二連星

 空が白み始めた頃、場所は夢の森警察署。
事後会議が終わった課長室から退出して、眠たそうに書類のケースを片手に大きく背を逸らす者が居た。
仮眠を取ろうと廊下で出たところで、それを発見したのは雛。

「あれ、和泉隊長?」

声をかけられ振り返る和泉は、欠伸をし終えたところ。
次いで、御影と勇磨が追いかけてくる。

「皆さんお疲れ様です」
「和泉隊長の方こそ、大変お疲れさまでした」
「雛に聞きましたよ。凄い打撃だったって!」
「え?…いや、恥ずかしい」
「コンパネが無かったら、犯人の奴もっとぶっ飛んで気絶してたッスよ」
「うわー!あたしも見たかったわ、その場面」
「──関わらない方が、身の為だ」

いつの間にか、野原が後ろに居た。
和泉と同じ書類ケースを持っている。

「野原先輩…」
「こいつは隊の戦技披露会で、第四隊長と試合して脳震盪起こさせた奴だ」
「ええっ!?」
「うわぁ…」

また過去を暴かれて、慌てて必死に弁解に入る和泉。
それもすぐに失敗してしまう。

「違いますよ!あれは向こうが受身取ろうとして失敗して、コケて後頭部打っただけなんですから!!」

始まった二人の言い合いは、笑い合っている訳でもないのに何処か楽しそうだ。
微笑んで見ている雛が、優しく見守る大人のポジションである。
御影は現場での和泉と野原の様子を思い出し、何かを確信する。

(あたしと高井さんも、こんな感じで居て良いんじゃないかしら。皆の前だからって、気にし過ぎなんじゃ…)
「へぇ…。魔王なら、改造武器やり過ぎる蔵間も負けないよなぁ?」
「どうかしらねぇ、志原?」
「…でも、《腐ったトマト弾》とか、それの+αとか」
「何か言った?」
「う、ううん、別に?」

勇磨の一言に悪ノリで返す御影。
自分で蒔いた種なのに、勇磨は武者震いなんてしている。
雛の肯定も、小声だがシッカリ聞こえていた。

(雛は天然入ってるから、志原は苦労するわね。…って、あたしがお節介焼いても、二人の矯めにはならないし)
「先輩。余計な事吹き込んだら、本当に怒りますよ」
「はいハイ。後でちゃんとした武勇伝も聞かせるから」
「そういう事言ってるんじゃないんですが」
「…可愛いかったり凛々しいところ、俺の後輩の自慢は沢山ある」
「止めてください!」
(野原隊長ってば、揶揄うフリしてシッカリデレてるじゃない。それとも敢えてそんなこと口にするって事は、和泉隊長に何かあったとか?)

ちっとも笑わないポーカーフェイスの野原と、困惑と照れが混在している和泉の顔が、向かい合ったり並び合ったり。
珍しいツーショットを、御影は暫くの間観察し続けた。


 一階の正面玄関までの短い道程を、会話を重ね情報も確認しながら時間をかけて歩いている。
話したい事も沢山あるし、共に居る時間が嬉しくて名残惜しい所為もあった。
…後者は野原だが。

「急拵えだが、第五もそこそこ一人前になっただろう」
「そこそこなんてものじゃないですよ。まだ隊の設立から半年ちょっとしか経ってないのに、隊員達は何処もあっと言う間に立派になりました」
「最初からエリート揃いなのは、第一だけだ」
「特警隊は、元々が特殊な編成です。組織が落ち着くまで、もう少しかかると思ってましたが」
「えらい変わりようだな。よく、これだけの隊員がついて来てくれるもんだ」
「本当に。雛さん達も、とても良く頑張ってくれています」
「え…」
「いやぁ…」

野原は第五をもっと自慢したいようだ。
それを聞いている和泉も、優しく肯定してくれた。
勇磨と御影は唐突に褒められて、嬉しさと照れに言葉に詰まる。
雛は代表して礼を言い、照れながらも微笑んだ。

「有難うございます。…あの」
「はい?」
「あの、和泉隊長も私と同じGW(ガードウィング)型なんですね」
「えぇ。基本ポジションです」
「しかも、持ってた警棒違ってましたよね?零式より太かったような…」
「は?和泉、お前──」
「はい、あれは雷迅です。本部から借りました」
「ちょっと待て。そんなの、お前だけだ」

また野原と和泉のイチャつき…もとい言い合いが始まりそうになっていた。
それも気になるのだが、まだツッコむべき内容がある。
御影は眼鏡をかけ直した。

「雷迅って、試作品じゃないですか!?」
「本部のメンテ済ですから、大丈夫ですよ。何せ頑丈ですし」
(試作品すら使いこなせるなんて、流石先駆隊の人だなぁ。父さんも使ったのかな?)
(ちょっと待って、雷迅は試作品第一号でしょ!何でそんな代物使ってるのよ⁉)
(試作品なんてまだ使えるのか⁉メンテとかどうなってるんだろ、興味湧いてくる!!)

