みちしるべ

 「ところで、話は変わるがな」
「え?」

知りたい事を概ね聞き出せて満足した雛は、そろそろオフィスへ戻ろうかと思っていた。
家族の会話がまだ続く事に驚く。

「ここからは、上司としての話だ」
「何?急に改まって」
「なぁ雛。来年の昇進試験、受けてみないか?」
「わ、私が!?」

突然変えられた話は、これまた予想外であった。
雛の目が点になる。

「何言ってるの?初所属の新任(わたし)にする話じゃないでしょ」
「確かに、勤務経験は未だここだけだし。期間も短い」
「そうだよ!春に配属されたばかりだよ!?」
「でも。他のメンバーより多く、特警隊の教導を受けてただろう」
「あれは特別教科と教場の選択とかで、たまたまそうなっただけだって」
「短期で詰め込むのなんて無理だとか、イヤだと思ったからじゃなくて、か?」
「知ってるなら聞かないでよ!大体そう言うのは、高井さんや葉月さんにする話でしょ!?」
「勿論、二人にもしたさ。それで、即行で断られた」
「えぇーっ!?」

雛は名が挙がった二名と違い、特警隊の教導を約一年間受けている。
実務経験が浅く夢の森(ここ)が初所属となったのは、その所為であった。
警察学校の初任科にて全ての基本を修了後、彼女は職場配属ではなく任意で追加出来る特別講習を希望。
大抵は卒業式の直後に、新任として何処かの部署へ配属される《卒配(そつはい)》という儀式が待っている。
八王子校には機能別部隊や専属部門の訓練施設がすぐ隣にあり、特警隊の教導班も入っていた。
両親に憧れる彼女が、そこを選ばない理由はない。
丁度良い事に、これまで約二か月の集中講習しかなかった教導が、新たに約一年間かけてじっくり育てるコースを設けた。
「詰め込む事は向いていない」とそれを選び、同じ選択をした御影と喜びを分かち合う。
雛の場合は更に、両親の殉職で傷付いた心へケアを施す為、通院とカウンセリングで一時休学した事も重なっている。

「だからって!私なんかに振らないで、もう一回話してみなよ⁉」
「高井副隊長は、討伐軍を壊滅したら昇進すると。二代目第五隊長になるって、言ってくれたよ」
「先が遠すぎるよ…」

大体、高井が隊長の座に就いてしまったら。
野原は何処へ行くというのか。
討伐軍の壊滅は早い方が良いが、これだけは遠い未来が望ましいと思う雛。

「葉月巡査は来年度の秋に、巡査長に昇進するんだと。だから、『巡査部長はその次』って断られた」
「葉月さんは律儀過ぎだよぅ!勇磨は?私と御影より先輩でしょ」
「いつも隊員室に居ないじゃないか」
「…」
「雛には特警隊の分だけじゃなく、例の事件の『特例恩恵』がある。ダブルなら受かり易いだろう」

特警隊は任務の過酷さの違いや、実験部隊ならではの特例が多々ある。
昇進試験の受験機会の多さは警備部と同じ位だが、受かる確率はこっちが上だ。
更に、警察官でしかも特警隊の雛と正之助には《殉職者遺族・特殊救済制度》による恩恵が与えられていた。

「『被害者遺族の救済特例』でしょ?私の分は、特警隊配属で最後の恩恵使い切った筈だよ」
「この老いぼれの分が、まだ残ってる。…それに来年度から、隊の編成が一部改定になるんだ」
「恩恵と編成の改定と、何の関係があるの?」

唐突に出された正之助の提案が、その考えている内容(コト)が、イマイチ理解出来ない。
雛は首を傾げるしかなかった。

「実はな。夢の森(ウチ)と第四は、副隊長役の巡査部長が一人足りない」
「そう言えば。和泉隊長の第二隊(ところ)は、副隊長が二人居たね」
「そう、坂東巡査部長と山崎巡査部長の二人。反対派の機動隊からの出向組だったんだけどね、特警隊を好きになってくれたんだよ」
「嬉しいね。きっと良い人達だよ!」
「『反対派へは帰らない』って言ってくれたらしくて、お嬢がとっても喜んでたんだ。…って、アレ?話が逸れちゃったね」
「お爺ちゃんってば…」
「要するに『隊長一名に対し副隊長は二名置く』、それが本来の正規の編成なんだ」

正規の編成は、警部以上のキャリア組クラスである課長及び専属管理官以下、隊長に警部補一名と続く。
その下に副隊長の巡査部長二名と、隊員が巡査か巡査長三名以上で出来ている。
警察の組織ではお馴染みである、ピラミッド型の組織編成だ。
第五隊は、雛と勇磨、御影と葉月の四人が巡査。
一人多い状態である。
警部補は野原が居るが、問題の巡査部長は高井のみで一人足りない。
確かにバランスが悪い状態だった。

「確かに。副隊長は、高井さんしか居ないね」
「そうだろう?このままでは、来年度は巡査の内一人を追い出して、わざわざ外から巡査部長を入れなくてはいけない」
「そんなぁ!巡査長じゃ駄目なの?」
「規定を変えるのも簡単じゃない。実験部隊だから意見を集める部署があちこちにあり過ぎて、すぐには決まらない」
「うぅ…」
「ウチは巡査長だって居ないじゃないか。班が違えば候補は居るが、そうなると統率の違いで本人が一番大変だ」
「で、でも。今のメンバーでバランス良く戦えてるのに、誰かが居なくなっちゃうのは困るよ」

そうは言っても、いつかはバラバラになるだろう。
配属されて一年も経っていない今、雛はそんな事を考えたくなかった。
正之助だって、第五隊の皆が好きだ。
この環境も気に入っている。
仲間が増えるのは大歓迎だが、減ってしまったり消えてしまうのは嫌だった。

「八王子も苦労してるだろうな。ウチは今のメンバーで大満足だから、正直入れ替えは退職するまでしたくない」
「私も、まだ夢の森で皆と一緒に仕事していたいよ」
「そうだろう?」

正之助はキッパリと言った。
となると、四人の内の誰かが昇進するしか道は残っていない。
一人は辞退、後の二人は昇進より装備開発の方が楽しそうだ。
秒で断られるに違いない。

「……本当のホントに、私だけ……?」
「後の二人に話をしたって、結果は雛にも想像出来るだろう」

当然だが、雛は困っている。
いきなりそんな選択肢の無い話を持ち出されたって、答えは「ハイ」としか言えないだろうに。

「来年って事は。まだ考える時間、あるよね?」
「多少はあるが、その間にも我々は討伐軍を捕まえる。手柄を立てていけば、イヤでも話が来るぞ」
「討伐軍は捕まえたいけど。私じゃ力不足だよ」
「考えてくれるか、友江巡査?」
「……はい」
「うむ。頼むぞ」

渋々ではあるが頷いた雛に、正之助は安堵の溜息を吐いた。
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