みちしるべ

 「初所属にしては、順調にやってるようじゃないか」
「順調、って実感はないなぁ。毎日忙しくて、無事に帰ってくるのが精一杯だよ」
「覚える事も山積み、って?」
「そうなんだよぉぉ。頭の中のマルチタスクが足りな過ぎるの、お爺ちゃんの分けてよ」
「えぇ?和菓子に詳しくなるだけで、結局足りないぞぉ?」
「何それぇ…」

夢の森特警隊・課長室で勤務中にも関わらず、家族の会話に花が咲いている。
友江家の一人娘である雛と、祖父で上司の正之助だ。

「暇する時もあるけどさ、結局一日があっという間に終わっちゃうんだよね。それで、『あっ、アレもコレもまだ覚えてなかった!』ってなるの」
「そうかい?でも、雛の個人評価は良い方だと思うよ」
「周りが良い人ばかりだからだよ。基本業務だって、訓練校で習った通りにやってるだけだし」

多忙であまり家に帰らない課長と、出動に追われる孫娘。
しかも非番のほとんどは、相棒と親友の装備開発に半ば拉致されている状態である。
職場では顔を必ず合わせるが、唯一の家族なのに二人きりの時間はそう作れないのが悩み。


 珍しく出動も支援要請も何もない、この日。
いつもは捜査か本庁出頭で慌しい正之助が、課長室で一服していた。
雛も逸早くデスクワークが終わって、相棒の作業完了待ち。
これまた珍しく、遣るべき事も出来そうな事も無かった。
なので、自分と同じく暇そうな空気を醸し出す課長室へ遊びに来ていた。
淹れた茶を啜りながら、二人は大福を頬張る。

「うむ…。課長としても爺やとしても、これは誇りだ」
「『誇り』ってのは、野原隊長達のような優秀な人の事を言うでしょ。私はまだまだ、ヒヨっ子だよ」
「雛も、お嬢…和泉警部補と同じ事言うなぁ」
「和泉隊長が?」

お店の人にオマケまで付けてもらい、袋にギッシリ入っていた大福が、良く捌けていく。
自他ともに認める、甘党一家。
先に皆へ配っておいて、正解だったようだ。

「和泉隊長がヒヨッ子だったら、私はミジンコの卵くらいかな…」
「だから。お嬢も雛も、ちゃんと成長してるって言ってるだろう。卑屈になる必要はないぞ?」

フヘヘ…と自虐の苦笑いを俯いて零す孫。
正之助は仕方なく、頭を和泉の分まで撫でて宥めた。

「こないだ初めて、和泉隊長と一緒にエンカウントしたんだけどね…」
「そうだったな」
「カッコイイんだよ。同じGW(ガードウィング)だけど、一発の攻撃力は全然強いし」
「女性の攻撃はどうしたって、『男に比べたら力が弱い』と云われるからな。お嬢は重力を利用するのは勿論、自身の馬鹿力を乗せて巧く叩く」
「力かぁ…。指揮しながら平然と連続攻撃繰り出せるし、マルチタスクどうなってるんだろ?」
「雛は一点集中、『ココ!』って決めた所へ真っ直ぐ突っ込み過ぎるのかもな。咄嗟に曲芸で避けるのは面白いが」
「曲芸じゃないよ…。後で来る筋肉痛、結構厳しいんだから」
「誠太(せいた)が教えた通りにしか動いていないだろう。もっと柔軟にフェイントかましたり、他の格闘術も混ぜてバリエーションを増やさないと」
「うーん…」
「一撃が正確に打てる、という点では良いけどな。マニュアル通りが常に正しいとは限らない」

流石、大長というか……爺バカというか。
思ったより自分の戦技は良く観察されている、と雛は焦りを覚えた。

「元軍人とか格闘経験者相手だと、簡単に躱されるぞ?動きが読めるんだから」
「解かってる。でも和泉隊長のアレは、スゴ過ぎて真似出来ないよ」
「パルクールの事か?雛の曲芸だって、似たようなモノじゃないか」
「だから曲芸じゃないって。あれは緊急避難で精一杯だから、『攻撃にも』なんて転用出来ないの!」
「折角体が柔らかいのに、勿体無いぞ?雛のトレーニングは、もっと体力と持久力をUPさせるメニューを考えないとな」
「お手柔らかにお願いします…」
「そうだな。トレーニングだけでヘトヘトにする訳にはいかん」

