二連星

 三人は走り出し、コンテナの先にある防火扉を潜り抜けた。
その間、無線では他班のエンカウント報告が集まっていく。

「特警隊だ!無駄な抵抗は止めろ!!」

予定通りの和泉の警告に、犯人は鉄パイプを振り回し応える。
後ろの二人は身構えたが、見える彼女の背中には「威嚇になっていない」と書いてある。
凛として対峙する姿に、つい自分達を比べてしまう。
「これが経験の差か」と思い知ったが、落ち込んではいられない。
雛は報告を入れつつ、和泉を支援すべく戦闘態勢に入る。

「ユニット01より統括指揮へ。現時刻を以って、犯人とエンカウント!」
「罪が重くなるだけだぞ…、っと!」

和泉は足元の角材の破片を拾い、犯人へ投げつけた。
案の定、相手は彼女へ威嚇を始める。
が、それが狙い。
その隙を窺って、第五隊の二人は対象の死角へ移動する。
大きく回り込んだら、男の背中はガラ空きだった。
腰のホルダーから警棒を抜いた雛が飛び出し、相棒を呼ぶ。

「勇磨っ」

勇磨は彼女の斜め後ろで、既に射撃体勢を取っていた。
攻撃を避ける和泉の動きはトリッキーで、アクション俳優のショーのようでもある。
それなのに、こちらの邪魔とならないように配慮もされていた。
緊迫した場面なのに、何故か面白いとも思わせる。
チラリと覗いた雛の顔にも、「驚き」と「不思議」の二文字がハッキリ書いてあった。

(和泉隊長、スゲー!!オレもテンション上がるぜ!)

狙いを定めるのは容易だった。
雛が対象へ飛びかかったのと同時に、勇磨がエアガンを撃つ。
彼が放った特殊ホローポイント弾は、余裕で鉄パイプを弾き飛ばした。
予想と異なった衝撃に、対象も驚いている。

「行け、雛っ!」

零式のグリップを強く握って、雛は間合いを詰める。
正面から挑発していた和泉も、機能衝突(コンクリフト)を避ける為に退いてくれた。

(今回の現場は、何だかいつもより動き易いな。緊張してる筈なのに)

二人のコンビネーションは、今夜も好調だ。
雛は武器を拾おうとした相手を、零式で牽制する。
もはや丸腰の犯人は怯んだ。
聞こえる無線は、他の犯人二名の確保を報せた。
インカムで交信しながら、和泉は地面に転がった鉄パイプを蹴飛ばし更に遠ざける。

(和泉隊長、大丈夫かな…)

今にも電撃が爆ぜそうな警棒の切っ先が対象へ向く。
雛がこれ以上の威嚇行為を阻止ししながら、和泉が怪我をしていないか確かめる。
その感想は、「良かった」を軽く超えた。

(…何とも無さ過ぎて、逆にスゴいよ⁉)

怪我どころか、息が上がっていない。
涼しげな顔に目が丸くなる。
実は、御影達のユニットでも同様の空気が流れていた。
アシストしてくれる第二隊の副隊長が、自分達とは違った戦術スタイルだった。
逮捕術を基本とした同じ物だと思っていたら、仕掛けるタイミングも戦技の順序も違う。
それなのに相打ちが起こらず、スムーズに事が進んでいく。
共闘する相手が違うだけで、これまでの日々と同じ制圧任務だった筈がここまで違うとは。
「隊ごとによって空気が異なる」というのがどういう事なのかを、身をもって感じる。
第二の場合は、初めての仲間でも受け入れる優しさと懐の深さがあった。
守り支えながら共に戦うのは、長の方針なのだろうか。
気分は、異世界へ迷い込んだ物語の主人公のようだった。

「仲間は、たった今捕まった。痛い目見る前に、おとなしく投降した方が良いのでは?」
「…」

緊張の中にも余裕を持って、冷静に対峙する特警隊の三人。
間合いを空け、すっかり焦燥する犯人。
投降する意思は感じられない。
腰に隠していたサバイバルナイフを取り出し、和泉へ突進を始めた。
向けていた切っ先が力強く弾かれてしまい、雛は焦る。

