二連星

 今回の現場は、深夜の資材備蓄基地。
数々の警察車両が囲み騒然とする中へ、更に二台の警察車両が入ってきた。
管轄外の埋立地からやってきた応援は、夢の森第五特警隊・突入班。
任務は第二隊の制圧応援、初めての合同作戦にてテロ犯を確保する。

「やっと着いたな」
「これでも頑張って飛ばしてきたッスよ?」
「そうだな。急かして悪かった」
「俺達はどうしますか?」
「装備確認の上、次の指示までは車で待機。いつでもエントリー出来るように、先ずは落ち着こうか」
「了解です」
「ん?わざわざ迎えに来たのか…。俺は先に行って事情を聞く、お前さん達はもう焦らなくて良いぞ」

急拵えで作られた作戦本部の前で、車から降りてきた彼らへ大きく手を振る人物が居た。

「野原先輩、こっちです!」
「おぅ。遅くなったな」

気付いた野原は、軽く手を上げて答えた。
歩み寄り向かい合って立つのは、この現場で特警指揮を担う第二隊の和泉。
到着するまでに何度もすれ違う救急車は、彼の不安を煽るものだった。
後輩が「中で寝かられていなくて良かった」と、一先ず胸を撫で下ろす。
本来なら彼女の表情と仕草で、現場と特警隊がどういう状況なのかが窺い知れるのだが……
この些か硬い微笑みは、何かを隠しているか秘めている。
野原達を心配させまいとしているのだろうか。

(いつかは遣る事になると、割り切っていたつもりだったが…。初回が和泉で助かった)

「合同任務に従事する」と決まってから野原の中で募る気持ちは、絆や経験値を得られる期待より、不安の方が強かった。
新任ばかりの隊員達にプラスして、隊長職に未だ不慣れな自分の実力。
戦い慣れている先発隊に対し、どれだけ通用するのかが未知数だった。
そんな初陣が後輩(いずみ)の隊だったので、実は安堵と嬉しさを抱いている。
多分だが、安全に経験値を得て帰れると。
万が一失敗しても野原と彼女なら、何とか出来る。
確信材料は、先駆隊で築き上げたコンビネーションの戦技、覚えてきた戦術や知恵。
そして、彼の中では特別な絆。
これを知っているからこそ、本部長は敢えて夢の森からの派遣を決めたのだ。
第一隊突入班の別働ユニットを待機させていたのに、必要無さそうな羽田の支援役へチェンジしたのもその為である。
第一隊の長・風杜と和泉の仲が良くない、という理由もあるが。

「準待機なのに、呼び出してすみません。巡回警邏(パトロール)、終わったばかりだったんですよね?」
「気にするな。それより、手こずってるみたいじゃないか?」
「そうなんですよ。あの堅物指揮官の所為で」
「例の機動隊か。…姿が見えんが」

本庁の人間の中には、特警隊設立を未だに反対している者も居る。
和泉が言っていた機動隊の長もそんな人間で、特警隊の協力を拒否し単独で突入して行った。
大抵は良からぬ結末となって後悔するのに、未だにそれを繰り返す。

「犯人怒らせて、逆襲されたんですよ。それで負傷者数人出たんで、先刻撤退しました」
「ふーん。部下達が可哀想だな」
「連携が出来ていれば…。そうすれば、基地の中に入れずに確保出来たんですが」
(また、一人で考え過ぎてる。和泉はこういうヤツではあるが……)

投光機で照らされた入口を睨む和泉の表情は、悔しそうに見えた。
二人の左腕には、特警隊長の専用腕章がそれぞれ装着されている。
浅葱色の帯が映える野原の第五、宵闇でもハッキリと見える青色の帯は和泉の第二。
これを着けた者は、現場で動く特警隊内全ユニットの総指揮を担う。
『突入』と『捜査』と『情報』、各班最低三ユニットもあるのだから人員総数も決して少なくない。
今回のような複雑な現場では、更に本部から『支援』が加わるから大変だ。
鷹の目のように全域へ意識を巡らせる広い視野と、いかなる時も冷静で素早い判断を要し、的確にかつ安全に任務を遂行させなければならない隊長の仕事。
体力よりも精神力が圧倒的に削られる。
そんな長役が指揮に専念するのは、至極真っ当と云えた。

(何で、和泉はいつもエントリーしてるんだ?)
(俺より繊細なくせに。『精神力オバケ』なんて云えるようなメンタル、どう見たって持ってないだろう)

そうなのだ。
第二の隊長は、接近戦用グローブに電磁警棒と戦闘装備バッチリで、既に一戦交えて来た痕跡すらある。
きっとポケットの中には、音響閃光弾(フラッシュバング)と防備セットも入っているのだろう。
対峙(エンカウント)のスタイルは個々によって違う為、特警隊内でも十人十色というが──
指揮のスタイルや現場に対する心構えとかも、隊長によって違うようだ。
和泉の場合、些か無謀気味だと先輩は思った。

「…また隊員達に混ざって、突入したんだろ?」
「基地が広いんで、人手が足りないんですよ。先刻もそれで、ウチの課長に怒られたばかりで──」
(全くコイツは、昔と何も変わってない!)