只でさえ日頃の業務だけで手一杯、頭の中も一杯いっぱいなのに。
訓練のメニューまで増やされたら、体が幾つあっても足りないではないか。
雛はゲンナリした。

「隊長陣には敵わないんだから。特に和泉隊長は、同じ女性として尊敬しちゃう」
「ハハハ。野原君が聞いたら変な顔するだろうが、お嬢は喜ぶだろうな」
「野原隊長も、何であんなに意地悪言うんだろうね?」
「彼は、少し不器用なんだ。誠太は素直だったから、見てて面白かったぞ」
「えぇ?それじゃホンワカな母さん足したら、かなりのデコボコチームになっちゃうんじゃない?」
「その通り。…少しばかり、お前さん達は似てるかもな」
「私達が!?」

意外だと笑う雛は、無理をしている風でもない。
少し前まで、両親の事など話に出すのは禁忌だった。
本当に彼女は、良く立ち直った。
彼女がこんなに、元気で居られるのは……

きっと、両親の所属と同じ部隊に配属されたから。

しかし、「二の舞になり兼ねない」という事態と常に隣り合せで、両親の敵を取ろうとしている。
接近戦のベテランですら苦難の日々だというのに、彼女は未だ新任ではないか。
正之助は心配でならない。
自分も境遇は同じだが、それよりもずっと気がかりなのである。
これ以上、家族を先に天へ見送りたくない。

「志原巡査は不器用だし、蔵間巡査はストレートだ。そして雛は、顔だけじゃなく性格も瞬菜(ときな)さんに似ているから」
「そうかなぁ…」
「考え方は時々誠太を思い出させるが、基本的なホンワカは母親譲りだと思うよ」
「うーん…。父さんみたいに難しい事なんて考えられないし、母さんみたく距離感バグりたくない」

正之助が笑う。
両親に憧れていると言う割には、「無理」と真似を拒む。
父親は「完璧超人」とあだ名される程の出来る人間だったし、母親は個性的な人だった。
雛は二人の良い部分を丁度良く受け継いだ子、と正之助は思っているが……
それが開花するのは、いつになるのだろう。

「高井副隊長も葉月巡査も、二人共真面目で優しい。皆個性が上手に光っていて、自慢の仲間達だ」
「私も、チームワークは良い方だと思ってるよ」

何より、居心地が良い。
夢の森は署自体からして、他隊よりも「風通しが良い」とよく聞く。
しがらみが少ないという事は、集まったメンバーが穏やかで良い人柄ばかりという顕れなのか。
何にせよ、幸運な事だ。

「あとは、他の隊との交流かな?」
「教導隊は知ってるとしても。今のところは、お嬢の第二だけか…」
「本部もまともに入った事ないし、城南の隊舎にも行った事ない。八王子だって教導の多地花(たちばな)隊長と教官達しか知らないし、第四の人には会った事すら無かったよ」
「本当に夢の森だけじゃないか。その分だと、第三が足立の何処にあるかも知らないだろう?」

孫娘は不満そうに頷く。
本庁内の特警隊本部にはたまに同行させるが、他は無かったと思い出す。
正之助は「あちゃぁ~」と頭に手をやった。

「捜査報告見聞きしても、何処の誰かがUPしたのかなんてサッパリ分からないんだもん」
「コラ。共有(ユニゾン)データにはもっと、興味と敬意をもって接しなさい。皆頑張って上げてるんだぞ、雛だってそうだろう?」
「うん。…ごめんなさい」

