選んだんじゃないと思うぞ」
「高井さん、課長は爺(ジジ)バカよ」
「ハハハ。そうだったな」
「…はぅ」
雛は泣きそうな顔である。
しかし、心内は揺れ始めていた。
内心の半分は、『やっても良いかな…』なんて思い始めている。
殉職した両親が、二階級特進する前は巡査部長だったからだ。
彼女が《お守り》と称して持っている、傷付き壊れた遺品──
それは、いつかは自分も同じ階級に追い着きたいという、憧れの証。
夜の巡回警邏の前。
一人になった休憩室のベンチに座り、雛は懐の小袋を取り出した。
お守り袋のような形で縛られた紐を摘まんで、目前でぶら下げる。
中で堅い物同士ぶつかるような音が、微かに鳴った。
「ねぇ父さん、母さん。…私、頑張ってみても良いかな?」
「大丈夫かな。…良いよね?」
寂しそうな微笑で手の平へ置くと、そっと握り締めた。
窓の外の月も、そんな彼女を見守るように優しく輝いている。
「犯人逮捕と試験、どっちも頑張る。だから、見守っててね」
「…雛。ここに居たのか」
「勇磨?」
「ミニパト、荷物搭載完了だ。早く済んだから、先に出ちゃおうぜ?」
「良いのかな…」
「コンビニ寄りたいんだろ?新しい期間限定のスイーツがどうとかって」
「そうだった!美味しそうなミニパフェが出るんだよぉ」
「奢るから、早くパトロール行こう。蔵間に負けたくない」
「やったー♪」
こうして、雛は両親の事件と昇進試験の二つを背負う事となった。
両方叶うのか判るのは、まだ先の話。
■『みちしるべ』 終■
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