隊員の三種三様な顔をチラリと眺めて、野原には「第二でも同じような反応されてるんだろうな」なんて感想が思い浮かぶ。
「馬鹿力の拳まで食らったあの対象は、運が無かった」とも思う。
雷迅が帯びる電流は、零式より多く威力も強い。
雛よりも華奢に見える和泉にとって、それ位の得物でないと制圧が難しいのだろうか。
新たな心配が生まれる。
実際は着痩せして見えるだけで雛より力はあるし、馬鹿力で扱っても安易に折れない頑丈さを好んでいるだけなのだが、生憎野原は知らなかった。

「隊長さんだから、総指揮役のFBだと思ってたのに…」
「本来は、そうあるべきなんですけどね。それだと、GW役より先に体が動いちゃうから駄目だったんです」
「こいつはお前さんと一緒で、身軽だからな。それに突撃思考だし」

「まともなのは友江の方だが」と、野原は付け足した。
和泉の戦闘スタイルは準備室時代から見知っているものだし、基本は変わっていない。
それが《深く想うところ》に由来があるだろうと、気付いているつもりだ。
だが月日を重ね、危うさも増している。
蓄積しているのは、経験値や知識だけではなかった。
心配が先立つからこそ、素直に褒められない。
冷ややかな評価に和泉がヘコまないのは、それを理解しているからである。

「私は先輩や皆さんと違って、射程や速度とかって色々計算するのが苦手ですから」
「同じだ。私も苦手なんです」
「雛さんもでしたか。…その点、GWは対象へ『正確な一撃を確実に決め』さえすれば、後発や周囲への影響も減らせます」
「だから《一撃必倒》なんですね。それも連続運用出来るなんて、どうしたら持久力保てるんですか?」
「凄いッス!」
「すっごーい!!」
「…そう命名した記憶は、ありませんが。持久力の長さも個人差ですから、無理に伸ばすのは奨められない」
「そんなんで、よく特警隊で警察官続けていられるな」
「相変わらずですね。先輩は」
「俺は褒めてるつもりだ。ある意味では、尊敬に値する」
「…」

和泉と野原が見つめ合う。
意思の疎通が上手く出来ていなかったのか、困り顔になったり溜息を吐いたりと反応が異なっている。
見ていた雛達の頭上に、ハテナマークが浮かぶ。

「もう…。それに、SATでも総指揮取りながらフォワードやってる小隊長は居るんですよ」
「そうなんだ」
「それもスゴいわね」
「格好良いなぁ。憧れるッス」

勇磨が届かぬ理想に唸り、野原も頷く。
この二人は、元々SATへの配属志願者である。
現在は特警隊の居心地が良すぎて、すっかり忘れてしまっているように見えた。

「訓練校で習ったと思いますが、『先攻の最大の利点』を追求すれば、余計にGWが私にとって理想のポジションだった訳です」
「えっと…。『相手の急所に《正確な強い一撃》だけを狙えば、対象を速やかに無力化する事が可能』ってやつッスね」
「そう。それでも『日々、改善の余地は有り』です」

頑張って思い出した勇磨が諳んじると、それに和泉は頷いて答えた。
隣では雛と御影も、「勉強になる」と真剣に聞いている。

(和泉は城南でも、こんな風に隊員と話し合っているんだろうか?…こりゃマズイな)

戦術に関する教育は、第五隊ではほとんど正之助が行っている。
野原は任せきりで、監督と記録撮り位しかやってなかった。
思い出して反省する。
こんな風に真剣に聞いてくれるなら、自分の戦闘スタイルについて語っても良さそうではないか。
過去については一部《口外無用》の禁止令が敷かれているが、それさえ避ければ昔話も出来そうだ。

「私にとって、それが『作戦で総合的に勝つ為に必要な、自分の強い部分』なのだと思っています」
「成程。確かにそれは大事だ」

それは、特警隊の存在理由にも繋がる。

「三人にも、それぞれの強い部分が必ずあります。それに驕っちゃいけませんが、磨き続けるのは忘れないで下さいね」
「はい!」
「頑張ります!」
「…大切なものを守る為に、か」
「えぇ。私達は更に、導く為に」

真顔でそう答えた彼女の心の内、その本意とは。
この時の野原は、まだ解りかねている。
雛達と再会の約束をし敬礼で挨拶して、和泉は第二隊へ帰っていった。
名残惜しそうに暫し玄関を見つめてから、隊員三人組は先に階段を上る。
正門を通過した後輩の指揮車が遠退いても、野原はまだ外を見つめ佇んでいた。

(俺より隊長らしいじゃないか。一日の長とか、そんなレベルじゃない)
「…?」
「野原隊長?」
(城南と夢の森、環境の違いは判る。でもどうして、背負うものがこんなにも違うんだ?和泉は────)

次の一瞬で、例の事件後から今までの記憶が走馬灯のように駆け巡った。
右の上腕を押さえ、襲撃された時のフラッシュバックに備える。
痛みと苦しみはやってこなかったが、代わりと言わんばかりに浮かんできたものがあった。
つい先刻まで傍に居た『かつての相棒』の態度が、言動の一つ一つが、蘇っては脳裏へ焼き付く。

「──俺は、何をやってるんだか」
「隊長ぉ、休憩取らないんスか?」
「早く休まないと、始業時間来ちゃいますよー?」
「…ん。今行く」

踵を返し、雛達を追って野原も階段を上った。
和泉に大切な事を気付かされたようだ。
彼女が自身を通して伝えたいもの、自身が守りたいもの。
そして、目指したいもの。
それはきっと自分達も方向は同じだろう、と。
野原が、不器用が故に素直に伝えられないものを、代わりに彼女は教えたいのかも知れない。

一つの悲しい事件から広がっていった、様々な思い。
これからも彼らを取り巻いて、星々を結んでいく。


■『二連星』 終■
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