二連星

 基地内に進入した犯人は三人。
情報に寄ると、やはり討伐軍の一派らしい。
先に突入した機動隊により、此処へ来た本来の目的として用いる筈の爆弾はその前に押収。
だが、相手もやり手の武道家らしく確保には至らず終いで、一時撤収となった。
事態は、提携を断られたが為にもどかしい思いをした特警隊の、しかも二隊合同の再突入を迎える。
索敵の結果、三人はそれぞれ散らばっていた。

「サテライトと、基地の防犯システムのリンクなんて。今回の後方支援組は、凄いね」

第五隊の雛は、一歩先を歩く相棒の背中に小声で話しかけた。
勇磨が振り向く。

「だな。葉月さんもあんな複雑なプログラム、瞬時に理解しててさ。本当スゴイぜ」
「勇磨はああいうのって、解かったりする?」
「最初のトコしか解かんなかった。そっち系もキチンと勉強しとけば良かった」
「私は全然ダメダメ、何話してるかサッパリ分からないんだもん。『それ日本語じゃないよね?』って感じで」

一番先を進む和泉が、一瞬だけ横目で二人を見た。
気付かぬ雛ではない。

(あっ…。怒られちゃうかな)

こんな時に私語はマズかっただろうか。
やる気が無いと判断されただろうか?
緊張している所為か、黙っているといつもなら然程感じていない恐怖や焦燥といった感情が、ジワジワと込み上げてくる。
頭の中がこれで一杯になってしまうと体も動きが鈍くなるし、後の結果に響く。
自分や仲間の、身の安全にも関わる。
だからつい、いつもの感じで話しかけてしまった。
雛はドキドキしたが、第二隊長の言葉は咎めるものではない。

「この先は、途中までしか退路が確保されていません。気を付けて」
「了解です!」
「了解ッス!」
(…やんわり注意も入ってる?これを『やり難い』と思うのは、きっと違うね)

「いつものFB一人体制じゃ、手が足りなくて出来ない芸当だよな」
「和泉隊長、特警隊の合同作戦ってスゴイんですね」
「えぇ。早くも《星の絆》の持つ力が発揮されました、この調子が続くと良いのですが」
「星の、絆…」

《星の絆》とは両親や祖父が準備室だった頃、家でもよく話していたキーワードだ。
どの時も嬉しそうだったので、それは「きっと良い言葉に違いない」と思っている。
これを自然と口にした和泉は、紛れもなく共に戦っていた者。
そして、両親の事件も当然知っている筈。
組織からも疎んじられ孤立していた実験部隊が遭遇してしまった、不幸とも云える出来事ではないか。
対して彼女は、何を思っているのだろうか。
現在秘匿とされている内容をどこまで知って、どんな風に関わっているのか。
直接聞きたいし、彼女自身の事ももっと知りたいと思う。
雛は視線を相棒から移し、先方を目視したままの和泉をジッと見つめた。

「和泉隊長がチームワークを大切にしてるのって、こう言う事だったッスか」
「それだけじゃないですよ」
「?」
「後悔先に立たず。…この諺通りです」
「先刻の機動隊との話、ですか?」
「これまでに味わった苦い後悔は、せめて繰り返さないようにしなくちゃいけません。…さてと」

勇磨は過去を知らないから、和泉の言葉の真意も分かっていない。
和泉もそれを理解しているから、続いた雛の質問に肯定か否定の返事を付けなかったようだ。
今回の機動隊との意思疎通と連携不足は、両親の事件の時と状況が似ていた。
詳しく調べきれない雛でさえそう思ったのだから、目前の長はもっと強く感じている筈。
「重ねて考えているのだ」と判る、悲しさを押し殺したような難しい顔がその証拠だろう。
雛は何と言って声をかければ良いのか、言葉を発して良いのかすら正解が分からなくなった。

《だが今は、悲しい記憶に浸っている場合ではない》

インカムに手を当て指揮を執る和泉は、纏う空気でそう告げている。
こうなったら、二人きりになって話を聞くしかない。
だがここは事件現場で任務遂行中だし、非番を聞き出して予定を合わせるしかないだろう。
忙しそうだから、お願いして会ってもらって……

(そうだ。一緒に可愛いパフェ、食べに行こうかな)
(あっ、和泉隊長って甘い物好きだったかな?それも聞いてみなくちゃ!)