「和泉隊長!」

名を呼びながら雛が振り向いた数秒後には、ナイフが持った手ごと制止されていた。
冷静に交わした和泉の逆手を食らい、対象の反撃は失敗に終わる。
簡単に武器を叩き落され、腕固めを食らう。
冷静に行使しているものの、和泉の力は足掻く男に敵わないようだ。
無理矢理引き抜いて逃れようと暴れる様に、二人は驚かされた。

(うわ、《引落(ひきおとし)》って…。こめかみまで殴られたのに、痛くないのかな?)
(…えっ、そのまま逃げたら脱臼するんじゃねーか⁉)

投げ飛ばされる前に対象は何とか距離を取ったが、やはり何処か痛めたように見える。

「逃げたぁ⁉」
「…随分と無理な事を」

和泉は呆れているようだが、二人にはそこまでの余裕はない。
この手の犯人が自暴自棄になるのは、手負いの熊の如く「危険な状態だ」と教え込まれていた。
自爆犯のような危険物は所持していないと知っていても、全身に緊張が走る。
三方向を包囲され、更に手が空いた他のユニットの応援まで見えて、対象は絶望したに違いない。
完全に退路を断たれたのだ。
捕まえようとしている警察は、よりにもよってウワサの特警隊である。
「捕まる前に、トンデモナイ武器で半殺しの目に遭う」と、討伐軍の中でも恐ろしい話が飛び交っていた。
警察に反抗するだけでも、無事では済まないというのに。
それで余計ヤケクソになったのだろう、男は背後に立てかけてあったベニヤ板を掴む。
一心に放り投げた先には、雛が構えていた。

「──っ!?」
「雛さん!」
「雛っ!!」

投げつけられ倒れてきたそれを、雛は間一髪のところで避ける。
地面で回転受身を取ると同時に、素早く体勢を立て直す。

(危なかったぁ!)

邪魔な板と追撃は和泉が蹴りを入れて退かし、道を空けてくれる。
対象は勇磨に銃を向けられているので、こちらへ直接向かって来ない。
すかさず起き上がった雛が息を吸いつつ重心を低くしたまま前へ駆けて、肺に溜まった空気と共に怒気を放つ。
立ち竦んだまま向かい合う対象の脚を、零式が鋭く叩いた。
電撃が起こる。
犯人がよろめくのと同時に、和泉は次の攻撃に出た。

「志原巡査、援護を!」
「はいっ!」

雛の後方から、警棒を構えながら走り出す。
一方犯人は、持っていた最後の板を振りかざそうと動いた。
そこを勇磨はエアガンで妨害する。

「よっしゃぁ、命中!」
「雛さん、下がれ!」

言い終わらない内に、退く雛と突っ込む和泉がすれ違う。
一瞬見えた横顔は、何度も見た優しい微笑みとは真逆だ。
対象からの殺意を弾き飛ばす程の冷徹さというか、それを通り越して《無》と化したような。
とにかく、敵に回すと非常に恐ろしい表情と空気である。
全く動じる事のない堅い意志は、雛にすら強いインパクトを与えた。

「後は任せて」
「…和泉隊長っ」

女隊長と犯人の一騎打ちは、あっという間に勝敗が付いた。
先にヒットしたのは、反動を付け馬鹿力の限りにぶん殴った和泉の左拳。
その一撃はベニヤ板を打ち破り、相手ごとふっ飛ばした。
雛の場合ならここで力が一度尽きるので攻撃は終わってしまうが、和泉は違った。
先攻突破型としては「非常時用の奥の手」とされる、《一撃必倒の連続運用》がある。
拳を打ち終えたのと同時に、警棒を握る反対の手は三段伸縮を解いて電源を入れていた。
全員無言のまま、次の瞬間は訪れる。
彼女の《対人用電磁警棒・雷迅(らいじん)》による強い一撃が、爆ぜる電流を横一文字に帯びて後方へ落ちていく対象の胴体へ打ちこまれた。
渾身のトドメを食らって、倒れ込む対象。
山から崩れたセメントの袋を枕にして、犯人は放心した。
雷迅を構え直して反撃に備える和泉は、二人を守る鬼神のようだ。
彼女の気迫は、野原よりも強烈だった。
息を呑んだ雛は、かつての両親もそうだったのだろうかと想像しては、敵わない遠い存在なのだと悟る。
だからこそ、強く憧れるのだと。