言葉とは裏腹に、何処か活々としている彼女。
それを見ている野原の脳内では、『過保護気味の心配』と『少々の呆れ』と『タフさが羨ましい』で、素直に伝えられない気持ちがより複雑になる。
今回、本部がわざわざ介入し判断して野原達へ応戦要請を出したという事は、それ程事態は深刻化していると想定出来た。
和泉達の身に何か、過去の再来のような惨劇が襲ったのだろうかと。
だから雛達を急かし早く出発したのに、あろう事か一番近いルートの臨海トンネルは爆破予告で通行不可。
仕方なく迂回してレインボーブリッジを渡り、頑張って飛ばしてきたというのに。

「…」

彼女の言い訳に理解は出来ても、納得しきれない。
野原は持っていたバインダーで、和泉の頭をポコンと叩いた。

「な…っ!」
「お前まで怪我したら、指揮はどうするんだ」
「簡単にやられたりしませんよ。私だって特殊戦術の行使権限持ってるんですから」
「余計に危ないだろう。フラッシュバングは万能じゃないんだぞ?」
「もう、先輩まで。指揮はウチの課長が統括してくれてますから、問題ありません」
「佐野警部、現場入りしてるのか?」

本心は抱きしめたいくらい、心配で堪らなかったのに。
恋愛マンガかドラマみたいな展開になれば、興味を示す御影達によって緊張は解れるだろうが……
そうならないのは、野原が硬派だからか。
彼女が頭を擦りながら視線を移した先には、一連のやり取りを見ていた佐野が笑っている。
腕章の通り、現場内の統括指揮を担っていた。

「お疲れ様です」
(自称婚約者、だったな。和泉が解消したがってるのも謎だが)
「…どうも。ウチの出来損ないが世話になってます」

項垂れた和泉と、それを「可愛い」と密かに思っている野原。
準備室時代、こういう時に傍に居て頭を撫でたり慰めるのは、彼の役だった。
もう一人『過剰な慰め』というかスキンシップをする人間が居て、和泉はすぐに笑顔を取り戻したものだったが。
現在の環境は大きく違っていて、婚約者の目前もあってか余計に躊躇してしまった。
実際は言われる程出来は悪い訳ではなく、隊長の職務遂行も問題はない。
『可愛いが故の揶揄』という事は、彼女も分かっている。
ただ、少し悲しそうに見えた。

「あーっ、また和泉隊長の事いじめてる!」
「後輩いじめちゃいけないですよー、野原隊長」
「…あのな」

御影達が揶揄しながらやって来た。
後からやってきた第二隊の隊員達も、皆一様に笑っている。

「和泉隊長って本当、いつも他の隊長方と会う度に可愛がられてますね」
「何故か、良くいじられるんですよ…。ところで、申し送りは終わりました?」
「はい」
「打ち合わせもバッチリです」
「それなら、安心して突入出来そうですね」

隊長陣とは別に、隊員達は別に集め打ち合わせを行わせていた。
顔合わせを兼ねて連携を取らせる為にと、和泉が考えた事だ。

「今回は、両隊のコンビネーションが大事です。良い連携が取れるように、皆で仲良くやりましょう」
「前線の機動隊が撤退した今、実戦に不慣れな捜査員達へ危険対象を回さないように。しっかりやれ」
「了解!」

総勢十名の隊員達、初々しさはあれど頼もしい。


 「今回の突入班は、第二(ウチ)の課長を入れて総員十三名。これを四つのユニットに分けて行動します」

和泉が、最後の説明を始めた。
長机の上に広げられた現場の見取り図を、一同が囲む。
彼女が持つタブレット端末で本部との確認を行っている為、野原は目線を下げて一緒に眺める。
ふと顔を上げた御影は、目敏くそれを見付けた。

(……無自覚よね?)