頭の中が、好物のパフェで一杯になりそうだ。
雛は思考を任務へと、無理矢理戻した。

「特警指揮2より、特警隊各班へ。現状報告」
「…雛、指揮執りながらエンカウントするって、マジで大変なんだな」
「うん。野原隊長がやりたがらない訳だよ」

無線で現状報告が続く中、先程よりもっとヒソヒソ声で勇磨と雛は感想を漏らす。
突入し索敵している状態なのに指揮役の長が傍に居る事は、初めての状態だった。
いつも近くに居ても後ろだったり、車の中だ。
雛だけは、野原と共に犯人確保に至った事はあるが……
実際は、先に彼がエンカウントしていたのをアシストしただけで終わった。
『共闘』なんて呼べるものとは思っていない。
果たして今回はどうなるのか、シッカリ共闘出来るのだろうか。
そこは未だに不安だ。

『特警統括より特警各班へ。全ての配置が完了した、今度こそ犯人を追い詰めたぞ』

無線は雛達にも聞こえている。
捜査員も、外の包囲網も守備は上々だ。
安心材料がまた一つ増えていく。

『先程、本庁の友江警部からの情報が入った。今回の事件、後発した羽田の方がメインでこっちは囮だったと言う事だ』
「向こうの状況は?」
『第一隊が出た。SATの後方連携で制圧(クリアリング)したらしい』
「という事は。あちらは討伐軍ではなかったと?」
『本庁が手配中の、革新派メンバーだったらしい。シンパが討伐軍にも居て、それがこっちで暴れてる』
「過激派の左翼、か」
「うわぁ…、聞いたか雛。羽田はヤバい事になってんだな」
「うん。SATが出るレベルなんて大事(おおごと)だよ、きっとマスコミも押し寄せて超大変だと思う」
「オレ達の支援が、そっちじゃなくて良かったな」
「そうだね…」

実は此処での事件発生直後、羽田空港近辺の倉庫でも同様の事件が起こっていた。
そちらは本庁の第一特警隊が、SATとタッグを組んで出場している。
急襲のプロが一緒なら、もう鬼に金棒。
あっと言う間に犯人を確保した。
しかし、佐野の報告にもあった通りで、第一隊は後方支援に回っていた。
特警隊がSATにフォワードをバトンタッチしたのは、確保対象が『悪魂討伐軍ではない』事を指す。
これは、『隊がメインで追えるテロ事案は討伐軍によるもの』と、取り扱える範囲が規定されている為であった。

何れにせよ、そんなレベルの現場に新任の自分達が応援なんて────

考えただけで血の気が音を立てて引いていく。
第五隊の二人は、そんなことを想像しては慄いた顔で頷き合っている。
……この現場だって、決してラクではないのだが。

『我々も、そろそろ制圧(クリアリング)と行こう。だが、くれぐれも無理をせず任務に当たれ。以上だ』
「特警指揮2、特警1共に了解。これより突入開始(エントリースタート)」
「和泉隊長…」

とうとう実戦開始である。
雛は緊張が蘇り、武者震いしてしまう。
目前の二人の視線に、和泉は静かに頷いた。
その奥の気配へ過剰に緊張しないよう、危険を承知で振り返ってくれたようにも感じる。

「相手の武器は、先発が押さえてます。物騒なモノを所持しているとしたら、ナイフの類か…後は角材か鉄パイプ位だと推測される」
「はい」
「爆弾や重火器に比べればレベルは低いですが、くれぐれも油断せずに対処する事。相手はすっかり逆上しています」
「了解」

雛と勇磨は真剣な面持ちで、和泉の指示を聞いている。
対象の動きは、これまでエンカウントしてきた連中と大差なさそうだ。
和泉達とは比べ物にならない程乏しい、僅かな経験だとしても。
雛達の身体へ、確実についている。
……後は対象が元軍人や殺し屋とか、ヤバそうでない部類なのを祈るだけ。

「志原巡査のそのエアガンなら、一発でFA(フロントアタッカー)も兼任出来る筈。やれますか?」
「任せて欲しいッス!」

勇磨はエアガンを取り出して構える。
「見せ場がありそう」というよりは、「役に立てそう」という気持ちが強い。
足の速い雛は間違いなく先攻するだろうから、「自分(オレ)が守らなくては」と思う。
それから、「和泉隊長の邪魔にならないように動かないと」と戦術を考えだした。

「良し。私が先発で対象を挑発しますから、友江巡査は志原巡査との連携プレーで武器の無力化を図り、確保へ」
「了解」
(挑発って何するんだろう?…和泉隊長の邪魔にならないようにしないとね)
「くれぐれも安全最優先で。以上、これで良いですね?」
「はい!」
「──では、これより制圧を開始する。各自、装備構え」
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