「制圧、執行完了。確保を」

対象の戦意消失を確認した和泉の指示。
しかし、直ちに動ける人が居ない。
皆、茫然としていた。
離れたところから成り行きを見守っていた、応援ユニット達も。
僅かな間が空き、不審に思った和泉が自ら動こうとした時。
雛と勇磨が、やっと犯人の後ろ手を取った。

「ゆ…勇磨、捕縛縄!」
「お、おう!」

拘束完了を確認した和泉は、電源を切った雷迅のシャフト部分と先端に未だ帯びている残りの電流を放出させるべく、勢いよく振り下ろす。
見得を切ったような姿は勇ましく、零式を扱う特警隊員にとって一度はキメたい場面だったりする。
大体は拍手が起こるのだが、この時の彼女へ送る人間は居なかった。
恐らく、纏う空気に気圧されたのだろう。
そんな事は気にせず、すっかり戦意を失った犯人を和泉が一瞥する。
静かに、冷たい一言を与えた。

「覚悟しろ。私達を手こずらせた罪は、重いぞ」


 「──和泉隊長。対象確保、制圧完了(クリア)です」
「了解。お疲れ様でした」

後を追いかけてきた捜査班の手錠が、今シッカリと嵌まる。
それを確認して、雛はOKサインを出した。
和泉は頷いて返す。
その厳しい顔は、大の男をぶん殴った人物とは思えない、元の優しい微笑みへと戻る。

「…凄かったな。和泉隊長の一撃」
「うん」

余韻が一向に消えない雛と勇磨。
以前に野原から話を聞いていたものの、目の当たりにして唖然としていた。
和泉は自分よりも細く、どちらかというと華奢に見える。
その体の何処に、そんな馬鹿力が潜んでいるのか?
精神力は、体幹と活力は、何処で覚えて習得出来るのか?
雛は不思議でならない。

「これが…、『馬鹿力のお光』」
「へ?何だそりゃ?」

思い出した雛の一言に、ギクリと苦い顔になった和泉。
インカムに手をかけているが、無線でそんな顔になるような情報は届いていない。
この二つ名の話は、彼女にとってNGワードだったのか。
苦笑の真意が分からなくて、首を傾げるしかない雛。
もし後遺症のない状態の野原がこの場に居れば、笑いだしていただろう。
次いで無線の液晶を確認する仕草を見て、雛と勇磨も同じように機器を手に取った。

「!」
「あっ」

日付が変わっている。
途端に、早く帰って寝たくなった。
欠伸も出てくる。
甘い物も食べたい。

「特警指揮2より各員へ、午前二時をを持って犯人一名を確保」
『特警総括指揮、了解。周囲の状況は?』
「新たな危険対象の存在無し。倉庫内、完全制圧完了(クリアリングオール)」

特警隊最後の三人、雛達が正面からの突破口から出た。
和泉は駆け寄ってきた捜査員へ、現場を引き継ぐ。
その様子を離れた所で覗きながら、雛は安堵の溜息を零した。

(皆、安全に終わった。無事に帰れるんだ)

これがどんなに大切な事か、彼女は知っているからだ。
最後に敬礼を交わし、和泉も同じような溜息を吐いていた。
そこへ、第二隊の隊員達が駆け寄ってくる。

「和泉隊長!ご無事で?」
「えぇ。あの子達も大丈夫です」

「…皆、大丈夫そう。和泉隊長も嬉しそうで、良かった」
「雛、どした?」
「ううん、何でもないよ。無事に終わって良かったね」
「だな。作戦成功でオレも安心だぁ…ふあぁ」