先刻から、和泉の作業をさり気なく手伝っている野原。
端末を代わりに持ったり地図を一緒に広げたりする一挙手一投足は、絶妙のタイミングとしか言いようがなかった。
佐野も居るのにふんぞり返るだけで、手助けする素振りは見られないのが対照的で益々面白い。
今だって二つの顔はとても近い位置にあるが、互いに無意識のようだ。
元相棒という所為か、それとも別の何かがあるのかは分からない。

(あの二人、さり気なくイチャついてるとしか見えないんだけど。いかにも『実は親密な間柄ですぅ♪』って感じなのよね)

御影の目が怪しげに輝いているのに、長達は気付いていない。
彼女の周囲も誰一人として突っ込まないのは、見ていない証拠か。
二人は説明を続けているので、仕方なく集中して聞く事にした。

(このシチュ良いわねー!あぁ~、貴重で絶好の撮影チャンスなのに誰も気付いてないっぽいし!残念だわ!!)

もし立場が広報や後方支援部署だったら、「現場記録」と称してこの場面を写真や動画に収めまくっているだろう。
課長(せいのすけ)がここに居たら、一緒に面白がってくれるかも知れない。
そんな事まで考えた。

「エントリー要員はユニット03まで、04はFB専門として残ってもらう」
「第二隊は、打ち合わせの通りで変更は無し」
「了解」
「第五も、いつものユニット体制で行く。ユニット01には第二隊長が、02には副隊長がそれぞれ助っ人で同行する」
「はいっ」
「ユニット03は第二隊のフォワードメンバーで構成します。坂東副隊長、リードを頼みます」
「了解」
「ユニット04は両隊のFB担当二人と第五隊長。本部情報班の指示が入りますが『支援程度だ』との事ですから、メインで頑張って下さい」
「了解ですの」
「了解しました」
「…俺は楽そうだな」
「えっ!?」

聞き捨てならない一言が野原から漏れた。
全員同時に彼を見つめたが、笑った顔を作れないので片眉を上げるだけで返事は終わる。
実際は全然ラクではないし、支援部隊と云えど隊長はやるべき事が多くて大変だ。

「引き続き、統括指揮は佐野課長。本庁でのデータバックは友江課長に、それぞれ就いてもらいます」

これでポジションは確定した。
先攻する突入班は三人一組、後続として逮捕令状を持った捜査員と支援役がついてくる。
エンカウントに不慣れな隊員だったとしても、距離を取っておけば後攻の避難や待避は可能であろうと判断された。

先発するユニット01は雛と勇磨で、和泉が就いてくれる。
02は高井と御影、そして第二隊の副隊長が一名加わった。
03は第二隊メンバー。
居残る04は佐野の統括指揮の下、葉月と第二のFB役が一名。
指揮官オンリーの野原はここへ入るが、有事の際は武力支援が出来る体制が整えられた。

ここで、和泉から目配せをされた野原。
隊員達の表情が硬い事に気付いたようだ。
任務内容自体はいつもの事だが、第五隊員は緊張している。
合同作戦なんて、訓練ですらやった事が無い。
始動日から管轄内のみで精一杯な雛達は、他隊の人間なんてチラリと写真で見た程度でしかなかった。
それに対し隊長同士は、会議や始動式で何度も顔を合わせている以前に、準備室時代から一緒だった。
誰であろうと、合流しただけで緊張する事は無い。
特に息の合う和泉が相手なら、「うーん」と考えるのも一瞬だけで終わる。

「特警指揮は、野原警部補に一任って事で──」
「和泉警部補は、倉庫内での指揮を執ってくれるそうだ。各ユニットは、持ち場に居る指揮者に従え」
「え゛っ」
「うむ。これで突入班も安心だろうなぁ、皆?」
「…はい!」
(和泉も抱え過ぎてるからな。これで喝になっただろう)

後輩の背中を軽く一発叩くと、痛がる芝居が返ってきた。
予測していなかったようで驚いていたが、一応は成功だ。
緊張の面々へ同意を促す野原は、大袈裟に頷き腕組みまでして見せた。
雛達にはこう付け加える。

「あぁ。隊長陣(こっち)はこっちで、随時連携を取るから心配は要らん。しかも、多少の失敗なら責任取っちゃう大サービス付きだ」
「両隊長、太っ腹ッスね」
「安心だわ♪」
「御影ってば…」
「蔵間は、少し自重した方が良い」

やっと緊張が少しほぐれたのか、雛達はクスクス笑っている。
長のポーカーフェイスも少し解れた。

「──おい、中の監視カメラが壊されたぞ。これ以上の蹂躙はマズイ」

モニターを睨んでいる、佐野からの指示。
隊長陣は頷きあう。

「後は各自無理せず、互いに協力し合え」
「以上です。何か質問は?」

手を上げる者は居ない。

「それでは、第二・第五両特警隊、これより作戦を開始する!」

和泉の号令と、隊員達の鮮やかな答礼。
その場で解散し、踵を返した彼女。
少し硬い表情が気になった。

「いず──」
「野原警部補、システムはこちらです」
「…はい」

野原は声をかけられないまま、持ち場へと向かった。
2/5ページ