雛がこの調子なら、開発班の二人も同じだろう。
せめて目前の孫だけでも再教育をと思い、正之助は質問を投げかける。

「第一が一番人数多い隊っていうのは、知ってるな?」
「うん。風杜隊長が連携進めてるのって、SATと本隊どっちだっけ?」
「彼の古巣だから、本隊だよ。本部がSATの隊長と仲良し」
「…とんでもない所と仲良しなんだね」
「第三は情報上げるの基本遅いから、いつも捜査か情報班経由なんだよな。…日ノ山君ももっと頑張らないと、お嬢の事云えない」
「そうだお爺ちゃん。前に誰かから聞いたんだけど、和泉隊長って風杜隊長と仲悪いって本当?」
「あぁ⁉そんな事、誰に聞いた?」
「忘れちゃったよ。でも、『第三にも馬鹿にされてる』って噂もあるんだって。本当は違うの?」
「風杜君が意地悪してるだけさ。お嬢は何も悪くないし、日ノ山君はとばっちり受けてるだけだよ」
「そうだったんだ。和泉隊長は優しい人だから、なんだか可哀想」

五人いる隊長の中で一番気弱な日ノ山は、元は本隊所属で「風杜のペアっ子」と呼ばれていた。
「出来損ない」といじられる事に落ち込んでいたところを、ブチ切れた風杜が彼を連れて部隊を飛び出し、準備室へ殴り込み同然で転がり込む。
表向きは『日ノ山の保護措置に因る異動』という事となったが、実際は「特警隊準備室体験実習からそのまま居座った」が正しい。
その間柄が現在も続き、尽く和泉を目の敵にする風杜の同類として見られていた。
本当のところは、似たような環境からの保護措置で転属してきた和泉の方が同類で、仲良くしたいと思っているらしい。
──この話をいつどのように雛達へ説明すべきか、正之助の脳内で新たな悩みが生まれた。

「八王子の第四について知ってる事は?」
「えっと、捜査の方が強いんだったかな…?ウチは突入して討伐軍と直接やり合うのがメインだけど、第四隊は違うみたいだって」
「その通り。歌川君が捜査班上がりだから、刑事メインで動くことが多いよ」

第四隊の突入班は教導隊メンバーが兼任していたりと、夢の森とは事情が大きく異なっていた。
その所為か、余計に情報が入ってこない傾向にある。
FB(フルバック)としてユニゾンデータを常に触る葉月や、捜査班へよくお遣いに出される高井なら把握しているかも知れない。
自分の担当以外の仕事も、もっと率先して覚えていかねばならなかった。
雛は反省する。

「捜査の上手なノウハウを知りたいなら、歌さんの資料を見ると良いよ」
「歌川隊長のだね。覚えとく」
「八王子エリア内にも討伐軍の活動拠点はある。武器貯蔵とか資金調達がメインだから、都心の連中みたいな派手な事を起こさないだけで」
「流石お爺ちゃん。ウチで一番の情報通だね」

折角の家族の会話なのに、すっかり仕事の内容ばかりになってしまった。
昔からの事、と言えばそうなのだが。

「討伐軍の詳細は、追々判って来るだろう。我々が担当になる事件も、かなり複雑化してきたからな」
「ねぇお爺ちゃん。いつも調べてるのって、あの事件なんでしょ?」
「ん?…流石に解かるか」
「犯人の手掛かりとか、どう?進展した?」

雛の顔つきが変わる。
随分と遠回りしたが、一番聞きたかった本題へようやく入った。
『部下』としてではなく、『遺された家族同士』としてならば──
少しは話してくれるだろうと、距離を詰める。

「消息は掴めていないが、例の集団には残っているようだ。本部も本腰入れて、探してくれてるさ」
「そっか…。それなら、『私達で』捕まえられる機会が来るね」
「そうだなぁ」

正之助は言葉を濁す。
雛に勘付かれたくない事柄が、沢山ある。
互いの《守りたいもの》は一緒なのに、手段はきっと交わらないであろう。

彼女が隊へ配属になったのは、本当に予想外だった。

昔のように、実戦的ではなくなってしまった正之助。
唯一の安全パイは、彼女を『犯人と対峙させないで守る』事。
それを彼女が拒む事も解かっているが、例え職権乱用してでも、それを通したい。
隊員室で初めて部下として会った時から、正之助はそう考えていた。
そして、一人胸の内で覚悟を決めている。
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