 (……やれやれ)

次々と楽しそうに語り合う一同に、指揮所から眺めていた野原は肩をすかした。
隣の佐野も同じだ。
監視カメラと特警隊用監視捜査用ドローン《ハチノコ》を駆使し、突入班各ユニットの確保状況は撮影されていた。
当然、雛達の分もバッチリ見えている。
野原は記録を取りながら、雛と勇磨の動きに迷いが無かった事に感心していた。
己の指揮下で、こんなにも活発に動いていた事があっただろうか。
御影ならともかく。
父親譲りの生真面目さで少し内気な雛が、自信満々に行動出来るとは。
いつもは躊躇うのに、互いが迷いもせず相棒を信じて攻撃を繋げた。

(俺は過保護だったのか。『らしく』やらせていたつもりだったんだけどな)

和泉は細かい攻撃方法まで口を出さず、二人を導き守りながらも単身で戦った。
野原はハラハラドキドキしながら、安全な場所で画面をジッと見守る事だけしか出来ない。
万が一の事態になればすぐに向かう準備は整えていたし、「犯人と対峙するだけが任務ではない」という事も理解している。
それなのに情けなく、虚しさすら感じるのは何故か。
答えを見つけたくて、もう一度再生してはズーム操作して表情までもを観察する。

(確かに昔と変わっていない。この凛々しさと、強さも──)

後輩は、準備室時代より明らかに強くなっていた。
動きも素早く、今の自分では背中を守るなんて無理そうに思えた。
過去の惨劇を経て、且つ部下とも呼べる仲間が出来て、守るものが増えた所為だろうか。
更に、それへ憧れの視線を向ける雛にも気付いた。
和泉の気迫に圧倒されていた周囲にも、理解が出来た。

(友江。今のお前さんじゃ、まだまだ追い付かないよ。…俺も、隣へ並べそうにない)

今でも和泉の相棒(バディ)として在りたい野原は、「頑張らなくては」と決意を新たにした。
目前まで来て視線を向ける彼女に、軽く片眉を上げて答える。

「和泉警部補。最終報告」
「はい」

佐野に言われて、隊長の顔に戻った和泉からの報告。
隊長会議でも度々目撃しているが、随分凛々しくなったと思う。
が、決して口にしない野原。
日々見慣れている佐野が、少し羨ましく感じた。
彼女の背後に第二と第五の突入班が勢揃いし、一列に並びだす。
その顔はどれも、突入前まであった硬い緊張が消えていた。
号令が無くとも空気を呼んで対応するところは、「成長した」と思う長達。

「報告します。二隊合同作戦は無事終了。倉庫内、クリアリングオールから状況に変更なし」
「ん」
「合計三名の被疑者は全員確保。身柄を特警捜査班へ引き渡しました」
「それで?」
「新たな危険対象の存在は、無し。特警隊突入班、全九名に負傷者無し。以上」
「はい、よろしい。お疲れさん」

最後は婚約者として慰労の笑みを浮かべた佐野に、和泉は微笑んで誤魔化す。
佐野の隣に立つ、ポーカーフェイスの野原には頭を下げた。

「今回も、第五隊の尽力に感謝しております。有難うございました」
「こちらこそ、役に立てて何よりだ。…お疲れさん」

本当は微笑みの一つでも浮かべ、労いたいところなのだが。
笑う為の表情筋がちっとも動いてくれないので、野原は声音に気持ちを込めた。
伝わる事を願って敬礼を交わす。

(…!)

和泉が微笑み返してくれて、温かい絆を確かめた。
隊員達へ振り返った彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、隣の佐野の視線に気付いて我に返る。
嫉妬しているように見えたのだ。
たしかに、彼女の大長への微笑みは作られた物のように思えたが…

「無事、任務完了です。皆さんお疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」

任務完了を喜ぶ一同の元気な声を聞きながら、今度は和泉と佐野の関係を心配する野原であった。
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